第18話 エイダ戦終了
エイダの胸から剣先が生えている。わずかに目を見開き自分の胸元を見ただけで断末魔も上げず、只静かにその場に崩れ落ちるのをリリア達は見ていた。
構えていたリリアは返り討ちにするつもりで緊張状態にあったので、目標を失って目をぱちくりさせた。
「終わったのか?」
セオドールが誰に聞くとも無しに呟いた。ユウが浮遊魔術を使って剣を静かに抜いていくが、エイダは地面にうつぶせに倒れたまま、ピクリとも動かない。
抜けきったところでカランと剣が地面に落ちる。
「えーっと、念のため。えいっ」
リリアがぽかりとエイダの頬を叩くと、開きっぱなしの口から奥歯がもう一本ポロリと転がり出てきただけ。
エイダが目を覚まして起き上がってくる事は、無かった。
リリアは先ほど腹部を殴られたセオドールを見る。立ち姿も話し方も特に問題ないように見えた。
「大丈夫そうですね。先にケイの治癒をします」
「ああ、俺は後でいい」
リリアはケイの元へ行くと、ケイは涙を目にいっぱい貯めていた。腕から流れる血に痛みと恐怖を感じながら座り込んでいる。
「っリリア~」
「はい、すぐに治しますね」
「こんなに大きなけがをしたのは初めてだよ~」
ケイの手を取り、腕に魔術を施す。魔術の光が皮膚に到達すると傷口は消えていき、周囲と同じように綺麗な肌を取り戻していった。
「はい、終わりました――っ!」
ケイはいきなりリリアに抱き着いた。緊張が解けて小さな子供の様に縋り付いて泣いている。
「ごめっ……なんか、っ安心して」
「いいえ、良く頑張りましたね」
リリアはケイを抱きしめて、優しく頭を撫でる。魔物との戦いは何度も経験しているケイだったが、魔族との戦いは初めてだった。
ケイの攻撃で致命傷は与えられずとも、セオドールやフィンレイの攻撃を受けてもなかなか倒れないエイダに、かなりのしぶとさを感じていた。もしかしたらこのままずっと攻撃を続けても倒せないかもしれないと言う恐怖から解放されたことへの安堵感は、途方もない物だった。
「おおい、次は俺の治療、いいか?なんか今になって結構痛くなったんだが」
「あ、はい」
腹部を殴られたセオドールが、先程より顔色を悪くしながらリリアの元へとやって来た。鎧を脱いで、服の状態だ。
リリアはケイからそっと離れてセオドールの治療を始めた。
「あら、かなり色が変わってますね」
「そうなんだ。見たら何だか具合が悪くなった気がして」
セオドールが服をめくると、腹部の肌の色が紫に変色していた。リリアは慌てて治癒魔術を唱える。
「内臓に影響があるかもしれませんね。少し強めにかけておきます」
「頼む」
ケイも一緒にセオドールの腹筋を見ながらぽつりとつぶやいた。
「あたしもこれくらい鍛えないとダメかな」
「ケイの素早さを殺さない程度には鍛えた方が良いだろうが…どうだろうな。ケイにも先生となる人がいればいいのに」
騎士団の大半は力を増幅させたり打たれ強くするために鍛えるので、セオドールは盗賊であるケイに安易に助言は出来なかった。
「ほとんど自己流だからね。冒険者で盗賊の仲間ってあまり見かけないし」
「聖女は攻撃と言うよりも身を守るのが基本ですからね、神官長に聞いてもケイの望む答えがもらえるかどうか……」
三人が今後のケイの鍛え方について話しあっていると、離れた場所からサリーの声がかかる。
「おーい、リリアちゃん。こっちも頼むよー」
体当たりで吹き飛ばされたフィンレイを、サリーが背負って来た。文句も言わずに背負われているのをリリア達は不思議に思っていたら、フィンレイは気を失っていた。
リリアは治し終えたセオドールと一緒にサリーの背からフィンレイを地面に降ろし、どこを打ったのか見た目では分からないので頭部を中心に全体的に魔術を掛ける。「フィンレイ」と呼びかけながらリリアがひたひたと頬を叩くと、フィンレイはうっすらと目を開けた。
「満身創痍だねー。初戦がこんなんじゃちょっと心配かなぁ。ってか、皆もうちょっと真面目に戦おうねぇ」
サリーが戦闘に対しての評価を下すと、フィンレイが起き上がって頭を振りながら、文句を言った。
「師匠がそれを言いますか。そう言えば、エイダはどうしてずっと師匠を攻撃しなかったんですか?」
