番外編 おっぱいプリンができるまで(中編)

「というわけで、鎧を作るための型取りをお願いしたく、参上しました!」


 朝から――正しくは夜中からテンション上がりっぱなしの利一が、マリーさんの店に来て開口一番、ふすーと鼻息を荒くした。


「型取りて、鎧の?」

「です!」


 この子、何言うてんの? といった顔でマリーさんが首を傾げた。

 まあ、そういう反応が普通だよな。

 鎧の制作手順なんて詳しくは知らねェが、フィギュアじゃねェんだから、少なくとも、水に溶かした石膏(みたいなもの)の中に生乳なまちちを浸して原型を取る、なんて方法がまともじゃないことくらい、ちょっと冷静になれば想像がつく。


「タクト君、ちょい訊いてええかな?」


 自分専用のオリジナル鎧の完成に思いを馳せている利一をよそに、マリーさんが俺の肩を組んで声をひそめた。


「これ、おっぱいプリンの型取りやんな?」

「ご明察です」


 マリーさんは他にも補強用だかコルセットだか、胸の型を使って下着を作ったりもしているらしく、その技術で型を取り、王都にあるドッティの店【バルバロ】で鎧に仕上げてもらう。というのが表向きの流れになっている。


「リーチちゃんには?」

「一応内緒で。途中で気づくなら、それでもいいかと思ってたンですが」

「相変わらずやなあ。スミレナは来ぇへんの?」

「死ぬほど来たがってましたけど、どうしても外せない用が入っちまったそうで。支払いは酒飲み放題でお願いしたいそうです」

「さよか。まあ……了解や」


 準備してくると言って、マリーさんが店の奥に消えた。

 利一たちの水着を買いに来た時も付き添いをしたけど、店内には入らなかった。

 女性下着に囲まれた内装を初めて見て思う。


「場違いだわ」

「だよなー。わかる」


 俺の呟きに、利一がうんうんと頷いた。お前がわかってどうすンだ。

 他に客もいないので、陳列されている色鮮やかな下着をしげしげ眺めていると、利一が「女の下着に興味あるのか?」と尋ねてきた。


「そりゃまァ、男だからな」

「拓斗って、まだ童貞か?」

「いきなり何を訊いてきやがりますかね、このお嬢さんは」

「お嬢さん言うな。それで、どうなんだ?」

「童貞ですが、何か?」

「彼女は?」

「いねェよ。知ってるだろ」

「そろそろカリィさんと付き合ったかなって」

「それ、お前の誤解だから。あいつとはなんでもねェの」


 利一は、「照れんなって」と言って笑い、真面目に取り合おうとしない。


「んじゃ、ブラジャーの外し方なんかも知らないよな? できないよな?」

「残念ながら、試す機会に恵まれないもンで」

「ま、オレは知ってるし、外すだけなら片手でもできるけどな!」


 それはそれは、たいそう自慢げなドヤ顔だった。俺よりも大人だとでも言いたいのか、尻尾の代わりに、背中の翼がわしゃわしゃと嬉しそうに動いている。


「拓斗も練習してみるか?」

「アホ。男の俺がブラジャーなんかつけるわけねェだろが」

「じゃなくて、オレので試してみるかって」

「は?」


 利一が、ブラジャーのホックが付いているであろう背中を俺に向けた。

 いやいやいやいやいや。


「拓斗もいつか、そういうことする日が来るかもしれないだろ? そうなった時、スマートに下着を脱がせられた方がカッコイイじゃん?」


 だから本番に向けて、自分を練習台にしろって?

 この状況だと、脱がした後の本番までお前でシミュレーションしちまうンだが、そこまで考えが及んで――るわけねェよな。


「体張りすぎだろ」

「親友のためならなんてことないさ。オレはもう、女の子とどうこうできる体じゃなくなったからさ。オレの無念、お前がそのうち晴らしてくれよ」


 親友、か。

 エリムにも同じことを言ってやれるのか?

