第13話 王城
王だけが退出した後、エイベルがセオドールに、サリーがフィンレイに、神官長がリリアに労いの言葉を掛けた。
「歴代最速攻略、良くやった……と言いたいところだが、戦わなかったのではなぁ」
「これから精進します、父上」
「うむ。ユウ殿がサリーに魔術を教わる間は稽古をつけてやろう」
三男坊であるセオドールは昔からエイベルに稽古をつけてもらう機会が無かった。つけてもらえるのは兄たちばかり。自分は父の部下に付けてもらうだけだったことにいつも不満を持っていた。
エイベルからしてみれば末っ子であるセオドールを甘やかしてしまわないようにとの配慮であるが、上司の息子にけがをさせるほどの訓練を付けられる者など、いるはずも無かった。
そんな事情に微塵も気付かないセオドールは、これでやっと認めてもらえると喜びを隠さない。
「お願いしますっ!」
エイベルとセオドールが、何の面白味も無いやり取りをしたその隣では―――
「よーしよしよし、よくやったー」
「止めて下さいよ師匠、ユウじゃあるまいし」
「ユウか。ユウもちっこいなりしてよくやったなー今日から私はお前の師匠だ。存分に可愛がってやるからにゃあああーん」
「え、初めましてなのに何このテンション。て、国王への謁見した後なのになんで酒臭い?にゃ、や、にゃああぁぁあー」
フィンレイがサリーの熱烈なハグを受けた後、頭ををくしゃくしゃに掻き回されたフィンレイはユウを師匠に差し出し、自分は手櫛で髪を整えている。
「じゃ、師匠、後はよろしく。ちょっと調べ物が有るんで」
「任されたー」
「あ、こら、フィンレイ助けろ」
サリーは抱きかかえたユウの前足をフィンレイに向けて振った。
助けに入ろうかと迷うリリアに、神官長が話しかける。
「歴代最速か。よくやりましたね、リリア」
「っ神官長!」
神官長の穏やかな笑みと久々に聞いた褒め言葉に感極まって、リリアは涙を浮かべた。だが神官長はリリアをそれ以上褒めることはせず、隣にいたケイに深々と頭を下げた。
「ケイ、有難うございました。リリアは皆に迷惑を掛けていませんでしたか?」
「それは、えーっと……」
ケイは言葉を濁した。
身に覚えがたくさん在りすぎて、明確に否と訴えられないリリアは少し俯いた。神官長がセオドール達に目を向けるとすっと目を逸らす。ユウまでもが目を逸らしたとあって、神官長の笑みは徐々に消えてこめかみに青筋が立った。
「リリアには聞きたい事がたーっぷりあるので、城に部屋を借りられたのは好都合ですね。覚悟していなさい」
「はひ」
褒められていたはずのリリアは恐怖に怯える羽目になり、どうしてこうなったと自問自答を繰り返していた。
神殿の者が王城の中で俗世間ではない場所として出入りできるのは、謁見の間や王族が儀式を行う部屋、医療行為を行う部屋、そしてこの神官や聖女専門の客室などの一区画だ。
反対に、許可を受けた者が神殿に出入りする事も出来る。勇者召喚の際に控えていなければならないセオドールとフィンレイがそれに当たり、サリーやエイベルはそれぞれ騎士と魔術師の団長なので自由に出入りできる。
城で神官達の為の従者に案内されてリリアとケイが部屋で待っていると、ノエルとワンダ、それから神官長がティーセットをワゴンに乗せてやって来た。
神官長自らが紅茶を注ぐのは、外に出せない話であったり話が長くなる時である。神殿での長い長い説教を思い出してリリアは少しうんざりした。
ノエルとワンダとケイが互いに自己紹介しあったところで、神官長は本題に入る。
「リリア、勇者が召喚された時に人の影を見ていたと言う話ですが」
「はい……って、えええ、二人ともよりによって神官長に話してしまったのですか?」
「リリア、よりによって、とはどういう意味でしょうか?」
口が滑ったリリアは両手で口元を抑えてふるふると頭を振った。やはり魔王かもしれないなんて思えるほど怖いのに、どうして話したと二人に視線で訴える。ワンダ達は苦笑しながら答えた。
「ごめんね。神官長が魔王の手先だったら、きっとリリア達を旅立たせずに間を置いてから、勇者召喚を再び指示すると思ったんだ」
「時間を掛けた方が魔族たちもしっかりと準備が出来るもの。と言うわけで神官長を味方に付けた方が得策と思ったの」
