第15話 男の価値は、女の子のパンツを脱がせた回数で決まるわけじゃない
「もう信じるけど、やっぱり信じらんねーなー」
一喜が矛盾しまくりの言葉をのたまっています。
「
『勇菜ちゃん、ちょっと筆談してもいいですか?』
「え、本当に内緒話? まあ、好きにすれば?」
許可をもらい、メモ帳とボールペンを取り出しました。一喜との筆談用として、事前に準備しておいたものです。
テレビの電源をつけ、勇菜ちゃんはメモ帳から視線を軽く外して見ないようにしてくれています。
ボクはスラスラと、一喜にとって衝撃的な内容を書き綴りました。
〝一喜の気持ちですが、勇菜ちゃんにバレました〟
「俺の気持ちって。…………………………え!?」
とても面白い顔ですね。目玉が飛び出しそうな勢いです。
ボールペンを渡し、一喜もまた、口に出せるようなことではないので筆談で回答します。
〝兄貴がバラしたのか?〟
〝この間、一喜の部屋へ行った時に一喜がした質問で、勇菜ちゃんが自分で気づきました〟
〝はぐらかしてくれなかったのか?〟
〝その必要を感じませんでしたので〟
一喜はテレビを見ている勇菜ちゃんの横顔と、ボクが書いた文面を、あたふたと落ち着きなく見比べています。情けない顔ですねえ。しゃんとしてくださいよ。
〝勇菜、何か言ってた?〟
〝一喜は頼りない、と〟
「ぐふっ!」
「え、何?」
突然胸を押さえて苦しみ出した一喜に、勇菜ちゃんが驚いています。
「な、なんでもない。勇菜はテレビ見ててくれ……」
気になっているようですが、勇菜ちゃんは、渋々視線をテレビへと戻してくれました。
〝フォローは?〟
〝特には。一喜はやればできる子、とだけ言っておきました〟
〝そんな適当な〟
〝一喜は本当にやればできるんだから、やればいいだけですよ。遠慮する必要はないです〟
〝遠りょって、俺は別に〟
〝ボクに遠慮していたんじゃないですか?〟
ここで一喜の手が止まりました。
どうやら、図星だったようです。
だとすると、一喜には、今まで申し訳なかったですね。
〝だって、勇菜は兄貴のことが〟
〝ボクでしたら、もうフラれていますよ〟
「ハ!?」
思いもよらないことだったのか、一喜が大きな声を出しました。
勇菜ちゃんは、チラッとだけ一喜を見たようですが、もう言及するつもりはないのか、何も言わずにテレビへと再び意識を戻しました。
〝兄貴が勇菜にフラれた?〟
〝はい。告白したわけではないんですが、そんな対象に見ることはできないと、きっぱり言われました〟
またしても一喜の手が止まりました。
手だけでなく、全身が彫像のように固まっています。なのでボクが続けます。
〝ですが、勇菜ちゃんは一喜のことに関して、そうは言いませんでした。ボクよりも一喜の方が望みはあるんです。一喜の頑張り次第なんですよ〟
それを目にした一喜の口元が、ふるふると震え出しました。
フラれたと言ったボクの手前、笑みの形になるのを必死に堪えているようです。
〝とりあえず、もう手を抜くのをやめなさい。今からでも部活をやってみたらどうですか? まだ一年の夏休み前なんですから、一喜なら普通に馴染めるでしょう?〟
〝アリかもだけど、そのせいで勇菜と一緒にいる時間がへるのはイヤだ〟
〝なるほど。それは何より重要事項でしたね〟
ボクはくすくすと笑ってしまいました。我が弟ながら、可愛いことこの上ないですね。
勇菜ちゃんが、またしても眉をひそめている雰囲気が伝わってきます。
〝何をどうってのは、まだ決まらないけど、とにかくがんばってみるよ〟
〝応援していますよ〟
その後、返却された一喜の答案の間違い直しにしばし時間を費やします。
点数は頑なに教えてくれませんでしたが、これ、赤点じゃないですよね?
