第15話 訓練2
「戻ってしまったのですか……」
「にゃあ……」
訓練を始めてから二日目。フィンレイはサリーとユウを連れてリリア達の部屋を訪れていた。
リリアはユウを抱き上げ、耳をほんの少し伏せてしまっている頭を、そっと撫でる。
心なしか気落ちしたユウの声に、リリアの気分も沈んだ―――かと思いきや、元の猫の鳴き声になって少しだけほっとしている。
戻れないのは心配だが、どうせ猫の姿なら鳴き声は可愛い方が良い。ケイの言っていたことを今更ながら理解した。
神官長はこの状況に首を傾げる。
「塔を攻略し、魔王の力を削いだことは関係が無かったのでしょうか」
「良く考えてみれば、ユウを猫に変えたのは魔王本人では無いはずだからねぇ」
サリーも、自分が原因になったことを棚に上げ、素知らぬ顔をして考察に参加した。もしも魔王によるものだったら魔王は既に復活していると言う事になる。
「師匠、言い訳しないでください。明らかに魔術薬を無理やり飲ませたことが原因じゃないですか。取り敢えず猫でも問題なく飲める魔術回復薬の開発を急がせて、訓練も昨日通り行うしかないですね」
リリアはこっそりフィンレイの顔を見ていた。昨日の笑顔が幻であるかのように今日は仏頂面をしている。おそらく滅多に見られないものを見たのだと、自分に言い聞かせまた見られることを密かに期待した。
「リリアの方もそうですね。あともう一日魔術に費やして、三日目は全員で実戦訓練を行いましょうか」
「ああ、それは良い。騎士団では魔術が飛び交う中の戦闘は中々訓練できないし、連携をとる練習にもなるだろうからな」
神官長が提案するとエイベルも賛同した。個人の戦闘と集団の戦闘の勝手が違うのは、騎士団の中でも把握されていて、全く別の訓練として分類されている。相性や呼吸など、一度も試さないよりは経験した方が良い。
「ではまた明日、謁見の間に集合で。解散っ!」
「暑苦しい……」
エイベルが号令を掛けると、サリーがうんざりした顔をした。
「リリア。今日は治癒の魔術をもう一段階上げてみましょうか」
「はい。
昨日は防御の魔術の精度を上げた。防御の結界を張る魔術で、初期段階は自分一人程度の大きさを地面に固定させて張るものだった。それが二、三人程度は入れるまでに広げられ、自分を中心にして移動も出来るようにまでなった。
ただし、そこに到達するまでに魔力回復薬を飲みつつ、何十回と張り直す作業を繰り返す。当然人よりも集中力が切れやすいリリアは、呪文を間違えたりした。そうなると精度が上がるまでの回数は増える。
『神官長、休憩を……』
『ダメです。せっかくあれほど言っても聞かなかったリリアが目覚めたのですから、この機会を逃してはなりません』
聖女教育を中断しているリリアとワンダが救いの手を差し伸べようとしたが、神官長は頑として聞かなかった。仕方なく二人はリリアを応援するにとどまる。
『リリア、頑張れ』
『明日、ユウに会うまでにどれだけ頑張ったのか伝えてあげるわよ』
『はいっ頑張ります!』
二人の励ましを思い出しながら、今日は治癒の魔術に取り組むリリア。
残念ながらワンダとノエルは今朝方、ユウの魔力回復薬作成の為に魔術師たちに協力することとなった。もちろん行動できる範囲は限られているので、神官たちが泊まる部屋を一つ空けそこで作っている。二人は神殿の書物を読み込んだりと情報集めだ。
ユウもフィンレイも、セオドールもケイも訓練しているのに自分だけがサボるわけにはいかないと、リリアは気合が入っていた。
「神官長、今日もお願いします」
「はい。それでは始めましょうか」
実際に対象がけがをしていなくとも治癒の魔術は掛けられる。ただ、防御の結界の様に効果が目に見えないので昨日よりも更にきついものとなった。
