第148話 姫たる器量

 ピンク色。

 へえ。そうなんだ。ふーん。


 …………死にた

 見られたオレも、見てしまったパストさんも、いたたまれなさでいっぱいだ。


「け、結構な、お点前てまえで」

「……どーもです」

「その美しさたるや、世界三大美色と比しても遜色なく、形もまた言うに及ばず」

「感想はもういいですから、早くそこから抜け出して、触手を切ってください!」

「た、直ちに!」


 ホント勘弁してください。この体勢、晒し者もいいとこなんですから。

 てか、形って何? ココも男のちんこと一緒で、個人差があったりするの?

 そんなの知らないぞ。ちんこみたいに、大きい方が自慢できるってわけでもないだろうし、どこがどうなっていればいいのか、さっぱりわからない。

 他の女の人に――……なんて、訊けるわけもないし。


 ああくそ。口内炎と同じで、一度気になりだしたら止まらなくなってきた。

 パストさんのことだから、オレに気を遣って、お世辞を言ったのは間違いない。

 本当はオレのココ、見るに堪えないくらいグロいんじゃないのか。

 だから目を逸らしたんじゃないのか。

 今回みたいなアクシデントは例外として、この先、誰かにおっ広げることなんてまずないし、どんな形状をしていようと、困ったりはしないんだけど……それでも自分に付いている物である以上、気にはなる。

 まあまあ見られるくらいに普通なのか、それともやっぱりグロいのか。


 自分で確かめるのは怖い。そもそも、無修正のソレを見たことがないんだから、オレには良し悪しを判断しようがない。ちくしょう。恥ずかしがって倫理観を持ち出したりせず、ネットやらがある向こうの世界で調べておけばよかった。

 今さら後悔しても遅い。

 この世界にもきっちり年齢制限はあるらしく、エリムの持っている水着写真集でR15相当だ。見えちゃいけないものは、無修正以前の段階で隠されている。オレの年齢ではR18の文献を閲覧することができない。


 こうなったら、残された手段はただ一つ。

 拓斗にオレのココを見てもらって、率直な意見をもらうしかない。

 あいつも童貞だから、女のソレを生で拝んだことはないだろうけど、少なくともオレよりかは知識があるはずだ。拓斗はオレを女として見ていないし、純粋に形の評価だけをしてくれるだろう。診察と同じだ。拓斗が相手だったら、直で見られたとしても、そこまで恥ずかしがらずに済むと思う。

 よし、そうと決まれば今夜にでも。


「リーチ様、手足を縛っている触手を切断いたします。落下にご注意を」

「あ、はい、やっちゃってください」


 パストさんから魔力の流れを感じると同時に、柔らかい風が頬を撫でた。

 翼を持たないパストさんは、風を纏って空を飛ぶ。水着は確実に溶け落ちているだろうから、オレはパストさんの裸を見てしまわないよう、ぎゅっと目を閉じ――ようとした、その瞬間。


「え、わ、うわわわっ!?」


 手足を縛っている触手が示し合わせたかのように同じタイミングで、同じ方角に動き出し、オレをパストさん目掛けて放り投げた。咄嗟にパストさんが受け止めてくれたけど、そのせいで魔法が中断してしまう。


「リーチ様、ご無事ですか!?」

「す、すみません。大丈夫です」


 偶然か?


