番外編 おっぱいプリンができるまで(後編)
お姫様になっちまった利一ほどじゃねェけど、騎士団とのいざこざがあった時、全裸で大立ち回りをやった俺も、この【ホールライン】ではちょっとした有名人になっている。
特に若い女の人と擦れ違ったりすると、「きゃっ」と声を上げられ、照れたように顔を背けられることもしばしばだが、その理由は丸出しで町中を走り回ったからに他ならない。中には熱っぽく見つめてくる人もいるが、その視線は概ね俺の股間に注がれている。なので、人通りの多い道をあまり一人では歩きたくない。
外に出た俺は表通りを避け、店の壁に沿って路地裏に入っていった。喧騒が遠くなったところで、ごつごつした壁肌に背中を預けた。
タバコでも吸えればハードボイルドを演じることもできるけど、居場所が無くて避難してきただけだと、心境的には便所飯をするぼっちと変わらない。
EDペナを利用したせいで、利一だけじゃなく、スミレナ店長やマリーさんも、俺が利一には欲情しないと信じている。店の中に残っていれば、それはそれは凄い光景を拝むことができただろう。
「……もったいねェことしたかな」
いや、これでイイはずだ。
利一は俺に男として扱われることを望んでいるけど、最低限の線引きは必要だ。つーか、線を引いていないと俺の理性がもたねェ。
いくら見た目が女そのものでも、中身が男だったら、それだけで萎える。
なンて意見も少なからずあるだろう。
以前なら、俺もそれに賛同するンじゃねェかな。男の
「でも……」
利一のあれは正直反則だ。例外だ。
超のつく美少女。気を抜けば手を伸ばしてしまいそうになるたわわ。
中身は男。だから何?
そんなもん、なんのマイナス要素にもならない。なったとしても、それを補って余りあるどころか溢れて国まで興してしまう絶大な可愛さ。
あばたもえくぼじゃねェけど、アホで男っぽい性格すら可愛く見えてくる。
「ホント、まいるぜ……」
ずりずりと、壁をこすって座り込む。
型取りの作業が終わるまでは一時間くらいか。やること無ェな。
目を瞑り、ひんやりした感触を尻と背中で感じていると、すぐ傍で「ヨーン」と語りかけるような鳴き声が聞こえてきた。マリーさんのペットが、後ろ足を曲げてちょこんと座っている。
「ペペ、だっけか」
手持無沙汰な俺に気を遣って様子を見に来てくれたとか? まさかな。
「ここで待たせてもらってもイイか?」
言ってることが伝わるはずもねェけど、店の番犬らしいので一応断りを入れた。
ペペは「ヨン」と短く鳴き、前足も畳んでその場に伏せた。
昼寝をするつもりはないのか、ペペは尻尾の代わりに長い耳をぷらぷら揺らし、真ん丸な黒目を俺に向けてくる。話し相手――は無理だから、聞き役にならなってやるって言ってくれてるンだろうか。
「さっきから犬相手に何考えてンだか。俺、話し相手に飢えてンのかな」
頭を掻くように撫でてやると、ペペが気持ち良さそうに目を細めた。
「俺さ、誤魔化してるわけでもなんでもなく、今の利一を女子として好きかどうかわかンねェんだよ。見た目はどストライクなンだけどな」
金髪巨乳のロリフェイスが理想だってことは本人にも言ってある。
言ってあるのに、利一は気にした素振りを見せない。
実際、全く気にしてねェんだろうな。聖人君子だとでも思われているのか、俺が下心なんて持つわけがないと考えて無防備全開で接してくる。
「目の前でそンなロケット砲をチラつかされて、冷静でいられるわけないっての。揉ンでイイなら指が疲労骨折するまで揉みまくるわ」
「ヨーン?」それなのに女の子として見ていないのか?
都合良く翻訳しているだけだろうけど、ペペにそう尋ねられた気がした。
「女として、見てるよ。でもまだ、同じくらい男としても見てる。だからさっきも言ったように、好きかどうか、そこがわからないわけで――……」
第三者に向かって初めて口に出したからか、ふと、それは違うなと思った。
わからなくはない。
好きか嫌いかで言ったら当然好きだけど、色恋で見た場合の好きとは違う。
「俺は多分、今の段階では利一に恋しちゃいない」
本人には言わねェけど、可愛いと思っていることを隠すつもりはない。
ただ、漫画やアニメのヒロインを可愛いと思い、●●は俺の嫁、なンて言ったりしても、それは恋とは別物だ。利一に対する気持ちはその感覚に似ている。
「てことは、俺の中で、まだあの姿の利一は現実味が薄いのかもな」
十年来の親友が、いきなり理想の姿をした女の子になった。事実だけが先走り、感情が追いついていない。仕方ねェと思う。すぐに頭を切り替えられる方がどうかしている。けど、そうこうしている間に、利一をリーチとして惚れてる奴らが先を行っちまう。
「ヨーウ」恋してないなら、何を焦っているんだ?
