異教徒の踊り 4

 月曜日の放課後。いつものように音楽室に向かうと、部屋の中にはすでに今井と小清水がいた。

「なあ、大橋、青葉先輩が怪我をしたって?」

僕が入ってきたのに気づくと、今井が心配そうな顔で尋ねた。

「やっぱり、『不幸の譜面』は本物だったんですかね。」

小清水も青い顔をしている。悪乗りしていた二人だけに、実際に先輩が怪我をしたと聞いて焦っているらしい。

「さあね。今回も偶然だとは思うけど・・・。」

言いながら、僕ももしかしたら土曜日の事故は「不幸の譜面」のせいなのではないかと思ってしまう。

 あの後、ひとまず青葉先輩の家までいっしょに行き、怪我の手当をして僕は自宅に帰った。

「念のため、病院に行ってくださいね。」

僕がそう言って先輩の家を出ようとすると、青葉先輩は「そうする。」と小さくつぶやいて、僕の手に潰れたパンを渡してくれた。

「先輩の怪我はひどいんでしょうか。」

「かすり傷だって言ってたから大丈夫だとは思うけどね。」

泣き出しそうになっている小清水に、一応優しく声をかけてあげる。そんな顔をするなら、初めから悪戯なんかしなけりゃいいのに。

 その時、音楽室の扉が開いた。

「君たち、なにをもたもたしているんだ。さっさと合奏の準備をしたまえ。」

入ってきたのは青葉先輩だった。見たところ元気そうではあるが、額に巻いた包帯が痛々しい。

「青葉先輩。怪我はもう大丈夫なんですか?」

「ん?大したことはない。この包帯も、医者が大げさに巻いただけだ。」

青葉先輩はそう言って、肩から提げていたアルトサックスのケースをグランドピアノの上に置いた。

「あの、先輩。ご、ごめんなさい!」

小清水が青葉先輩のそばに寄って深く頭を下げた。突然の謝罪に青葉先輩はきょとんとしている。

「昨日、先輩に演奏してもらった譜面、あれは実は『不幸の譜面』って呼ばれてて・・・。」

「不幸の譜面?」

「はい。演奏した人には必ず不幸が降りかかるって言われてるんです。その、俺たち、少し先輩を困らせようって軽い気持ちで、吉澤さんが持ってた譜面を借りて演奏をお願いしてしまったんですけど、まさか怪我をするなんて思ってなくて。」

小清水と今井が説明し、今井も「すみませんでした。」と言ってなぜか僕にもいっしょに頭を下げさせる。

「なんだか知らないが気にするな。大したことじゃない。」

青葉先輩は不機嫌そうではあったが、そう答えた。

「それよりも、『不幸の譜面』ねえ。その話、もう少し詳しく聞かせてくれないか。」

先輩はどこか不敵な笑みを浮かべて言った。先輩の意外な反応に驚いたが、今井が僕に目配せしたので、僕は不幸の譜面の由来を説明することにした。

「あの譜面、『異教徒の踊り』は、去年のサックスパートがアンサンブルコンクール用に練習していたんです。でも、その曲の練習を始めてしばらくしたら、コンクールメンバーの部員が原因不明の病気で入院したり、ひったくりに遭ったり、下校途中に怪我をしたりしたんです。それで、あの譜面は『不幸の譜面』って呼ばれるようになって、誰も演奏しなくなりました。」

「ほう。そして、おととい私が車に撥ねられそうになったわけか。なかなか興味深い話だ。人間は、なにか悪いことが重なるとすぐに呪いだとか災いだとか言い始める。私はそういうことを言う連中が大嫌いでね。」

そう言って、ニヤニヤと笑っていた先輩の顔が、突然真剣なものに変わった。

「なにより、音楽で人が不幸になるなんて話を許すわけにはいかない。その譜面の謎、詳しく調べてみようじゃないか。」

先輩はそう言っておもむろに黒板のほうを向くと、置いてあったチョークを手に取り、書かれていた今日の練習スケジュールを大きな×印で消して、「個人練習!」と書いた。

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