番外編 心理テスト

「スミレナさん、これ」

「あら。お客さんの忘れ物かしら」


 閉店作業をしていると、テーブルの影に一冊の本が落ちているのを見つけた。

 それは文庫本サイズで装丁も薄く、高価な物だとは思えないけど、ページの擦り切れ具合からして、相当読み込まれているものだとわかる。


「どうします?」

「気づいたら取りに来るかもしれないし、しばらくお店で預かっておきましょ」


 スミレナさんに「お願いします」と言って本を渡す。

 本のタイトルには、『怖いくらい当たる心理テスト』と書かれていた。


「面白そうね。リーチちゃん、ちょっとやってみない?」

「はあ、構いませんよ」


 占いとかもそうだけど、女の人って、こういうの好きだよな。

 オレはテーブルの水拭きをしながらスミレナさんの出題を待った。

 エリムと拓斗も各々片づけを進めながら、こちらを気にしている。


「それじゃ、適当に出していくわね」

「お手柔らかに」

「【第一問】アナタがすぐに思い浮かぶ男性を答えてください」


 スミレナさんが出題した瞬間だった。

 エリムがカウンターを飛び越えてフロアに転がり込み、店の入り口で掃き掃除をしていた拓斗がバク転と側転を駆使してオレの前に回り込んで来た。


「お、お前ら、何やってんだ?」

「僕の方が一瞬早かったですね!」

「チィィッ、出遅れたか!」


 エリムがガッツポーズを取り、拓斗が悔しそうに舌打ちをした。

 なんなのこいつら、奇行種か。


「リーチちゃん、他に思い浮かぶ人はいる?」

「エリムと拓斗の他にですか?」


 そうだな。んー、そういや、ギリコさんは次いつ店に来てくれるのかな。

 ギリコさんの、すべすべで黒光りした鱗に覆われた、あのぶっとくてたくましい尻尾、なんでか定期的に触りたくなるんだよな。


「ギリコさんですね」

「――三人目に答えた人が本当に好きな人です」

「おお、合ってますね」

「「ッッッ!?」」


 エリムと拓斗が揃って目を剥いた。マジでなんなの?


「そんな驚くようなことじゃないでしょ。リーチちゃんの場合は尊敬って意味なんだろうし――って、聞いていないわね。勇み足なおバカさんたちは放っておいて、次の問題にいきましょう」


 またペラペラとページを捲り、スミレナさんが適当な問題を抜粋した。


「【第二問】公園のベンチに一人で座っていると、犬が一匹寄ってきました。それを見てアナタはなんと言いますか?」

「どんな犬です?」

「特に指定されていないわ」


 そう言われて頭に浮かんだのは、ペペみたいに小さいカワイイ系の犬だった。


「だったら『おやつあげるからこっちおいで』ですかね。『飼っちゃおうかなー』なんてことも言うかもしれません」

「――それはアナタが恋人から思われていることです」

「残念! 恋人いないので成立しませんね!」


 いくらなんでも、この年でおやつに釣られたりなんかしない。

 オレはそんなにチョロくない。ないったらない。


「アタシはリーチちゃんの恋人じゃないけど、餌付けして飼いた――可愛がりたいと常に考えているわよ? 例えば」

「次いきましょう」


 オレの部屋には鍵が付いているが、それはもっぱらスミレナさん対策として利用されている。


「【第三問】アナタはふわふわの雲と遊んでいます。それはどんな風にですか?」

「今度はまともな問題ですか?」

「さっきも別におかしな問題じゃなかったと思うけど」


 遊び。遊びか。これはいったい何を意味しているのか。

 うっかり変な答えを言ってしまったら、またからかいの種にされてしまう。

 だけど、無理にイメージを変えたら心理テストの意味が無いし……。


「……まず、その雲に乗ります。乗れるならですけど」

「ふんふん。それで?」


 ドラ●もんの雲固めガスじゃあるまいし、いきなり足場が消えるかもしれない。実際にそんな状況があるなら、オレは慎重に慎重を重ねて行動するだろう。


「手探りでいろいろ触ってみます。こねたり、引っ張ったり、場合によっては棒で突いたり、溶けないかどうか舐めてみたりもします。そうやって、大丈夫だと確認できてから思う存分動きます」

