第14話 訓練1

 次の日、塔の攻略に時間的な余裕があると見たリリア達は、それぞれ訓練を行っていた。





 セオドールは騎士団の鍛錬場で、刃の無い剣を持って父と対峙していた。


 普段なら騎士団の誰かと稽古を付けている所だが、昨日の約束通りエイベルが相手をしている。離れたところで同僚たちが剣を交えつつこちらを見ていた。


「今から私を騎士ではなく魔族だと思いなさい。始めるぞ」

「え、どういうこ―――」

「遅い」


 騎士として身につけてきた型ではなく、粗野で乱暴な実戦向けの戦い方が始められる。父のそんな姿にセオドールは開始直後に一瞬怯んだが、それでも何とか食らいつこうと剣を打ち合わせた。

 攻撃を避けつつ機会を見い出しては攻めていたが、徐々に防戦一方となっていく。それでも、何とか防げていると慢心しているセオドールにエイベルは顔をしかめた。


「お前、何をやっている。魔族はこんなものじゃないぞ」


 速さと重さを上げて攻撃を増やす。四方八方から繰り出される打ち込みをしのぎ切れず、セオドールの剣先が逸らされた直後。

 エイベルはセオドールの脇腹へと重たい一撃を加えた。


「が……はっ」


 じっとりと汗を吹きだしながらセオドールは片膝を付く。脇腹は熱と痛みを持ち始めている。これで終わりかとエイベルを見上げると、エイベルは前にも力を増して体制を崩したままのセオドールへ打ち込み始めた。


 信じられないと言う面持ちで、それでも防ごうとするセオドールだったが、負傷した状態で凌げるはずも無く、剣は弾き飛ばされた。

 エイベルは剣を拾い、セオドールの元へ放り投げる。


「この程度で座り込むとは……自分は魔族に殺されないとでも思ってるのか。勇者や聖女と違ってお前の代わりはいくらでもいるんだ」


 片手で示した先には、いつの間にか多数の同僚たちが鍛錬を止めて見学していた。心配そうな顔が大半だが、中には笑みを浮かべている者もいる。


「待ってろ、今、引導を渡してやる」


 一歩一歩近づいてくエイベル。セオドールは剣を握りしめた。


 エイベルが剣を振り上げた瞬間、セオドールは父親の喉を貫くつもりで剣を向けた。わずかな首の動きだけでそれを避けたエイベルは、そこで手を止める。


「何だ、ちゃんと攻撃出来るじゃないか」


 エイベルはセオドールに回復の魔術を掛ける。騎士の中でも簡単な魔術を扱える者はいてそのほとんどがこうした回復魔術だ。


 セオドールが立ち上がり構えようとすると、外野から声を掛ける者がいた。


「あたしも訓練付けてもらっていいかな…いいですか?魔法は全然だめって分かったのでこっちの方が良いみたいです」

「ケイ、危険だぞ」


 セオドールは止めようとしたがエイベルは首を振った。


「構わない、彼女も仲間だろう? セオドール、交代だ」

「じゃ、お願いします。行っきまーす」


 エイベルに向かってたたたと走ると次々と短剣を突き出す、薙ぐ、振り上げる。合間に蹴りや掌底なども入れながら多彩な攻撃をしているケイは、まるで舞っているようにセオドールの目に映る。

 一つ一つの攻撃は軽くとも手数が多い。だがエイベルは余裕で防いでいる。


 呼吸の隙をついての打ち込みに、ケイの短剣は弾き飛ばされた。


「ああ、負けちゃった」


 弾き飛ばされた短剣は訓練場の壁に突き刺さっている。それを見たセオドールが酷く狼狽した。


「ちょ……ケイ!訓練用のナイフじゃないのか」

「うん、自分のだよ。私の相棒。毎日手入れもしてるもん」

「構わん。もとより実践のつもりだ」


 エイベルは感心したような声でケイを褒めた。


「大したものだ。お嬢さん、戦闘経験は?」

「魔物となら、たくさん。ギルドの依頼も受けた。じゃなきゃ、一人で東の塔なんかに挑戦しないよ」

「急所ばかりを狙っているのは意図的か?」

「うん。あたし弱いから、早く終わらせた方が楽だし」


 セオドールは自分より戦えているように見えるケイが、自分を弱いと評したことに驚いていた。それと同時に少し驕りを持っていた自分に気付く。


「俺も、まだまだだな。団長、お願いします!」

「うむ」


 自分がけがをすることも恐れずに、セオドールは気合を入れて動いた。







「ユウは何か使ってみたい魔法ある?」

「と言ってもどんなものがあるか知らないからな……あ、フィンレイが使っていた浮遊魔術は覚えてみたいかも」

「お空が飛びたいんだね。うんうん、分かるよその気持ち。悲しみの無い空へ時々自由に飛び立ちたくなるよね」

「そうじゃなくて、国王からもらった剣を宙に浮かせて攻撃出来ねェかなって」


 ユウが申し出た意外な魔術の使用法を、サリーは想像してみた。誰も持っていないのに宙に浮く立派な剣。セオドールやフィンレイたちが戦っている間に、背後からいきなり敵に突き刺さる剣。