「発音に気を付けて。魔力が揺らいでいます。集中しなさい」
頭をからっぽにしてただひたすら集中するので、休憩時間になると他の考え事があふれ出してきた。
魔力回復薬を飲みつつ自分で考えて、思考を整理していく。
東の塔に行くまでの間に実際に戦闘を経験してみて分かったのは、リリアは仲間に対して補助的な動きしかできないと言うことだった。
リリアも神殿で習う全ての術が扱えるので、火、水、風、土の四大属性の他に光や闇での攻撃魔術、浮遊魔術の様に重力に関する魔術まで扱えない事は無い。けれどフィンレイには劣るし、使っている暇などは無い。
偶に拳で攻撃したとしてもそれは自分の身を守るだけであって、自ら敵に突っ込んでしまってはならない。
けれど攻撃魔法の精度を上げておけば、もう少し皆を助けられないか―――
何度目かの呪文の失敗の後、リリアは神官長に聞いた。
「神官長、私が隙を見て攻撃に回ることは止めた方が良いのでしょうか」
「ええ、あなたが攻撃に回ったそのすぐ横で仲間が攻撃を受けたとしましょう。あなたは直ぐに最適な魔術を施す事は出来ますか?」
リリアは想像してみた。リリアが火の魔術を放ち隙をついたつもりが、セオドールが攻撃される。傷口を防ぐ程度でいいのか、骨折を治すほどの魔術を掛けなければいいのか直ちに判断できるかと言えば―――
「出来ません」
答えはノーだった。更に付け加えれば、リリアはまだ経験が無いが、普段使いなれない魔術を使った後は余韻の様な物が残る。そのまま次の呪文を詠唱し始めても、前の属性を引きずって思うような効果が出ない時もあると神官長は説明した。
「実戦では、特に魔族と戦う場合なんかは一瞬の判断が命取りになる場合があります。仲間の命を危険にさらしたくないのなら、止めておきなさい」
「はい」
リリアは再び、治癒の呪文を延々と唱え始めた。
いくらか精度が上がったところで次は能力を上げる魔術を掛け始める。最終的には、ユウの初戦の時の様に身の丈に合わない効果が付随するのではなく、被術者が楽に動ける範囲内で治める事が出来た。ただし一度に掛けられるのは二人ずつが限度だ。
「精度を上げるコツはつかめましたか?」
「はい」
「もしも分からない事が道中であったらフィンレイに聞きなさい。サリーの愛弟子とあって、かなりの知識量ですからね」
三日目、全員が謁見の間に集まる。国王は不在だが、そもそも謁見の間の使用許可の手続きをしていない。
「魔王討伐の経験者である私と、サリー。それから勇者たちとの実践訓練を行うわけだが―――」
「場所はここでいいかな?」
サリーがすっとぼけて見せた。
「いいわけなかろう。謁見の間だぞ」
「えーでも神官長が見られないとリリアちゃんに的確な助言ができないしー」
「私でも入ることの出来る広い場所と言うと、限られていますからね」
三人の年長者が訓練を行う場所で悩んでいる間、リリア達は緊張していた。エイベルとサリーの二人は、先代魔王と戦った経験者である。到底太刀打ちできると思ってはいないが、差がありすぎてもこれからかなりの不安が残る。
緊張を紛らわせるために、リリア達は頭を寄せ合って作戦を立てていた。
「二人を一度に相手にするんだったらきついよね」
「塔の魔族は一人だけなんだからどちらか片方ずつではないのか?」
「だとしたらあたしとセオドールが攻撃でフィンレイが魔法を時々使うでしょ?」
「わたくしは防御と回復でしょうか。ユウ様は……」
「にゃ」
リリアの背負っている剣をたしたしと叩くユウ。
「始まる前にリリアは剣を床に置いて。じゃないとユウも魔術を掛けにくいだろうから」
「あ、はい」
フィンレイに注意されてリリアは返事をする。全く想定しなかったことなので、事前に教えてもらっておいて良かったと思った。そうしなければユウはリリアの背中の鞘から魔術を使って剣を取り出さなくてはならない。
