第3話 初めての戦い
神殿からほとんど出たことは無くとも、あちこちの窓から町の様子は見ることは出来ていたリリア。城に行ったのも初めてだったが、神殿の中とあまり変わらずそれほど感動はしなかった。
ところが目の前にある外の風景は今まで見たどの景色とも全く違っていて、心を奪われていた。
建物の隙間から見るものと違い果てまで続く空、どこまでも行けそうな道、遠くに見える山々。草の匂い、太陽の光、頬に感じる風まで何もかもが新鮮に感じられる。深呼吸して胸いっぱいに空気を吸い込み外の世界を満喫していたリリアは、勇者のにゃあという呼びかけで我に返る。
「はい、いいお天気で良かったですね」
「リリアは動物の言葉が理解できるのか?」
聖女の能力は勇者召喚以外のものは周りに知られていないので、そのような力もあるのかとセオドールがとても驚く。騎士であるセオドールは一般的に魔術が扱え無い者と同じく、魔術に関する知識も全くない。
リリアは微笑みながら否定した。
「いいえ、何となくそうおっしゃっている気がするだけです」
「だと思った。いくら聖女だからってそんな何でもかんでもできるわけじゃないよ、セオドール」
フィンレイが呆れた声を出した。魔術師アディントンの弟子として、フィンレイはどの候補が聖女となっても良いように教育されている。当然、どの聖女候補がどんな魔術を得意としているかも熟知していた。
「そうなのか?」
「はい、聖女全てが特別に扱えるのは勇者召喚のみで、それ以外は個々の能力にゆだねられます」
ワンダは火の高位精霊の加護を得ている。ノエルが扱える魔法の精度は全て最上級に達した。過去の聖女の中にはセオドールの言うような動物と話せる聖女もいた。
ただ、リリアは特別なものを一切持っていなかった。
「リリアは何が出来るんだ?」
「神殿で教わることの出来る、全ての魔法が扱えます!」
「でも精度が低いんだろ?はぁ~他の二人が良かったなぁ」
ワンダの精霊とノエルの魔法、そのどちらかが見たかったフィンレイは、一番のはずれくじを引いて少しだけやる気を失っている。
セオドールは全てが使えるのは凄いことではないのかと思ったが、無知を隠すために口にしなかった。
「取り敢えず、歩こうか。まずは東の塔の手前にある街、ロージアンへ向かおう」
一行は歩き始めた。
魔王を倒すための旅は国内にある四つの塔を巡る旅でもある。東、南、西、北と廻ることで勇者が力をつけ、或いは魔王の力を削ぐと言われる。
各地で魔物が暴れはじめた頃から魔王復活の兆候と見無し、国家事業として勇者召喚をして魔王を倒す。
何度もそれを繰り返してきた歴史があり、何も疑われずに繰り返されてきた。
魔王城はどこにあるのか、誰も知らない。
リリアたちは現在、国土のほぼ中心にある王都から東へ伸びた街道を歩いている。
「とは言え、塔に入るまで全く戦わないと言うのも不安だ。よしっ、勇者、あのウサギを倒してみようか。君の実力がどんなものか見てみたいんだ」
「にゃっ」
セオドールが示した先には、この辺りでは一般的な最弱モンスターのまんまるウサギがいた。こちらから近づかない限りは大人しい生き物だが、ひとたび敵と認識されたらどこまでも追いかけてくる性質がある。
まんまるふわふわで可愛らしい見た目からは想像もつかない程鋭い牙があり、旅人などが存在に気づかず彼らのテリトリーに入ってしまってけがをする事件が度々起こっていた。
「可愛い……あのように可愛いものを殺すのは忍びない……ああ、でも魔物を退治するのは勇者様のお役目。天空神アイルよ、命を奪う我らを許したまえ。……はっっ、勇者様も十分お可愛らしいですよ、これは浮気ではございませんので。くっ、わたくしを惑わすとはなんて卑劣な魔物!」
「にゃー」
ぶつぶつと言い始めたリリアに勇者は適当な返事をする。その様子を横目に、ため息をつきながらフィンレイはセオドールを相手にしていた。
「順応早いねセオドール。僕はまだ納得いかないよ」
「剣を持てるようになったとしても弱いままでは困るだろう?」
「引っ張るね。まだ諦めていないの。ねちっこい男は嫌われるって知ってる?」
ぐ、とフィンレイの皮肉に呻くセオドール。
「勇者だって、準備するに越したことはないだろ?」
「にゃ」
「ほら見ろ。勇者だって納得しているではないか」