「勇者の剣なのに呪われているみたいだね」

「どうせ黒猫だ」

「……どんまい」


 サリーは慰める為にユウを激しく撫で繰り回そうと手を出すと、ユウは猫パンチで反撃した。


「にゃっ、やめ! リリアと言いなんで女はそんなに触りたがるんだよ」

「リリアちゃんに触ってもらったの。あの子の事だから普通に猫に触ったつもりでしょうけれど……」


 ふと視線を感じてサリーがユウから顔を上げると、本を読んでいたフィンレイがこちらを見ていた。弟子の表面と心の中の温度差に、サリーはにやりと笑う。


「フィンレイ、リリアちゃんのとこから勇者の剣貰ってきて」

「何で僕が―――」

「優しい師匠が聖女に会う口実を作ってあげているのに、逆らうんだ?」


 フィンレイは読んでいた本にしおりを挟み、ぱたんと閉じる。


「どうして僕がリリアに会いたがってると思うんです?」

「昨夜、寝言でリリアって呼んでた」

「へー、フィンレイってばそうなのか」

「違う。そんな事言うわけがない。第一、師匠と僕は別の部屋で寝てるじゃないですか」

「ふふふ、うっそー。女の勘だよ。でも、本当に必要だから行ってきて。ユウにはその間に呪文教えるねー」


 サリーは会話を打ち切り、ユウに向かう時には既に顔つきが変わっていた。仕方なく部屋を後にする。


 城の中を歩きながら、フィンレイは苛立っていた。どうしてあんなぽんこつに会いたがっていると師匠が思ったのか。


 リリアは神官たちが寝泊まりする部屋にいて、神官長と共に魔術の訓練をしていた。光の網がリリアの周りを囲んでいる。リリアは絶えず呪文を唱えているようだった。


 扉を開けたのは神官長で、フィンレイを部屋に招き入れるとリリアに声を掛ける。


「はい、何でしょう?」

「リリア、ユウに勇者の剣を持って来いって頼まれた。今は師匠に魔術を教わっていて、それに使うから」

「あ、はい。……どうぞ」

「ひたすら同じ呪文唱えてるの?」

「ええ、防御系と治癒系に的を絞ってます。お蔭でかなりの魔術の精度がありました。フィンレイが教えてくれたおかげです」


 旅をしていく中で自分が教えるつもりでいた事柄を、神官長に横取りされた形になっている。元々の教育係は神官長なのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 フィンレイはほんの少しだけ気落ちしている自分に気が付いた。そしてサリーが言っていた事にも、その理由にも合点がいく。


