第146話 残念だが、そこは入口じゃないぜ
「ミノコ……ッ」
いくら無敵に近いと言っても、牛は肺呼吸をする陸上生物だ。完全に敵の陣地である海中に引きずり込まれたら……。
とは思うものの、ミノコなら大丈夫だろうという謎の安心感もある。
オレが「大丈夫か?」なんて言ったら、きっと鼻で笑い、「こっちのことより自分の心配をしろ」と言うに違いない。
「……無事でいてくれよ」
潜水艦が浮上するみたいに、そいつはゆっくりと全容を明らかにしていった。
縦横高さ、全てがさっきのクラーゲンの倍はある。てことは、重量体積だけでも2×2×2で、8倍はあるってことか。
カリィさんの特能で確認してもらうまでもない。
こいつだ。
こいつが本物のマザークラーゲンだ。
「ここまでくれば、立派に怪獣だな……」
よくもまあ、こんな巨大生物が目撃されずに放置されていたものだと感心する。
ドーム状の傘は半透明で内臓が透けて見えるが、雌個体の特徴なのか、薄い赤銅色をしている。ボスキャラが色違いなのは、ままあることだ。
そして、オレたちを
そんな触手が色合いのせいで妙に肉感を伴い、気持ち悪さに拍車をかけている。
「リーチ様、お怪我は!?」
「身動きは取れないですけど、怪我は無いです。パストさんは?」
「私も同じく。力づくで抜け出すことは……叶いそうにありません」
抱き合うようにして捕えられたオレたちは、マンションの4階くらいの高さまで釣り上げられた。下手すりゃ死ねる高さだ。
「金玉が縮み上がりそうですね……」
「お言葉を返すようですが、我々に縮み上がる金た……は無いかと」
そうでした。じゃあ、今はなんて表現すればいいんだろう。
なんにせよ、人間だった頃なら卒倒してもおかしくないが、オレもパストさんも空を飛べるということが、高所における恐怖を薄れさせてくれている。
だけど、ピンチであることには変わりない。
マザークラーゲンが、大木みたいにバカでかい触腕を、オレたちのいる高さまで持ち上げた。あんなので殴られたら即死ミンチだ。
――と、一瞬、追撃を覚悟したが、巨腕は海面に向かって叩きつけられた。
一拍遅れて、大砲が着弾したみたいなけたたましい轟音が
直後、海水が間欠泉のように噴き上がり、数秒遅れて、今度はスコールみたいに上から降り注いでオレとパストさんの全身を濡らした。
何度も何度も。マザークラーゲンは、繰り返し同じところを打ちつけている。
「あいつ、何して――」
すぐにハッとする。
ミノコか。マザークラーゲンは、海中にいるミノコを攻撃しているんだ。
ミノコが一番の脅威だと、本能で感じ取っているのかもしれない。そしてマザークラーゲンが攻撃の手を止めないということは、ミノコは無事だからだということに他ならない。
おかげで、オレたちを拘束している触手を除き、他は全て海面を警戒して備えているように見える。抜け出すなら今のうちだ。
「パストさんの風の魔法で、触手を切ることはできませんか?」
「申し訳ありません。可能ですが、この体勢ではリーチ様もろともに……」
それはいけない。代案を考えましょう。
やっぱり、触手が緩むチャンスを待つしか――などと悠長に考えているうちに、差し迫ったピンチが迫っていた。
「うげ、服が……!!」
例によって、こいつも特殊な溶解液で全身をコーティングしていやがるらしく、触手が着衣を溶かし始めた。オレたちは抱き合わせになっているため、触手が触れているのは膝裏、尻、背中、そして両腕だ。
エリムに借してもらったパーカーがみるみる溶け落ちていき、中からピンク色の水着と地肌が露わになっていく。
パストさんも同様だ。綺麗な鎖骨と黒いホルタ―ネックのビキニが顔を覗かせたかと思うと、首の後ろにある結び目が呆気なく溶けて切れてしまう。
「パパ、パストさん、やばいです! 紐、
「む、無理です! 両腕が塞がっていて!」
慌てふためく間にも、肌面積は容赦なく増えていく。
あっという間に、残るは互いの体が接した正面部分のみになってしまう。
触手で隠れてはいるけど、尻も完全に露出してしまっており、もはや意味は無いと知りつつも、かろうじて内股で布の切れ端を挟んでいるという危うい状態だ。
「くっ、おのれ! 触手風情に辱めを受けるなど!」
パストさんが怒りに任せ、ぐりぐりと体を捩じって拘束から抜け出そうとする。
するとだ。
