第4話 脱がせてよ
ボクの家では、お通夜の準備が進められていました。
「ふう……」
自分の部屋に戻ったことで、
ボクはと言うと、女の子の部屋に入ってドキドキを――といったことはありません。小さい頃から高校生に至る今でも互いの家にしょっちゅう出入りしているため、勇菜ちゃんの部屋の中も見慣れたものです。
ですが、勇菜ちゃんの行動はさすがにイレギュラーでした。
「着替えるわ」
『ああ、そうですね。家の中でいつまでも制服というのも』
「脱がせてよ」
『………………うぇい?』
思わず間抜けな声を出してしまいました。
「うぇい? じゃないわよ。私は手を使えないんだから、
『そ、そうかも、しれませんけれど』
女の子の服を脱がせる。そんな果てしなく心躍る、いやいやそうではなく甘美な、でもなく背徳的な行いをしてしまってもいいんでしょうか。
勇菜ちゃんは手を使えないんですから、ボクが代わりにやるしかないことはわかっているんですが、それでもやはり……。ああもう、頭が沸騰しそうです。
「スカートの横に付いているホックをはずして、ファスナーを下げて」
まだ心の準備もままならないうちに、勇菜ちゃんから指令を出されてしまいました。
わかりました。ボクも覚悟を決めましょう。
そーっと、そーっと、指先で摘まむようにしてスカートに手をかけます。
パサッ、と音を立ててスカートが床に落ちました。
…………白ですね。
「次は上ね」
下着の色と同じく、頭の中まで真っ白になっていき、勇菜ちゃんの言葉もおぼろげにしか耳に入ってきません。
せめて肌に触れないよう、ニトログリセリンでも扱うかのように、慎重に作業を進めます。
十五分くらい時間をかけ、ようやくボタンなどが複雑な造りになっていない室内着に着替え終えることができました。気づけば息が上がってしまっています。けっして、興奮したからではありません。
でも、ちょっと得したかも、なんて思ってしまう自分がいるのも確かです。
とはいえ、これ一度きりならまだしも、しばらく勇菜ちゃんの腕にお邪魔してしまうなら、次のような確認と注意をしておかなければいけません。
どうも勇菜ちゃんは、この状態について、認識に誤りがあるようですから。
『勇菜ちゃん、若干手遅れな感じもしますが、今のうちに言っておきたいことがあります。怒らないで聞いてください』
「何よ、改まっちゃって」
『着替えなどをしている時は極力、自分の体を見ないようにしてください。その際、鏡の前に立つといったことも避けた方がいいです。できれば、天井に顔を向けていていただけると』
「なんで――……え? 祝人、あんた……まさか見えているの?」
やっぱりですか。勇菜ちゃんはそう考えていたんですね。
『はい、勇菜ちゃんが顔を向けている方向だけですが、視線を動かすくらいの範囲で自由に見ることができます』
「なっ!? じゃ、じゃあ、今の……私、普通に祝人が動かす手をずっと見ていたけど……」
『………………すみません』
勇菜ちゃんが頭を抱え――ることはできないので、代わりに額を壁に押し付けました。
「もっと早く言いなさいよ。そしたら、もう少し恥じらうくらいはしたのに」
そう言う勇菜ちゃんの肩は、ひどく落ち込んでいます。
『申し訳ないです。声が出せるんだから、目も見えているということに勇菜ちゃんも気づいているものと』
「何? 女の子の下着姿を楽しんでおいて、人のせいにするわけ?」
『いえ、全面的にボクが悪いですね。猛省します』
「よろしい」
男の辛いところです。この手の話題では、どうあっても勝てません。
「目を瞑ることはできるのよね? 私も気をつけるけど、あんたも見ないようにしなさいよ」
『了解しました。ただ、不可抗力で見えてしまった分は、ご容赦いただけると』
「まあ……こんなの、どうしたって完璧にとはいかないでしょうしね。うっかり見えてしまう分には我慢してあげるわ」
うっかり見えてしまう分にはOKと。言質が取れました。
「うっかりにかこつけて、ラッキースケベを連発しようとか思っていないでしょうね?」
