第147話 性感帯はどこですか?

 さて、どうやって抜け出したもんか。

 オレもパストさんも、触手にがっちり拘束されて身じろぎ一つできない。

 噛みついたせいか、強張ったかのように触手の締め付けがキツくなっている。

 拓斗たちの助けは――期待できそうにないな。マザークラーゲンの触腕が起こす高波のせいで、船が近づけないでいる。自分たちでなんとかするしかない。


「急がないと。また触手が妙な動きをしでかすかもしれません」

「そう……ですね。先程は無様な姿を晒してしまい、申し訳ありませんでした」


 また謝られた。辱めを受けたのはパストさんなのに。

 オレが足を引っ張ったせいだ。パストさん一人なら簡単に脱出できていた。


「すみません。パストさんには、辛い思いをさせてしまいました」

「あ、いえ、別に辛いといったことはありませんでしたが」

「え? でも、あんなに苦しそうに」

「あれは、むしろ――」

「むしろ?」

「――なんでもありません」


 何か言いかけていたのに、パストさんは顔だけを回れ右させて口を閉じ結んだ。

 額からはだらだと汗が流れ、目はあからさまに泳いでいる。


 …………まさか。


 …………まさか。


 脇腹が弱点って、違う意味……アダルティーな意味で?

 さっきのは苦しんでいたんじゃなくて、実は?


「リ、リーチ様はどうなのですか!?」

「ど、どうって何がです?」


 言葉にはしなかったけど、オレの目が口ほどに物を言っていたようだ。誤魔化しきれないと見たパストさんが開き直った。てことは、正解なのか。

 やばい、鼻血出そう。


 パストさんは答えず、んぶぶぶ、と口をへの字にして無言の訴えをしてくる。

 そんな泣きそうな目で見ないでください。察しましたから。


「わかりませんよ。だってオレ、女歴一ヶ月未満ですよ?」

「女性の体になって、ご自分でアレコレ確かめられたりは?」

「し、してませんよ! なんかそういうの、怖いし……」


 なんとなく、自分の中の男が完全に消えて、もう戻れなくなりそうな気がする。

 それが悪いことだとは……思わないけど。

 まだ抵抗があるのは、男だった自分への未練なのかな。


「まあ、元々男らしかったかというと、全然そんなことないんですけどね!」

「と、突然叫んでどうされたのですか?」


 思考の迷路に陥りそうだったので、ぶんぶんと頭を振って意識を切り替えた。

 今はこのピンチを脱することが最優先だ。


「今度は、オレが触手から抜けられるかやってみます」

「ですが、それではリーチ様のお胸がぽろりと零れてしまいます」

「オレは生乳くらい、見られても平気ですから」

「わ、私も。元男性だということを差し置いても、リーチ様になら見られても」

「や、それはオレがいたたまれないというか、気にしちゃうんで」


 見たいか見たくないかで言えば、そりゃ見たいです。

 超見たいですけど、外見はどうあれ、気持ち的には男のオレがやるべきだろう。

 こんなオレでも役に立てるってところを見せたいしな。


「とにかく、オレに任せてください」

「……わかりました。では、特等席で目に焼き付けさせていただきます」


 そんな風に期待されると、逆にやりにくいです。

 ぐるぐる巻きになった触手の中で、ぐ、と両腕を広げるように力を込める。

 が。


「リーチ様、下からまた触手が!」

「――ッ!?」


 無駄話が過ぎた。

 反射的に尻を閉めたが、今度の触手は、抱き合わせになったオレとパストさんの体の隙間に潜り込むようにして上ってきた。蛇行しながら進路を探っているのか、触手が下腹部をウネウネと這い回り、膀胱を圧迫してくる。


