第17話 エイダ戦2
魔族を相手にする。それは普段より集中力を必要とする激しい戦闘の為、リリアの能力を上げる魔術も本来の持続時間より早い段階で切れていた。
フィンレイの掛けた魔術の炎は視覚で把握できるが、セオドールは消えた状態であることすら気づかない。
ケイが戦線離脱してからもかなり動けていると思っていた戦いなのに、時間が経つにつれてセオドールはまるで父親を相手にしている時の様に疲労を蓄積させていった。
戦っている相手が狼の顔をしているせいで表情が読み取りにくい。この魔族も父と同じようにまだまだ余力を残しているのだろうとの思い込みは、余計にセオドールの剣を鈍らせる。
「セオドールっ!」
フィンレイの叫ぶ声が聞こえて、眼前に迫る鋭い爪を慌てて剣で防ぐ。柄を必死で握りしめているが押し負け、のけ反ったところをエイダの腕が振り下ろそうとされていた。
「ぐっ」
エイダの爪は付けていた籠手で防ぐが、打撃としてのダメージが腕に残る。次の攻撃に備えて剣を構え直すと、ケイが短剣でエイダに切りかかっていた。
「お待たせ!」
「私は待ってな……お、重い?」
セオドールに再度切りかかろうとしていた腕でそのままケイの斬撃を防ぐと、エイダは弾き飛ばした。吹き飛ばすつもりだったがケイは意外にも近くに着地し、そのまま短剣を繰り出した。
ケイの攻撃を防ぎつつも反対側からひゅっと空を切る音がして、エイダは本能だけで逆の手をかざした。何かが爪に当たりキンッと金属音が響く。
「誰っ?」
爪でわずかに軌道を逸らせただけのエイダは、咄嗟に防いだものを見極めようとした。目に映るのは、誰かの手を離れた剣のみ。
武器を投げたのかと飛んできたであろう先へと目を凝らしてみるが、誰もいない。
その時、剣は独りでにすーっと後ろへ下がるのを見て、エイダは目を真ん丸にした。深緑の毛並みで顔色は分かりにくいが、血の気も引いている。
「何……この剣……呪われてる……?」
後ろへ下がった剣は、見えない持ち主に操られているかのようにエイダを襲い始めた。エイダは爪を使って防いでいるが、かなり戸惑っていて動きに精彩がない。
ユウが先ほど使っていた浮遊魔術と目の前の物体の動きが結びつかず、理解不能な現象としてエイダの目に映っていた。
「こ、こわっ…だ、誰がっどうやってっ」
エイダが怯えながら動く剣に気を取られている間、リリアはセオドールとフィンレイに近づいた。
セオドールの腕に治癒魔術を掛け、能力を上げる魔術と疲労回復の魔術を二人に掛ける。その間にフィンレイは魔力回復薬を飲んだ。
「魔力の消費がいつもより早い気がする。リリアも飲んでおいた方が良い。それから自分の防御の補強を」
「はい」
リリアが返事をすると、短剣を構えながらエイダの動向を見張っているケイが「準備できた?」と聞く。セオドールがそれに手を上げて答えた。
「ああ、有難う。ユウも、もう大丈夫だ」
「薬が無いんだから無理しないでよ」
「にゃ」
エイダが丁度剣をはたき落としたところで、ユウは魔術を止めた。地面に落ちたっきり、動かなくなった剣をエイダは警戒しながらツンツンと突いていた。耳を伏せ腰を落としながら腕を精一杯伸ばし、爪の先で引っ掻くようにして触る姿は、まるで地面を歩いている甲虫をつつく犬のようだった。
「勝手に剣が動き回るなんて怖いよね」
「ああ、人間を殺した誰かさんを恨んで積み荷が勝手に動き出したんじゃないか?」
「にゃー」
フィンレイ、セオドール、ユウがにやにやしながらエイダの仕草を見ている。ケイも「なんかちょっと可愛い」と口角をあげ、リリアはにっこり微笑んでいる。その侮蔑の視線に気づいたエイダは憤慨した。
「怖いなんて誰も言ってない!続きだ続き」
再度戦闘に突入した一行は、先程よりも体が軽くなっていると気づいた。リリアが最初に掛けた魔術よりも少しだけ能力を多く上げたためだ。
セオドールが正面から攻撃し、隙を狙ってケイが急所へと短剣を滑り込ませる。時々、フィンレイの多彩な魔術攻撃。
見ているだけのリリアはやはり、歯がゆい。隣で見ているユウも同様だった。魔力はまだ少し残っているが、おそらく今戦っているところへ剣を飛ばしても、かなり足を引っ張る結果しか見えない。
相手が只の魔物ならまだしも、魔族なのでリリア達が傍にいるとセオドール達の気が散る。
