第13話 勢い余って、ちょっとハミ出ちゃった

 二日目も無事試験を終えました。最も懸念していた保健体育も、なんとかクリア。

 今のボクは、そこらの男子とは比較にならないほど女体に詳しいと自負しています。


『あとは消化試合です』

「順調そうね。どこか間違えているかもとか、不安なところはないの?」

『あります。保健体育の最後の問題にあった〝家族計画と人工妊娠中絶について意見を述べよ〟という設問なんですが、こういった問いに対する解答は、決まった答えが用意されているわけではありませんから、ボクの解答がどう評価されるのか』

「どんだけ保健体育にご執心なのよ。それ以外は問題ないのね?」

『現時点での一位は揺るぎないと思います』

「ああそう。結構なことで」




 そして試験最終日。

 二日目の保健体育に比べれば、赤子の手を捻るが如しでした。

 これにて試験終了。結果を待つのみです。

 予定では、明日に一日目と二日目の、明後日にはすべての答案が採点返却されます。

 そして気になる学年順位ですが、ボクたちの学校では、全校生徒が毎日必ず通る昇降口に、見せつけるようにして大きく貼り出されます。

 ただし、そこに名前が載るのは、成績上位五十名のみ。

 夏休み前日に渡される通知表を待たずして、自分の順位がわかるというわけです。


「ん~~~~。終わった終わった。この解放感がたまらないのよね」


 試験はボクが受けていたはずなんですが、いったい何から解放されたというのでしょう。

 謎です。




 翌日、一日目と二日目の答案が返却されました。

 返ってきた答案を見つめたまま、勇菜ゆうなちゃんが、ずっとぷるぷると小刻みに震えています。七月半ばですし、寒いはずもないのですが。


祝人のりと100点っていうのは、まあいいわ。よくやったと思う」

『恐縮です』

「でも、この国語総合の105点って何よ? 勢い余って、ちょっとハミ出ているんだけど」

『ああ、それですか。問題の一部に不備があったのを見つけたんですよ。偶然にも解答は同じになるんですが、間違った解釈のままになってしまうので、指摘と改善内容を記しておいたらボーナス点をくれたみたいです。たまにありますよね』

「あるわけないでしょ。バカなの?」

『この点数では足りなかったでしょうか』

「点数の問題じゃないわよ。というか、全部が全部、三桁得点ってなんなの……。結局、保健体育まで100点取っちゃったし」

『頑張った甲斐がありましたね』


 今日返された答案は、すべて満足のいくものでした。努力が実を結ぶのは、とても嬉しいことです。


「――勇菜、何点だったー?」

「わっ!」


 駆け寄ってきた女子から、勇菜ちゃんが慌てて答案を隠しました。


「あー、隠すなんて、思ったより悪かったんでしょー」


 近づいてきた彼女はニコニコと、とてもいい笑顔です。同じ境遇の仲間を見つけたといった時の顔ですね。


「う、うーん……。思ったより良かったというか、やりすぎというか……」

「良かったんならいいじゃん、見せてよー。いっぱい勉強したんでしょー?」

「ダメ! 絶ッ対見せられない!」


 他の友人たちも、何事かと集まってきました。

 勇菜ちゃんは人気者ですね。女の子たちが楽しそうに弾ませる声には華があります。

 一名、必死なのも混じっていますが。



 一日目、二日目の結果

 英語Ⅱ(100点)、数学B(100点)、国語総合|(105点)

 英語W(100点)、化学Ⅱ(100点)、保健体育|(100点)




       ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 さらに翌日。

 学年順位発表がされる、運命の日がやってきました。


『結果にドキドキしますね』

「なんでよ? もう学年一位は確定じゃない」

『まだわかりませんよ。ボク以外にも、全教科満点+αを取っている人がいないとも限りません』

「限るわよ。バカなの?」


 もはや口癖になりつつありますね。

 順位発表は放課後、全校生徒が通る昇降口前に学年毎に貼り出されます。順位に反映される科目は英語Ⅱ、英語W、数学Ⅱ、数学B、国語総合、世界史B、化学Ⅱ、生物Ⅱの八つです。

 HRを終え、順位発表を見に昇降口前の渡り廊下へ行くと、異様なほどざわざわとした喧噪に包まれていました。


『何やら騒がしいですね』

「私には、嫌ってくらい想像がつくわ……」


 ボクたちは人垣のかなり後ろから、貼り出された順位表に目を凝らしました。


『あっ、勇菜ちゃん、見てください!』

「………………わかっちゃいたけどね」


 順位表は、ずらーっと横に伸び、右から成績の良かった順に名前が縦書きで記されています。

 最前列ではラブレターの彼が、順位表を見上げながら、呆然と立ち尽くしていました。


『二位、東条蓮司。ようやく名前がわかりましたね』

「毛ほども興味がないわ」


 ご愁傷様です。

 手紙に書かれていた、順位発表の後にうんぬんは聞かなかったことにしてあげるのが、彼のためでしょうね。


『でも、総合770点。凄いですよ。科目平均が96点を超えています』

「そりゃ凄いわね」

『驚かないんですか?』

「驚くわけないでしょ。平均96点で驚くなら、平均101点のあんたには、どんなリアクションとればいいのよ」


 平均が100点を超えたのは、実はボクも初めてです。

 いつもより頑張ったおかげで、二日目にも一科目105点を取ってしまったんですよね。



    五  四  三  二

    位  位  位  位

・・・・              ・・

    下  千  山  東

    柳  林  本  条

    勝  良  晴  連

    也  一  彦  司


     754 763 765 770

    点  点  点  点


そして。


        一

        位


        琴

        吹

        勇

        菜


         810

        点



「はい。それじゃ確認したし、さっさとここを離れましょ。厄介なことになる前に」

『厄介なこと?』


 ボクが尋ねたのと同時、群衆を掻き分けて、こちらに近づいてくる先生の姿が見えました。


「あーもう、来ちゃった……」

「琴吹、ちょっと生徒指導室まで来てもらえるか」


 あれは学年主任の先生ですね。


「ほらみなさい。やっぱり呼び出しされたじゃない」

『あはは、予定どおりじゃないですか』

「死ねバカ」

『だから、もう死んでいますってば』

「だったら生き返って、もう一回死ね」

『それはちょっと、勘弁願いたいです』


 良い傾向ですね。

 こんな冗談を言えるくらい、心の傷も癒えてくれたようです。

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