第20話 再出発

 リリア達が旅立ちの為の買い物をしていた頃、フィンレイは自分とサリーが住む家の掃除をしていた。

 家と言っても小さな屋敷程の広さがある家で、地下にはユウの魔術の特訓をした部屋がある。


 召喚された勇者が猫であると公表していないので、魔術師団が使う訓練場は使えなかった。当然結界などが張られており、外には魔術の効果などの影響は出ないようにしてある。


 現在、掃除をしているのはサリーの私室だ。執務の為の机と、ソファとテーブル、棚が二つ、片方は本だなとして使われている。


「全く、僕が出かけてからひと月も経っていないのに、どうしてこれほど散らかすことができるんです?」

「だって、あんまり綺麗に片付いていると寂しいんだよー」

「だったら誰かと住めばいいじゃないですか。それか使用人を雇うとか。師匠の稼ぎだったら十分できるでしょう?」


 床に散らばっている物を棚に戻し、インク瓶のふたを閉めて机の引き出しにしまい、取り込んだままの洗濯物を丁寧に畳んでタンスにしまう。はたきを掛け、箒で掃き、雑巾で拭く。酒瓶が転がる可能性があるので絨毯は敷いていない。

 その横で埃が立つのも気にせずにサリーが酒を飲みながら眺めている。


 こうした家事をする時、フィンレイは魔術を使わない。そこまでものぐさになると師匠と同じ道を歩みそうな気がしてしまうからだ。

 滞在している間、自分の部屋と共用部分は掃除しており、この部屋は入室禁止とされていたのでユウはこの惨状を見ないで済んでいた。


 見せて猫に非難されれば、流石のサリーも何かが変わっていただろうかとフィンレイはふと思う。


「良く出来た弟子を持って私は幸せだねー」

「旅立った後なのにまた同じことをするとは思いませんでしたよ。魔王を倒して帰ってきても同じことをするのかな」

「倒せなくっても、いつでも戻ってきていいんだよ。何ならリリアちゃんと一緒でも良い」

「気が早すぎますよ。第一、魔術師の中で僕以上の適任がいるとは思えません」


 リリアと一緒に戻るのは否定をしない弟子に、おや、と片眉を上げたが、サリーはそれ以上追及することはしなかった。藪蛇になってムキになる弟子が手に取るようになる光景が良く分かる。


 サリーはグラスに注いだ度数の高くない酒を煽りながら、ほんの少しだけ昔に思いを馳せる。


「一緒に住む予定だったんだよ。メグ……先代聖女と勇者と一緒にね。エイベルは実家が立派なお屋敷だから必要ないみたいだったけれど、神殿を追い出された聖女と異世界から来た勇者が、いきなり屋敷を立てるのも荒唐無稽な話だろう?」


 フィンレイはリリアとユウに置き換えて考えてみた。確かに冒険から戻ってきていきなり王都に居を構えるのは、あの二人ではかなり無理がある。多額の報奨金が出たとしても、部屋を借りるのですら何らかのトラブルになりそうだ。


 ある程度生活の基盤を整えるのにも準備が必要で、その現場にこの屋敷が適しているのは確かだった。セオドールの家は由緒正しき騎士の家系で、おそらく転がり込むことは難しい。


「別の誰かを入れるのは、彼女たちの居場所を消してしまう気がして出来ないんだ。もちろんリリアちゃん達なら歓迎なんだけど」


 偏屈と言われるサリー。他人に対して心を開くまでにかなりの時間を要するが、一度懐に入れてしまうとどこまでも大切にする。勇者が行方不明となり聖女が死んでしまった後もこうしてずっとずっと待っている。


 フィンレイにはそれが、とても危ういことに思えた。自分が似たような道を歩む予感すらして、怖くなる。


「そう言えば、エイベル様はセオドールに何も話していないみたいです。先代の聖女は誰と結ばれたんだって聞かれました」

「聖女を守り切れなかったのが騎士として堪えられなかったんだろ。私もあまりべらべらと話せるもんでもないからな」

「そんなにひどかったんですか、聖女の死に方は」

「……止めてくれ。出発前に話すもんじゃないだろ」


 それもそうか、とフィンレイは思い直し、片づけを続ける。縁起でもない事を聞いてその道筋をたどってしまうのは、あり得ない話ではない。


「まあ何にせよ、もう少し浅く広く付き合ったらどうです?一か零かの極端な付き合い方って大変じゃありませんか?」

「性格の問題だろうね。副師団長がそんな感じだけど、私にはそっちの方が厄介に見えるよ」


 サリーの場合、魔術師の師団長の役職は副師団長に押し付けられる形で決まったと、フィンレイは聞いている。副師団長は数少ないサリーの理解者で、時々この屋敷にも来るのだが、サリーにとって一に入るのか零に入るのか微妙な所だ。


