サマータイム・パレード 2

 翌日以降の練習は、より厳しいものとなり、相変わらず青葉先輩の罵声が響いていたが、それでも去年に比べると格段に見栄えがするようになってきたパレードに、僕たちは楽しさも感じていた。

 そんなある日、パレードの際に着用する衣装のサイズ合わせを行った。

 毎年、このパレードの際には部で所有しているマーチング用の衣装を着る。濃い青をベースとしたデザインのジャケットに白いズボン、飾り羽のついた揃いの黒いハット。先輩たちから代々受け継いで大事に使ってきた、大切なユニフォームだ。かつては定期演奏会でもステージマーチングを行っていたそうだが、近年はマーチングの指導者がいなかったため、マーチングはステージプログラムに含まれない。だから、このパレード以外に使うことのない衣装に腕を通すのは、どこかしら心弾むものがある。

 二年生、三年生には去年着用したものが配られ、一年生は去年の三年生が着ていたものや予備の衣装の中からサイズの合うものを探していた。

「ねえ、これ、去年よりも窮屈な気がするんだけど。」

 沢城が約一年ぶりに自分の上着を試着しながら言った。

「どの辺が?」

 衣装管理責任者の橋本が尋ねる。

「・・・胸のあたり。」

「ちっ、知らないわよ。」

 答えを聞いた橋本は露骨に舌打ちをする。

 ・・・たしかに、沢城の胸は年々実り豊かになっている気がする。

 つい、沢城の胸元に見とれていると、小清水にうしろから叩かれた。

「なに見てるんですか、先輩。」

「な、なにも見てない。」

 そう言って振り向くと、小清水のつつましやかな胸元に自然と目がいく。

「小清水、お前は来年も同じ衣装で大丈夫そうだな。」

 どすっ、と鈍い音をさせて、後輩に思い切りみぞおちを殴られた。

 そんなあれやこれやと大騒ぎをしながら、衣装合わせは終了し、全員に一つずつ、自身の衣装が割り当てられた。衣装は一人分ずつ袋に詰められ、持ち主の氏名を記入したラベルを貼って衣装ケースに入れていく。

「定子、どうしたの?暗い顔して。早く衣装をケースに戻して。」

 自分の衣装を持って、東海林が突っ立っているのを見つけて、沢城が声をかける。

「う、うん。わかった。ごめん。すぐ戻す。」

 東海林は暗い声で答えた。


 そして、パレード前日。パレード隊形で屋上を周回しながら、曲目を演奏する。歩き方も、演奏も去年までとは段違いによくなっている実感があった。青葉先輩も満足そうにニコニコと笑いながら僕たちを見ている。

 青葉先輩は練習の最後に全員を集めた。珍しいことにえらく上機嫌だ。

「君たち、この三週間はよく頑張ったと思う。まあ、急ごしらえだから百点満点とは言わないが、悪くないパレード隊に仕上がった。音楽は、聴いてくれる人、パフォーマンスを見てくれる人あってのものだ。沿道のお客さんに、パレードの機会を与えてくれた人たちに感謝したまえ。」

 それから、と言って、青葉先輩は傍らに置いていたビニール袋を持ち上げた。

「これは、いちOGとしての君たちへの差し入れだ。好きなものを一つずつ取ること。では、明日は集合時刻に遅れないように。」

 青葉先輩はそれだけ言って、屋上から去っていった。

 ビニール袋の中身は、学校近くのコンビニで購入したアイスだった。みんな喜んで取って食べていたけれど、僕は買ってきたアイスがすべてコンビニで行われている期間限定キャンペーンの対象商品であることに気づいた。あの先輩、ポイント欲しさにキャンペーン対象商品を大量購入して、あとから活動費で落とすつもりじゃないだろうか。

 とにかく、明日はいよいよパレード本番だ。僕は自分のアルトサックスを取り出し、ポリシングクロスで入念に磨いてから、楽器をケースにしまった。

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