番外編 おっぱいプリンができるまで(前編)

「ずぇッッたいに嫌ですからね!!」


 交渉の余地を感じさせない強い否定を吐きつけ、利一りいちが逃げるようにして母屋に走って行った。袖にされたスミレナ店長が、落胆の溜息をついている。

 閉店作業を終え、俺も自室とは名ばかりの旧馬小屋、現牛舎に我関せずで戻ろうとするが、その背を呼び止められてしまう。


「タクト君、アナタの力を貸してくれないかしら」

「勘弁してくださいよ。てか、その話はなくなったンじゃなかったんスか?」


 おっぱいプリン計画。

 新生ホールラインの運営資金集めとして挙がっていた政策……と呼んでいいのか疑問だが、これは利一が偶然にも石鹸という光明を提示したことで、凍結されたと思っていた。


「大量生産の予定はないわ。アタシ個人と、ごく限られた範囲で楽しむためよ」

「量の問題じゃねェような……」

「タクト君から、リーチちゃんを説得してくれないかしら。アタシじゃダメなの。警戒されちゃって、見てのとおり、取り付く島もないわ」

「誰が言っても同じでしょ。やることは変わらないんスから」

「そこはほら、耳を貸して。――――。――――という感じで」

「……あー、それならイケそうではありますけど」


 バレた後が怖いな。何より、利一に嫌われる危険を冒したくはねェ。

 ここはきっぱりと断っておくべきだ。と思うが、スミレナ店長が「それにね」と言葉を続けたことで出鼻を挫かれてしまう。


「事は一刻を争うの」

「例の卵、早く使わないと腐っちまうからですか?」

「いいえ。アホな――ううん、世間知らずなリーチちゃんに金策なんてできるわけないと高をくくっていたから、もう既にいくつか受注しちゃっているからよ」

「ひでェ」

「主に変た――聖神せいかん隊の人たちなんだけどね。彼ら、本当の本当の本当に楽しみにしているから。これが生産中止になったら、やり場を失ったフラストレーションが本物のおっぱいに……リーチちゃん自身に向けられてしまわないか心配で」


 俺をその気にさせる方便だろうな。リーチ姫に心臓を捧げていそうなロドリコのオッサンたちが、そんなことをするとは考えにくい。


「まあでも、仮にそうなったら、店長さんの責任っスよね」

「返す言葉もないわ。おっぱいプリンを作ることが叶わなければ、アタシが責任をもってリーチちゃんのおっぱいを二十四時間体制で警護するのも辞さない覚悟よ」


 わきわきといやらしく蠢く指は、警護というより、襲う気まんまんに思えた。

 正直、それはちょっと百合っぽいので見てみたくもある。

 だけど利一は……気苦労でハゲるかもしれねェな。


「わかりましたよ。やればイイんでしょう」

「ありがとう。タクト君なら、そう言ってくれると思っていたわ」

「適当なこと言わンでください。バレても知りませんからね」

「お礼と言ってはなんだけど、おっぱいプリン第一号は、タクト君に進呈するわ」

「あ、あんまり興味無いっスね。でもま、甘いものは好きなンで、味見くらいならさせてもらいますよ」


 どうしよう。すげェ楽しみになってきた。






「あれ、拓斗たくと?」


 スミレナ店長から密命を受け、利一の部屋をノックしようとした矢先、てくてく廊下を歩いて来た本人に声を掛けられた。風呂に入っていたらしく、まだしっとり濡れた髪は真っ直ぐ下ろされ、頭の上にはタオルが乗っている。