「弱体化の魔法も、精度を上げておいた方が良いかもしれませんね。どうせなら全てを上げた方が良いのでしょうけれど」
味方がけがを負えば、遠距離から治癒魔術を使う。少しずつタイミングをずらし、能力を上げる魔法を掛けなおす。戦いに慣れてきたリリアも自分の為すべき事が分かってきた。
―――けれどもう少し何かが出来れば。
リリアの回復魔術を受けている味方と違い、エイダは切り傷が多くなってきた。時折フィンレイが土の塊を頭めがけてぶつけているので、見えにくいが打撃の痕もある。
手足の動きも鈍くなってきた。
フィンレイの雷魔術が足を焼き、ケイの短剣に片目を傷つけられ、セオドールの剣が肩口を深く切り込んだ時。
エイダはとうとう足を投げ出して座り込んでしまった。
チャリっと鍔を鳴らしながら、セオドールはエイダへ剣を突き付ける。
「はぁ……ここで勇者たちを殺せたらよかったのになぁ」
残された方の目で、リリア達を見やる。防御魔術に囲まれて、足元に勇者もいる。最初の一撃をエイダに浴びせた後、リリアは攻撃をしてもいないしされてもいない。
それが、エイダには無性に腹が立った。何だか羊系魔族の秘書を思い起こさせる。
「ねぇ、あんた達。勇者と聖女は高みの見物で良いの?」
「リリアもユウもきちんと役割を果たしてる。問題ない」
「勇者は元々人間だったのに?聖女に守られてるだけでなーんにもしてないじゃん」
「人間? 猫だか犬だかじゃないのか」
フィンレイとセオドールは顔を見合わせた。ケイは根っから素直なので誤魔化すことが出来ず、あちゃあという顔をしている。
「ケイは知っていたのか」
「神官長や聖女候補たちと話した時に聞いた。ちょっとした事情があってね……」
「二日前だろ。話す機会はいくらでもあったはずだ」
「うーん。訓練に入ってたからそれはどうかなぁ」
この三日間、全員がそれぞれ別行動をとっていたから、余り込み入った話はしていない。
エイダは興味深そうに首を突っ込む。
「何なに。あんた達知らされてなかったんだ。信頼されてないんだね。これは立派な裏切りだよ」
エイダが揺さぶりを掛けるがセオドール達は意に介さない。
「忘れてたんだろ、リリアの事だから」
「自分が勝てないからって僕らの仲を引き裂こうっての? どう見ても狼系の魔族なのにおしゃべりが多すぎるし、君って案外―――」
狼系の魔族は無骨で寡黙な物が多い。魔族も魔物も動物も肉食獣として強い部類に入る。だから、フィンレイは別段変わった事を言うつもりではない。だが―――
「弱いね」
それは、エイダにとっての禁句だった。その一言を聞いた途端に深緑の毛並みは一瞬にして逆立ち、元々大きな体躯は二倍ほどに膨れ上がる。傷跡周辺の肉は盛り上がって流血を防いだ。瞳はさらに赤くなり、息も絶え絶えだったのに戦闘開始前よりも勢いづいた状態に戻る。
「人間の癖にぃっ」
エイダは自分に付きつけられているセオドールの剣をはじくと、鎧の上から渾身の力で殴る。
「ぐうっ」
短剣を突きだしてきたケイの腕を避けながら切り裂き、フィンレイに体当たりをして吹っ飛ばした。
「弱い?私が弱い?本当に弱いかどうかその身を持って知ればいい。そこで見てなよ。聖女様殺してくるからさぁ。あははは」
エイダは離れているリリアへ向かってまっすぐに走る。赤い瞳が自分へと向けられ、リリアは慌てて再度防御魔法を唱えた。
「無駄だよっ、ぐるぅおぅんっ!」
「ひうっ」
エイダが魔力を乗せて短く吠えると、リリアは首を竦めて思わず硬直する。元から掛かってたものと新たに重ね掛けしたものの、両方の防御魔法が霧散した。
「そんなっ」
「リリア、逃げろ!」
誰かが無茶を言った。背を向けて走って逃げたところで追いつかれるのは明白だ。リリアは身構える。せめて一撃拳骨をと、構えて待つ。
距離を詰めるエイダの背を音も無く勇者の剣が追いかける。リリアの傍にいるユウのガラス玉のような瞳が、エイダを真っ直ぐに捕らえていた。その瞳に気付きエイダは一瞬揺らぐが、勢いは止めない。
あと二歩踏み込んでリリアを傷つけようと、エイダが腕を振り上げた瞬間。
エイダの背後から、剣が心臓を貫いた。
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