 ―――僕は、次の戦闘に備えてリリアの魔術の精度を上げておきたかっただけなんだ。


 答えが分かってすっきりしたフィンレイは、無意識ににっこりとほほ笑んだ。

 リリアは少しも邪心の無いフィンレイの初めての笑顔を見て、驚く。


「頑張れ」

「は…はいっ!」


 返事をするリリアの頬がうっすらと赤く染まっていたのを、フィンレイもリリア自身も気付かなかった。




「見て見てフィンレイ、空飛ぶ猫ちゃんの出来上がりー」


 フィンレイがサリー達の元へ戻ると、ユウが右へ左へと宙を移動していた。手足を動かすでもなく、つつつーとそのままの体勢で動いている。

 フィンレイは剣を取りに行っている間の展開の速さに目をむいた。


「もう自力で飛べるようになったのか」

「すごいよね。体が小さいからかもしれないけれど」


 そのユウがふよふよとフィンレイに近づき、浮きながら出迎える。


「おー、フィンレイお帰りーっいっ!?」


 フィンレイの頭上近くで魔力切れを起こし、見上げていたフィンレイの顔面に胴体着陸をした。落ちないように頭に必死でしがみ付き、少しだけ爪を立ててしまっている。


「痛い」

「す、すまん」


 フィンレイはユウの両脇を持ち上げて勇者の剣と共に地面に降ろす。ユウは地面に足がついた途端、ふにゃりと脱力して毛皮の絨毯のようになった。


「あれ? なんか変だぞ」

「猫だとこんな感じになるのか。師匠、初めて見ました」

「ああ、猫系の魔物は大体こんな感じだぞ。他より魔力が高いからな」

「倒しにくいようであれば魔力切れを狙うのも手、かな」

「おい、何言ってんだ? 二人して」


 フィンレイは無言でユウをひっくり返し、そのままユウの腹をくすぐり始めた。


「や、無表情でもふるとかマジ怖いから、やめてーーーっ」

「本当に無抵抗になるか確認しているだけだ」

「よし、検証なら私も参加するぞ」

「ひにゃーーーっっ」


 師弟による愛情表現をたっぷり受けたユウは、息も絶え絶えになって再度、床にへばっていた。


「それにしても呑み込みが随分と早いですね。浮遊魔術は一番最初に覚えるほど簡単なものではないでしょう」

「天空神の呼びかけに応じた勇者だからね、きっと相性がいいんだよ、多分」


 床にへばっているユウが顔だけ上げる。


「チートだろチート。きっとそうに違いない。俺様最強!」

「ちーとって何? 魔力切れ起こしているやつが何を偉そうに」

「……へ、これが魔力切れ? 早くない?」


 そう言えばこいつは他の世界から来た奴だったと、フィンレイは思い出した。あまりにも馴染み過ぎているので時々忘れてしまいそうになる。リリアと同じで、とんでも無いところで常識外れになる可能性もあるのだ。


 サリーの教え方も決して上手だとは言い難い。こんな事なら付いていてやればよかったと思いながら、おそらく抜けているであろう事柄を予測してフィンレイはユウに教える。


「普通、一番最初に覚えるのは明かりの魔法。そこから四大属性の相性が良いものと続いて、浮遊魔術は更にそれ以外の属性で……そうだな、全体を五段階で分けるなら四段階目。本来なら魔力を底上げしながら覚えていくものを、基本をすっ飛ばして教わったんだ。魔力切れにもなる」

「ユウはそんななりだからね。攻撃魔術はフィンレイ、回復や防御はリリアちゃんに任せて、遊撃出来るのが良いと思ったんだよ。どんな形でも勇者の剣を扱えるのはきっとユウだけだからね」


 サリーはユウのあごをクイっと上げると、魔力回復薬を流し込んだ。抵抗する間もなく飲まされたユウは、反論も無くげほげほと咽ていたが、やがて静かになる。


「さあ、じゃんじゃん行くよーっ」

「……それ、猫に飲ませても大丈夫なんですか?」


 あれだけうるさかったユウが静かになり、流石のフィンレイも心配になった。

 動物が魔力を持つようになると魔物になるので、当然のことながら猫に魔力回復薬を飲ませることは滅多に無い。


「死にかけているようにしか見えませんけど」

「嘘っ」


 サリーが抱き上げるとユウは白目をむいたまま手足をだらんとさせていた。ゆさゆさと揺らしても脱力したままで、文句の一つも返ってこない。


「成分的にやばいものでも入ってたかな」

「ユウちゃん戻っておいでーひいおばあちゃんが手招きしててもそっち行っちゃだめだよー」


サリーが涙目になりながら強めの回復魔術を、フィンレイが念のために解毒の魔術を掛けると、ユウは目をぱちぱちとまばたきし始めた。瞳に光が戻ったところで地面にそっと下ろすと、しっかりとお座りをしている。


「ユウ……良かった。あろうことか勇者殺しちゃったかと思ったよ。魔力は回復しているみたいだね」

「猫用の魔術回復薬って有りませんかね?」

「獣人勇者がいたみたいだからもしかしたら応用できるかも。ちょっと部下使って開発しておくか。最後まで戻らないようだったら大変だもんね」

「にゃあ」


 ユウがその通りとばかり頷いた。―――猫の鳴き声で。

 師弟は顔を見合わせる。


「ユウ、師匠って呼んでごらん」

「にゃにゃう」


 ユウは両前足で口を押え、信じられないと目を見開いている。


「人の言葉、話せないのか?」

「にゃあ、にゃにゃうにゃ」

「か、可愛い」

「にゃい」


 口元をにへらと歪めたサリーの鼻先に、ユウはてしっと猫パンチをする。


「取り敢えず魔術の使い方は身についたわけだから、一度剣を浮かせてみれば?」


 フィンレイの呼びかけにユウはにゃいにゃい言いながら呪文を唱えると、フィンレイの膝丈程度の位置を鞘ごとすーっと移動した。魔力が途中で切れないように、ユウは自分の意思で下ろす。


「解除も大丈夫かな。一応補足するけれど、呪文は魔術の補助的なもので、精度を上げていけばこんな事も出来るから頑張れ」


 フィンレイは無詠唱でサリーを浮かせ、その場でぐるぐると回転させ始めた。


「や、やめ。酔うから、ちょおおおーっ」

「アルコール無しで酔えるんだから安いものじゃないですか。せっかく話せるようになったユウの気持ちを考えたらこれでは足りないくらいです」

「不可抗力でしょーっ」


 その後、ユウがフィンレイの足をたしたしと叩いて止めるまで、フィンレイは浮遊魔術を止めなかった。

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