その拍子に、パストさんの正面に残っていた布がはらりと前に倒れ、オレの目の前に褐色の谷間が飛び込んできたではないか。その谷間が――エリミネーター級の双丘が、パストさんの動きに合わせて右へ左へと揺れ動く。オレの体に擦り付けるようにして、むにん、むにょん、と。
この場にスミレナさんがいれば、確実に「ねえ、幻肢勃起した?」と嬉しそうに尋ねてくるだろう。
「リーチ様、今しばらくのご辛抱を!」
「いや、それよりも一旦落ち着いて、別の作戦を考えましょう! そんなに激しく動いたら、水着がどんどんボロボロに!」
「いいえ、事は一刻を争います! 私が傍についていながらリーチ様が辱められたとあっては、魔王様に申し開きができません!」
「魔王とか、本気でどうでもいいですから! オレが転生前は男だったってこと、知ってますよね!? パストさんが裸になる方がまずいんですってば!」
正真正銘の女性であるパストさんと、紛い物のオレとでは、貞操観念が根本的に異なっているはずだ。オレは女の恥じらいなんて持ち合わせていない。
例えば、人前で生乳を晒すくらい、オレはなんとも思わない。相手がパストさんのような女性だからじゃなく、仮に男どもに見られたとしても特に気にならない。こちとらプールや海水浴で乳首を晒すのが当たり前の生き方をしてきたんだから。
それをパストさんに言ってやるが、首を横に振られてしまう。
「ご心配なく。こう見えて、私は、その……ヤ、ヤリまくりのビッチ……ヤリマンだったのです。衆目に裸体を晒すのは、むしろ、か、快感と言えましょう?」
オレには、「私、男の人と手を繋いだこともないんです。もちろん処女です」と、そう言ったようにしか聞こえなかった。どもってるし、顔赤くしてるし、なんでか最後に疑問符ついてるし。
「それは本当ですか?」
「本当です」
「処女賭けられますか?」
「賭けられますとも」
「はいドーン!!」
「な、何を!?」
「処女賭けられる人がヤリマンなわけないでしょうが!」
「し、しまった! よもや、リーチ様がこれほどのキレ者だったとは……」
こっちを持ち上げる前に、まずは自分の演技力を見直しましょうか。
「やはり、リーチ様は魔王妃たるに相応しいお方でした。御身を守るためならば、裸体の一つや二つ、喜んで晒して御覧にいれましょう!」
変にやる気出させちゃった! 晒しちゃダメですってば!
オレの制止も聞かず、パストさんの上半身がじりじりとせり上がっていく。
それに合わせて布がさらに捲れ、ついには褐色ではなく、薄紅色の小円が――
「ぬああああああああああああっ!?」
できるだけ触れ合わないようにと仰け反っていた体を、今度は逆に、覆い被さるようにしてパストさんに預けた。
「リ、リーチ様、どうなされたのですか!?」
どうしたもこうしたも。こうでもしないと零れそうだったんだもの。
というか……ちょっと零れてたもの。
「そ、そのように強く体を押しつけられますと、んっ」
「ご、ごめんなさい! でもホントお願いですから動かないで!」
謝りはすれど、離れるわけにはいかない。
相撲用語に〝がっぷり四つ〟なんていうが言葉あるけれど、この状態は、言うなれば〝おっぱい四つ〟といったところか。平均を大きく上回る四つの乳房が互いの形を潰し合っている。
女性の胸の柔らかさは自前で知っていたつもりなのに、人それぞれっていうか。
風呂でスミレナさんに胸を押しつけられたことがあったけど、あの時とは感触が全然違う――……て、当たり前か。あえて、なんでとは言わないけど。
なんとかぽろりの窮地を回避したかに思えたが、安心するのはまだ早い。
新たな危険は足下から這い上がってきた。
「うひっ!?」
ふくらはぎを何かが撫でさすり、おぞましさからは反射的に悲鳴を漏らした。
考えるまでもなく、その何かとは一本の触手だった。
ウネウネと蠢くそれは、日に焼けた赤黒い皮膚を思わせ、ねっとりとした体液が糸を引く様子には鳥肌が立ってくる。
キ、キモい、キモいキモい!!
「リーチ様、何やら様子が!?」
「な、なんでもありませんうひょう!?」
一周、二周、と螺旋を描いて体を上り、太ももの周りを、ぬるりぬるりと舐めるように這いずり回る。それはまるで、蛇が捕えた獲物の形を丹念に調べ上げるかの如くイヤらしく。
次いで体を拘束している触手の下に潜り込み、先端が尻のところで止まった。
…………おい、なんでそこで止まる?