「この、無理やり割り込んでくるんじゃねーよ。定員オーバーだっての!」


 おかげで、巻きついた触手が肉に食い込むくらいキツくなった。これじゃ、身を捩るなんて不可能だ。つーか、この触手、何がしたいんだよ。

 上に出てきたら、また噛み付いてやる。この際、苦いのは我慢だ。

 ガチ、ガチ、と噛み合わせを確かめるようにして歯を鳴らした。

 その時だった。


「きゃふん!」


 背骨を通って、頭頂部まで貫くような電気が走った。


「リーチ様、いかがされました!?」

「わ、わかりません。腹の辺りに、いきなり凄い刺激が……」


 痛みとは違う。刺された感じでもなかった。なんだったんだ、今のは。

 触手は腹の辺りでモゾモゾと蠢いている。

 多少こそばゆいけど、それだけだ。特にどうということはな――


「あきゃん!?」

「リーチ様!」


 油断したところへ、さっきと同じ、痺れるような感覚に襲われた。

 羽箒で脳味噌をくすぐられるような、かつて味わったことのない感覚に恐怖していると、その正体にパストさんが当たりをつけた。


「お腹の辺り……。もしやそれは、おヘソでは?」

「ぉへ?」


 答え合わせをしようか。

 そう言わんばかりに、海水とマザークラーゲン自身の体液で湿った触手の先端がピタリとオレのヘソに触れ、くちゅ、と音を立てた。

 そして、


「ひ、ひゃああああああ!! あ、あ、あひ、はにゃああああああ!!」


 ずちゅちゅ、ぬちゅ、ぐちゅにゅちゅちゅちゅ!

 粘っこい旋律を奏でながら、触手がヘソの中に潜り込まんと進撃を開始した。


「む、無理! そこ、行き止ま、ふにゃああああああああ!!」


 確かに窪んではいるけど、そこは指の一本だって入りやしない。

 なんて事情はお構いなしに、触手はヘソをぐりぐりと容赦なく押しやってくる。


「ひん、あ、んあ、きゃふああああああ!!」


 自分の口から、まるで女の悲鳴みたいな声が勝手に漏れ出てくる。

 悲鳴っていうか、これじゃまるで、喘いでいるみたいだ。

 いやだ。いやだいやだ。これはいやだ。


「ひうぅぅ、そんな、奥まで、キツ、穴の、中、かきまわすにゃふううう!!」


 脳がチカチカして、とろけそうになってくる。

 触手に絡まれているので叶わないが、自然と体がくの字に折れようとする。


「リーチ様、お気を確かに!」


 耐えろ。流されるな。

 眼球がひっくり返るかと思うほどの凶悪な感覚に全身全霊で堪えていると、やがて触手も無駄だと諦めたのか、ヘソから離れて再び上を目指し始めた。


「リーチ様、大丈夫ですか!?」

「ぜはァ! ぜはァ! だ、だ、じょう、ぶ……」

「そんなにも頬を染められて。リーチ様の弱点は、おヘソだったのですね」


 ……だったのですか。オレも知りませんでした。

 男の時は、ヘソなんて触れても何も感じなかったのに。快感――とは絶対に言いたくないけど、触手責めによる余韻が今も残り、全身が小刻みに震えている。


「拓斗たちには言わないでくださいね……」

「もちろんです。タクト氏やエリム君には言いません」


 あ、これ、魔王には報告するつもりだ。


 にゅ。にゅ。

 知りたくもなかった体の秘密を浮き彫りにしてくれやがった触手は、一呼吸する度に杭を打つように、オレとパストさんの胸の肉を掻き分けてよじ登ってくる。

 ただでさえ一番キツキツになっている場所なのに、それでも触手は酸素を求めるかの如く、乳肉の海から這い出ようと躍起になっている。


「どうやら、リーチ様のお胸が大きくて、道が極端に狭くなっているようですね」


 パストさんだって相当大きいじゃないですか。とは言えなかった。

 直視できません。半分は自前なわけだけど、白と褐色のコントラストおっぱいの狭間で触手がピストン運動してるとか、それどう考えても……アレじゃん?