「何か用か?」

「ちょっと話したいことがあってな」

「そか」


 軽い返事をした利一がノブを掴み、部屋の扉を開けた。

 中からふわりと女子の匂いが香ってくる。


「どした? 突っ立ってないで早く入れよ」

「あ、ああ。お邪魔します」


 こんな夜更けに男を部屋に入れることに危機感は――無ェんだろうな。

 男をというか、俺だからか。それが嬉しい反面、エリムやザインと違い、自分が一歩も進んでいないことを実感してしまい……焦る。

 利一に対して、以前とは異なる何かを感じてはいる。当たり前だ。外見どころか性別まで変わっちまったンだ。変わらないはずがねェ。

 とはいえ、利一をどう思っているのか。どうしたいのか。……わからない。

 その気持ちの正体が明らかになるまで、俺は現状で足踏みするしかできない。

 きっかけが欲しい。願わくは、致命的に出遅れちまう前に。


「それで話って?」


 部屋に一つだけあるイスを俺に譲り、利一はベッドに腰掛けた。

 残念だけど、今は下手に行動を起こす時じゃない。

 せっかく部屋に入ったンだ。いきなり用件を切り出すのも味気無いと思い、俺はスミレナ店長をダシに使わせてもらうことにした。


「さっきの聞いてたぜ。あの人にも困ったもンだよな」

「だよな! たく、冗談じゃないっつーの」


 まあ、俺はあの人の刺客ってことになるンだけど。


「でもぶっちゃけさ、おっぱいプリンって、そんなに嫌なもンなのか?」

「嫌に決まってんだろ。自分がやられる場合を想像してみろよ」

「想像しろと言われても。俺には利一みてェな立派なおっぱいは付いてねェし」

「立派とか言うな。んじゃ、ちんこでいい。自分のちんこの形した何かが実名販売されると考えろ。ちんこなら想像できるだろ?」


 子宝飴みたいなもンか。

 というかね、その外見と声で「ちんこ」を連発されると、少しばかり妙な気分になってしまうンですが。これが俗にいう逆セクハラ? ちょっと違うか。


「確かに、実名を出されンのは嫌だな。つーか、そんなもン誰も買わねェよ」

「誰もってことはないぞ。昼間、カリィさんとも同じような話をしたんだけどさ、拓斗のちんこモデルなら二本買うって言ってたし」

「マジか!?」


 え、どういうこと? 奴の腐りっぷりは、手の施しようがない域に達しているとばかり思っていたが、実はノーマルな一面も持ち合わせていたのか? だとすると俺をBL要員としてだけじゃなく、そういう対象としても見ていたということに。やべェ。俺もう、あいつに気安く触れる気がしない。いやいやそれより、どうして二本も買う必要があるんだ? 一本は保存用とか? それとも同時に? もし二本同時だとすると、いったいどんな食べ方を――!?


「一本はフレアさんにで、もう一本は騎士長さんのお土産にするんだってさ」

「あの女、次に会ったら容赦しねェ」


 女に生まれてきたことを後悔するくらい、徹底的に尻を揉みしだいてやる。


「それでもまあ、二本売れたところで大した儲けにはならねェな」

「んじゃ、オレも一本だけ買うかな。御利益あるかも」


 ……なん……だと?

 この時、俺は表情だけじゃなく、全身の筋組織が硬直したのを感じた。

 かろうじて、唇を痙攣させながら声帯を震わせる。


「…………誰の子だ?」

「はい?」

「エリムか? あいつの子供が欲しいのか!? まさか、もう仕込んだのか!?」

「なんの話だ!?」

「子宝飴の御利益と言ったら、それしかないだろうが!」

「子だ……ひ、一言も飴だなんて言ってない! チョコとか、他にもあるだろ!」


 そういや、言って――……ないな。俺の早とちり……なのか。

 危うく部屋を飛び出して、エリムの首を絞めに行くところだった。


「だったら、御利益って?」

「それはあれだ。理想の体を思い浮かべながら筋トレした方が、その効果も上がるとかいう話、聞いたことあるだろ? ちんこの成長にも言えるなら、実物があった方がいいかなって」