「え~そうかな~呆れた声みたいに聞こえるけどな~」
言い争いを始めた二人を放っておいて、勇者はまんまるウサギの方へと向かおうとする。
「あ、待ってください。初戦なので支援の魔法をかけさせていただきます。……はい、これで大丈夫。頑張ってください」
長い呪文を唱えると勇者にかざしたリリアの手のひらから、キラキラと光の粒が降ってきた。勇者は目を真ん丸にしながらその様子を見ていたが、まんまるウサギの方へと向き直り、一歩目を踏み出そうとする。
「にゃっ!?」
勇者の視界が一瞬で切り替わる。リリア達からは、それまでとてとて歩いていた勇者が目にもとまらぬ速さでしゅたっとウサギの後ろへ移動したように見えた。勇者は目標を見失いキョロキョロしていたが、後ろに気配を感じて慌てて方向転換をする。
対するウサギも突然現れた黒い物体に驚いていたが、直ぐに戦闘態勢に入り瞳が攻撃色の赤に変わる。
まんまるウサギ対黒猫勇者の可愛らしいもふもふ同士の戦いを、リリアたち三人は固唾を飲んで見守った。
まずはまんまるウサギが勇者に向かって突進した。勇者は反撃としてウサギの鼻先に軽く猫パンチ―――のはずだったが、爪すら出していない前足が当たった瞬間、ウサギがはじけ飛んだ。血や肉が辺りの草や土にこびりつき、ウサギは既に原型をとどめていない。
まさに一撃必殺だ。
勇者の戦闘の一部始終を見て、しばらく呆然としていたフィンレイがリリアを問い詰める。
「リリア、一体何をしたの」
「攻撃防御速さその他諸々全ての能力を上げさせていただきました。まだそれほどレベルの高い魔法ではないのですが、ウサギ相手には十分だったようですね」
全ての能力をあげる。それは攻撃に関わる物だけを見ても物理攻撃力、武器――この場合は前足――の攻撃力、攻撃の際に使う体の部位の能力など、重複して機能を上昇させるものである。
誰かを守るために絶対に勝たなくてはならない戦いや、自分の何倍も強い敵に立ち向かう時に使うものであって、初戦の、しかもまんまるうさぎ相手に使う魔法ではない。
「十分どころかやりすぎだよ。勇者が血まみれになって泣いてるよ」
「にゃ…にゃうん」
攻撃した前足はプルプルと震え、黒い毛並みが赤くしっとりと濡れている。自らの力への恐怖と罪悪感にかられ、ぽとりと涙が落ちた。
「ああっ、申し訳ございません!勇者様、もしかして元々の能力が高くていらっしゃる?」
「いやいや、どう見ても単にリリアのやり過ぎだって」
普段なら生活の為の魔術は他人に任せるフィンレイだが、流石に哀れに思い洗浄の魔術を使ってやる。水の球が宙に現れると勇者をすっぽりと包み、傷をつけない程度の流れを起こした後にぱっと消えた。
術が終わった際の勇者が、きらきらと尊敬のまなざしで見ているのにフィンレイは気付く。
「べ、別に。そのまま血の匂いをさせていたらモンスターが寄ってくると思っただけだ。お前の為じゃない」
「にゃあ、にゃあー」
「難易度の低い魔法だからお礼を言われるほどじゃないよ」
勇者と会話を成立させているフィンレイを見て、セオドールとリリアはぼそぼそと言った。
「フィンレイも十分に順応していると思うが」
「仲良しさんで良いですよねぇ」
「う、うるさいな。聞こえてるよっ」
フィンレイは真っ赤になりながら二人に食って掛かった。
しばらく歩いているとまた、まんまるウサギが一匹たたずんでいた。
「次は補助なしでの戦力を測ろうか、勇者」
セオドールが提案するとリリアは顔を青ざめさせてよろめいた。
「そんな……せめて防御だけでも」
「リリア、過保護は成長を妨げる。勇者だってきっと補助無しで戦ってみたいと思っているだろう、な?」
「にゃあ!」
二度と一方的な殺戮をしたくない一心で勇者は力強く頷いた。一瞬だけセオドールが魔王であるかもしれないとの考えが頭過ったが、リリアは勇者のやる気を尊重することにした。
「勇者様……ご立派です。分かりました。わたくしはしばらく手出しは致しません」
「強化魔法を使わなくていいだけで、何もしなくていいとは言って無いからね」
フィンレイが、決意を固めたリリアに水を差す。
「戦力を測らなくてはならないのは君も勇者も同じと言ってるんだよ。自分の身を守るくらいはしてもらって、余裕があればこちらの補助をしてほしいけれど一匹くらいなら……って、あれ?