 フィンレイにとっては尊敬できる上司なのだが、確かにサリーの言う通り、背負わなくてもいい苦労をしょい込んでしまっている部分はある。


 サリーにとってそれ以外は、どれだけ優れていてもその他大勢。師匠のサリーがそんな態度だから、時折弟子であるフィンレイがその他大勢にやっかみを受ける。

 上手ないなし方はサリーと似たような生き方をする以外に見つからなかった。


「あ、そうだ。ユウ専用の魔力回復薬が出来たから、明日の朝出発する前に研究室に寄ってほしいってさ。泊りらしいからどれだけ早くても構わないって」

「はい。分かりました……けど……これでユウが猫だってばれてませんかね」

「ばれたところでやることきっちりとやってれば文句は言われないよー」


 きっちりと言っても、ユウのやることは最終的に魔王退治なのだが。しかもその頃には人間に戻っているのかもしれないのだが、サリーは大して気にしていないようだった。


「それから、フィンレイ。次に戻ってきたら話しておきたいことがある」

「何ですか、一体。もったいぶらずに今教えてくれてもいいじゃないですか」

「ごめんねー。ちょっとした覚悟が必要なんだよー」


 改めて名前を呼ばれたので大事な話かと思ったのに、なんだかはぐらかされて終わってしまった。いつもの気まぐれかと思いフィンレイもあまり深く立ち入らないようにする。


 片づけをしている視界の端に、サリーが瓶を傾ける動作が入ってきた。


「せっかく魔王を倒して帰って来ても、師匠がアル中で死んでたら目も当てられない」


 ぽそりとフィンレイが呟くと、サリーは何杯目かのおかわりを止めて酒瓶に栓をした。


「息子みたいな弟子が心配してくれるからボチボチ止めておこうかね」

「僕があなたの息子なら父親は誰です?」

「…………………………神官長?」


 答える前にかなりの間があり、しかも疑問形。


「本当ですか?」

「いや、冗談に使えそうな人物を探したつもりだけど。エイベルだと流石にスキャンダルになるし副師団長も奥さんいるしねぇ。あ、いっそ国王の隠し子にしとく?」

「神官長でもかなりの大問題になりますが。と言うかあの人男性ですよね。本当の父親はそれ以外って事ですか」

「うん……あーあ。こんな話するんじゃなかった。明日は見送らないからね」

「別にいいですよ。出かけるたびに城門まで見送りって、子供じゃないんだから」

「本当に見送らないからね。寂しーって言っても無駄だからね」

「はいはい」


 お互いにひねくれた師弟だった。






 ―――出発の日の朝。

 ノエルとワンダと神官長による見送りは、城の一室で行われた。

 勇者の剣を背中に括り付けるリリア。既にユウの魔術で立派な武器となっているが、ずっと浮かせているわけにも行かないので結局リリアが持つことに決まった。


「何だか、今度こそ本当の出発って感じだね」

「次は出戻ってこないようにってところかしらね」


 ノエルとワンダが別れの言葉を告げると、ケイとリリアも笑いながら返す。お互いに最後のつもりでありながら、また遠くない内に会えることを期待していた。


「二人とも、お元気で」

「友達とお泊りみたいで楽しかったよ」


 ノエルは少し屈んでユウに目線を合わせて挨拶をした。


「ユウ様、不束者ですがどうかリリアをよろしくお願いします」

「ノエル、嫁に出すような挨拶は止めなさい。気が早い」

「あら、似たようなものではございませんか」


 神官長が苦い顔でノエルをたしなめる。ユウが任せろと言わんばかりに「にゃ」と鳴いて胸を張ったので、ノエルもワンダも笑ってしまった。


「リリア、これらを持って行きなさい。ユウ殿はこちらを。守りの石が付いています」


 神官長がリリアに十数個の様々な種類の護符や石を渡し、ユウには小さな石の付いた赤い首輪を付けた。


「神官長、こんなにたくさん持てません」

「これでもかなり数を減らしたのですが……そうですね、では三つだけ。これは首から下げ、これは財布に入れて、こちらは夜眠る時に枕元に置きなさい。防御と金運と安眠のお守りです」


