第149話 集団メガ〇テ

 変態たち――もとい、ロドリコさんたち聖神せいかん隊が、まるで遠泳大会でも始まったかのように、浜辺から泳いでここへ駆け付けようとしてくれている。


「この短時間で私の【自業自爆シアータイツ・アタック】のダメージから回復しましたか。大した生命力――いえ、彼らを支えているのは精神力。リーチ様への愛の為せるわざでしょう」


 オレも感心してますけど、愛とか言わんでください。

 マザークラーゲンの触腕によってミノコは海中に沈められ、拓斗たちの船もまだ近づけない。オレとパストさんも触手の猛攻で身動きが取れない。


 位置的には、

 船・ミノコ・マザークラーゲン(オレ&パストさん)←←←聖神隊

 という感じなので、マザークラーゲンの背後から近づいている彼らは触腕による高波の影響をほとんど受けていない。接近に気づかれている気配もないし、安全に辿り着くことができるだろう。

 彼らの支援が、この窮地を打破するきっかけとなってくれるか。


「……て、ちょっと待ってください。これ、ヤバくないですか?」

「どうされました?」

「この状況で近づいて来られたら、オレたち的には非常にまずいんじゃ?」


 オレ裸。パストさんも裸。耳を澄ませば聞こえてくる。


「あれ、もしかしてリーチちゃん、裸じゃないか?」

「そんな馬鹿な……いや、間違いない! 全裸だ!」

「パスト嬢もだ! 二人が裸で抱き合っているぞ!!」

「YURYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」


 野郎たちが加速した。ここに財宝でも見つけたかの如く、大量の子クラーゲンを掻き分けて一心不乱に泳いでくる。そろそろ指の本数まではっきりわかる距離だ。

 オレの場合、さっきみたいに誰かの目の前でご開帳なんてことにならない限り、裸を見られたとしても、そこまでの恥ずかしさはない。それよりパストさんの裸を不特定多数の野郎たちに晒してしまう方が、よっぽど重大事件だ。

 自分の姿と、百人近い聖神隊の面々の接近を交互に見やったパストさんの顔が、サーッと青ざめていった。

 そして何を思ったか、聖神隊に背を向け、彼らの目から隠すようにして、今まで以上に熱烈かつ大胆にオレを抱き締めてきた。


「ななななんですか!? 何してるんですか!?」

「リーチ様の裸は国の――否、世界の宝! このような形で披露してよいものではありません! 私の陰にお隠れください!」


 ぐんにょりと胸が胸で押し潰され、パストさんの激しい心臓の鼓動がはっきりと伝わってきた。右手は風の檻を維持するために頭上にかかげられているが、左手はオレの尻を抱き寄せるようにして添えられている。


「オ、オレよりもパストさん、自分の体を隠してくださいよ!」

「暴れないでください! 私のことならお構いなく! ビッチですから!」

「言っておきますけど、その設定、説得力の欠片もありませんからね!」

「で、でしたらリーチ様も、私の体を隠してください!」

「隠すって、どこを、どうやって!?」

「このままではお尻を見られてしまいます! リーチ様の手で隠してください!」

「そそ、そんなことしたら触ってしまうじゃないですか!」

「触ってください! 一部の隙も無く! 早く! 焦らさないでくださいッ!」


 今にも泣きべそをかきそうなパストさんに急かされる間にも増援は距離を詰めて来ている。代案を考えている時間は無い。


「ああああもう、なるようになれッ!!」」

「あ……んッ」


 パストさんの背に両手を回し、左右に割れた尻を半分ずつ、力いっぱい鷲掴みにした。優しく触れるとか、そんな余裕はなかった。


 …………くっそ柔らかい。


 ちょっと、なんですかコレ。指が尻肉に沈み、逆に隠れてしまうんですけど。

 最適な手の形と力加減を思考錯誤していると、自然とパストさんの尻を撫で擦ることになり、シルクのようにキメ細やかな肌を図らずも堪能してしまう。


「リ、リーチ様、鼻から血が!」


 鼻血? そりゃ鼻血くらい出るでしょうよ。

 スミレナさんやマリーさんに胸を押しつけられたり、パストさんと二人して触手に捕えられ、体を押し付け合ったりはしても、意識して自分以外の女体(※エロい部位)に触れたのは、何を隠そう、これが初めてのことだ。

 なんかもう、クエストの報酬とかどうでもいい。ていうか、これが報酬でいい。

 などと考えてしまうくらい、パストさんのお尻の感触は素晴らしかった。


 興奮と恍惚で意識が飛んでいきそうになっていると、聖神隊の先頭が到着した。

 例によってロドリコさんだ。泳ぐ邪魔にならないようにだろう。パンツ一丁だ。


「リーチちゃん、待っていろ! 今助ける!」

「すみません! あと、できるだけこっち見ないようにお願いします!」

「任せてくれ! ところであの雲の形、どことなくメイド服を着たリーチちゃんに形が似ている気がするんだが、うーん、気のせいだろうか。じー」

「見んなって言ってるでしょうが! さっさと目ぇ逸らせ!」


 これ、隠してると言っても焼け石に水だよな。

 ロドリコさんだけじゃなく、他の連中からもチラチラと視線が飛んで来るけど、男だったオレには彼らの気持ちがわからなくもなかった。


 次々とマザークラーゲンまで泳ぎ着いた聖神隊は、全員がパンツ一丁――それはどうでもいいが、彼らは傘に上らず、何十本もある触手に手分けしてしがみついていった。その光景は、どこか砂糖に群がる大量のアリを思わせる。