ペペが愛らしく首を傾げてみせたので、俺はそンな風に解釈した。
犬にこンな話をしている時点で相当病ンでると思うけど、ペペはなんか、表情と鳴き声で、欲しい時に欲しいタイミングで相槌を打ってくれるから話しやすい。
「何を焦っているのか……か。聞いてくれるか?」
もちろん、と言ってくれているのか、ペペが「ヨゥ」と快活な声で鳴いた。
俺は建物で切り取られた空を仰いだ。
自分は利一が好きなのか、そうじゃないのか、そのことでふらふらしていたが、今は好きじゃないと断定したことで、あやふやだった心をようやく整理できた。
誰かに聞いてもらうことで、その予感が確信になる。
「俺はいつか、利一に恋をする」
それが半年後なのか、五年後なのかわからない。
でもする。必ず。
今すぐじゃないだけで、利一に対する気持ちが、男としてよりも、女として見る割合の方が明らかに大きくなった時、俺は利一に恋をしているだろう。
「ヨーン」青春だねぇ。
聞き上手だからか、そンな達観したようなことを言われた気がした。
エリムやザインはとっくに走り出している。俺がいざスタートした時に、ゴールテープが既に切られてしまっているのでは話にならない。だからこそ焦る。
「肉体的な接触なら、わりと回数こなしてるンだけどな」
残念なことに、それだけでは恋に発展してくれないらしい。
胸は触った。裸も見た。抱き合って寝たりもした。
俺の中にある利一を女で占めるために、あとは何ができるだろうか。
そンなことを考えていると、
――――っ!!
もたれかかっている壁の向こうから、悲鳴のようなものが聞こえた。
利一の声だった。俺は跳ね起きるようにして立ち上がり、店の入り口まで全力で戻った。
「どうした!? いったい何が――」
デジャブった。
ワンピースを腰までズリ下ろして上半身を露わにし、胸に石膏|(のようなもの)をドロドロに塗りたくった利一が胸をばいんばいんに揺らして、一直線に店の外へ飛び出そうとしている。
「タクト君、リーチちゃんを外に出したらあかん!」
店の奥からマリーさんが叫び、俺は咄嗟に両手を広げて道を塞いだ。
利一は速度を落とさず、そのまま正面から俺に抱きついてきた。
腹のあたりで、二つのたわわがべっちょりぐんにょりと押し潰される。
「聞いてくれよ! 酷いんだ! マリーさん、オレが動けないことをいいことに、後ろからあんなこととか、こんなこととか!」
利一が何か言ってるが、全神経が腹部に集中しているため耳に入ってこない。
「ごめん。もうせぇへんから許してや。あーあー、こりゃ最初からやり直しやな」
マリーさんによって引っぺがされた利一が再び連れて行かれるのを見送っている間も、俺はぴくりとも動けず固まっていた。利一に抱きつかれ、シャツにべっとりとついた石膏(のようなもの)が固まるのを待つように。
後日、鎧の完成に先んじて、【オーパブ】では裏メニューの販売が始まった。
そのメニューとは何か、言うまでもないだろう。もちろん利一には内緒だ。
ただし、購入には条件がある。
酒場で2,000リコ使うごとに1ポイント貯まるカードが発行され、100ポイント貯めることで購入権を得ることができるという仕組みだ。
あくまでも購入権であり、タダではない。
購入するためには、別途20,000リコかかる。あこぎな商売だ。
「タクト君、約束どおり、第一号は君に贈呈するわ」
スミレナ店長の申し出に、俺はふっと笑みを返した。
「いえ、遠慮しておきます」
「そう? タダでいいのよ?」
「利一は
まあ、噓だけどな。興味はあるけど、俺には必要無い。
何故なら、俺は、もっともっとレアな一点物を手に入れてしまったからだ。
利一に抱きつかれた時に生み出された偶然の産物。
――
これを俺は、一生の宝物として大事にすると誓った。
余談ではあるが。
【オーパブ】限定のサービスなので、これによって国家運営資金を賄うなンて到底不可能ではあるものの、店の売り上げは三倍になった。
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