第1話 転生トラックはスマートフォンとともに
死因は交通事故。スマホをいじりながら、制限速度オーバーで走ってきたトラックに轢かれました。
完全に、運転手の前方不注意でした。
今日は七月九日、ボクの葬儀が行われています。
遺体が納められた棺が祭壇に安置されていて、向かって右側に喪主を務める父さん、母さんや弟の一喜たち遺族といった近親者が座っています。左側には親戚の他、親しかった友人、知人が座っています。
誰を見ても真っ黒な喪服。皆一様に表情を暗くし、嗚咽を漏らす声も聞こえてきます。
母さんは目にハンカチを当てて泣いているようです。父さんと弟の
お坊さんが仏の前で読経を始め、喪主、遺族、近親者の順に焼香をしていきます。それが終わると友人の番になり、ボクも焼香をするために霊前に向かいました。祭壇には大きく引き伸ばされた生前のボクが写った写真、いわゆる遺影が飾られています。
「ちょっと
感慨深く見とれていると、
慌ててボクが手を合わせ、勇菜ちゃんが一礼をします。続けてボクが粉末状の香を摘まみ、勇菜ちゃんの額の辺りまで持ち上げます。これを三回繰り返して、最後にもう一度合掌。ボクの家族とお坊さんに一礼をして、ボクと勇菜ちゃんは友人席に戻りました。
「ほんっと、不便すぎるわ。なんで両手ともなわけ? 地球外
勇菜ちゃんが不満を漏らしています。ボクに言っているのは明らかなんですが、周りの人からすると独り言にしか見えないので、聞こえないよう声は小さくしているようです。
「祝人、鞄からハンカチ取って」
言われたとおり、勇菜ちゃんの小物鞄からハンカチを取り出します。ですが、これをどう使うのかはわかりません。とりあえず、香を摘まんだ指を拭いてみました。
「そうじゃなくて、目のところに添えて」
目に埃でも入ったんでしょうか。
「ポーズよ」
なるほど。仮にもここは葬儀の場。生前ボクと親しかった自分が平然とした態度を取っていてはおかしいということで、ボクの母さんの仕草に倣って泣いている風を装うんですね。
ボクはそっと勇菜ちゃんの瞼を覆うようにしてハンカチを添えました。
勇菜ちゃんは顔を伏せるようにして、悲しそうな表情を作っているようです。役者ですね。
事情を知らず、ボクの心の声と勇菜ちゃんの声だけを聞いている人がいたとしたら、そんなことも自分でやらないなんて、勇菜ちゃんは面倒くさがりなんだなー。なんて思ったかもしれません。
でも、それは無理なんです。勇菜ちゃんは今、自分で自分の手を使うことができません。
何故なら、勇菜ちゃんの両手はボクが使っているからです。
話は少し遡ります。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はーぁ……。来週には期末試験がきちゃうのね。勉強しないとだわ」
「けどまー、それが終われば、すぐに夏休みじゃん」
勇菜ちゃんが目前に迫った期末試験のことを考えて溜息をついています。
一喜は試験よりも、その後の夏休みに気持ちが早っているようです。
「その点、祝人は試験の心配なんかしなくていいわよね。入学以来、不動の学年一位だもの」
「兄貴すげーよ。俺なんかこの前の実力テスト、後ろから数えた方が早かったぜ」
いやはや、照れますね。
「一喜、今の言い方だと、後ろからでも結構数えなきゃいけなく聞こえるんだけど? 正直に言いなさいよ。後ろから数えたら、片手の指で足りるんでしょ?」
「そ、そこまで馬鹿じゃねーよ!」
「いつも不思議に思うのよね。どうして一喜が、私たちと同じ学校に通えているんだろうって」
「言い返してやりたいところだけど、俺自身、奇跡ってあるんだなって思ったぜ」
ボクと勇菜ちゃんが二年生に進級し、一年遅れで一喜が同じ高校に入学しました。
また中学までのように、三人一緒に登校できて嬉しいです。
「優秀な家庭教師が身内にいたことを感謝しなさいよね。でなきゃ、今頃一人だけ、遠くの学校に電車通学していたはずだもの」
「感謝してるって。兄貴、期末も頼むぜ。これで成績下がったら、小遣い減らされちまうんだ」
「ダメよ。少しは自分の力で頑張ることを覚えなさい。一年生のあんたに勉強を教えるってことは、それだけ祝人の勉強時間が削られてしまうんだからね」
「そりゃ、そうかもしれねーけど」
「わかったら諦めなさい。祝人は私と勉強するの。私だって、お小遣いアップがかかっているんだから」
「結局自分のためかよ!」
「祝人だって、可愛い女の子に勉強を教える方がいいって思っているわよ」
「自分で可愛いとか言うな」
「おかげさまで、これで今月は二回も男子から告白されたわ」
それはそれは。
勇菜ちゃん、本当に可愛いですもんね。学校一との呼び声も高いです。
肩よりも長いサイドテールが活発さを表し、少し吊りがちな目は意思の強さを思わせます。
自他ともに認める美少女さんです。
「告白されたって、オイ、聞いてねーぞ!」
「ハ? あんたに報告する必要性が皆無なんですけど」