「ロドリコさんたち、何する気だ?」


 通常の武器は溶かされてしまうことを知っているからか、誰もが素手だ。

 殴ったり、噛みついたりするでもなく、ただしがみついている。


 それと、これまたどうでもいいことなんだけど。

 触手にしがみつく=溶解液に触れる=パンツが……。


「パストさん、見てください。彼ら、一体何をしているんでしょう」

「申し訳ありません。私にはわかりかねます」

「いや、見てませんよね?」


 パストさんは、パンツが溶け落ちて全裸に剥けていく男たちの痴態を見まいと、耳まで赤くしながら晴れ渡った空を見上げていた。


 ……うん。

 これだよ。これこそが女子の反応だよ。

 この世界で知り合った女性は変じ――個性的すぎる人ばかりで、このパストさんだけが唯一まともなんだよな。(※個人の感想です)


 おっと、感動している場合じゃない。

 ムサくるしい野郎どもにフルチンでまとわりつかれることを嫌がっているのか、マザークラーゲンは触手をぶるんぶるんと蠢かせ、人間ごと海面に叩きつけたり、互いにぶつけたりして振り落とそうとしている。

 オレとパストさんにもしつこく触手は絡みついているけど、風の檻に入っているので事無きを得ている。でも、ロドリコさんたちはそうもいかない。


 本当に、何をしようとしているんだ?

 まさかとは思うけど、人数に物を言わせて、マザークラーゲンを力づくで取り押さえようとしているのか? 拓斗たちが倒したサイズのクラーゲンならともかく、戦艦すら沈めてしまいそうな相手に、それは無茶すぎる。


「ぬ、ぐおおお! 総員、もう少しだ! もうしばらく堪えろ!」

「「「うおおおおぅぱああああああああああい!!」」」


 ロドリコさんの檄に、皆がお決まりの台詞で呼応する。隊の息が合っているのはわかるけど、ただでさえ傷ついた体なのに……本当に死んでしまうぞ。


 彼らは一人、また一人と触手を手に捕え、胸に抱きかかえていった。

 やがて、海を渡って来た男たちが、一人残らずマザークラーゲンの触手にしがみついた。ロドリコさんをはじめ、何人かは触腕にくっついている。いくらなんでも触腕は無理だ。動きをわずかに鈍らせることすら叶わない。そんなのは当たり前に理解しているだろうに、彼らは果敢に放そうとしない。


「パ、パスト嬢! パスト嬢!!」


 不意に、ロデオもかくやの暴れ触腕に掴まっているロドリコさんが叫んだ。


「パストさん、呼ばれてますよ?」

「空耳ではないでしょうか」


 パストさんは、上空に浮かぶ雲の流れを目で追うことに忙しそうだ。


「パスト嬢ォォオオオオ!!」

「あの、めっちゃ呼ばれてますけど」


 さすがに無視するわけにもいかない必死な声だ。パストさんが、チラリ、と下を見ては、「ひゃ」なんてカワイイ声を漏らして顔を背けてしまう。

 そんな彼女に代わり、オレが「どうしました!?」と大きな声で尋ね返した。

 触腕のうねりに爪を立てるロドリコさんが、これに答える。


「…………え?」


 聞き間違えたかと思った。

 聞き間違えであってほしいと思った。

 それくらい、ロドリコさんの言った言葉は常軌を逸していた。

 だけど、彼の一言はパストさんの羞恥心を、使命感で塗り潰すに十分だった。

 顔の赤みは取れていないが、パストさんの視線は、眼下で戦う男たちにしっかり固定された。


「彼らが触手を抑えてくれています。今なら」

「ちょ、パストさん、本気にしちゃダメですよ!」

「いいえ、彼らは本気です。それがわからないリーチ様ではないでしょう」


 そんな風に言われ、オレは唇を噛みしめて黙るしかなかった。

 自分が無力だからこそ、誰よりもわかる。

 冗談で、あんな怪物に立ち向かうことなんてできるわけがないって。


「アナタ方に驚かされるのは、もう何度目でしょうか」


 パストさんが聖神隊の人たちに向け、独り言のように言葉を紡いでいった。


「リーチ様は、ご自身を主君と崇められることを良しとはされぬ方です。それでも私は、アナタ方の忠誠心に尊敬の念を抱かずにはいられません」


 聖神隊を厳かに称えたパストさんから新たに魔力が流れ出し、オレたちの眼前に集束していく。それは可視の密度まで凝縮し、発光する妖精をかたどった。

 ロドリコさんは、こう言った。



 ――自分たちごと爆破しろ。



 下は海だ。爆発を耐えたとしても、溺れ死ぬかもしれない。

 そんなことは百も承知で、ロドリコさんたちは捨て身で駆けつけてくれたのだ。


「ロドリコ氏、知ってのとおり、私の特能はいかがわしい感情に反応できなければ爆発しません! その点は大丈夫ですか!?」

「問題無い! いつでもやってくれ!」


 問題無いのかよ。そう言い切られるのもなんかヤだな。

 ロドリコさんたちから飛んで来る視線は確かにエロいし、寒気もしてくるけど、それ以上にオレたちを助けるんだという意思が伝わってきた。


 男だったから、誰かを守るために傷つくことのヒーロー像には憧れる。

 今は女だから、誰かに守ってもらうことは恥じゃないと言い訳できる。


 それでもやっぱり、自分が彼らの側にいないことを悔しいと感じた。


「カッコイイなあ、くそぉ」


 いろいろな感情がない交ぜになる中、妖精の姿が掻き消えた。

 同時に、マザークラーゲンの周囲にはらはらと鱗粉が舞い、全裸なのに勇猛で、フルチンなのにカッコイイ男たちへと降り注いでいく。


「【自業自爆シアータイツ・アタック】――起爆!」


 パストさんが命じた直後、ロドリコさんたち自身を火薬とした大爆発が起こり、爆炎が視界を覆い尽くした。

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