異教徒の踊り 7

 「先輩、今度はどこに行くんですか?」

練習室Bを出た後、青葉先輩はまた行先も告げずにずんずん歩いていく。長身で脚の長い青葉先輩のあとをあたふたとついていくのは、我ながら滑稽で格好悪いと思った。

 昇降口で靴を履き替え、先輩はまっすぐに学校の裏門へと歩いて行った。

「ここで品川が転んだわけか。」

先輩は裏門のど真ん中に立ってあたりを見回す。品川が足を引っかけたという排水溝には、しっかりとしたコンクリートの蓋がされている。

「君、この蓋を持ち上げてみてくれ。」

青葉先輩は腕組みをしたまま、僕の方を向いて言った。

「えー。そんなことしたら、用務員さんに怒られますよ。自分でやってくださいよ。」

「知ったことか。私は、アルトサックスより重いものは持てない。」

青葉先輩はてんで気にしない様子だ。僕は断りたかったが、ここで断ると後が怖い。しぶしぶ、僕はコンクリートの蓋に手をかけて持ち上げようとした。

 コンクリートの蓋はけっこう重いうえに、排水溝にがっちりとはまっていて、僕の力でもなかなか持ち上がらなかった。吹奏楽部男子の必須業務である器材運搬でけっこう鍛えられているつもりなのだが。

 やっとのことで蓋を持ち上げ、脇によけた。

「これでいいですか、先輩?」

僕は流れる汗を拭きながら言った。先輩は小さくうなずくと、蓋を取ったあとの溝の大きさを確かめるようにしばらく眺めた。

「重そうだな。もういい。蓋を戻してくれ。」

わずかに一分か二分くらいして先輩が言った。僕は一瞬、この自分勝手な先輩を殴ってやろうかと思ったけれどやめておいた。

 僕が蓋をはめ終わると、先輩は相変わらず腕組みをしたまま考え込んでいた。

「大橋、雨が降ったらこのあたりはどうなる?」

「え?僕は裏門を使わないのでよく分かりませんけど、雨が降ったら水たまりができて通りにくいってよく聞きますね。雨の日はわざわざ正門のほうに回ってくる生徒もいるくらいですし。」

「なるほどな。」

先輩はそう言ってニヤリと笑った。

「よし。大橋、音楽室に戻ろう。」


 音楽室に戻ると、青葉先輩はふたたび、遠藤、品川、吉澤を呼び出した。

「吉澤、私がおととい演奏した譜面を見せてくれ。」

青葉先輩に言われて、吉澤がおととい今井に渡した「異教徒の踊り」の譜面を取り出した。

「君は、去年のコンクールメンバーではなかったと思うが、どうしてこの譜面を持っているんだ?」

「それは、素敵な曲だと思ったから、私も原譜をコピーさせてもらったんです。」

 先輩は「異教徒の踊り」の譜面をひとしきり眺めると、今度は遠藤と吉澤に、いま練習している楽曲のそれぞれのパート譜を見せるように言った。

「ふむ。なるほどな。」

先輩は、「不幸の譜面」と遠藤、吉澤それぞれのパート譜の三枚を並べて眺め、ニヤリと笑った。

「君たち、この譜面は『不幸の譜面』なんかじゃないよ。」

先輩は顔を上げてにっこりと笑い、そして、吉澤に鋭い視線をなげかけた。

「吉澤、君が去年のコンクールメンバーに不幸をもたらした張本人だ。違うかい?」

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