「ちょ、こら……やめろよ?」
サーッと血の気が引いていく。
触手+美少女(自分で言う)。これが薄い本なら、この先の展開はお約束だ。
「じょ、冗談じゃねえええしッ!!」
尻筋フルパワー。触手に犯される展開なんぞ、死んでも御免だ。
何者の侵入も許してなるものかと、オレは全力で尻を閉めた。
残念だが、そこは入り口じゃない。出る専用だ。
どっか行け。早くどっか行け。
その祈りが通じたのか、触手はしばらく尻の割れ目をなぞるようにしていたが、やがて諦めたのか、再び移動し始めた。
ホッと息をつくが、
「え、キャアッ!?」
あろうことか、触手はオレからパストさんへと移ってしまった。
女性らしい悲鳴を上げたパストさんが、羞恥に耐えるようにして唇を噛んだ。
「あ、いや、やめっ、そんなとこ……ひうぅ!! いじら、ない、でえッ!!」
「なななな何!? なんです!? 触手の奴、何してるんです!?」
オレの位置からでは、パストさんに悪戯している触手の動きは見えない。だけど耳を澄ませば、マザークラーゲンが海面を叩く大音声に紛れて聞こえてくる。
ぐにっ、ぐにっ、ぐにっ。
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。
嫌でも妄想を掻き立てる、淫靡で卑猥な一定のリズムが。
「ダ、ダメ……ああッ!! お願い、待って、無理やりこじ開けないで! そこは、そこだけは! それ以上突かな――……あ、ああ……ぃやあああああ――ッ!!」
まさか。まさか。まさか。
オレは死ぬほど焦った。
悪戯どころの話ではなく、パストさんで万が一を想像してしまったからだ。
ありえない。マザークラーゲンは雌だろ。卵を産み付けるとか、そういう生き物でもないはずだ。それなのに、なんで?
今考えても仕方のないことが頭の中を駆け回る。完全に現実逃避だ。
「ハッ、カハッ! 両方同時、なんて、こんなの、耐えられ、ハッ、ハッ」
間断なく熱い息を漏らすパストさんの顔が紅潮し、苦悶に歪んでいく。
両方同時って、それって、それって!?
「パストさん、オレのことはいいですから、触手をブッた斬ってください!」
「で、でき……ません!」
苦しそうに、だけど意志は固く。
ただ見ているしかできない間にも、触手はパストさんを執拗に責め立てる。
ぢゅぐ、ぢゅぶ、ぢゅる、ぢゅく、ぬぢゅ、ぬゅる、くちゅん。
ぷりゅ、にゅち、ずりゅ、ずちゅ、ちゅぷ、じちゅ、ねちゅん。
水気を帯びた音が響く度に、涙を滲ませるパストさんの体がビクッ、ビクンッと取れ立ての魚のように跳ねる。
「んウウッ! そんなに何回も……突かない、で! ら、らめえええええっ!!」
「やめろ! おい、やめろって言ってるだろ! 頼むからやめてくれ!!」
懇願を聞き入れる気がない以前に、人の言葉が通じる相手じゃない。
もう気持ち悪いとか言ってられない。
「いい加減にしろ、こんの淫獣がッ!!」
手も足も出せない代わりに、オレは体に巻きついている触手を食い千切ってやるつもりでかぶりついた。口内に強烈な苦みが広がる。
「ぐ、うげえぇ……ぺっ、ぺっ」
思った以上に弾力があり、食い千切ることはできなかった。だけど、触手全体で感覚が繋がっているのか、パストさんを攻撃していた触手が、にゅぽん、と下から逃げるように抜け落ちていったのを感じた。
「はぁ、はぁ、リーチ様……助かりました。なんと、お礼を申してよいか……」
息も絶え絶え、パストさんがオレに礼を言った。
お礼なんていらない。言ってもらえる資格も無い。パストさんは女性で、オレは男|(のつもり)なのに、不甲斐なさで押し潰されてしまいそうだった。
「この醜態は、くすぐりを克服する訓練を怠っていた私の落ち度です」
「……くすぐり?」
「どうしても、脇腹を突かれるのだけは苦手で」
「脇腹?」
「はい。脇腹を集中的にくすぐられていました」
…………。
「こじ開けないでって叫んでいたのは?」
「なんとか腕で触手を防ごうとしたのですが、力及ばず」
………………。
「両方同時っていうのは?」
「左右の脇腹を交互に突かれていました」
………………。
…………。
……。
「……リーチ様、もしやとは思うのですが、私が触手に――」
「さあ、今のうちに触手から脱出する方法を考えましょう! これ以上溶かされてしまったら、いよいよ隠せなくなってしまいますからね!」
誤魔化せては……いないな。パストさんが気まずそうに目を合わせてくれない。
だけど、そんな誤魔化しは必要無かった。
何故なら、この直後に、オレたちはここまでの辱めが児戯に思えるハードな触手プレイを体感することになったからだ。
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