「そのまま頭を下げていてください。触手を根元から切り離します」


 そう言って、パストさんは左手でオレの頭を抱きかかえ、右手の掌を空に向けてかざした。自然、顔面がパストさんの谷間にむぎゅりと押しつけられる。

 何コレ。温カクテ、イイ匂イデ、超ヤワラカイ。

 あ、また鼻血出そう。いや、出てるかも。

 脳裏に「本日、幻肢勃起二回目?」と言ってくるスミレナさんの笑顔を浮かべている間にも、パストさんの手に、新たな魔力の渦が束ねられていく。

 しかし。


「な――ッ!?」


 パストさんの驚く声が頭上から聞こえてきた。

 また。一本の触手が、高く伸ばされていたパストさんの右腕を狙ったかのように巻きつき、またしても魔法の発動を妨害していた。

 二度目――じゃない、三度目だ。これはもう偶然なんかじゃない。

 さっきオレを捕えたのも、翼を展開させた時に魔力を操ったからだ。

 このモンスター、魔力を感じ取ることができるのか。

 ミノコを集中的に攻撃していることといい、おつむ空っぽのクセして、本能的に危険を察知する能力は極めて高い。その証拠に、


「リーチ様、まずいです……」

「みたいですね……」


 パストさんの魔力を脅威と判断したのか、周囲で蠢いていた触手たちが、一斉にオレたちの方を向き、その先端を鋭利なトゲへと形状を変えていった。

 捕えておくのは危険。即座に息の根を止めるつもりだ。


「やむを得ません。攻撃を諦め、防御に専念いたします」


 パストさんの判断は早かった。言うが早いか、掌に凝縮していた魔力が霧散し、今度は全身から均等に吹き荒れ、オレたちを包む風の檻を作った。


 ギンッ! ガギンッ!


 間一髪。まるで、鉄柵を打ちつけているみたいな硬質な音を立てて触手を弾き、オレたちに攻撃が届くのを防いでいる。


「風魔法の全方位防御ですか!? カッケー!!」

「いえ、一時しのぎにすぎません。細い触手の攻撃は防げても、海面を打ちつけている触腕で来られたらひとたまりもないでしょう。ミノコ氏がやられるとは思えませんが、こうして私が魔力を放出し続けている以上、いつ注意がこちらに向いてもおかしくありません」


 依然として、ピンチは継続中ってことか。

 早くも数十本集まって来ているトゲ触手を睨み、オレはごくりと喉を鳴らした。

 いざとなったら、パストさんだけでも逃げてもらわないと。オレが足手まといなせいで、みすみす二人ともやられてしまうのだけは絶対にダメだ。

 冷たい汗を流しながら、オレはその時を覚悟した。


「この風の檻で、オレたちを捕まえている触手の根っこを切れたりしませんか?」

「申し訳ありません。これは風の壁であり、刃とは性質が異なるものでして」


 ですか。てことは、いよいよ拓斗たちの助けを待つしかないな。

 船はマザークラーゲンの後方に回り込むつもりらしく、高波を迂回しようとしている。――けど、波に揺られて思うように舵を取れないようだ。

 間に合うか。


 などと考えている間に、無情にもタイムアップはやってきた。

 四本ある触腕のうちの一本がミノコへの攻撃から離れ、海面を撫でるようにしてオレたちの真下に移動してきたのだ。


「……パストさん、逃げてください」

「申し訳ありません。命令であったとしても、承服しかねます」

「じゃあ、お願いです! オレごとでいいから触手を切ってください!」

「それもできかねます。私はこれより、最大魔力を用いて奴の攻撃を逸らします。あの質量を上手くいなせるかは賭け――正直なところ、極めて不可能に近いです。ですが、この命に代えてもリーチ様だけは」

「そんな分の悪い賭けに出なくていいですって! 今ならまだ! パストさんだけなら確実に逃げられるんですから! むざむざ犠牲になるような真似は!」

「真の忠臣にとって、命を賭して主を守ることを犠牲とは考えません」


 必死に食い下がるも、パストさんは頑なに首を横に振る。


「いい加減にしてください! 主とか、臣下とか、勝手に決めないでくださいよ! いつ誰が守ってほしいなんて言いました!? 守られて、そのせいで傷ついた背中を見せられるこっちの身にもなってください! はっきり言って迷惑なんです!」