リリアが動く可能性もあるし、失敗して落としでもしたらリリアが危険だ。
「ユウ専用の魔力回復薬は完成しなかったから、様子を見ながら魔術を使った方が良いかも」
「最初から使うのはダメですか」
「魔力が切れたら接近戦しかなくなるからね。そうなるとセオドールの集中力が心配」
「ああ、ユウはまだ肉弾戦の訓練をしていないからな」
他に何か確認事項は無いかと頭を寄せ合い話し合っていると、廊下へ続く扉ががたんと勢いよく開いた。
「リヴァーモア騎士団長!アディントン魔術師団長!ドンディナ街道で一体の魔族が暴れています。犠牲者多数ありっ!」
謁見の間に緊張が走る。エイベルが即刻対応した。
「陛下にお知らせは?」
「別の者が伝えに行きました」
「ならば、少しそこで待て」
伝令を待たせて、エイベルは神官長たちを見やる。
「丁度良かった。一体だけなら東の塔の最上階と条件は同じだ。強さはどれ程の物か知らないが、勇者たちに経験を積ませるべきだろうと思うが、どうかね?」
「賛成。ドンディナ街道なら私が飛べるからね。魔力回復薬なんかの準備は出来てる?」
サリーは一同を見回した。
「ユウ専用のもの以外なら。元々戦うつもりだったし、リリアは?」
「あ、はい準備万端です」
「俺らも体力回復薬は持ってきてます」
「実戦さながらの訓練が実戦に変わるだけだよね。大丈夫」
最後にケイも頷いた。
エイベルが、伝えに来た兵士に伝言を頼む。
「君、サリー・アディントン魔術師団長と勇者一行が出るから、討伐兵の派遣は少し遅らせるよう陛下に伝えてくれ」
「それからドンディナ街道の封鎖もねー」
「はっ」
サリーが転移魔術の呪文を唱える前に、神官長がリリアに師事を出す。
「リリア。向こうへついた途端にいきなり戦闘が始まるかもしれないから、皆さんに能力を上げる術を掛けておきなさい」
「はい」
ユウの初戦でリリアが掛けた魔術を思い出し、セオドールとフィンレイはたじろいだ。
「お、俺はいい」
「僕も」
「大丈夫ですよ、ちゃんと調節できるようになりましたから」
リリアは笑顔で言っているが信用できない二人は神官長を見た。
「ええ、リリアの言う通りです。私が保証します」
「そうですか、なら大丈夫ですね」
「にゃあー」
「ユウ様まで……わたくしを信じて下さい」
犠牲者となったユウが頷き、リリアはがっかりした。それでも、気合を入れ直し、全体的に能力を上げる術を二人ずつ掛けていく。
「にゃあ、にゃああ」
「あ、はい。自分の分をかけ忘れてました。有難うございます」
「……なんでそれでわかるんだ」
エイベルが目を丸くし、神官長がおでこに手を当てて理解できないと首を振る。セオドール達はそんなやり取りになれていたが、二人が見たのは初めてだ。
「じゃ、皆行くよ。リリアちゃんは一応ユウ君を持ってて」
「あ、はい。神官長、行ってきま―――」
リリアの言葉は途中で掻き消え、神官長は一抹の不安を覚えた。賑やかだった謁見の間が、途端にがらんと静かになる。
「大丈夫でしょうか」
「ああ、最終的にサリーが手を出すようなことにならないと良いが」
おそらくリリア達が死ぬ寸前までサリーは手を出さない。更にその場合の懸念事項がもう一つ。
「魔族側におそらく警戒されますからね。今後の攻略が難しくなる可能性も否めないでしょう」
「ああ。愛弟子がボコボコにされた状態でサリーが手加減をするとも思えないしな。さて、騎士団の方の準備をして来るとするか」
神官長は天を仰ぎ、天空神アイルにリリア達の無事を祈った。
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