第8話 ボクがモテないのはどう考えてもヒロインが悪い!

 学校に着けば、下駄箱のある昇降口で、学年の違う一喜かずきとは別れます。

 上履きに履き替え、ボクたちは自分の教室に向かいました。教室の扉を開け、中に入ると、空気が一瞬しんっとなった気がします。クラスメイトたちが一斉にこちらを見ています。


 注目を浴びている勇菜ゆうなちゃんは、構わず自分の席まで歩いて行き、ボクは机の上に鞄を下ろしました。

 一連の動作がスムーズです。この二人羽織にも、だいぶ慣れてきんじゃないでしょうか。

 勇菜ちゃんが椅子に腰掛けると、何人かのクラスメイトが近づいてきました。


「勇菜……おはよう」

「ん、おはよう」


 彼女たちは、いつも勇菜ちゃんと仲良くしている子たちです。


「……大丈夫?」


 恐る恐るといった感じで勇菜ちゃんに訊いています。


「ありがとう、心配してくれていたのね。私なら大丈夫よ」

「私たちも、世良せら君のご葬儀に行ったんだけど、勇菜がハンカチ当てて泣いていたから、なんて声をかけていいのかわからなくて……」


 それ、泣いた振りですよ。バレないものですね。


「辛いけど、なんとか乗り越えるわ。皆といれば、心の傷も癒される気がするの」

「勇菜……」


 健気を装う勇菜ちゃんの言葉に感動した彼女たちが、目に涙を溜めています。

 いつも思うんですけど、勇菜ちゃん、ボクや一喜に対する態度と、クラスメイトに対する態度が違いすぎませんか? 新世界の神を目指すムーンライト君でさえ、ここまで露骨じゃないと思います。


 外面仕様の勇菜ちゃんが、ふと、ある方向に視線を向けました。

 そこは、ボクの席がある場所。ぽつんと置かれた机と椅子は、もう使う人間がいません。使っていた生徒が亡くなってしまったわけですし、もしかしたら敬遠されて、廃棄になるのかもしれませんね。そう考えると、無性に物寂しさを感じてしまいます。

 そんなことを、ぽつりと口に出してしまいました。


「どうかしら。不動の学年一位の生徒が使っていたってことで、ご利益扱いされるかもしれないわよ? 祝人のりとよく、試験前にシャープペンとか交換してって言われていたじゃない」

『あれって、そんな意味があったんですか』


 ボクの文房具に、学問の神様みたいな効果を望まれても、期待には応えられないと思うんですが。

 今日は木曜日。期末試験は土日の休みを挟んで、来週の月曜日から三日間にわたって行われます。中学の頃だったら、数学なら数学、英語なら英語と、それ以上、それ以下ではなかったんですが、高校の数学は、数学Ⅱや数学Bといった風に、一つではありません。英語も枝分かれがあって、試験範囲はとても広いです。


『腕が鳴りますね』

「ほどほどでお願いするわ」

『ほどほどではダメです。全教科満点を取るつもりでいかないと。腕によりをかけますよ』

「腕の慣用句推しがウザいわね。もう好きにしたら」


 勇菜ちゃんが、暖簾に腕押しだとでも言わんばかりに諦め、机に突っ伏してしまいました。


 ボクが亡くなったことは、既にクラスメイトたちに全員に知らされていたようなので、朝のHRでも、さほどこの話題に触れることはありませんでした。担任の先生が一言、勇菜ちゃんに無理をしないようにと言って、その場は終わりです。きっと一喜も同じことを言われているんでしょう。

 その後は平常どおりに授業が行われます。ボクは勇菜ちゃんの鞄から、一限目の授業で使う教科書や筆箱を取り出しました。


『勇菜ちゃん、ノートはボクがとりますけど、ちゃんと勇菜ちゃんも授業を聞いていてくださいね?』

「ええ、任せて」


 机に顎を載せたままの姿勢は寝る準備万端に見えます。こんなにも心のこもっていない「任せて」を聞いたのは初めてです。


 そんなこんなで午前の授業を終え、お昼休みになりました。

 いつも勇菜ちゃんが一緒に昼食を食べているクラスメイトたちと集まって、お弁当の準備をします。今こそ練習の成果を発揮する時ですよ。

 勇菜ちゃんのお母さんに、お弁当を作ってもらうにあたって、いくつかお願いをしておいたことがあります。

 一つ、口元がべたつくようなソースなどの類は極力使用しないこと。

 二つ、すべて一口サイズで口に入れることができるようにすること。

 これらを適用することで、ほとんど違和感なく食事を進めるこができます。さらに飲み物は自販機の、ストロー付き紙パックジュースを購入。今のボクたちに死角はありません。


 時期が時期だけに、笑い声を上げるような明るい雰囲気にはなりませんでしたが、それでも少しずつ笑顔を取り戻していってくれました。皆が暗いと、ボクも悲しいですからね。

 そんな歓談の中で、勇菜ちゃんの正面に座っている子が、手元のお弁当に視線を落とし、思い返すようにして話題を切り出しました。


「今だから言っちゃうけど、私、世良君のこと好きだったのよね」


 唐突な発言に、ボクは耳を疑いました。


「そうだったの」


 対する勇菜ちゃんの反応は、特に変わったところはありません。まるで、珍しいことではないかのような態度です。


「でも、勇菜と世良君、すごくお似合いだったから、私は告白する気なんてなかったし、もし二人が付き合ったとしても、祝福するつもりだったのよ」

「それ、いつも言っているでしょ。私と祝人はそんなんじゃないって。産まれた時からの腐れ縁ってだけよ」


 これ、ボクが聞いていい話なんでしょうか。とてもいたたまれないんですが。


「世良君って、何気にポイント高かったよね。勉強ができる上に優しかったし、見た目だってわりと良かったもん。運動はできないけど、カワイイ系っていうの?」


 今度は別の子が、そんな発言をしました。誰か、今だけボクに耳を塞ぐ機能をください。


「祝人、手が止まっているわよ」

『え、あ、ごめんなさい。ちょっと、信じられない会話を聞いてしまったので』


 ボクに顔があれば、真っ赤になっていることでしょう。いやはや。いやはや。

 お弁当を食べ終えると、勇菜ちゃんは、教室を出て人気の無い所へ移動しました。ここなら周りを気にせず普通に喋ることができます。


『ボク、全然気づきませんでした』


 もちろん、さっきの会話のことです。


「祝人って、結構女子に人気があったのよ」

『信じられません。告白されたことなんて、一度だってないですし』

「それは、私が近くにいたからでしょうね。周りが勝手に、お似合いだとか邪推するのよ」

『つまり、ボクがモテなかったのは勇菜ちゃんのせいなんですね』

「……ごめん。祝人は、私とそういう風に見られるの……嫌?」

『い、嫌だなんて! そんなことは!』

「ぷっ、焦ってやんの」

『え? あっ』


 ……不覚です。

 笑われて初めて、からかわれたことに気づきました。

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