番外編 百合●●●のすゝめ(前編)

【オーパブ】は本来、スミレナさんとエリムの二人でやっていた店だった。

 そこへオレと拓斗が加わり、期間限定でパストさんも手伝ってくれている。

 嬉しくないけど、男性客からのウケがいいオレ。

 愛想の良さはピカ一。奥様方に評判のいい拓斗。

 全てのお客さんから絶賛されているパストさん。

 この三人でフロアに立ってからというもの、【オーパブ】は連日大大繁盛。

 予約制の導入を検討されるほどだ。

 そんな矢先のことだった。


「パストさんが倒れた?」


 閉店作業をしていたオレは、手にしていた布巾を放り出してスミレナさんに詰め寄った。エリムと拓斗も手を止めて驚きを露わにしている。


「ベッドに寝かせてきたわ。朝から具合が悪かったみたい」

「そんな……」


 責任感の強いパストさんのことだから「今日は仕事を休ませてください」なんて言えなかったんだ。それなのに、店を閉めるまで頑張ってくれて……。

 くそ、同僚の体調にも気づけなかったなんて。


「この時間だと診療所も開いてないから、今はメロさんに診てもらっているわ」

「メロリナさんに?」

「お店にいてくれたのは幸いね。パストちゃんの体調に気づいたのもメロさんよ。彼女、民間療法から、それなりに専門的な医療知識まで持ってるから」

「そうなんですか。こんなこと言うと失礼かもですけど……意外ですね」

「性病について知っていくうちに自然と身についたそうよ。ほら、メロさんの若い頃って、それはもう凄かったらしいから。サキュバスにとっては死活問題だし」


 一気に尊敬の念が薄れた。

 残りの作業をエリムと拓斗に任せ、オレたちは見舞いに行くことにした。


 パストさんの部屋の扉をノックすると、中から「入りんさい」とメロリナさんの声が返ってきた。女性の部屋なので、必要以上に緊張しながら扉を開けると、

 ちょうどメロリナさんが、パストさんの上着を脱がしているところだった。

 おお、ラッキー。


「じゃない! これ入っちゃダメなやつです!」


 すかさず回れ右をしたが、褐色の美肌に純白の下着という、芸術的に素晴らしいコントラストがしっかりと目に焼き付いてしまった。


「あらあら。まだ慣れないの?」

「……パストさんは、まだ無理です」

「その言い方だと、私の裸には慣れたみたいに聞こえるわよ?」

「慣れたわけじゃないし、まだ直視もできませんけど、スミレナさんは、ことあるごとに風呂に乱入してきますから、他の女性と比べたら、多少は……」

「そうだったの。まあ、女性の体に慣れてもらうのが目的なわけだし、喜ばしくはあるんだけど。なんだか癪に障ったから、本日の乳揉みノルマは五割増しの刑ね」

「理不尽!」


 スミレナさんの手で揉みくちゃにされているうちに、着替えさせ終わったのか、パストさんは布団を被せられていた。苦しそうな表情だけど、眠っているらしく、オレたちにも気づいていないようだ。


「パストさんの容態はどうですか?」

「過労なのかしら」

「いんや。これはこの時期、エルフとダークエルフにだけ流行はやる病でありんすな。環境の変化もあって、うっかりやられてしまったんじゃろ」

「エルフとダークエルフにだけ……。そんな病気が」

「病名を〝インエルフンザ〟という」


 一瞬、知ってる病気かと思ったけど、気のせいだった。


「寝てれば治るんですか?」

「体力のない者なら危険じゃが、こやつなら大丈夫じゃろ。とはいえ、辛いことに変わりはない。看病は必要でありんす」

「具体的に、何をしてあげればいいですか?」

「インエルフンザは体内から魔力が漏れ出ていく病じゃ。それにより、体温低下や免疫低下が起こり、他の病を併発する恐れもある。外部から魔力を補充させてやるのが最も効果的でありんす」

「魔力を補充? どうやってやるんです?」

「人肌じゃ」


 おっとー。

 なんだか嫌な予感がしてきたぞー。


「魔力を外に放出できる者と肌を合わせることで、接触面から微量じゃが、魔力を吸収できる。ほれ、準備はできておるぞ」


 そう言って、メロリナさんが、ぺろりとパストさんの布団をめくって見せた。

 てっきり寝間着姿が出てくるかと思いきや、パストさんはブラジャーとパンツを残しただけの、あられもない姿にされていた。


「着替えさせてたんじゃないんですか!?」

「肌と肌を合わせねばならんのじゃ。服を着ていては意味がなかろ。本当は全裸が望ましいのじゃが、それではお前さんが卒倒してしまいんすからな」

「今の時点で卒倒しそうなんですけど――て、なんでオレがやる流れなんですか!? メロリナさんがやればいいじゃないですか!」

「わちきの体躯では接触面積が少なすぎる。それに酒が入っておるでな。放出する魔力も質の悪いものなってしまいんす。ザー●ンの味と同じ理屈じゃ」


 いつものことながら例えが酷い!