「――アナタが雲に対してする遊びは、好きな人からされたいことです」

「噓つき! まともって言ったのに!」

「そう。リーチちゃんは上に乗られて、こねたり、引っ張ったりしてほしいのね。棒って、どんな棒なの? 太くて硬いの? 思う存分動いて本当に大丈夫なの?」


 すっげー楽しそうな顔だ。この人、ホントにセクハラが生き甲斐なんだな。


「じゃ、次いくわね」

「待ってください! 次はオレだけじゃなく、こいつらにも答えさせましょう!」


 エリムと拓斗の腕を引き、矢面に立たせる。すまん、道連れになってくれ。

 スミレナさんが「ちょうどいいわ」と呟き、問題を読み始めた。


「【第四問】手が汚れたので洗いましたが、ハンカチがありません。隣にいた異性にハンカチを借りました。そのハンカチを具体的に想像してください」


 異性とか、またそういう答えにくそうな出題を。

 オレが渋っていると、野郎二人は迷う素振りもなく、つらつらと答えていった。


「リーチさんのハンカチですか。でしたら、持ち主の心を表すかのように真っ白で綺麗なハンカチではないでしょうか。もちろんいい匂いがします」

「俺はそうだな。ロゴでもイイし、動物のプリントでもイイ。ああ、プリントってわかんねェか。ともかく、ちょっとした子供っぽさがあるハンカチを想像した」


 スミレナさんが、視線でオレの答えを促した。


「……エリムはデザインよりも吸水性とか、実用性を重視した物かな。色は清潔な白とか。拓斗は……ハンカチ持ってるところが思い浮かばないや」


 果たして、結果はいかに。


「――その異性につけてほしい下着の柄を表しています」

「誰がプリントパンツだ、コラ!」

「お前こそ、俺にパンツ穿くなって言ってるようなもンじゃねェか!」

「ちょうどいいじゃん! 拓斗にはお似合いじゃん!」

「俺はザインと違って、好きでフルチンになってるワケじゃねェんだよ!」


 拓斗の胸倉に掴みかかるが、拓斗もオレに不満をぶつけてきた。


「リーチさん、タクトさん、ただの心理テストなんですから。喧嘩は」

「「ブリーフは黙ってろ!」」

「あらあら。エロムったら、リーチちゃんにいい匂いのするパンツを穿いてほしいのね。それとも、リーチちゃんの穿いたパンツだから、いい匂いがするのかしら。実際、いい匂いだしね」


 久しぶりに聞いたな、エロム。

 あとスミレナさん、なんで匂いなんか知ってるんですか? 嗅いだんですか?

 疑問は疑問のまま、「次は選択形式ね」と言ってスミレナさんが先に進んだ。


「【第五問】男の子のパーツで、つい目がいってしまうのはどこですか?」


①腕

②胸筋

③お尻や脚

④手や指


「それ、まだ答えは見てないですよね。女性限定の問題ならスミレナさんも答えてください。オレばっかり恥ずかしい思いをするのはずるいです」

「アタシも? 別にいいけど」


 普通に答えるなら①か②だ。筋肉羨ましい、という視点だけど、これまた答えが読めない。腕……太くて硬いものの象徴とかだと、またいかがわしい意味かも。


「②の胸筋ですね」

「アタシは④の手や足かしら」


 それぞれ番号を選び、スミレナさんがページを一枚捲って答えを確認した。


「どれどれ。えっと、②を選んだ人は、お姫様のような特別扱いを望んでいます。相手に大事にされたいという気持ちの表れ。お姫様抱っこでベッドに運ばれたり、ソフトに触られたらたまらない。合ってるんじゃない?」