リリアは自分の手を口から離した。二人が話すのは神官長に脅されたからだと思っていたが、しっかりした考えがあると聞いて安心する。
「二人が信じたのなら、私も神官長を信じます」
ワンダ達の説明ではリリアは理解できなかったが、神官長は取り敢えず大丈夫らしいと把握した。その様子に神官長は眉間に人差し指を当て、長いため息を吐く。
「リリア、思考を放棄せずにしっかり考えなさい。あなたの悪い癖です」
一連の会話をただじっと聞いていたケイが、タイミングを見計らってリリアに質問した。
「ユウは猫じゃなかったの?」
「ええ、何者かによって姿を変えられたようです」
「セオドールとフィンレイは知っているの?」
「いいえ」
「仲間なのになんで?話しておかないと後で困るかもしれないのに」
リリアは目を逸らすようにしてティーカップを持ち、中で揺れる赤い液体を見ながら答える。あっけらかんとしたケイと話していると、自分が酷く汚れた存在に見えてくる。聖女なのに。まだ神殿を出たばかりなのに。
「……二人がやった可能性だって捨てきれません」
「だとしたらきっと猫にした直後に殺してるよ」
「次の勇者召喚にも関わるつもりだったら、そのまま仲間としていた方が得策でしょう」
「リリアは二人を疑ったまま旅を続けるつもり?違っていたらどうするの」
ケイは悔しそうな顔をする。
「あたしはそんな皆に付いて来たかったわけじゃないよ」
「ケイ……」
神官長は二人の関係性に目を見張った。ノエルとワンダ以外にもリリアの心に本気で踏み込んでくれるものがいる事に少しだけ安堵する。
神官長はため息交じりに言った。
「リリア、セオドール殿とフィンレイ殿を疑うのは止めなさい」
「では、結界に問題があったと言うことですか」
リリアは弾かれたように顔を上げて神官長を見る。フィンレイの生まれをサリーから聞いているノエルとワンダも、同じように。
「……ええ。外側からの攻撃であると判明しました。東の塔を攻略して話せるようになったのならば、塔を攻略していけばおそらくは元に戻れるのではないかと考えられます」
「良かった、ずっと疑うのはとても大変だったので、それが分かっただけでも嬉しいです」
「リリア、辛かったの?そうは見えなかったけど」
ケイが心配するとリリアは胸を張って言った。
「実は辛かったのです」
「嘘だよ嘘。ケイ、覚えておいてね。リリアがやたらと威張る時は後ろめたかったりする時なんだから」
ワンダがじとーっとした目でリリアを見ると、ノエルも同調した。
「ええ、誤魔化していることが多いのよ」
「それでなくても威張ることではないですよ、リリア。ユウ様がサリーの魔術を教わる間、私たちも実戦を中心に訓練をしましょう。では二人とも―――」
もっとたくさん話せるものだと思っていた二人は、神官長に退出を促されるのかと戸惑っている。神官長は二人の意を汲み、にっこりと笑った。
「…消灯時間になる前に呼びに来ます。紅茶はその際に片付けますね」
「有難うございます、神官長」
神官長が遠ざかっていく足音に耳をそばだて、聞こえなくなった後。ワンダがにたーっと満面の笑みを浮かべてリリアを問い詰める。
「で、どうだった?疑いが晴れた今、セオドールとフィンレイのどちらを選ぶつもり?」
「選ぶって何を?」
ケイが純粋無垢な瞳で聞くと、ノエルは静かに説明した。
「ケイ、私たちは神殿から一度出たら神殿へ戻れないの。だから好きな人を見つけて結婚しなければならないのだけれど、旅を一緒に続けられる人の方が仲が良いってことになるでしょう?」
「うん、でもこれからまだ誰かに会うかもしれないよね」
「そうね。けれど、セオドール様はそのまま騎士団に入るでしょうし、フィンレイ様も魔術師師団長に就かれると思われるの。どちらかを選んだ方が将来は安泰よ」
ケイは宙を見ながらノエルの言葉をかみ砕いた。自分が使う、もっと単純な言葉に言い換える。
「つまり、稼ぎが良いって事?」
「有り体に言ってしまえば、そうね」
ノエルは苦笑いをした。リリアは両手を重ねて胸に当て、天を仰ぐ。
「私は昔から勇者様一筋です。勇者様…ユウ様と結ばれるために聖女教育も頑張りました」