 とにかくだ。このミッションは、オレには難易度が高すぎる。

 今だって、ちょっと想像しただけでも――……。


「リーチちゃん、幻肢げんし勃起中?」

「その造語、隙あらば使ってきますね!」


 気のせいか。本当に定着してきたような……。


「何もオレじゃなくても、他にも魔力を持ってる人はいるじゃないですか。例えばカリィさんとか。もう夜遅いですけど、お願いして、今から来てもらえば」

「かりぃと言うと、尻の見事な娘のことじゃな。人間にしては珍しい魔力持ちではあるが、総量が少なすぎる。それに、あやつは魔力を外に放出できんしょや」

「オレだって、こないだ偶然できただけで、まだ自信が」


一触即発クイック・ファイア】の拡散放出をもう一回やれと言われても、上手くできるかどうか。


「女性エルフのお客さんだっているんですし、その中の誰かに頼むというのは」

「たわけ。エルフにかかる病じゃと言うておろう。うつったらどうする」


 あ、そうか……。

 じゃあ、エルフ以外の種族で。

 というか、そもそも、お客さんにこんなことを頼むのは……。


「こやつと肌を合わせるのは、そんなに嫌なのかや?」


 嫌?

 何を馬鹿なことを。嫌なわけがないでしょう。

 人助けという大義名分の下、パストさんのような綺麗な女性と(しかも半裸で)抱き合うなんて、そんな夢みたいなこと、男のままだったら絶対に経験できない。さっきから、ごくりごくりと喉が鳴りっぱなしだ。

 問題は、チェリーなオレに、どこまで耐えられるかってことなんです。

 鼻血を噴くだけで済むか? 下手すりゃ、もう一人倒れることになるぞ。

 でも、このまま他に適任者が出てこないなら――



「――我を呼んだか!?」



 呼んでない。

 高らかに声を張り、下半身モロ出しの魔王(へんたい)が窓から入ってきた。


「おい、変態魔王! 不法侵入やめろ! 普通に怖い!」


 オレとメロリナさんはともかく、スミレナさんもいるのにワイセツ物を晒すな。


「む? パストはどうかしたのか?」

「病気なんだよ! いいから出て行け!」

「魔力が著しく減っている。なるほど。状況はわかった」


 一目でパストさんの症状を見抜いたザインが、何をトチ狂ったのか、いそいそとマントを外しにかかった。


「カワイイ部下のため。ここは、我が一肌脱ぐとしよう」


 マントを投げ捨て、さらには白シャツにまで手をかける。

 こいつ、一肌どころか……。

 女性の部屋で、一切の躊躇なくマッパになりやがった。


「ふっ、我も若いな。愛する者の前だと思うと、つい張り切ってしまう」


 それ、アピールのつもり? 完全に逆効果だということに気づいてください。


「リーチよ、見るがいい! 今宵の覇王は、いつになく猛っている!」

「こっち向けんな!」


 え、ちょ。

 ち●こって、あんなんなるっけ?

 あんな……えええー。


「待たせたな、パストよ! 我の熱い魔力で今すぐ温めてやるぞ!」


 まずい、パストさんの貞操が!

 だけど、オレの細腕ではザインを止められない。

 こうなったら――……。


「ぬっふおおおおぉ!?」


 え?

 あわや、ルパンダイブというところで、突然ザインがのたうち回り出した。

 オレじゃないぞ。オレはまだ何もしていない。


「病人の前で騒ぐでない。あんまりやかましいと、ち●こもぐぞい」


 男のナニを強制的に剥くメロリナさんの特能――【一気呵成ウェノーク・リニック】だ。

 オレも【一触即発クイック・ファイア】を撃とうとしていたけど、丸出し状態で喰らわせていたら、いろいろとヤバいことになっていただろうから、助かりました。

 あ、スミレナさんは、ちょっと後ろ向いててくださいね。目が腐るので。


「ふぬぐぐぐぐぐぐ!」

「はいはい。お前さんは邪魔じゃ。退室しておれ」

「男はお呼びじゃねーんだよ。帰れ、ド変態」


 限界を超えて剥かれ続ける股間を押さえながら、オレとメロリナさんでザインを部屋の外へ蹴り出した。


「りぃち、そろそろ覚悟を決めんさい」

「も、もうちょっと待ってください。まだ心の準備が」

「大丈夫よ。リーチちゃんにばかり恥ずかしい思いはさせないわ」


 恥ずかしいというか、元童貞には荷が重いという話です。

 何をするつもりなのか、スミレナさんが自信満々で、ぽんっと手を打った。


「三人でベッドに入りましょう。アタシとパストちゃんでリーチちゃんを挟むの」

「なんでここで致死率上げてくるんですか?」


 却下。


「…………本当に、オレしかいないんですね?」

「お前さん以外に適任はおらん」


 だったら仕方ない。

 仕方ないけど、心臓が破裂しそうなくらいズッコンバッコン鳴っている。

 これ、マジで死ぬかもしれないな。

 でも、パストさんを助けるためだ。

 やるしかない!

 言い訳が完了したところで、オレもまた、着ていたメイド服に手をかけた。

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