第14話 正義の味方に憧れた少年
今、
部屋の中央に置かれた椅子に座らされ、机を挟んだ対面には、学年主任の先生が両手の指を絡ませて難しい顔をしながら座っています。その後ろには、ボクたちの担任が立って控えています。某特務機関の総司令官と副司令官の立ち位置が脳裏を過ぎりました。
「
学年主任の先生が、重い口振りで話し始めました。
が、その後がなかなか続きません。先生方も言い出しにくいようです。まさか、カンニングしたのか? などと、正面切って言えるはずもありませんしね。
「まあ、なんだ。その、今までの琴吹の成績からすると、ちょっと順位が上がりすぎというか」
これ以上は無理というところまで上がりましたね。我ながら、良い仕事をしました。
「だからな、先生たちも疑うわけじゃないんだが、琴吹のあれが、ちゃんと実力だと証明するためにだな、この場でこれを解いてみてくれないか?」
学年主任の先生が、そう言って数学の問題用紙を一枚、勇菜ちゃんの前に差し出してきました。
どれどれ……ふむふむ、なるほど。
これはかなり難しい問題ですよ。少なくとも、期末試験で出た問題よりも難しいです。
「先生方は……私がカンニングをしたと思っていらっしゃるんですね……」
「い、いや! そうじゃないんだ! ただちょっと、突然の事態に、こちらも戸惑っているだけで!」
「いえ、いいんです。これまでの私の成績からすれば、先生方が疑問を持たれるのも当然です。ですが、今回は本当に頑張ったんです。
「琴吹……」
「ぐすっ、しくしく」
『勇菜ちゃん、できました』
「へ?」
何やら熱弁していた勇菜ちゃんに見えるよう、解答を書きこんだ問題用紙を掲げ、それから正面に座っている学年主任の先生の前に、すっと提出しました。
「え……あ、ああ……早いな。もう解いたのか……」
動揺しながらも、先生は答え合わせを始めてくれました。
「あんたね、私が泣き落としでなんとかしようとしているのに、何勝手に解いているのよ」
『目の前に問題があると、つい』
学年主任の先生と担任の先生が、何やらヒソヒソと話し合っています。
正解だとは思うんですけれど、一応、合っているのか教えてほしいですね。
手持無沙汰で審議を待っていると――。
生徒指導室の扉がいきなり、バンッ――!! と勢いよく開け放たれました。
勇菜ちゃんと仲の良いクラスメイトたちです。彼女たちが、生徒指導室の中へ雪崩れ込むようにして入ってきました。
「勇菜!」
「な、何? 皆、どうしたの?」
急な展開に、ボクたちは頭の上にハテナが浮かびました。
「どうしたって、勇菜が呼び出しされたって聞いたからじゃない!」
どうやら彼女たちは、勇菜ちゃんを心配して駆けつけてくれたようです。
「先生! 勇菜は本当に勉強を頑張っていたんです! 私たちの質問にだって、全部わかりやすく教えてくれましたし。今回の順位は、さすがに初めは信じられなかったけど……。でも、勇菜はカンニングなんてしていません! そんなことをするような子じゃないです!」
あ……ボク、ほろりと涙が出そうです。顔が無いので泣けませんが。
二人の先生が、お互い顔を見合わせ、コクンと頷き合っています。
座っていた学年主任の先生も立ち上がりました。
「ああ、そうだな。琴吹、すまなかった」
先生たちが、深く腰を折って勇菜ちゃんに頭を下げました。
教師という立場であり、かつ大勢の生徒の目がある場での謝罪。非を認めたなら誠意を込めて頭を下げる。その潔さは尊敬に値します。この学校の先生は、良い先生ですね。
「あ、頭を上げてください! 私は気にしていませんから!」
勇菜ちゃんが焦っています。仕方なかったとはいえ、自分の実力だったわけではないのは事実ですから、バツが悪いんでしょう。
「これからも、その調子で頑張ってくれ」
「が…………頑張ります……」
うんうん、頑張ってください。
いつかボクがいなくなったとしても、ですよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ボクたちは生徒指導室をあとにし、心配してくれた皆にお礼を言って別れました。
そして帰途につこうとしたところで、貼り出された順位表を見ている
「勇菜……」
「ちょうどいいわ。一緒に帰りましょうか」
ボク抜きで、勇菜ちゃんと一喜が二人きりで帰るのって、いつぶりでしょうね。
校門を出たところで、重苦しい雰囲気の中、一喜が先に話を切り出しました。
