第144話 口に出すって、そんなン立つに決まってンじゃん

「二人とも、つかまっていろよ!」


 言って、俺はカリィの尻を持ち上げるようにして抱き寄せた。

 指先から前腕にかけて極上の質感に包まれている。だというのに、俺のムスコは全力を出し渋っている。理由は言わずもがな。


「聞いたか、エリム君! しっかりタクトの尻を掴んでおくんだぞ! なんなら、頬ずりしても構わん! 私が許す! いや、推奨する!」

「タクトさん、この人、ちょっと危ないです……」


 知ってる。

 早く決着をつけないと、腐の瘴気にあてられて萎えちまう。

 苦虫を噛み潰したような顔だが、エリムは言われたとおり、俺の尻――というか腰回りにしがみついた。

 その様をカリィは鼻息荒く、うら若き乙女にあるまじき興奮でガン見している。脱衣や勃起で強化する俺が言うのもなンだけど、残念な奴だ。


「カリィ、武器は持たなくてイイのか?」

「通常の武器では奴に溶かされてしまう。だが、侮ってくれるなよ。騎士たる者、たとえ剣が無くとも、己が身一つでも戦える修練は積んでいる」


 頼もしくてカッコイイ台詞だが、エリムと俺の尻から片時も目を離さないので、ここでも台無し極まりない。戦闘中はヨソ見すンなよ。


「ンじゃ、イクぜ! 振り落とされるンじゃねェぞ!」


 気勢をあげた俺は、マザークラーゲンに向かって船尾からジャンプした。

 半裸&半勃ちでレベル25。最大で30まで上がることを考えると、中途半端で心許ない強化だが、技術でも魔力でもなく、身体能力の高さだけでこのレベルだ。

 人間二人を担いだ状態で、およそ8mの距離を助走無しで飛んだ。


 海面から5mくらいの高度から、マザークラーゲンの頭頂部を見下ろす。

 蓮の葉みたいだが、全体的に白っぽく、内臓が透けて見える。


「エリム、どこを攻撃すりゃイイ!?」

「ここからではまだ! 生きているクラーゲンは内臓が流動的なのでタイミングも重要になります! 中心より外側に降りてください!」

「了解だッ!」


 エリムは小柄、カリィは女性。それでも三人分の体重だ。着地の時、膝の負担がでかそうだと覚悟するが――その心配は杞憂だった。


 ぼよよよんんん。


「うおっ、と、あっぶね!」


 まるで、トランポリンにでも着地したかのような弾力。危うく海へ弾かれそうになるのを、傘を鷲掴みにして留まった。

 すかさずエリムを降ろし、カリィの尻を離して各々が役割に入っていく。

 エリムが急所を見極める間、俺とカリィは敵の攻撃を引きつける。

 マザークラーゲンも、頭の上に獲物が現れたことを感じ取ったのか、ザバザバと海中から何本も触手を生やした。


「触手に攻められる趣味は無ェが、かかって来いやあああッ!!」


 できる限り攻撃の手を自分に集めるため。

 そして、離れた所で戦いを見ている利一にも聞こえるよう声を張り上げた。

 クラーゲンが音に反応するか知らねェが、獲物が騒いでいるのはわかるらしく、十数本の触手――その先端が一斉に俺へと向けられた。


「タクト、無茶を――」

「大丈夫だッ!」


 俺を案じて駆け寄ろうとするカリィに手をかざして制し、ファーストアタックを一手に引き受ける。そう、この程度は問題無い。

 俺には強化によるパワーとスピード以外に、もう一つ備わっている能力がある。


 びゅる! びゅるるる!

 触手が風を切り、鞭のようにしなって襲い来る。

 ――が、反応できる。知覚した刹那に脳は命令を下し、体は動いている。


 戦闘をこなすごとに理解していく。

 人間だった頃と比べ、脳の処理速度が桁違いに上がっていることを。

 触手一本一本の配置と攻撃速度から、自身に届く順番を割り出し、複数ある回避行動のうち、最も効率的なものを選択する。

 転生支援課のアラサービッチに感謝なんぞ絶対したくねェが、天界人由来の反射神経は、この世界で生きていくために、強敵と渡り合っていくために、この上ない武器となってくれた。


「よっ、ほっ、どうしたどうした!? こんなもンじゃ、俺は捕えられねェぜ!」


 この調子なら、トドメの一撃まで股間の突撃槍ランスは温存しておけそうだ。

 脳を持たないクラーゲンに複雑な行動はできない。

 俺が敗北を喫したシコルゼのように、フェイントを仕掛けてくることはない。

 獲物がそこにいるから愚直に攻撃し、捕食しようとする。それだけだ。


「さすがだな! 私も負けていられない!」


 対抗心を燃やしたカリィが傘の上で飛び跳ね、新たに数本の触手を誘導した。

 カリィに狙いを定めた触手から、装備を溶かす体液がしたたり落ちている。

 一瞬、妙な期待が頭をもたげたが、仲間の健闘を願わずしてなんとする。


「カリィ、捕まるンじゃねェぞ!」

「任せておけ!」


 にゅるる! どぴゅ!