間違いだらけで終わりそうにないので、適当なところで切り上げることにしました。
「一喜、着替えるから、今日はそろそろ帰ってくれる?」
「ああ、わかった」
そう言って立ち上がりかけた一喜の動きが、途中でピタリと静止しました。
「そういや兄貴って、見えてるんだよな?」
「見えているわよ?」
「腕を動かすのは、兄貴なんだよな?」
「何を今さら」
「じゃあ着替えとか、どうやってるんだ?」
話題に触れてこないと思ったら、まだ気づいていなかったんですね。
勇菜ちゃん、この返答次第で、今後のボクと一喜の関係に亀裂が入らないとも限りません。くれぐれも慎重な返答をお願いします。
例としては、おばさんに手伝ってもらっている、などがお勧めです。
「どうやってって、祝人に脱がせてもらって、別の服を着せてもらうに決まっているじゃない」
「………………下着も?」
「当然よ。祝人には、もう十回以上もパンツを脱がされているわ」
そうですよね。勇菜ちゃんならそう言いますよね。正直なのは良いことです。
ボクは泣きそうですが。
「な、な……」
「着替えくらいで驚いていたら、こんな生活やってられないわよ。寝る時だって一緒だし、お風呂なんて、祝人に体の隅々まで洗ってもらっているんだから」
さも当たり前のように言ってのける勇菜ちゃんに対し、一喜はもはや言葉も出ないようです。
ちなみに、ボクはもう諦めています。
「ほら、さっさと出てってよ」
勇菜ちゃんが、唖然としている一喜を部屋の外に押し出しました。
部屋の外から、一喜の声にならない叫びが聞こえてくるようです。
一喜、頑張ってくださいね。
男の価値は、女の子のパンツを脱がせた回数で決まるわけじゃありません。
ボクは、自分よりも、一喜の方が勇菜ちゃんに相応しいと、ずっと思っていたんですから。
何はともあれ、どうにかこうにか一喜もボクのことを信じてくれたようです。
かえって深刻な問題が生まれてしまった気もしますが、そのあたりのことは考えないようにしました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の晩、ボクたちに、とある変化が現われました。
『あ、あれ? んっ! はっ!』
「何やってんの? 鬱陶しいんだけど」
『それが、腕が動かないんです』
「え……まさか、治ったの!?」
わかりません。腕の支配権が、ボクから勇菜ちゃんに戻ったんでしょうか。
『どうですか?』
「…………私も動かせないわ」
『ええっ!?』
二人とも動かせないというのは、かなり困ります。生活の大半を、腕なくしてできません。
「動け! 動きなさい!」
勇菜ちゃんが、強く念じながら腕に向かって呼びかけています。
すると――
『あ……』
「あ……」
……動きました。突然、腕の制御が戻ってきたのです。
『でも、動かせるのは、ボクみたいですね』
「なんなのかしら。ちょっとじっとしなさいとは思ったけど、まったく動かなくなるなんて」
『勇菜ちゃんが何かしたんですか?』
「祝人がちょろちょろ目の前で腕を動かしていたから、じっとしろって思ったら、突然ストンッ、て動かなくなっちゃったのよ」
『それで、動いてもいいと思ったから動くようになったと?』
「うーん、多分?」
『ビックリしましたけど、結局は、今までどおりということですね。このまま二人とも動かせなければ、どうしようか思いましたよ』
腕の支配権を、ボクから強制的に取り上げる。
『最初から備わっていたことなんでしょうか』
「それはないんじゃないかしら。今までも、何度か勝手に動くなって思ったことくらいあるもの」
『謎ですね……。なんにしても、勇菜ちゃんが動かせないのなら、大した意味はありません』
「そうでもないわよ。もし、祝人が欲望に我を忘れて、私の胸を揉みしだいてきたとしても、強制的にやめさせることができるじゃない。これでもう安心ね」
『もう安心って、そんなこと、今まで一度だってしたことありませんが!?』
「不思議よね。なんでしてこないかしら。私に魅力がないって言うの? ムカつくわ」
『どうしろっていうんですか……』
乙女心は複雑すぎます。
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