「勇者様が猫から人型に戻ったとして、とっても不細工だったらどうするの?」
「天空神アイル様が遣わしたのですから何も問題はありません」
ワンダの横やりにもめげず、リリアは自分の思いを披露する。がそこに更なる横やりを入れる者がいた。
「本当に?ユウはあたし達を誘拐犯扱いしてきたのに」
塔の最上階でのやり取りを思い出してケイは聞いた。今はとっても可愛い猫であるので、ユウと普通のやり取りが出来る。でも、人間に戻ってしまったら。
きっと人間の姿で同じことを言われてしまったら、この世界に生きる者として許せない。
「誘拐犯?」
ワンダが聞いたのでケイが塔の最上階でのやり取りを話す。ノエル達は絶句した。勇者召喚は聖女候補にとって誉れであり、この国を救うのに欠かせない儀式であり、とても神聖なものであるからだ。
召喚された者も神に選ばれたと喜ぶと、そう思っていた。
「それは、キツイね。リリア、大丈夫だった?」
「そんな人の嫁になんかなってやる義理は無いわよ。他の方を選びなさいな」
ノエルとワンダは聖女候補だ。リリアの味方なのは疑いようもない。
「わたくしがユウ様の生活を壊してしまったのなら、全身全霊を持ってお仕えしなければなりません。もしも私がここではないどこかへと呼び出されてしまったら、やはり同じような思いを持ったでしょう。私だけでもユウ様の味方であらねばなりません」
「なんかそれって生贄にでもなるみたいだね」
ケイがぽつりと言った。
「似たようなものかもしれません。聖女候補はどこまでも行動が制限されてますから」
ノエルもしんみりと自分の思いの片鱗を吐き出した。ワンダも暗い顔になる。
「リリアの恋の話で盛り上がるつもりだったのに、なんか暗い話題になっちゃったね」
「すみません」
リリアは自分のせいで皆の雰囲気が暗くなってしまったので、何とか明るい話題を探す。
「あ、そうだっ! 二人にお土産があるんですよ」
「へぇ、何なに?」
「お魚味の携帯食料です。また出発する前に買いに行くので余っている分を差し上げようと」
リリアは荷物の中をがさごそと探り、二人の前に置いた。
「本当はもっと可愛いお菓子が良かったのですが、まだ旅の余裕が無くて」
「いいよいいよ、その内に偉くなれば誰かに買ってきてもらうし」
「情報を集めなければそれもハズレを引いてしまいますわよ」
「やっぱり王都の方が美味しいの売ってるのかな?」
お菓子の話題にはケイまで食いついて、とても華やいだ。今まで女性神官の差し入れなどは食べたが、出されるばかりで店の名前やお菓子の名称などは教わらなかった。
一度会話に弾みがつくと、ころころと話題は変わっていく。
「そう言えば知ってますか?金貨でお買い物や宿屋の支払いをしようとすると、お店はとても困るし、お釣りが重たくて大変になるんですよ」
「そうなの?」
「はい。銅貨や銀貨の手持ちがいっぱいになってしまっても、両替商と言うお店があって、そこでお金を預かってもらえるんです。覚えておいてください」
二人より先に世間に出た者として、リリアは胸を張って教える。ケイは支払いや両替商の際に居合わせていないので、聖女候補たちの世間知らずな会話っぷりに驚いていた。
「じゃ、いただきまーす」
「どうぞ、召し上がれ」
神殿の外に出ることなどないので携帯食料を見るのは二人とも初めてだ。興味津々で一つずつ手に取って口にすると、なんと見えない味わいが広がった。聖女候補と言う立場上、吐き出す事も出来ず慌てて紅茶で流し込む。
「けほっ、リリアっ、何、嫌がらせ?」
「全部飲み込んだはずなのに生臭い後味がいつまでも……」
ワンダが涙交じりに非難し、ノエルは顔を青ざめさせた。リリアは一人きょとんとしている。
「あれ、美味しくありませんか?ケイもひとついかが?」
リリアの申し出にケイは思いっきりぶんぶんと首を振る。
携帯食料の存在は知っていたが、節約の為に食事は自分で作るようにしていた。なので興味が全く無いわけではないが、二人の様子を見て「魚味」は危険な物だと判断する。
「いい、いらないっ。リリアが食べてっ」
半ば悲鳴混じりにケイは拒絶した。
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