「途中から敵に認識されなくなる魔術掛けてたから。だって私が戦ったらあんたたちの為にならないだろう?」
「それはそうですけど……隠れていただけですか」
「勿論死なない程度にかなりやばくなった時点で手助けはするつもりだったさ。でも、ずっと保護者付きで旅を続けるつもりじゃないだろ。何事も経験だ」
フィンレイは不満顔だ。前回の魔王討伐から期間が短いのだから、経験者が参加すれば百人力なのだが、それでは勇者と聖女の成長が促せない。共に成長できるよう、フィンレイとセオドールがつけられた。それは、理解できる。けれど―――
フィンレイの思考をぶった切るようにリリアの慌てた声が響いた。
「何か、足りなくありませんか?―――はっ、ユウ様? ユウ様はどこですか?」
「にゃーっ」
皆が集まっている場所とは違う所から、ユウの鳴き声がした。リリア達は鳴き声のする方を見るが、草が生えているばかりで姿が見えない。
「どこですか?」
「にーにゃーっ」
リリア達は歩き回ってユウを探しながら声を掛ける。「見つけたっ!」と声を上げたのはケイだった。
ユウはエイダが倒れている傍の茂みの中で両手足を広げて、魚の開きの様にペタンコになっていた。初めてその姿を見たリリアは悲鳴を上げる。
「ユウ様っ!なんてお姿に……」
「大丈夫だよリリア。治癒魔術は掛けなくていい。ただ魔力切れを起こしてるだけだから」
「ああ、最後に剣を勢いよく飛ばしてたからな」
フィンレイとサリーの師弟が状態を説明すると、リリアは呪文を唱えるのを途中で止める。傍には先ほどエイダから抜いた勇者の剣が落ちていた。
体はぐてーっと脱力しているが、ユウの口はかなり元気だった。
「にゃい、にゃうにゃえにゃー」
「ははは。お前ら、一番の立役者を忘れるなーってところかな」
「にゃう」
セオドールが笑いながら通訳すると、ユウは満足げに頷いた。
「お疲れ様です、ユウ様。御無事で何より」
ほっとしたリリアは微笑みながらユウをゆっくりと抱き上げ、その小さな顔にほおずりした。フィンレイとセオドールはその様子を見て、もやっとしたものを覚える。
「なあ、リリア。エイダから聞いたんだが、ユウが人間だっていうのは本当か?」
「あ、はい。お伝えするのが遅れて申し訳ございません」
二人を疑っていたと、流石のリリアも言ってはいけない事だと把握している。ただ、うまい誤魔化し方も思いつかず、塔の上の様に余分なことを言うまいとにっこりほほ笑んだ。
ただし、別の事を考えている二人にはその微笑は逆効果だった。もやもやはどんどん深みを増していく。
「それ、ほおずり。リリアはユウが人間の男になってもできる?」
「確かに。今は猫の姿だが中身はおっさんなのかもしれないぞ」
フィンレイとセオドールは躊躇いながらも指摘する。ユウは猫の皮をかぶった男なのだと、リリアに慎みを持てと言いたかった。
リリアはフィンレイの意図するところが分からずに一生懸命考える。出した答えがこれだった。
「もしかして、フィンレイもほおずりして欲しいのですか」
「はぁっ?え、いや、ちが、な何言ってくれちゃってんの?」
リリアの出した答えにフィンレイの声は上ずった。顔は上気して赤くなり、ユウを抱きかかえたまま近づくリリアを止める事も出来ずにいた。
「そうならそうと言ってくれればいいのに」
やんわりと優しい微笑を浮かべたまま、リリアは首元にそっと手を差し入れて引き寄せると……
―――フィンレイの頬にユウの頬を押し付けた。
「にゃーいにゃーいにゃー」
リリアに揺らされながら頬をフィンレイにこすり付けられるユウは、その度にため息交じりの鳴き声が声帯から出ている。魔力切れで脱力状態の為、リリアになすがままにされてしまっていた。フィンレイもユウも死んだ魚のような目をしているのに、リリアは気付かない。
二、三度揺らしてからフィンレイからユウが離れされる。
「にゃう」
「うるさい。猫の癖に気遣うな。慰めるな」
「にゃふー」
やれやれとため息をついたユウ。リリアはとっても満足げだ。
「セオドールもしますか?」
「いや、俺は遠慮しておく」
「リリア、私もやるーっ。ユウ貸して」
ケイは元気いっぱい手を挙げた。幸せそうにユウとほおずりをするケイ。