『勇菜ちゃん、見くびらないでください』
「そうね、悪かったわ」
『ラッキースケベというのは、たまにだからこそありがたみがあるんです。連発させるようなものではありません』
「どうにもズレた回答な気がするわね」
何はともあれ、着替えに関する問題は、とりあえずなんとかなり――…………ませんね。
『勇菜ちゃん、大変です……』
「どうしたの? 今にも死にそうな重症患者みたいに情けない声よ?」
『あの、ですね。下着の着替えは……どうすればいいんでしょう?』
「下着? それも目を瞑って――」
勇菜ちゃんも気づいたようです。ショーツならまだしも、ブラジャーともなると、ほら、胸周りのお肉をこう、寄せて集めたりしないといけないわけですから、体に触れずに身につけるというのは不可能ではないでしょうか。
「……着けないわ」
『まさか、ノーブラ……ですか?』
「上等じゃない」
勇ましいですね。カッコイイとすら思えます。
ですが、これからは、より悶々とした日々を過ごすことになってしまうでしょうね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ボクが事故に遭ったのは早朝。今はもう日が落ち始めています。
今晩お通夜をし、明日、近くの集会所で葬儀が行われるようです。
『勇菜ちゃん、お通夜はどうしますか?』
勇菜ちゃんはベッドの上に座り、壁にもたれかかりながら足を投げ出しています。
「出た方がいいかしら」
『いえ、出なくてもいいと思います。あまり深く受け取らないでほしいんですが、勇菜ちゃんと
「……そうね。あ、一喜にも教えてあげないと! でも、信じてくれるかしら」
『オカルト話ですから、簡単にはいかないと思います』
ボクと違って、一喜はずいぶんとリアリストに育ってしまいましたからね。
「一喜にも声が聞こえなかったら、筆談でもする?」
『それも一つの手ですね』
とりあえず、一喜にスマホで連絡を取ってみることにしました。スマホは勇菜ちゃんのですが、タップするのはボクです。こういったことは、言葉で説明してもわかってはもらえないでしょうが。
発信を押してしばらくすると、一喜が電話に出ました。何やら、向こうでガヤガヤと音がします。勇菜ちゃんが尋ねてみると、一喜もお通夜の準備を手伝っているとのことでした。
それなら自分も、と勇菜ちゃんが手伝いを申し出ましたが、断られてしまいました。勇菜ちゃんは事件のショックで倒れているので、一喜が休んでいろと気を使ったみたいですね。
「わかったわ。また明日」
一喜との通話を終え、ボクはスマホをベッドの上に置きました。
「今日は家にいることにするわ」
『そうですね。一喜には、もう少し落ち着いてから説明しましょう』
「信じてもらえるといいわね。一喜も、今すごく辛いでしょうから」
『そのことなんですが、勇菜ちゃんにお願いがあります』
「お願い?」
『一喜に話すのはボクも賛成です。ですが、それ以外の人には言わないでほしいんです』
「それ以外の人って、祝人のおじさんやおばさんにもってこと?」
『はい。ボクが今こうして勇菜ちゃんと話せているのは、普通ならありえないことです。こんなことがいつまでも続くと、ボクは思っていません』
ああ、そんな悲しそうな顔をしないでください。
「何が言いたいの?」
『下手に喜ばせてしまって、もしボクが消えたら、また同じ悲しみを与えることになってしまいます。子供を二度も失うなんて、どれほどの苦しみか、想像もつきません。そんなことになるくらいなら、このままボクはいないということにしておいてもらいたいんです』
「…………わかったわ」
少し寂しそうにしながらも、勇菜ちゃんは了承してくれました。
「まあ、まずは一喜が信じるかどうかよね」
『いくつか信じてもらうための案もありますから、きっと大丈夫ですよ』
「そ。期待しているわ、学年一位の秀才様」
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