 前から後ろから容赦無く攻め立ててくる触手を、カリィはいきなり五本も同時に相手していく。常人が無茶しすぎだ。……と思った。

 俺の中でカリーシャ・ブルネットという人間は、尻:腐=50:50の存在であり、直接的な戦力としての要素が入り込める余地は無かった。

 この評価を、俺は改めなくてはならない。

 最少の動きでかわす俺とは対照的に、カリィの動きは派手で無駄がある。

 足場が悪いにもかかわらず、大きく反り、跳ぶ。いつ転ンでも不思議はない。

 なのに、転ばない。


「……すげェ」


 重心を尻に置いたバランス感覚は、転倒を微塵も感じさせない。

 才能――じゃねェな。あれは厳しい修練によって鍛えられた体幹の為せる業だ。


「もう二、三本相手にできそうだ!」


 その言葉どおり、触手の数を増やしていくカリィは両手両足に加え、己の尻をも駆使し始めた。その見事な尻捌きは、まるで第三の手を思わせる。


 パン! パン! びゅびゅ! パパパン! どぴゅ!

 自身の運動能力を完璧に把握し、足りない点を創意工夫で補う体術。

 騎士よりも、武道家とかの方が向いてるンじゃないか?


「ふふ、この程度か!? すまないな、タクト、見せ場を奪ってしまいそうだ!」

「あ」


 先程、マザークラーゲンの触手にたった一太刀入れただけで、カリィの剣は使い物にならなくなった。そんな体液にまみれた触手を尻で捌けばどうなるか。

 当然溶ける。

 水着なンて、トイレットペーパー並みに呆気なく溶けてしまう。


「タクト、どっちが多くの触手を相手にできるか競争だ!」


 調子づいているカリィは気づいていない。

 尻を覆っていた部分の生地が溶け、Oバックになってしまっていることを。

 そんな状態で、カリィは尻を振る。俺の目の前で振りまくる。

 教えるべきか。このまま黙っているべきか。



  教える

 ⇒教えない



「負けねェぞ! 俺のスピードについてこられるか!?」

「望むところだ!」


 カリィの尻がさらに加速する。

 勘違いしないでくれよな。少しでも長くヒップダンスを拝ンでいたいからとか、そんなくだらない理由じゃねェぞ。尻が丸出しになっていることを教えたら、戦闘どころじゃなくなり、触手の餌食になりかねない。いや、確実にそうなるだろう。だからこの場は黙っているのが最善だと判断したまでだ。

 それはそれとして、俺のレベルは25→27に上がった。


「エリム、まだか!?」

「あ、いえ、でも……これは……」


 まだ判別できないのか、エリムの返事は煮え切らない。

 頼む、早くしてくれ。急所がわからないなら戦い方を変えなきゃならねェ。

 自分自身を傷つけることを恐れているのか、マザークラーゲンはまだ触腕による攻撃は仕掛けてこない。あれはほぼ全体攻撃だ。かわしきれるもンじゃない。

 だけど、俺たちがしぶといと見るや、いずれは――


「――とか考えてるうちに動き出しやがった!! エリム、時間が無ェぞ!」


 ゾバババ、と大量の海水を巻き上げた触腕が、四方で柱のように立ち上がった。

 触腕がを隠し、俺たちの立っている場所が日陰になっていく。


「エリム!」

「こ、ここです! 傘の中央から垂直に伸びている胃と、その右隣に寄り集まっている放射管の間を45度の角度で貫くように攻撃してください!」

「承った」


 待った甲斐があったぜ。

 攻撃手段を触腕に切り替えたせいか、触手の動きが緩慢だ。この好機を逃さず、確信をもった声で指示された場所に、俺はバク宙で跳躍移動した。

 左手をつき、片膝立ちで着地した俺は、すかさず海パンの股ぐりをズラす。

 すると、ちんこケースとして装着していた黄金の武器コテカが姿を現した。

 それは触腕の影にあって尚、神々しい輝きに満ちている。


 俺は股間の先端を指定ポイントにセットし、照準を定めた。

 傍目には、腕立て伏せでもしているように見えているだろう。

 最期に、マザークラーゲンの感触を手の中に刻み込ンだ。


「なかなかの触り心地だが、カリィの尻には遠く及ばねェな」


 あと、利一のおっぱいにもな。あれな、マジで凄ェから。

 生まれ変われるなら、尻かおっぱいのある生き物になるとイイぜ。

 じゃアな。



ほとばしれ、EXイクスカウパァ――――ッ!!」



 ずぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!

