第158話 ウチの店長はやっぱり変人です
開店準備を一通り終えた昼下がり。強制授乳プレイを経験したオレは、フロアの隅っこで、今後の方針を牛型ミノコと話し合っていた。
「モ~ォウ」
「できるだけ人型でいたいって? なんで――……え、燃費がいい?」
腹持ちがいいってこと? それはまあ、考えてみれば当然だろうな。
八〇〇キロを超える牛型と、女性にしては高身長とはいえ、人型とを比べたら、その体重は十倍以上も違う。消費カロリーが桁違いだ。
「オレの翼にも言えることだけど、この世界って、質量保存の法則ガン無視だな。お前の変身、何回でも自由にできるのか? 一日あたりの回数制限とかは?」
説明を求めたところ、特に回数制限なんかはないそうだけど、牛型に戻った際、朝食を食べたばかりにもかかわらず、ひどく腹が減ったのだという。逆に牛型から人型に変身した時は、そういうことはなかったそうな。
「つまり、人型から牛型になる時は、腹が膨れていないとダメってこと?」
ンモ、とミノコが頷いた。
人型の腹を満たすのは、牛型の腹を満たすことほど難しくはない。食費を大幅に減らせるのはメリットかもしれないけど、食費を稼ぐための牛乳量が減ってしまうのは本末転倒というか、意味がない気もする。今では、牛乳を使ったお酒や料理が店の看板商品になっているわけだし。
「ンモ~」
「他にも理由がある? 人型の時の方が、食事が美味しく感じる? マジで?」
牛型と人型で味覚が違うのか。
多分、食べ物の味を感じる器官――
「あれ? でも、変だな」
主に舌にあるという味蕾だけど、確か草食動物の方が人間よりも多いはずだ。
それについて、牧場の園長が詳しく話していたのを覚えている。
『牛のような草食動物の舌には一般的に味蕾が多くて、猫やライオン、虎みたいな肉食動物には少ないんだ。これは、草食動物は多くの草の中から食べられるものと食べられないものを判断しなくちゃいけないからだと言われているよ。肉食動物は食べる動物の種類も大体決まってるし、新鮮な生肉しか食べないから腐敗の心配も無いしね。ちなみに、牛の味蕾の数は人間の四、五倍も多いそうだよ。ところで、喋っていたら喉が乾いてきたね。ここに美味しいジュースがあるんだけど、ボクも飲むかい? お友達や学校の先生には絶対内緒だよ。飲んだらちょっと眠くな――あいや、なんでもないよ。さあ、ぐいっと。そんなちびちび舐めてないで一気に。え、変な味がするからいらない? チッ、草食動物でもないのに気づかれるとは、薬の量を多くしすぎたか。ああ、ごめんごめん。こっちの話さ』
…………。
これ、人間の味蕾がもっと少なかったらアウトだったんじゃないの?
またしても貞操の危機にさらされていた事実に気づいて戦慄した。
話を戻そう。
野菜もちゃんと食べるミノコだけど、ベースはミノタウロスだし、肉食動物寄りだと言えなくもないのかもしれない。食い方とか、まんま蛇だしな。蛇って味蕾がほとんどないらしいし。
などと推測をしていると、オレたちの会話を――というか、牛型ミノコの言葉は他の人にはわからないので、オレの独り言を聞いていたスミレナさんが、折衷案を出してくれた。
「朝、少しの間だけウシの姿になってもらうのはどうかしら? ミルクはその間にしぼるの。夜に食べていた分をこっちに回せば、一回でしぼれる量も増えるしね」
「スミレナさんは人型推しですか」
「そうねえ。ウシの姿も愛嬌があって、アタシは好きだわ。だけど本音を言わせてもらうなら、人型の方が嬉しいかしら。だって、お話ができるんだもの」
「ビックリするくらい美人でしたしね」
「そうなの! 可愛い女の子はいつだって大歓迎なの! 帰省中のパストちゃんも絶対絶対に戻ってきてもらうわ! ここだけの話、カリィちゃんも、どうにかして騎士団から引き抜けないかって考えているの!」
嬉々として語るスミレナさんの瞳は、それはもう夢見る少女のようにキラキラと輝いておりました。
「そのうち、【オーパブ】がエリムと拓斗のハーレムになりそうですね……」
「エリム? ああ、エリコのこと? 一瞬誰のことかわからなかったわ」
スミレナさんの中では、早くもエリムが過去の人になっているようです。
「タクト君に、アタシのハーレムは渡さないわ」
聞きました? この人、アタシのって言いましたよ?
しかも、「いざとなったら店長権限で」とか怖いこと呟いてるんですけど。
「……スミレナさん」
「何かしら?」
「オレも、そのハーレム要員の一人に数えられているん……ですよね?」
「筆頭よ」
嫌すぎて、「光栄です」と愛想笑いを浮かべることすらできなかった。
「ハーレムの話は置いておくとして、急にサイクルを変えるのは少し不安ですね。しぼれる量もいくらか変わってくると思いますし、店の売り上げに影響がなければいいんですけど」
「売り上げなら心配いらないわ。むしろ、今までより稼げるはずよ」
「ミノコにもフロアに出て働いてもらうんですか?」
「その必要は無いわ! いずれミノコちゃんにもメイド服を着てほしいとは思っているけど、とりあえず、お客さんの目につく所に人型でいてくれるだけでいいの! それだけで今までの二倍! いいえ、三倍の価格でも飛ぶように売れるはずよ! 宣伝文句はそうね、リーチちゃんが思わず直接むしゃぶりついちゃった美味しさ、というのはどうかしら!? これもある意味では事実だし!? それとあのねあのね、ミノコちゃんさえよければなんだけど、後でアタシも授乳プレ――」
熱を増していくスミレナさんに、オレはどこまでも冷やかな視線を送り続けた。
それに気づいた彼女が、こほんと小さく咳払いをした。
「というのは冗談で、ミノコちゃんは営業中、いつも牛舎で一人ぼっちじゃない? それって、ちょっと寂しいなって思っていたの。本当よ?」
「そスか」
その上目遣い、ザブチンさんあたりには即死級の破壊力があると思いますけど、ごめんなさい。残念なまでに手遅れです。
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