第12話 帰還
「おっはよー、リリア、ユウ、セオドールにフィンレイも」
朝早く部屋のドアがノックされ、神殿に居た頃の習慣で既に起きていたリリアが開けた。目の前には元気なケイの姿。ちなみにセオドールとフィンレイはもぞもぞと今起き出した。ユウは朝日の差し込む窓際でぬくぬくと寝ている。
「おはようございます、ケイ。よく宿屋に入れましたね」
「前をうろうろしてたらおかみさんが入れてくれた。さあさあ、起きて。出発するよ。王都楽しみー」
ケイの明るい声は、聞くものの気分まで明るくさせる。リリアは昨夜寝る前に話し合った事をケイに伝えた。
「その事なんですが、ご家族の方は何とおっしゃっているのですか。一応ご挨拶をしたいのですが、お家に伺っても大丈夫でしょうか」
「ううん、そう言うの要らないよ。うち大家族でさ、一人くらいいなくなったって大丈夫なんだ」
ケイはそう言って目を逸らす。その仕草に後ろめたいものがあると感じたリリアは、そっと口を閉じた。実は孤児かもしれないと思っていたのだが、家族がいるならば家族がいる者の説得の方がより素直に聞けるだろう。
「取り敢えず朝ごはんにしますけれど、ケイは?」
「食べてきたー」
「そうですか、ちょっと待っててくださいね」
リリアと勇者の分の食事を取りに、階下へと下りる。おかみさんはユウに触りたいので「持って行くからいい」と無愛想に言った。
フィンレイとセオドールは入れ替わりで食堂へと下り、リリアとユウは部屋で食事を取りながらケイの話を聞く。
「親御さんに挨拶しておかないとな、俺らは誘拐犯になっちまうんだ」
「うちの親、そんなの気にしないって」
「行き先は言ってあるのですか?」
「冒険で家を空ける事もあるし、いちいち言ってない」
ケイは首を振った。
「冒険者でしかも盗賊で稼いでるんなら放任主義の親なんだろうが、俺たちが連れて行くって事だけでも知らせておきたいんだ。ケイが独り立ちしているつもりなら、なおさら大人の対応をしなくちゃならない。行先も言わずにいなくなるのは子供のする事。ケイはもう大人だろ?」
どう見てもリリアよりも三つ四つ下に見えるのだが、ユウは子供心をくすぐるのがうまいとリリアは思った。予想通りケイは頷く。
「……分かった。けど、驚かないでよ」
それから事前情報としていろいろな話を聞き、セオドール達が戻って来たところでそれを報告しながら、ケイの家へと向かった。
ケイの家はいわゆる貧民街に在った。建物と呼ぶのもためらわれるような掘っ建て小屋が並ぶ一角にあり、独特のすえたようなにおいが立ちこめている。ケイより年上の兄弟たちは既に働きに出ており、家の中にはケイより小さな子供が三人ほどと、朝から飲んだくれていたのか顔の赤い父親がいた。
「何だ、おめぇら?」
「ケイさんの旅の同行者としてご挨拶に伺いました。聖女のリリアと申します。こちらは騎士のセオドール・リヴァーモアと魔術師のフィンレイ・アディントンです」
威圧感を出しては反発心を受けるかもしれないと、女性であるリリアが中心となって話す。勇者も紹介したかったが本人にきつく止められていた。
「東の塔の攻略にご協力いただいたケイさんに、是非とも我々の旅に御助力願いたく、保護者であるあなたに許可を―――」
「ああン?どこへなりとも連れて―――いや、連れて行くんなら金を出せ。そんなに必要なら」
面倒臭そうにリリア達を追い払おうとしたケイの父親だったが、途中から下卑たいやらしい顔に変わる。セオドールは憤慨した。
「娘を売るというのか!人身売買は犯罪だぞ」
「払わねェならこっちは訴える事だって出来るんだ。聖女御一行様は娘を誘拐しましたってな」
「こんな親もいるんだね。ケイの言う通り、挨拶になんか来なきゃ良かったよ」
フィンレイが吐き捨てるように言う。物心ついた頃から親のいないフィンレイやリリアにとって、親とは自分が決して得る事の出来ない家族だ。神官長やサリーと言う存在があっても、ふとしたことで違和感を感じてしまう。
どんなに酷くても親にとって子供は、子供にとって親は離れがたい存在。その考えはフィンレイもリリアも似たようなものだったのだが―――
「ど、どど、どうしましょう!ケイはとってもいい子ですからきっと金貨を一億枚積んだって足りません」
リリアは慌てだした。的外れなリリアの返答に、フィンレイとセオドールは来たか、と目配せをした。