 意地の悪い質問が思い浮かんだが、答えは予想できるし、聞きたくなかった。


「気持ちだけ受け取っとく」

「そか」


 それからしばらくし、準備が整ったと言って、マリーさんが店の奥にある別室に俺たちを呼んだ。

 足の高いテーブルの上に大きなタライが置かれ、中にどろっとした灰色の液体が入っている。あそこに、上半身を裸にした利一が前屈みになって胸を浸し、三十分から一時間ほどかけて型を取る。


「ほいじゃま、始めよか」

「ここで脱ぐんですか?」

「せやで?」


 利一の性格なら、俺が退散するの待たずにさっさと胸を露わにしてしまうかとも思ったが、どういうわけか、着ているワンピースに手をかけることに抵抗を覚えているように見える。


「どしたん? もしかして、恥ずかしいん?」

「や、恥ずかしいっていうか……」


 俯きがちで、ほのかに頬を染める。それが羞恥心でなく、なんだというのか。

 まさか、俺に見られたくないとか?

 それってつまり、俺を男として意識しているってことなンじゃ……。

 エリムに三馬身はリードされたと思っていたが、実はそうでもないのか?


「マリーさん、終わるまで外に出ていてもらえませんか」

「ウチかいな!」


 俺じゃねェのかよッ!!

 マリーさんのツッコミと俺の心の声が重なった。


「だって、マリーさんの前で脱いだら絶対揉んできますよね?」

「そりゃ揉むけどや!」


 ……何を期待しちまったンだか。


「どうしてもって言うなら、拓斗に見張っていてもらいますからね」

「いや、俺は全部終わるまで外で時間潰してくるつもりだけど」


 え!? と利一に驚いた顔をされた。

 これが揺るぎない現実だ。


「拓斗……」


 後のことをマリーさんに任せて店を出て行こうとすると、利一が捨てられた子犬みたいな目で俺を見てきた。


「なんやったら、タクト君も一緒に型取りしたらどない?」

「なんの型取りですか……」


 やめてくれ。フレアとアーガス騎士長の顔が浮かんじまったじゃねェか。

 本気で言ってるわけじゃないとは思うが、ニヤニヤと、いたいけな少年のリアクションを楽しンでくるところなんて、スミレナ店長そっくりだ。さすが類友。


「タクト君、立派なもん持っとるやん? 騎士さんらと戦ってる時、凄かったなあ。もっかい見たいなあ。ここだけの話やけど、アレ見た日の晩、ウチ一人でな……」


 頬に手を添えたマリーさんが、酒に酔ったみたいに艶めかしい表情を作った。

 一人で……え、何? 続きは? 一人で何したんですか!?


「んー、今のでもおっきならへんか。ウチが勃てたろか?」

「お、お茶てるみたいに言わンでください」


 EDペナ中じゃなかったらやばかった。

 ドギマギしてみせる程度では満足できないのか、マリーさんの手が、わきわきと卑猥に蠢き、俺の股間を狙ってくる。おっと、それ以上先に進ンじまったら、EDとは関係無く俺の狼が目を覚ますぜ。

 いやダメだ。利一が見ている。

 悪フザケは終わりにしよう。そう言ってやろうとするが、


「マリーさん、マリーさん」


 それより先に、利一が彼女の肩を叩いた。


「ぬふふ、リーチちゃん、今ええとこやねん。悪いけど後にしてんか」

「でも、ペペが見てますよ」

「ほわっ!?」


 いつからそこにいたのか、やけに耳の長い犬がマリーさんの痴態を眺めていた。

 そういや、こないだも見かけたな。マリーさんのペットか。


「ちゃ、ちゃうねん! これはちょっとしたお茶目で、浮気とかやないねん!」


 利一がペペと呼んだ犬は、どこか悲しげな瞳をして「ヨーン」と鳴いた。


「ウチはアンタ一筋やから! ほんま、噓ちゃうやで! ちっちゃいとかそんなん気にすることあらへんから! 不満とか一個も無いで! アンタはええと、ほら、ぺろテクがすごいやん!」


 ぺろテクって、マリーさん、そのワンちゃんと……マジか!?

 マリーさんが、あうあうと、別人のような狼狽えっぷりを見せている。

 バ●ー犬とか、獣●とか、次々頭に浮かんでくる単語を振り払い、俺はこの隙にそっと店の外に出た。

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