 にゅ。にゅ。にゅこ。にゅこ。にゅぷ。にゅぷぷ。

 音がさらに水気を帯び、より卑猥になっていく。なかなか進めないせいだろう。触手が潤滑剤として体液を分泌しているようだ。


 にゅぷちゅ、にゅっぷちゅ、ずぷちゅ、ぐちゅぷ。

 強引に進んでは乳肉に押し返されを、触手は何度も何度も繰り返した。


「く、このエロ触手、好き勝手しやがって」

「拘束が解けたら細切れにして、我々を辱めた報いを受けさせてやりましょう」


 ずにゅぷりゅ、ぐちゅぽ、ぶちゅっぱ、にゅるりんこ。

 次第にピストン速度が上がり、触手の赤黒い先端が二つの谷間から顔を出した。

 先端から滲み出た体液によって、谷間がちょっとした湖になっている。

 そしてついに、触手は登頂を果たす。



 ずにゅるうぅぅぅぅぅ!!



 谷間から生えるように、オレたちの目線を超えて触手は垂直に飛び出した。

 オレもパストさんも、触手が陽の光を背負う光景を、目を細めて見上げた。

 その直後、



 ドピュルルルルルルル!!



 乳肉に挟まれていたせいで分泌腺が塞がれていたのか、抑圧から解放された触手が、溜め込んでいた体液を天に向かって一気に吐き出した。まるで噴水を思わせる凄まじい射せ――射出量だ。


「まずい、パストさん、目を閉じて!」


 たぱ。たぱぱぱ。

 上空に打ち上げられた体液は重力に従って落ちて行き、オレたちの頭上へと降り注いできた。髪と言わず、頬や肩や胸など至る所に透明な液体にまみれてしまう。


 ポニーテールにしていたパストさんの髪留めが溶け、白髪が左右に広がった。

 多分、オレもパストさんも、触手の下は完全に裸になっているだろう。

 それも大変困ったことではあるが、差し当たり。


「…………」

「…………」


 マザークラーゲンは雌であり、ぶっかけられたのは奴の溶解液だ。

 それでもオレが何を想像しているのか、あえて口にする必要はあるまい。きっとパストさんも同じことを考えている。白い液体じゃなかったのは、不幸中の幸いですね。なんて言っても、なんの慰めにもならない。

 この惨状を作り出したクソ触手は、ピュッ、ピュッ、と残り汁を噴いている。

 そして心なしかしぼみ、暑さにぐったりした向日葵のようになっていた。

 絵面がもう、アレがアレした後の状態にしか見えない。


「ハッ! リーチ様、今がチャンスです!」

「あ、はい!」


 触手自身が拡張したスペースを利用する。

 オレは即座に魔力を背中へと送り込み、翼を展開させた。両腕と翼を使って触手による拘束を押し広げ、ヒト一人が身動きできる空間を確保する。

 ぬめっとした触手に手を掛け、オレは拘束から這い出した。

 やっぱり全裸になっていた。

 そのまま空中に飛び出し、翼をはためかせて滞空する。


「よし、パストさんも!」


 パストさんの裸を見てしまわないよう左手で目を覆い、右手を伸ばした。

 しかし、そんなオレの手を取ったのは、パストさんではなかった。


 ぎゅる! ぎゅるるる!

 新たな触手が、オレの両手両足に一本ずつ巻きついてきた。


「わ、ちょ、たわわ!」

「リーチ様アァァア!」


 いや、考えようによっては好都合だ。

 オレが触手を引きつけているうちに、パストさんが魔法で――


「――え、ちょ、や、噓オォォ!?」


 触手がそれぞれ別の生き物のように動き、オレはあろうことか、M字開脚の体勢でパストさんの眼前に突き出された。

 もう一度言うけど、オレ、今全裸。

 生乳を見られたところで気にしませんよ。

 オレはそう言った。その言葉に噓はない。

 でもこれは、これはさすがに――!!

 自分でさえ見たことがない神聖領域を、わずか数十センチの距離で目の当たりにしているパストさんが、ふいっと目を逸らしてくれた。


「……み」

「み?」


 この状況でフォローを入れようとしてくれているのか、パストさんが口元を引きつらせながらも、強引に笑顔を作った。


「水着と……同じ色……ですね」


 完全に溶け落ちてしまい、布の切れ端すら残っていないけど、オレはピンク色の水着を着ていました。薄めの桜色です。

 死ぬほどの恥ずかしさというものを、オレはこの時初めて体感した。

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