 俺の発声を合図に、槍は本来への姿へと一気に伸長する。

 奥へ。ひたすら奥へ。

 ミサイルのように股間から発射された突撃槍ランスがマザークラーゲンのボディーを易々と貫き、反対側から飛び出して行くのが見えた。


 並の武器なら、マザークラーゲンの体内に入った時点で溶けて消えただろう。

 だがしかし、伝説の金属――オリハルコン製のEXイクスカウパーは並にあらず。

 浮かんではこないだろうから、後でちゃんと回収しねェとな。


 一息ついていると、未だ尻丸出しに気づいていないカリィが走り寄って来た。

 さて、どうすっかな。どこまで気がつかないか見ていたい気もするけど、戦闘は終わったし、教えた方がイイだろうか。でも、やっぱもったいないという気持ちもある。とはいえ、後で利一とパストさんから白い目で見られるのは嫌だし。

 よし、俺も気づかなかったってことにしよう。我ながら名案だ。


「タクト、エリム君、やったのか?」

「多分な」


 全員が一ヵ所に集まった次の瞬間、俺たちを叩き潰そうと構えられていた触腕が四本とも、糸が切れたように海面に落下した。その他の触手も同様に、しなしなと力が抜け、ぴくりとも動かなくなってしまう。


「おお。マジで一撃で仕留められた」


 マザークラーゲンが自重で沈み始める前に、傘部分にアンカーを引っ掛けて船にくくりつける。討伐したことギルドに証明するためと、大量の体液が海水に滲み出さないよう、陸まで引っ張っていくためだ。

 利一の奴、ちゃんと見てたかな。どういう反応をしてくれるのか楽しみだ。

 それじゃ、水没する前に船に戻るとするかね。胸を張って凱旋だ。

 ――といきたいところなンだが、何故かエリムの表情が暗い。活躍に不満があるわけじゃないだろうに。何かを考え込んでいる様子だ。


「エリム、どうしたンだ?」

「……思い過ごしであればいいんですが」


 不安なことでもあるのか、エリムは重い口振りでそれを語り出した。


「僕は、クラーゲンなら何匹も捌いたことがありますが、マザークラーゲンを見るのはこれが初めてです。だから、実は雌雄同体だと言われても、ああそうなんだと思う程度です」


 雌雄……なンて? 俺にはエリムが何を言いたいのかわからない。

 何を気にしてンのか知らねェが、本命は倒したンだからそれでイイんじゃね?

 だけど、次に発したエリムの言葉は軽視できなかった。


「このマザークラーゲン……本当にマザークラーゲンなんでしょうか」

「は? なんでそう思うンだ?」

「こいつには精巣がありました」

「精巣って、つまり……雄だったってことか?」


 エリムは周囲を警戒するようにして頷いた。


「雄だと? 待て。それが本当なら、さっきタクトは、雄の中に股間の硬いモノを突き入れ、発射したということになるぞ? なってしまうぞ?」

「コラ、目ェ輝かせンな。軟体生物相手に何考えてやがる」

「擬人化妄想余裕。ただし触手は残す」

「わりとシリアスな話してるンで、頭ン中発酵させンのも大概にしてくれます?」


 空気の読めなさを注意してやると、打って変わって表情を引き締めたカリィが、エリムの不安を助長することを言い始めた。


「マザークラーゲンとは、進化したクラーゲンが一匹だけ冠することができる称号のようなものだと考えていたが……やはり」

「オイ、やはりってなんだよ?」


 何? フラグ? フラグ立てようとしてる? やめろよ。


「今倒したモンスターのステータスには、クラーゲンとしか記されていない」

「ちょ、待て、ちょっと待てって!」

「重ねて言うと、【職名】の項目にはこう記されていた」



 ――【母を守護する者】



 俺が止めるのも聞かず、カリィはそれを口にした。

 カリィが最初に足下のこいつを見た時、眉をひそめていた理由はそれか。


「母とは、この海域を指す比喩なのかと思っていた。いや、思いたかった」


 ふと〝雉も鳴かずば撃たれまい〟なんてことわざが思い浮かんだ。

 フラグもさ、口に出さなきゃ立たなかったかもしれないのに……。

 知ってるか?

 この世界のフラグはな、迅速回収されることで有名なンだぞ。俺の中で。


「……もう完璧立ってそうだから俺も言っちまうけどさ、エリムもカリィも、こう言いてェわけか? 雌の個体、母は……マザークラーゲンは別にいるって?」


 またもやエリムは重々しく頷き、カリィは苦々しく笑った。

 言われてみりゃ、俺にも一抹の違和感はあった。


 今回のマザークラーゲンは、前回の討伐から一年も期間が空いてしまったという話だったから、てっきりもっと成長しているンじゃねェかと予想していた。


 その予想が外れていないとしたら……。



「―――――――ッ!!」



 悲鳴。

 利一たちのいる方角から聞こえた。

 反射的に顔を上げ、俺は見た。


「……噓だろ」


 まだ終わっていない。

 それは、海中から飛び出した無数の触手だった。

 それは、一本一本が足下のクラーゲンの触腕以上に巨大だった。

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