「異議アリッ!!」

「④を選んだ人は、そっと優しくされたい。テクニックを表す指は、繊細かつ無駄のない動きで快楽ポイントを探り当ててほしい表れ。こっそりイタズラされるのも案外嫌いじゃない。確かに」

「合ってるんですか!?」

「一緒にお風呂に入った時に言ったじゃない。アタシの性感帯は、リーチちゃんに探してほしいって。ねえ、いつ夜這いしてくれるの? 毎晩待ってるんだけど」

「そんな予定は一切ありません!」

「じゃあ今度アタシがするわね」


 よし。部屋の鍵、あと二、三個増やそう。


「【第六問】立食の食べ放題に行きました。どんな風に食べますか?」


①気になるものを全部食べる。

②好きなものを何度もおかわり。

③高そうなものを取って元を取る。

④美しい盛りつけにこだわる。


 オレの胃袋では、どんな食べ方をしようと元を取るのは無理。よって③はない。

 ①か②だけど、正直に答えたら、十中八九ハズレ回答を引くことになるだろう。スミレナさんは、それを見越して出題しているに違いない。

 心理テストとしては反則だが、ここは一番遠い選択肢を――。


「④です!」

「④を選んだのは逆ハーレム希望の表れ。盛りつけに夢中になるアナタは褒められたりチヤホヤされたりするのが大好き。いろんな男の子をはべらせたい願望アリ。凄い、また合ってるわ」

「異議アリィィッ!!」


 これアレだ。正解とか無いやつだ。


「姉さん、あまりリーチさんをいじめないであげてよ」

「そっスよ。利一はこの手のことに耐性無いんスから手加減してやってください」

「あららー。リーチちゃんってば、両手にバナナね」

「お前ら散れ! はべるな!」


 ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をする。

 たかが心理テストで、なんでこんなに疲れなきゃいけないんだ。


「もうやめ! もうやりませんからね!」

「あと一つだけお願い。次で最後にするから」


 興味深い問題でも見つけたのか、スミレナさんが手を合わせて懇願した。


「……今度こそまともなやつですか?」

「そうね。答え方によっては、リーチちゃんの男らしさを証明できちゃうかも」

「わかりました。それで締めにしましょう」


 終わり良ければ全て良し。ラストくらいは気持ちよく終わりたい。


「【第七問】断崖絶壁から飛び降りようとしていると想像してください。

①崖の上から地面を眺めた時。

②飛び降りている最中。

③地面にぶつかった時。

 それぞれで思ったことは?」

「オレ、翼で飛べますけど?」

「飛べない前提でよろしく」


 なるほど。今回はこれまでの傾向と違って穏やかじゃないな。

 崖から飛び降りる。ここで生まれる感情は恐怖だ。

 そして、男らしさを証明できるというからには、おそらく恐怖という感情を敵と仮想した勝負事を意味しているのではないだろうか。となれば①は、


「この障害はあまりにも大きい。オレは敗れるかもしれない。死んでしまうかもしれない。だが立ち向かおう。幕は上がっている。さあ、どこからでもかかってこい。オレは痛みになんか負けない。この戦い、必ず生き残って――」

「リーチちゃん、長いわ」


 続けて②の状況では、


「どうした、この程度なのか? もっとスピードを上げてくれてもいいんだぜ? なんにしても、オレは余裕で着地してみせるがな」


 ③の地面にぶつかった時。これは死んでしまったら何も考えられないわけだし、生きていると仮定して答えよう。戦いの後でべらべらと喋るのもカッコ悪いし、


「思ったほどじゃなかったな。なんならもう一勝負いくか? でしょうか」

「――①は初体験前、②はその最中、③は初体験事後の感想です」

「また騙された!」

「半分は自爆だと思うんだけど。つまり要約すると、リーチちゃんは初体験の時、大きいもので膜を破られる痛みにも我慢して、もっと腰を振るスピードを上げろと言い、着床するのも厭わない。終わった後、すぐに二回戦を希望、ということね」


 スミレナさんは満面の笑顔になり、野郎二人は気まずそうに目を逸らした。

 このあと、滅茶苦茶引きこもった。

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