 旅をする上で余分に物を持ち歩くのは負担になるのだが、外へ出た事の無い神官長には分からない。


 ただ、リリアはユウから将来貰う予定だ。約束などしていないが、リリアの中では決定事項だ。


「せめて一つにしてください」

「リリア、三つとももらってあげて。残り二つは私たちの分だと思って」

「そう言う事なら……はい」


 見かねたワンダが神官長の援護をする。無いよりはあった方が良い。リリアから魔族の話を聞いて、どれだけ準備してもしたりないのだとワンダ達は切実に思った。


 すっかり旅姿となったリリアを、神官長は満足そうに眺めて頷く。続いてケイに声を掛けた。


「ケイも、お元気で。年下のあなたに頼むのもなんですが、リリアをよろしくお願いします。私たちは王都の城門まで見送ることはできませんから、ここでお別れです」

「うん。神官長にもお世話になりました。冒険者のあたしを嫌な顔せずにこんな立派な所に泊めてくれて、ありがとうございます」


 ぺこりとケイはお辞儀をした。かなり大きな手柄を上げない限り、城の一室に寝泊まりするなど冒険者のみではありえない。滅多に出来ない経験で、しかも費用は只。

 王都の高い宿代を覚悟していたケイにとって非常に有り難いことなので、心の底から感謝をしていた。


 リリアは何か忘れ物は無いかと自分を見回す。携帯食料も水も持った。財布には王都で両替した小銭も入っているし、剣も大丈夫。魔力回復薬も持っている。


 ぐるぐると考えを巡らせていると、忘れていたことをポンと一つ閃いた。


「ああ、そうだ。セオドールの方から陛下へ上申してあるかもしれませんが、塔の管理をしたほうが良いのではないかと思いました。東の塔は蔓に囲まれて塔自体が見えない状態でしたし、今回は攻略が早すぎてあのような悲劇が起こりましたから」


 リリアはとても大切な事を言ったつもりなのだが、神官長は眉間にしわを寄せた顔になってしまった。


「リリア……どうして出がけに言うのですか。今までいくらでも話す機会はあったでしょう」

「はい、申し訳ありません」

「まあ、いいでしょう。そうですね、陛下や地母神の神官とも話し合いの場を設けてみます」


 今度こそ忘れ物は無いと確信を持つと、リリアはケイと一緒に部屋を出る。見送る三つの顔は、扉が閉じるその瞬間まで笑顔だった。



 城門まで行くと、フィンレイとセオドールが既に待っていた。一度目の旅立ちでであれほどいた見送りが、今回は誰もいない。リリアは辺りを見回して二人に聞いた。


「お二人のお別れはよろしいのですか?」

「街道の後片付けで父も同僚も出払っているからね。母は朝が弱くてまだ寝ている時間だし」

「師匠も昨夜しこたま飲んで、まだ寝てる。二度目の見送りは流石に無いよ」


 フィンレイがため息交じりに言った。出発する前なのに、リリアにはフィンレイがなんだか疲れて見えた。


「疲労回復の魔術を掛けましょうか?それとも酔い覚ましでしょうか」

「いや、僕は飲んでいないから大丈夫。今朝ユウの魔力回復薬を研究所に取りに行ったらあれこれ詮索されまくってね。その内に調子も良くなっていくと思うし、魔術の無駄遣いはしない方が良いよ」

「猫だとばれたのか?」


 セオドールが心配になって聞いた。猫と魔王退治に行くと知られたら多少なりとも笑いものにされるのは覚悟しなければならない。


「どうだろね。師匠はやることやれば文句言う奴はいないだろうって」

「それはそうかもしれないが」

「にゃ、にゃににゃーに」

「その通り、だそうです。笑われたとしてもやることは何も変わりませんもの。塔を攻略し、魔王を倒して生きて帰ってくる。つまり、前進あるのみです!」


 前回と違い国王への謁見が無かったので、東の空から丁度日が昇る時間帯だ。穏やかな風が吹き空気も清らかで、とても心地の良い出発日和。

 今回は幾分か気持ちに余裕もあって、リリアは旅立ちを楽しむことが出来た。


 後ろを一度だけ振り返る。神殿と城の一部が、街並みの向こうに少しだけ見えた。


「では、ユウ様。行きましょうか」

「にゃーっ!」


 ユウが元気よく返事をし、リリア達は南へと歩き始めた。

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ぽんこつ聖女の冒険譚~私が召喚した勇者様は猫でした~ よしや @7891011

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