ケイの父親は先ほどまでたおやかだったリリアの豹変ぶりに目を白黒させながらもなんとか答えた。
「い、いや十枚ありゃ充分なんだが」
「何を言ってるんですか。親にとって子供は何物にも代えがたい宝だって聞いてます。そんなはした金であなたが手放すはずはありません!」
「お、おう?」
結局連れて行きたいのか行きたくないのか。その場の誰もがリリアに心の中でツッコミを入れる。
「ケイを見て下さい。お父さんとの別れに涙目になってるじゃないですか!」
「え、いや違うよ。これは父さんがあんまりにも情けなくて」
「ケイにとって、あなたは大切なお父さんなんです!あなたにとってもそうでしょう?」
「話を聞いてぇぇっっ!」
暴走し始めたリリアを止められなくて、ケイはフィンレイやセオドールに助けを求める。ちなみにユウは迂闊に話す事も出来ないので、弟たちに追い掛け回されていた。
フィンレイが魔術でリリアを黙らせ、セオドールが貴族然としたよく通る声で話す。
「いいのですか?金銭の取引があればここできれいさっぱりケイの縁は切れますが、もしも魔王を倒したら討伐に参加した者として帰ってきます。あなたが望むように、王都に店を出す夢だってかなうかもしれません」
ケイから聞いた事前情報は幼い頃の話。アンティークの時計やアクセサリなどを収集したり売買したりするお店を開いていた。
買いに来る客は歴史を感じさせる品物の中で自分の一番のお気に入りを探し出し、売りに来る客は長い時を共に歩んだ思い出のある品を手放す。
平民も、貴族も関係なく買い手となり、売り手となる。
ケイが盗賊としてお宝を求めるのはそのような光景を幼い頃に見ていたからだった。人から人へと渡っていく品を繋ぐお仕事。話をする時のケイはどこか誇らしげで、リリアの胸を打った。
父親は顔色を変える。
「どうしてそれを……」
「ケイから聞きました。昔はご夫婦でお店を開いてたのに、騙されてからお店も奥様も失くされたと。尊敬できるお父さんだったと言ってましたよ」
「立派であろうとするのも親の務めなんじゃないの?そりゃ、一瞬でも気を抜かないなんて誰にもできないよ。でもさ、今、なんじゃないの?」
セオドールとフィンレイに言われて暫く考えていた父親だったが、ふっと顔を上げる。その顔はしっかりと尊敬できる立派な父親のものに変わっていた。
「ケイ、自分で決めたことなんだな?」
「うん。リリア達に付いていく。だって、あたしは冒険者なんだよ?頼りにされてこんなに嬉しいことは無いよ」
「だったら、見送ってやろう。その代わり生きて無事で帰ってこい」
「うん!行ってきます」
父親にリリア達への同行を認められたケイは、元気に返事をした。
「姉ちゃん、行ってらっしゃい」
「猫ちゃん、猫ちゃん」
「ん゛に゛ゃ゛ーーー」
ユウはケイの弟たちに尻尾や耳を引っ張られていた。
ロージアンの西側の入り口までつくと、フィンレイが提案した。
「歩いていくよりも、リリアの転移魔術の訓練をしよう」
「それよりケイの戦闘の実力がどれ程の物か知っておいた方が良くないか?」
セオドールが反論する。塔に敵がいなかったせいで体を動かし足りず、何となくなまっているように感じたのだ。フィンレイは首をふった。
「戦闘はこれから嫌と言う程出来るけれど、用もないのに転移魔術を使うのは馬鹿馬鹿しいだろ。転移魔術は本人が言った場所しか移動できない。なら機会はきちんと活用すべきだ」
フィンレイは密かに神官長が為し得なかったリリアの成長を促そうとしていた。自分が得意とする攻撃系の魔術以外をリリアが担当すれば、戦術の幅が広がり旅が楽になる。ユウと言う不安要素がそれによって補われるかもしれない。
「どちらも一理あるけど…そうだな。じゃ、リリア頼む」
最終的にユウが判断すると、セオドールも頷いた。
セオドールと勇者、ケイとフィンレイ、リリアの順で転位をさせていく。昨日の様にいくつか魔法を使った後ではないので回復薬を使わずともすべて終えられた。
二人ずつ移動させるので、一人ずつの時と感覚や魔力への負担が少しずつ違う。流石に昨日の今日で精度が上がることは無かった。
場所は王都の門前に指定し、城へと移動する間に連絡が行くようにする。
騎士であるセオドールが中心となり国王謁見の手順を整え、あっという間に謁見が許可された。
玉座には国王トラヴィス、神官長とサリー・アディントン、セオドールの父親のエイベル・リヴァーモアが控えていた。
