第139話 ロドリコ・ガブストンという男

 ドドドド!! と浜辺に雪崩れ込んで来たのは、新生【ホールライン】の愛すべき変た――国民たち(全員男)だった。

 その数は十や二十じゃない。百人くらいいる。何事だ?

 先頭を走って来た人物――ロドリコさんがオレの正面で停止すると、後ろで息を荒らげている連中に手をかざし、素早く10×10の隊列を組ませた。その統率力は、訓練された軍隊を思わせる。


「リーチちゃん、これは一体どういうことだい?」

「な、何がです?」


 挨拶も抜きに詰問され、何か悪いことでもしたかのような気持ちにされる。


「君はもう一国のお姫様なんだから。遠出をするなら、我々リーチ姫防衛軍に一声かけてもらわないと。もしもの時、君の盾になることができないじゃないか」

「公認した覚えはないんですけど」


 ていうか、この人たち、平日の朝から暇なのか? 本業が他にあるだろ?

 別の意味で国の行く末が心配になってきた。


「オレたちがここにいること、スミレナさんから聞いたんですか?」

「いいや。リーチちゃんが、いつどこで何を買ったのかは、調べればすぐにわかることだからね。昨日の朝十時頃に、女性衣類専門店【モッコリ】で水着を購入したことは裏が取れている。一昨日、冒険者登録を済ませたばかりだということもね。そして今朝、【オーパブ】の前に大型馬車が停まっていたとあれば、おのずと答えは導き出されると思わないかい?」


 調べんな。裏取んな。導き出すな。

 VIP扱いと言えば聞こえはいいけど。おちおち買い物一つできない事実に顔を引きつらせていると、ロドリコさんが落ち着きをなくし、「ところで」と言って、オレの上着をちらちらと気にし始めた。


「なんですか?」

「それ、下には水着をつけているんだよね?」

「つけてますけど?」


 オレだけじゃなく、他のメンバーも全員、水着の上に一枚パーカーを着ている。


「上着、脱がないのかい?」

「別に泳ぎに来たわけじゃないですし」

「確かにそうかもしれないが、ほら、ここは海だし、こんなに天気もいいんだし、その場に相応しい格好というものがあるんじゃないかな。そうは思わないかい?」

「そうですね」

「だったら!」


 必死すぎて引きます。

 とはいえ、ロドリコさんだけじゃない。他の人たちも、何かを訴えかけるような目でオレを見つめてくる。無言のプレッシャーが重い。


「この格好、そんなにおかしいですか?」

「や、おかしくは……ないんだ。若干上着が大きいせいで、ともすれば、下を穿いていないように見えなくもない! だが……だがしかし!」


 それはもう、たいそう気持ちが悪かった。

 時間の無駄なので、オレは防衛軍の皆さんを無視して船に乗り込もうとした。


「……ちゃん。……リーチちゃん……!!」


 すると、ロドリコさんは肩をわなわなと震わせて、今にも涙を零しそうなくらい情けなく表情を崩した。なんなの?


「…………ッ……」


 言葉にならない気持ちを演出しているのか。口を開きかけては閉じを繰り返す。

 いや、引っ張りすぎじゃない? マジでなんなの?

 アニメだったら回想シーンが一つ入ってもおかしくないくらいの溜めだ。

 たっぷり一分くらいの間を使ったロドリコさんが、がくりと両膝、両手を砂浜につき、泣き崩れるようにして言葉をしぼり出した。


「水着が……見たいです……」


 そんな、「バスケがしたいです」みたいに言われても。

 正直なのは結構だし、女子の水着が見たいっていう気持ちもわかるんだ。

 オレだって最近まで男だったわけだし、ぶっちゃけ、パストさんやカリィさんを見るオレの目は、男の頃と何も変わっていない。普通に、いや、今は普通じゃないのかもしれないけど、水着姿を見た時はドキドキした。

 だけど、気持ちがわかるからこそ、そういう目を、今度はオレ自身に向けられることに抵抗がある。端的に言うなら…………恥ずかしい。


「ロドリコさんの言いたいことはわかりました」

「見せてくれるのかい!?」

「諦めてください」


 オレはもう、気弱な蓬莱利一じゃない。生まれ変わったからには、ノーと言える日本人、じゃない。ノーと言えるサキュバスを目指す。


「諦めたら、そこでいろいろ終了だよ!?」

「終了して撤収してください」

「終了してしまったら、ドラマが始まらないじゃないか!」

「始めたいのはクエストなんです。心配して来てくださったのは嬉しいですけど、今日のところは帰ってくれませんか? また店に来てくだされば、その時はおもてなししますから」


 こんなのでもお得意様だ。できるだけやんわり言って、お引き取り願おう。

 そう思ったのに、ロドリコさんは逆に「その話題を待っていました」とばかりに態度をリセットした。


「クエスト……マザークラーゲンの討伐だね。それならば、尚のこと帰るわけにはいかないな。奴は手強い。5mに届くサイズだけでなく、トゲのある触腕や触手はベテラン冒険者であっても脅威になる。奴との戦闘経験者はいた方がいいだろう」

「ロドリコさん、マザークラーゲンと戦ったことがあるんですか?」

「いかにも。そういうリーチちゃんは、これが初・体・験だね?」


 冒険者に成り立てなんだから、そんなの訊かなくてもわかりきってるだろうに。

 てか、なんで強調した?


