第11話 バファリンの半分は優しさでできているが、男子高校生の半分はエロでできている

 やってきました月曜日。ついに期末試験一日目です。

 が、今日も朝から暑いですね。これから戦場へと向かう学生に、さらなる試練を与えんとするかのように、紫外線を含んだ灼熱の日差しが容赦なく降り注いできます。


「ねえ、祝人のりと、試験勉強、あれで大丈夫なの? 私の睡眠に合わせて切り上げていたけど」

『問題ありませんよ。根を詰めすぎても、かえって集中力を欠くだけで効率は上がりません。それに残念ながら、今日やる試験科目は、もう点数を上げる余地がないんですよね』

「一度言ってみたいわ、そんな台詞」


 隣を歩く一喜かずきは、登校中でもノートを凝視しながら歩いています。

 ですが、ちょくちょく周囲に目をやっていますね。おそらく、車の通りを気にしているんでしょう。ボクのことを戒めとしているようですが、そもそも歩きながらノートを開いている時点で注意力散漫と言わざるを得ません。


「試験当日なのに、こんなに気持ちが楽なのって初めてだわ。他人任せって素晴らしいわね」


 一方、揚々と歩く勇菜ゆうなちゃんは前しか見ていません。まるで、花●院にトドメを刺すべく、止まった時の中を進むDI●様のように、恐れるものなど何もない言わんばかりです。

 二人の代わりに、ボクが気をつけるしかありません。


『勇菜ちゃん、一位を狙うことについては吹っ切れてくれたんですね』

「だって仕方ないじゃない。ちゃんとフォローしてよね」

『お任せください。文句のつけようがない戦果を挙げてみせます』

「もう好きにしたらいいわ……」


 それに比べて――。と困ったように言って、勇菜ちゃんが一喜の前に出て振り返りました。

 そのまま後ろ向きに歩きます。


「あんたは当日まで、ご苦労様ね。ちゃんと勉強したの?」

「した。……つもりだけど、あんま自信ない」

「いつもどおりってことね」

「勇菜こそ、そんな調子で本当に大丈夫なのかよ。赤点で補習とかになったら笑い話にもならないぜ? 夏休みがなくなっちまうんだから」


 まだボクの存在を疑っている台詞です。

 明々後日以降、答案が返却されていきます。そこで見返してやりましょう。


「わかっていないわね。私はそういう低次元にはいないの。あんたとはステージが違うのよ」


 ボクが言うのもなんですが、虎の威を借りまくっていますね。

 一喜はそれを、頭ごなしに否定することもできず、頼りなく視線を泳がせています。


「人のことを心配する余裕なんてないでしょ。自分のことに集中しなさい」

「……してるさ」


 気もそぞろといった感じですね。それでは充分な実力を発揮できませんよ。

 ともあれ、ボクにできるのは、せいぜい背中を叩いて気合いを入れてあげるくらいです。

 試験は己との戦い。一喜自身の力で乗り越えていただかなくては。

 と、思いきや。


「やれやれね。これは、目の前に人参でもぶらさげてやらないとダメかしら」

「人を馬みたいに言うんじゃねーよ」

「今回の試験、どれか一つでも点数で私に勝てたら、なんでも言うことを聞いてあげる」


 一喜の手からノートが落ちました。足を止め、表情まで完全に停止しています。

 勇菜ちゃんは、本当にザ・ワ●ルドを使えるようです。


「……………………………………………………………………………なん……でもって?」

「なんでもは、なんでもよ。屁理屈をこねるつもりもないわ」

「じゃ、じゃあ……例えばだけど……その……え……えっ……」

「エッチなこと?」

「そそそそうは言ってねえが! 可能性の一つとして確認しておきたい!」


 可能性の一つというか、その一つが唯一絶対な気もしますが。

 対する勇菜ちゃんは、事も無げに「別にいいわよ」と返しました。


「いいのか!?」

「というか、それ以外にないと思ってたし」


 そうなんですよね。男子高校生の頭の中なんて、寝ても覚めてもそればっかりですよ。

 特にボクなんて、いつでも手の届くところに無防備な女の子の体があるわけですから。

 そんな状況に置かれているのに、日々堪え忍んでいる自分の精神力を誇りにさえ思います。


「私が勝っても一喜に何か要求したりはしないから、安心して試験に臨みなさい」

「ちょ、ちょっと待て! まだ確認が終わっていない! 男子のそれと、女子のそれだと想像に食い違いがあるかもしれねえ! そのあたりの擦り合わせは、今のうちにしておくべきじゃねえか!? あとになって、思っていたのと違うー。こんなことまで考えてなかったー。とか言われても困るぜ!?」


 必死ですね。我が弟ながら、少々恥ずかしいです。


「処女賭けてもいいわ。他に何か訊きたいことは?」

「ございません」


 ボクを信頼し、100パーセントありえないと考えてくれているからこそなんでしょうけど、凄いこと言いますね。


「……なんてな」


 唐突に、一喜の態度が変わりました。

 落ちたノートを拾い上げ、ぱっ、ぱっ、と土を手で払う仕草に余裕を見せています。


「ま、余興としては面白いんじゃねーの? せっかくの提案に水を差すのもなんだし、乗せられてやってもいいかな」


 そう言って以降、学校に着くまで一喜の視線がノートから外れることはありませんでした。

 一喜と昇降口で別れた後、ボクは深い溜息をつきました。


『勇菜ちゃん、大変なことを言ってくれちゃいましたね』

「何? プレッシャー感じちゃったの? 相手は一喜よ? まったく問題にならないでしょ。加藤●澄が地上最強の生物に挑むくらい無謀よ。目を瞑っていたって勝てるわ』


 それはまあ、勇菜ちゃんが目を瞑っていても、ボクには見えていますからね。


『そうではなく。心配なのは勇菜ちゃんの貞操じゃなくて、一喜の方です』

「どうして? やる気が出たように見えたけど」


 確かにヤル気は出たかもしれませんが。


『ボクたちくらいの健康な男子に、女子からなんでも言うことを聞く。エッチなことでもOKなんて言われたら、もうそのことしか考えられなくなって、試験問題どころじゃないですよ』

「……祝人がそうってだけじゃないの?」

『いいえ。男子高校生は、五分に一度はエッチなことを考えると言われています。それくらい性欲が強いんです。ボクはむしろ、相当に自制心が働く方だと思います。これが一般的な男子高校生であれば、今頃勇菜ちゃんは――おっと、これ以上はさすがに言えません』


 男性不信に陥られては困りますし、ボクの扱いにまで影響を及ぼしませんからね。


「そこで止められる方が怖いんだけど……」

『ボクたちの最初の科目は英語ですが、一喜は数学でしたか。円周率のπパイや、アルファベットのWやYが出てこないことを祈るばかりですね。いよいよ妄想が止まらなくなってしまいます』

「πはなんとなくわかるけど、Wはなんでダメなの?」

『女性の胸に見えるからです』

「……じゃあ、Yは?」

『女性の下半身に見えます』

「病院行った方がいいんじゃない?」


 悲しいかな、それが男子高校生という生き物なんです。

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