一喜と勇菜ちゃんは仲がいいですね。見ていて微笑ましいです。さすが、赤ん坊の頃からの幼馴染をやっているだけのことはあります。
ボクと一喜の世良家と、勇菜ちゃんの琴吹家はお隣同士。それはボクたちが産まれる前からだったらしく、親同士もすこぶる仲の良いお付き合いをさせていただいています。
学校は自宅から徒歩で三十分ほどの距離にあります。自転車を使えば楽なんですけどね。ボクたちは部活をしていないため、日々の運動不足をこうして補おうというわけです。
七月という今の季節は確かに暑く、額に汗が浮かびますが、今日は雲一つ無い快晴で、気持ちのいい一日になりそうです。
そんなことを考えていると、十字路に差し掛かりました。ここは結構大きな交差点なのに信号が無く、住宅のブロック塀に囲まれた道なので、見通しが悪くてとても危ないです。役所に呼びかけて、信号機やガードレールの設置を検討するべきでしょう。
前を歩く一喜と勇菜ちゃんは、和気藹々と会話を続けています。
「勇菜の方こそ、いつも何位くらいなんだよ」
「私のことは放っておいて。少なくとも、どこかの誰かさんみたいにワースト3には入っていないから」
「だーかーら、俺だってそこまでじゃねーってば」
ちょっと二人とも。交差点を渡る時は、ちゃんと左右を確認してからでないと。
「どうせ、後ろから五十番目くらいだろ」
「甘くみられたものね。八十番目くらいよ」
「そういうのって……五十歩百歩とか、ドングリの背比べって言うんじゃねーの」
あ、ちょうどほら、左向こうからトラックが来まし――……え?
……運転手が、スマートフォンを。
……こっちを、見ていないような。
「そこまで言うなら、今回の試験で勝負する?」
「いいぜ、望むとこ――」
「二人とも危ない!」
ボクは無我夢中で、前を歩く一喜たちの背中を突き飛ばしました。
驚いてこっちを振り向いた二人の顔が、やけにゆっくりと見えた気がします。
そして次の瞬間、今までに味わったことがないような強い衝撃を体に受けました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…………
………………
……………………うっ……。
……意識が……飛んでいました。
トラックに轢かれた。それは覚えています。
あまり時間は経っていないのか、ボクは仰向けで地面に転がったままです。
……痛ッ……う、あああああッ!!
体中の神経が痛覚を思い出したように、遅れて激痛が走り出しました。
起き上がることはおろか、指一本動かせません。それなのに、今この瞬間も刃物で全身の肉をメッタ刺しにし、鈍器で骨を砕かれているかのように、痛みだけは、次から次へと存在感を主張してきます。痛い、なんてもんじゃありません。気がおかしくなりそうです。
「……ぁ……ぅ……」
「頭を動かさないでください! この声が聞こえますか!? 自分の名前は言えますか!?」
誰かに呼ばれている気がします。
応えようとしますが、肺がパニックを起こしたように、空気を吸い込むことを拒否しています。唇は震えるばかりで、声が出てきません。ひゅー、ひゅー、と空気が漏れる音だけがします。
「祝人! いや、いやよ、祝人!」
「兄貴! しっかりしろ! 目を開けろ!」
今の声は、勇菜ちゃんと一喜でした。
ということは、二人は無事だったんですね。
糊付けしたように重い目蓋が、かろうじてですが、うすく持ち上がってくれました。
視界はひどくぼやけ、二人の区別がつきません。太陽の光を遮る影の大きさで、ボクの手を握っている方が勇菜ちゃんではないかと予想します。
ですが、その握られている感覚も、ほとんどありません。
あ、れ?
臓腑に熱湯を注いでいたような痛みが、噓のように引いていきます。
代わりに、今度は凍えるような寒さを感じるようになりました。
「ああっ、手が冷たく……。祝人、死なないで!」
「早くなんとかしてくれ! 血がこんなに出てんだろうが!」
いやあ、これは……ダメですね……。
多分ですが、これ、中身が出ちゃっています。少年漫画だと規制が入っちゃうレベルですよ。
ここで終わりなんですか。
そう思うと……ああ……。
怖くて……悲しくて……涙が出そうになります。
「お願いだから! お願いだから!」
「死んだら承知しねーぞ!」
死にたくない。
死にたくありませんよ。
勇菜ちゃんと、一喜と、もっと、もっと、一緒にいたいです。
「祝人! 死なないで――……」
「兄貴! オイッ! 兄貴ってば――……」
だんだんと、二人の声が遠退いていきます。
どうやらここまでのようです。このまま死んでいくんですね。
だけど。
ボクは今、自分がとても誇らしいです。
最期に、元気な二人の声が聞けてよかったです。
最期に、大切な二人を助けられてよかったです。
本当に、よかっ――・・・・・・
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