「なーんか、甘酸っぱいよねぇ。弟子よ、何を期待していたのかな?」
「うっさい馬鹿師匠。もうなんか、助言とかするの止めようかな……」
悩める弟子の頭をぽふぽふと叩いた後、サリーは一仕事を終えたように全身で伸びをした。
さて、そろそろ転移を呼びかけようかとサリーが辺りを見回すと、リリアとユウとセオドールが何やら奮闘していた。
血の付いた勇者の剣にリリアは洗浄の魔法をかける。
綺麗になった剣の柄を脱力したままのユウにくわえさせ、セオドールが鞘を持って収めようとするがなかなかうまくいかない。
不思議な行動にサリーが首をかしげながら尋ねた。
「何やってるの?」
「いや、呪われないように剣を鞘に納めようとしているんですが、なかなか……」
「エイベルは普通に持ってたけど。手入れをサボる先代勇者だったから代わりにエイベルがやってたけど、普通に抜身の剣を持ってたはずだよ。大体何百年も手入れしないでほったらかしなわけがないでしょう」
サリーに言われてセオドールとリリアは顔を見合わせる。
「呪われませんか」
「初耳だけど」
セオドールはユウから勇者の剣を受け取り、鞘へと納めた。特に何かが変わった様子も無い。けれどリリアが尋常ではない顔でセオドールを見ていたので、すんなりとリリアに渡す。
剣に呪われるのではなく、リリアに呪われるのではないかとセオドールは密かに思ってしまった。
「さあて、皆で王都に帰ろうか」
「待って下さい。彼らの埋葬をしなくていいのですか」
セオドールが聞くとサリーは答えた。
「これから兵士がここへ派遣されて、彼らの身元を調べたり遺族に引き渡しが為されるから、それは出来ないよ」
「では、せめてお祈りを。少々お待ちくださいませ」
ユウをケイに預け、サリーたちがいる場所から少し前に出てリリアは祈りを始める。胸の前で手を組み、朗々と歌うような祈りの文句は、風に乗って街道の周囲へと行き渡る。
時折ふわりと空色の髪が靡く。
「死者の魂を天空神の御許へ送る祈りだ。不死者になるのを防ぐ効果がある。リリアにあまり祈らせないように注意しろよ、お前ら」
「祈らせると何かあるのですか」
「ばぁか。リリアの目の前で人を死なせるなってことだ。只の葬式じゃ聖女が祈りを捧げることは無い。今回は偶然にも民間人が犠牲になった場所に出くわしたが、祈りの対象は大体がお前らの様な仲間なんだからな」
この綺麗な声を聞けるのはここに居る誰かが死んだ時なのだと、ユウは気付いた。こんなに綺麗なのに悲しい思いをしなくては聞けない。祈りを捧げているリリアは、気づいているのか。今、果たして何を思っているのか。
機会がなくなるのはとても良いことだが、何だかもったいないような気もする。
祈りを捧げた後の、リリアの泣きながら笑うような顔を見て、ユウは後者の考えを打ち消した。
「終わりました」
「ご苦労様。さあ、王都へ帰ろうか。リリアちゃんが唱えるべきなのかもしれないけれど、疲れているだろうから今回は私が掛けとくね」
「はい」
リリアはケイからユウを受け取りながら、サリーの元へとみんなで集まる。呪文が唱えられると、五人と一匹の姿は一瞬にして掻き消えた。
「はい、到着」
軽い調子で言ったサリーは視界が変わるなり、一言告げただけで口をつぐんだ。
転移先は謁見の間だった。ただし行きは神官長とエイベルしか残っていなかったのに比べ、玉座には王が座し、周囲には宰相などの重鎮と騎士たちも神妙な面持ちで待機していた。
リリアはユウを下ろそうか迷ったが、国王が話を始めたのでそのまま抱いていた。
「セオドールよ、守備はどうだ」
「魔族は討伐できました。東の塔のボスになるはずの魔族だったようです」
セオドールはサリーでは無く自分に聞かれて少し驚いたが、国王の問いに答えながら状況を報告していった。
特に、塔の攻略が早すぎて魔物や魔族の準備が遅れたのは今まで無かった情報だ。神官長が頷きながら聞いていた。
「分かった。ではドンディナ街道の復旧をエイベル主導で騎士団に命じる。魔術師団は城で待機せよ」
「はっ」
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