「順位表……見た。810点の、10点って何だ?」
「いろいろとあるのよ」
本題ではありませんね。でも焦らず待ちましょう。
互いに視線は合わせず、しばらく淡々と歩き続けます。
そんな中、タイミングを探すようにして、一喜から切り出しました。
「……あれって、全部満点なんだよな?」
「そうよ。ちなみに、副教科も全部満点だったわ」
「はは、どんなチートだよ」
茶化すような調子で一喜は言います。
「約束、覚えているわよね?」
そこで勇菜ちゃんが足を止め、怒るでもなく、真っ直ぐに一喜の目を見据えました。
一喜は、勇菜ちゃんの視線を受け止めきれず、うろうろと彷徨わせています。
「…………本当に、兄貴なのか?」
「ええ」
ついに本題に入りました。勇菜ちゃんの返事は、ただ頷くだけの肯定を示すものです。
「……信じらんねえよ」
「信じたくないだけでしょう。あんた、自分で祝人は死んだって言っていたくせに、言った自分が一番祝人の死から逃げているじゃない。あんたは認めたくないだけよ。私たちのせいで祝人が死んでしまった事実から、目を逸らしたいだけなのよ」
「だって……だってよ……。俺が……俺が、あの時もっと……」
一喜は、事故からずっと自分を責めていたんでしょう。
あまりに重いことであるがために、まだ気持ちの整理がついていないんです。
「あんた、祝人が死んでから一回も泣いていないんじゃないの? 泣いたっていいじゃない。男だってね、身内が死んだ時くらい、泣いても恥ずかしくなんかないわよ」
一喜は固く口を閉じ、唇をきつく結んでいます。口を開けば嗚咽が漏れてしまうのかもしれません。
「祝人があんたを責めると思う? あんたの兄貴は、そんな小さい奴だった?」
「……ぐ……う……」
一喜の目に、大粒の涙が浮かびました。
「祝人は、恨みごとなんて、ただの一言も言っていないわよ。それどころか、ずっと私たちのことを気にしてる」
溜まった滴が一筋、一喜の頬を伝って流れ落ちました。
勇菜ちゃんは、じっと一喜を見つめています。
『勇菜ちゃん、ボクの言葉を、そのまま一喜に伝えてくれませんか?』
できることなら、ボクの声で直接伝えたいですけれど。
勇菜ちゃんが了承してくれました。
「祝人が一喜に話があるそうよ。今から言うことは、祝人が言っていることだからね」
「……あ、ああ」
ボクは勇菜ちゃんが聞き逃さないよう、ゆっくりと話し始めました。
「前にも言ったように、事故は一喜たちのせいじゃありません。自分を責めるのは、もうやめてください。一喜たちに責任を感じられると、ボクまで悲しくなってしまいます」
「でも……でも、あの時、俺が車に気づいてれば……」
「いくら自分の運動神経に自信があったとしても、それを過信しすぎないでください。一喜が車に気づいて避けたとしても、勇菜ちゃんはどうなりますか? 逆に勇菜ちゃんを庇ったとして、一喜が無事でいられる保証はありますか? 自惚れないでください」
少しキツい言い方かもしれませんが、はっきりさせておかないといけません。
「それに、一喜が気づこうが、気づいていまいが関係なく、ボクはきっと飛び出していたと思いますよ。大切な人たちのために行動するのは、正義の味方として、当然のことですからね」
「……ぅ……く……」
「だから気にすることなんて……ないんです」
「兄貴、ごめん……ごめん……」
「ここは……謝るところではないですよ。ボクはもっと……違う言葉の方が、聞きたい……ですね……」
一瞬、それがどういうことかわからなかったようですが、遅れてちゃんと、一喜もその意味を理解してくれたようです。とても苦しそうにしていた顔を少し、ほんの少しだけ和らげ、望む言葉を口にしてくれました。
「……兄貴…………ありがとう……」
いえいえ。
「どう……いたしまして……」
いつの間にか、勇菜ちゃんの言葉も震えていました。
泣かないと、実感できない気持ちがあります。
涙を流すことでしか癒されない気持ちもあります。
ボクは、自分の目線よりずっと高いところにある一喜の頭に、そっと手を乗せました。
それと一緒に、鞄から取り出したハンカチを勇菜ちゃんの目元に添えます。
二人とも、無事でいてくれてありがとう。
ボクは大切な人たちを守れたことを、心から誇りに思っています。《ルビを入力…》
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