 パストさんに逃げてほしいからだが、本気の苛立ちも多分に混じっている。

 突き放す言葉を浴びせると、パストさんは少しばかりさびしそうに微笑んだ。


「わかりました。では、このわがままを最後に、主従の関係を切ってください」


 パストさんは譲らなかった。

 何がわがままだよ。フザケたことを言い過ぎだ。


「リーチ様にそのような顔をさせてしまう非礼を、どうかお許しください」

「謝らないでください」


 他人のために命を張るわがままなんて、そんなものがあるもんか。


「さっきの、迷惑だって言ったの、半分は本心ですから」

「半分、なのですか?」


 思い返せば、オレは「命に代えても」という台詞を何人からも言われている。

 エリムにも言われた。

 ギリコさんにも言われた。

 ロドリコさんにも言われた。

 立場が逆なら、オレも言ってみたいカッコイイ台詞だ。

 だけど、実際に命の危険を前にして言われたのは、これが初めてだ。そうなってみて初めて理解した。この台詞が、どれほど独りよがりなものなのかってことを。

 理解した以上、オレはパストさんの言い分に折れるわけにはいかない。


「守られるのを当然とするような関係なら、オレはやっぱり迷惑だって言います」

「それがリーチ様のご意志なら、できる限り尊重を」

「そうじゃないんです! 今回はオレが役立たずだから、パストさんに頼りきってしまいます。それはもういいです。仕方ないことです」


 悔しいけど、こと戦闘において、オレはパストさんに敵わない。

 ただ、状況が違えばどうなるかわからない。相手が男だったら、オレはまだ負け無しだ。あの魔王にだって勝ったことがある。


「別の機会があるのなら、今度はオレがパストさんを守りたい。自分でも身の丈に合ってないことを言ってるのはわかってるんですけど、オレはパストさんと対等な関係でいたいんです!」

「リーチ様……」

「だから、オレを守ると言うなら、オレが主だからとかじゃなくて、仲間だから、友達だから守ってください! でなきゃ、守らせてやりません!」


 友達を希望しておきながら、守らせてやらないとか、オレ、何様?

 清々しいほどの矛盾。言った後で、カーッと顔が熱くなっていくのを感じた。

 でも、言いたいことは言った。

 パストさんはきょとんとし、何も言ってくれない。


「…………あの、伝わりました?」


 おずおずと反応を窺うと、パストさんが、ハッとした後、こくこくと頷いた。


「委細承知いたしました」


 そう答えてくれたパストさんの瞳には、さっきまでとは違う、自身も生き抜いてみせるという力強さが灯っていた。その輝きは、海面から大量の飛沫を上げて持ち上がっていく巨腕を眼下にしても、わずかな陰りもない。


「ここで果ててもよいと思っていましたが、その考えが完全にせました」

「本当ですか!? よかった……」

「ですが、何故でしょう。リーチ様をお守りしたいという気持ちは、先程までよりずっと強くなりました。これからもずっとお傍にいたい。形は臣下でも、友でも、なんでも構いません。とにかく、御身と共にありたいと、そう思わせられました。そのためにも、必ずやリーチ様をお守りし、そして私も生還いたします」

「こ、光栄ですけど、魔王のことはいいんですか?」

「そろそろ見限ってもよい頃合いかと」

「ちょ、ちょっと!?」

「冗談です」


 ビビるわ。パストさんも冗談言うんだ。


「確かにリーチ様は、主としては、その在り方に些か問題があるようです」

「ですよね。別にいいですけど……」

「まさに、姫たるに相応しい器量の持ち主かと」

「なんで!?」

「一つだけ忠告です。今のような台詞は、気軽に男性には仰らない方がいいです。自分はリーチ様にとって特別だと勘違いし、確実にイチコロでしょうから。意図的になさる場合は、時と場合、そして手綱の繰り方に重々ご注意を」

「そんな大げさな」

「大げさではありません。現に、女の私でも危ないところでした。もしも私が男であったなら、今頃リーチ様の貞操を散らしてしまっていたことでしょう」

「また冗談ですよね?」

「今度は冗談ではありません」


 本気の目でした。


「さあ、どこからでもかかって来なさい!」


 全身に魔力を充溢させたパストさんが、不敵に言った。

 と、その時。

 どこからともなく、オレを呼ぶ声がした。


 拓斗たちじゃない。あいつらの乗っている船は今もまだ遠く、こんなにはっきり聞こえる距離にはない。――また聞こえた。そして、段々と近づいてくる。

 声がするのは船と反対側、陸地の方からだ。

 その声は一つじゃなく、オレを〝リーチちゃん〟や〝リーチ姫〟と呼んでいた。

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