最初に国王が話しかける。
「随分と戻ってくるのが早いようだな」
「はい、東の塔を攻略し終わったので報告と、異変を知らせに参りました」
セオドールが語り始めると、国王以外の三人が驚いた。
「東の塔を攻略…って、まだ出発してから三日目だろう。塔攻略に最低三日はかかるはずなのに」
「迷路や罠だって在っただろう?かなり手ごわいものばかりだったはずだが」
「リリアと勇者の二つの不安を抱えていたのに、よくぞ……」
神官長だけが何だかおかしな心配をしていたが、経験者である他の二人は本当に最後まで攻略したのかと疑っているようだった。
セオドールは頷く。
「それが、塔の中には敵が全くいませんでした。迷路などはこちらにいるケイと申す者が案内をしてくれたおかげで、最短攻略の道をたどることが出来ました。ケイは冒険者の盗賊職に就いていて、塔内を探索していたようです」
ケイが緊張しながらぺこりとお辞儀をする。国王に会いに行くと聞いた時には、やれ服装はこれで良いのか言葉遣いはどうしようなどとかなりテンパっていたが、皆でサポートするからその場にいるだけでいいと約束し、何とか謁見の間まで引っ張り出した。
「それなら道順については納得できるが……敵がいない?そんな事があるのか」
「最上階の四天王すらいなかったのか」
「ええ。戦わずして宝玉の間にたどり着いた後、聖女の祈りを捧げて宝玉に光が灯ったのを確認しています」
国王はリリア達を見回すと全員、黒猫勇者までもが神妙な面持ちをして頷いたので偽りはないと判断した。
「なるほど、聞いていた話と違い、念のために報告しに来たのか」
「はい。国家に何かあっては大変ですから」
「ふうむ」
塔の魔物が外へ出た話も全く上がっておらず、その他の地域の魔物の発生もゆるやかに増えている。異変と言えば異変なのだが塔の様に極端なものではなかった。
騎士団と魔術師団を出したとしても、何を調べるべきか最適な命令が出せない。
神官長が片手を上げる。
「陛下、それについては私に考えが」
「申せ」
「過去の記録によるとその時々によって塔の魔物、或いは四天王の強さは違います。どうやら魔王復活の兆候があってからの時間に比例する様子です。今回は早すぎて魔物がいなかったのではないかと思われます」
「ならばどんどん攻略していくがいい。全てで魔族と戦わずして魔王の力を削ぐのも可能なのだろう?」
国王の考えはもっともで、リリアも同じ思い込みをしていた。今回ユウが話せるようになったのならば次は剣を扱えるようになるかもしれない。最後に人に戻れるかもしれない。そうなってから敵と戦えば良い、そう思った。
だが、神官長は首を振った。
「四天王と戦って倒した経験のある者と戦った経験すらない者、どちらが魔王を倒せる確率が上がると思いますか?」
「なるほど。だとしたら次は間を置いた方が良い、と言うことになるな」
「はい、訓練や教育の見直しなどを行い、南の塔へと進むと良いでしょう」
「うむ。他に報告は?」
国王の目がセオドールに向けられる。
「東の塔攻略直後、勇者が話せるようになりました」
「再びお目にかかります。ユウと申します」
とてとてと赤絨毯の上を歩き、前に出て礼儀正しく話をした。今度は国王を含んだ四人ともが驚いた。
「なんと!離せる猫だったのか」
「理解できない」
「声帯はどうなっているんだ」
神官長はワンダ達から元は人型だったかもしれないと聞いていたが、猫のまま話せるようになるとは思ってもいなかった。
「話せるようになったのなら魔術を扱えるかもしれないな。国王、次の出発まで三日ほどくれ、私が急いで基礎を叩き込んでもう。道中は弟子が教えられるだろうから」
国王を相手にするも口調を変えないサリー。国王は嫌な顔一つせず了承した。
「その姿では魔術の方が大いに役立つだろう、許可する。三日の間、騎士と魔術師はそれぞれの家に帰るとして、聖女とケイはどうする」
リリアは神官長を見た。神殿には戻れない。
「聖女候補たちとも会わせたいので、城の一室をお借りできないでしょうか。ケイも女性であるリリアといた方が安心できるでしょう」
ケイはコクコクと頷いた。
「良し、では以上で解散とする。勇者よ、ご苦労であった」
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