「ちんこの筋トレなんかしねェよ。そもそも、お前にはちんこ自体もう無いだろ。なんの成長を期待してンだよ」

「わかってるよ。ただほら、女になるアイテムは存在したわけじゃん? だったら逆のアイテムもどこかにあったとしても不思議じゃないと思わん?」

「そういうことなら、まあ、無いとは言い切れねェな」

「だろ?」


 でも、おそらく入手は叶わないだろう。

 何故なら、国家規模でそれを阻止されるのが目に見えているからだ。


「今だから言うけど、オレ、拓斗みたいな体つきが理想だったんだよ。だったっていうか、今もかな。生まれ変わったのに、前世とそんなに変わってないよな」

「……まァな」


 転生支援課の変態職員に目をつけられたのも、それが原因だし。

 この体が愛玩人形ラブドールだという事実は、秘密のまま墓の下まで持って行くつもりだ。


「だいぶ慣れたけど、やっぱトイレとか不便でさ。あー、ちんこが恋しい」

「それ、他の奴には絶対言うなよ」


 EDペナ中じゃなきゃ、その台詞だけで元気になるわ。


「子宝飴にしろ、ちんこチョコにしろ、食わないならもったいねェ。拝むだけなら別の素材で作れば――て、それを女子が所持してンのは絵的にまずいな」

「いや、最終的には食うけど?」


 ……なん……だと?(二回目)


「え、ちょっと待って。食うのか? 俺のアレな形のを?」

「食い物を粗末にできないだろ。でも、その時はミルクチョコにしてもらわないとオレは食えないな」


 ミルクチョコ。ミルク……チ●コ。

 思わず伏字を使ってしまったが、俺のチ●コミルクを……利一が……。


「そ、それって、どんな風に食うンだ?」

「どんな風にって――」


(以下妄想)

 ――歯は立てずに、舌を使うンだ。大きすぎて口の中に入らないって? 無理はしなくてイイ。まずは先っぽをちろちろして遊ンでみようか。そうだ、上手いぞ。さすがはサキュバスだ。よし、次は側面に舌を這わせてみようか。裏筋を、うん、イイ感じだ。溶けて小さくなってきたって? そりゃ、そんなに一生懸命舐められたらチ●コだって溶けるさ。大丈夫。おかわりは用意してあるぞ。しかも、いくら舐めても溶けない仕様だ。それどころか、舐めれば舐めるほど膨らんでいくかも。それに、ちゃんとミルクも入っている。ただし、こっちの味はビターだがな。


「――包丁でなます切りかな。硬くて危ないなら、金槌で砕いて小さくするとか」

「ひいっ!!」


 想像して血の気が引いた。

 お前も男だったクセに、なんて惨いことを考えやがるンだ。


「それよか拓斗の話は? オレの愚痴を聞きに来てくれたわけじゃないんだろ?」

「そ、そうだな。本題に入ろう」


 馬鹿正直におっぱいプリンの型を取らせてくれと言ったところで、利一は絶対に首を縦には振らない。それなら攻め方を変えてやればイイ。


「こないだみたいなクエストは例外だとしても、お前も晴れて冒険者になったわけだし、やっぱそれなりの装備ってのを用意するべきだと思うンだ」

「だな」

「つーわけで、鎧を作らねェか?」

「作る!!」


 二つ返事だよ。これはまあ、予想どおりか。


「男の鎧ならたいらでイイんだけど、女は胸があるから少し形が違ってくるンだと」

「カリィさんの鎧みたいなやつか」

「そうだな。激しく動くと、中で揺れるわ擦れるわ、大変なことになるらしい」

「わかる。要はブラジャーと同じだよな?」


 同意を求められて困る。


「一つ問題があってだな。お前は、胸部装甲の体積が並外れてっから、どうしてもオーダーメイドになっちまうらしいンだ。型取りからやらないといけねェ」


 ここまで言ったら、さすがに裏があると気づかれるか。

 気づいたら気づいたで構わない。むしろ、気づいてくれた方が罪悪感は少ない。

 バレたら殴られるくらいは甘んじて受け入れよう。

 スミレナ店長の甘言にそそのかされてしまったバツだ。


「いいね、オーダーメイド! カッケー♪」

「……そんなあっさり決めていいのか?」

「こんなん即決だろ!」

「や、もっとじっくり考えた方が」

「いつやるんだ!? 明日か!? 明日にしよう!」


 ……ああ、アホな子よ。

 胸がズキンと痛む以上に、簡単に騙される親友の将来が不安で頭が痛ンだ。

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