一匹だけだったまんまるウサギは、いつの間にか増えていた。その数、十数匹。リリアたちは
「こんな街道の近くに巣を作るなんて滅多にないんだが、それにしても数が多いな。これも魔王の影響か」
「いくら最弱モンスターと言っても一般人たちにはひとたまりもないだろうね。退治して減らしておこう」
セオドールを先頭に、勇者、フィンレイが攻撃。リリアは回復や補助魔法を使う役目だが、セオドールとフィンレイが優秀なので手持無沙汰になっていた。
けがをすることもなく順調に倒していく一方で、数は中々減らない。近くにあるコロニーからも援軍が来ており、増加の一途をたどっていた。
勇者は爪を使ったり噛みついたりしてまんまるウサギを傷つけていた。セオドールが勇者の様子を見ながらゆっくりと五匹切り捨てる間に漸く一匹が動かなくなる程度だ。
しかも、一匹を退治するのに集中しすぎて周りが見えていない。別の個体に攻撃を仕掛けられては辛うじて避け、気づいたセオドールがその個体を撃破するの繰り返しだった。
そして、そんな勇者を注視しているリリアも同じく周囲への警戒が疎かになっていた。
「リリアっ、危ないっ」
目を真っ赤にした一匹のまんまるウサギがリリアに飛びかかる。リリアはそれに合わせて拳を突きだした。
「えいっ」
ポカっとコミカルな音がしそうなリリアの殴り方だったが、殴られた方は先ほど勇者に襲い掛かったウサギの様にスプラッタになっていた。腕のリーチが勇者より長い分、リリアは血まみれにならずに済んでいる。
セオドールもフィンレイも勇者も、そしてまんまるウサギたちも思わぬ展開に呆然としていた。
リリアだけが戦闘態勢を解かず、注意を促す。
「やはり剣を背負っているせいで手加減も出来ません。攻撃はお任せしますっ!」
「わ、分かったっ」
セオドールと勇者は慌てて攻撃を再開し、フィンレイはそれまで魔力を温存するために使っていた単発の攻撃魔法を範囲魔法に切り替える。
後から後から湧いて出ていたまんまるウサギは数をどんどんと減らし、最後の一匹を倒した時には勇者はへとへとになっていた。
リリアは「お疲れ様です」と疲労回復の魔法を全員にかける。一番動いていたのにさほど消耗していないセオドールがリリアに聞いた。
「リリア、いつの間に自分に補助魔法をかけていたんだ?」
「いいえ、掛けていません。それよりわたくし、手出しはしないと言ったのに手を出してしまいました」
「あの場合は仕方が無かったんだ。回復役である君がけがをしてしまったら大変だからね」
フィンレイも回復魔法は使えるが、猫勇者が戦力として頼りにできない以上、攻撃担当がセオドールしかいなくなってしまう。負担を一人に集中せるのは避けたかった。
「けれど魔物の注意を引かないように、聖女の攻撃は最低限にするべきだ」
「ええ。やはり、手を出すのではなく足で蹴るべきでした」
リリアは至極真面目な顔で反省する。違う、そんな事を言っているじゃないと二人と一匹の心の声が同調した。
リリアの思わぬ物理攻撃力の高さに、実は割とひ弱なフィンレイはぽそりと呟いた。
「……聖女って、なんだっけ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます