第2話 女の子の手って小さいんだね、と言って喜ばれるのはイケメンだけ

 ボクは病院までもたなかったようです。

 救急車の中でも、ずっと勇菜ゆうなちゃんがボクの両手を握ってくれていたそうです。

 後で誰かが話しているのを聞いたんですが、病院に着く頃には既に手遅れだったボクの手を、勇菜ちゃんは決して離そうとせず、引き剥がすのが大変だったと。

 泣き叫び、憔悴しきった勇菜ちゃんは、そのまま気を失うように眠ってしまったそうです。

 そして、ここからがなんとも信じられない話なんですが、ボクは勇菜ちゃんと夢の中で再会したんです。ボクだって馬鹿げた話だと思っています。ですが、目が覚めた後で勇菜ちゃんと話をしてみると、まったく同じ夢を見ていたと言うんです。


 あっと、すみません。少し話が飛びましたね。

 とにかく、ボクは勇菜ちゃんと夢を共有していたんです。その夢の中は、漫画BLEA●Hの背景のように、一面雪に覆われているかの如く真っ白で、それでいて寒さは感じず、ほのかに温かさすらありました。また、足元がふわふわと浮いているみたいに現実離れした感触が印象的でした。

 その時も、ボクと勇菜ちゃんは手を握り合っていました。勇菜ちゃんが言うには、ボクが事故に遭ってから、一度も離した覚えはないとのことです。強引に引き剥がされた時にはもう、気を失っていたのかもしれませんね。


 これは、その時の回想です。



「――なんにせよです。そろそろ離しましょうか」


 ボクと勇菜ちゃんは、両手を鏡に合わせたように指を絡めて握りしめた状態で向かい合っていました。さすがに照れ臭くなってきちゃいましたよ。


「……あれ? 離れないわよ?」

「うん! よっ! せいっ! ……本当ですね。どうしてでしょう」


 ブンブンと腕を振り回しますが、つながった手は一向に離れません。


「あんたね、美少女と手をつなげて嬉しいのはわかるけど、いい加減にしなさいよ」

「いや、本当に離れないんですって」


 実際、ちょっとドキドキしていますし、嬉しくないわけでもないですが。


「女の子の手って、すごく小さいんですね」

「キモ」


 言わなきゃよかったですね。これで喜ばれるのはイケメンに限ります。

 なんにせよ、ボクはこういった冗談が苦手です。それは勇菜ちゃんもよくわかっています。


「とりあえず、ここまでの状況を整理しましょうか。勇菜ちゃんはどこまで覚えています?」


 問いかけた直後に失言だったと後悔しました。


「……祝人(のりと)が、車にはねられて……それで救急車の中で……隊員の人が……もう、間に合わないとか……そんなことを言って……」


 起こったことを順に思い出していく勇菜ちゃんの肩は震えていました。その震えが手を伝わり、ボクにも勇菜ちゃんの気持ちを感じとることができます。


「ボクのせいでお騒がせしてしまいましたが、こうして話せているわけですし、何事もなかったってことなんじゃないでしょうか」


 勇菜ちゃんの不安を取り除くために、努めて明るい調子で言いました。


「だけど、もしかしたらここは、三途の川とかそういう、あの世行き一歩手前みたいなところだったりするんじゃ……」

「川なんて見えませんけどね。それに、そうだとしたら、勇菜ちゃんまで三途の川にいるってことですか? 勇菜ちゃんは、事故には巻き込まれていなかったでしょう?」

「う、うーん……さっぱりだわ」


 この時は言いませんでしたが、ボクの中では、自分はやはり、もう死んでしまっているんじゃないかと思っている節があります。

 非科学的な話ですが、今こうして現実とは思えない空間で勇菜ちゃんと話すことができているのは、勇菜ちゃんが強い想いでボクの手を握っていてくれたからではないかと思うんです。


 おっと、強い想いだなんて誤解を招くような言い方をしてしまいましたが、勇菜ちゃんがボクのことを好きだとか、そんな自意識過剰な勘違いをするつもりは一切ありませんから。

 とにかく、勇菜ちゃんがボクの魂みたいな何かを強い気持ちで引き止めているおかげで、こうして話すことができているんじゃないかと、そう考えているわけです。


「祝人、頭いいんだから、この状況を説明しなさいよ」

「こんなこと、学校の授業で習ったことありませんよ」


 今しがた考えた仮定を話すべきか迷ってしまいます。勇菜ちゃんの想いどうこうを言うよりも、自分が死んでいるかもしれないと言ったら、きっと勇菜ちゃんは気に病むでしょうから。


「これ、もしかしたら夢なのかな」

「夢、ですか?」


 もしかしたら、そうかもしれません。ボクはちゃんと生きていて、今は病院のベッドで眠っているだけとか。魂云々の話を持ち出すより、そっちの方がよっぽど現実的でしょう。


「私のお願いが、夢に出てきたのかも」

「お願い?」

「実は、私もね……車に轢かれた祝人を見て……」


 その先を言葉にするのがとても苦しそうです。


「もう助からないって……思った……」

「……そうですか」


 それくらい、酷い状態だったということでしょう。


「でも、それを信じたくなくて。必死に祝人をつなぎとめようって。手を離したら、もう絶対会えなくなるって、そう思っていたら、いつの間にかここにって感じね」


 勇菜ちゃんもまた、感覚でボクと同じ推測に至っているようです。

 夢かどうかは定かではないですが、この状態がいつまでも続くということはないでしょう。終わりが来た時、果たしてボクは……。


「祝人、無事だといいわね」

「そうですね」

「……ごめん、私が不注意だったから」

「違います。非は完全に車の方にありました。勇菜ちゃんと、一喜かずきは悪くありません」

「……うん、ごめん」


 どうしたものでしょう。危惧していたように、勇菜ちゃんが気に病み出してしまいました。

 勇菜ちゃんの性格からして、普通に慰めても効果がない気がします。言い方は悪いですが、我が道を行く彼女は聞く耳を持たないでしょう。ここは変化球でいきます。


「しおらしい勇菜ちゃんなんて、滅多に見られませんね。とっても可愛らしいですよ」

「なっ!? 何言ってんのよ、こんな時に!」


 瞬時に顔を真っ赤にして動揺しています。そのように仕向けたんですが、嘘偽りなく本当に可愛いですね。


「むしろ得をしてしまった気分になってきました。一喜にも見せてあげたいくらいです」

「ぅぅうるさいわよ! もう口を開くな!」


 ぷいっと体ごとそっぽを向こうとしますが、手と手がつながっている状態なので、それもままならないようです。ボクは今、とてもイイ顔をしているでしょう。少々意地悪だったかもしれませんが、眼福です。

 それに、勇菜ちゃんの暗かった雰囲気が吹き飛んでくれたようです。


「はぁ……。祝人のせいで気が抜けたわ」

「何よりです」


 紅潮していた顔も次第に冷えていったようで、勇菜ちゃんがくすっと笑ってくれました。


「そうね。まがりなりにも私を守ったんだから、少しは褒めてやってもいいわね」

「それでこそ勇菜ちゃんです」

「ありがとうね」


 コツンと額を合わせ、触れた手の温もりが、互いの気持ちを落ち着かせてくれるようです。

 それ以上は言葉を交わすことなく、白い世界がボクたちを包み込んでいくような錯覚がありました。それとともに、ボクと勇菜ちゃんの意識も段々とまどろんでいきました。

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