「水着の件はひとまず置いておくとして、危険を伴うクエストに、そんな少人数で挑むのは心許ないな。よし、自分たちも手を貸そう」

「「「1・2・おぅぱい! 2・2・おぅぱい!」」」


 ロドリコさんがそう言うや、まるで最初から予定していたかのように、男たちが勝手に準備体操を始めた。許可していないのに、もう完全について来る気だ。

 見たところ、船を用意しているようには思えないけど。


「まさか、クラーゲンだらけの海に泳いで入る気ですか?」

「なに、心配はいらないよ。子クラーゲンに刺されても、ちょっと麻痺して溺れる程度だし、奴らの体液が海中に染み出ても、服が溶けて裸になるくらいだから」

「全然大丈夫そうに聞こえない!」


 アーンイー湾にはクラーゲンの魔力が充満しているため、滲み出た体液が海水に触れている限り、時間が経っても毒化することはなく、いつまでも装備類を溶かす特性が表に出ているわけだけど、それが安心できる要素になるかというと……。


「リーチちゃん、初めてでも怖がらなくていいよ。精一杯リードするから」

「はあ……」


 そりゃ、経験者がいた方が頼もしいし、大勢の方が安全かもしれない。

 でも、進行を全部仕切られてしまいそうで、なんというか、少し癪だ。

 友達と楽しく遊んでいたところへ、上級生が交ざってきた……みたいな。

 そんな風に思ったかは知らないけど、不満を抱いたのは、どうやらオレだけじゃなかったらしい。


「――私たちでは心許ないという台詞、聞き流すわけにはいきません」


 苛立ちを声に滲ませ、オレをロドリコさんたちから隠すようにして前に出たのは白銀の髪をポニーテールにまとめたパストさんだった。


「タクト氏のレベルは最大で30。常人が到達できる域ではありません。そして、及ばずながら、私もレベル29。それでもリーチ様の護衛は務まらないと?」


 パストさんの啖呵に遅れを取るまいと、エリムもまたオレの前に出た。

 微かに肩が震えている。隠れるには頼りない背中だ。

 でも、本気でオレたちを――……オレを守ろうとしている背中だ。


 …………変だ。


 守られてばかりだった自分を変えたい。そう思っていたのに。

 なんでか、エリムの後ろにいるのがそこまで嫌じゃない。


「パスト嬢、確かにアナタとアラガキは強い。しかし、何事にも不測の事態というものは起こり得る。その様子を見たところ、アナタもマザークラーゲンとの戦いは初めてだろう。咄嗟の判断を絶対に誤らないという確信はあるのかい? 万が一、仲間の誰かが溺れてしまった場合、救命措置の心得は十分なのかい?」


 パストさんは答える代わりに、表情を曇らせた。


「自分は衛兵という職に長年携わってきた。おかげで、応急処置に関しては自信がある。誤解しないでもらいたい。自分は何も、アナタたちを力不足だと言っているわけじゃない。万全を期すべきだと言っているんだ」


 そう言われると頷く他ない。――が、言いくるめられそうになっているオレとは違い、パストさんは納得がいかないようだ。


「仰っていることはもっともですが、そもそも私はアナタ方を信用していません」


 うわ、辛辣。


「こちらも誤解の無いように申しておきますと、まだ、という話です。私はまず、誰に対しても疑いから入ります。アナタ方が特別というわけではありません」

「……何が言いたいのかな?」

「ここに御座おわすリーチ様は、いずれ魔王妃となり、世界の頂に君臨される方です」


 いやいや。魔王妃とか絶対ならないし、世界の頂にも君臨したりしませんから。


「私はアナタ方の能力に興味はありません。多寡も問いません。ただ主君を第一に考え、従順であること。望むのはそれだけです。アナタ方は、自身がそうであると胸を張れますか? できないのなら去りなさい。いかに守るべき国民といえども、敬服すべきリーチ様に邪念を抱くような愚か者は極刑に値します」

「じ、自分たちは――」

「言葉で答える必要はありません」


 ロドリコさんの台詞を遮った直後、空気が一変した。

 ヒリつくような緊張が走ったとか、そんな抽象的なことじゃない。パストさんの全身から噴き出す膨大な魔力が、本当に周囲の空気を別物へと変えてしまった。


「これより私の特能――【自業自爆シアータイツ・アタック】でアナタ方を審判させていただきます」


 以前、パストさんが自分の特能について、少しだけ語ってくれたことがある。

 不埒な、邪な考えを持つ輩を爆殺することに長けている特能だって。

 実際にどうやるのか、さっぱりだったけど。

 ダークエルフであり、高レベルの彼女が秘める魔力量は、人間や、サキュバスのオレを遥かに上回っている。オレの場合は、対象に触れて魔力を流すことで現象を起こすけど、パストさんの特能行使は、そんな使い方とは全く違った。


「魔力が……見える」


 魔力とは見るものではなく、感じるもの。そんな風に思っていたのに。

 パストさんの魔力が一点に収束していき、彼女の右肩辺りに、黄緑色の発光体がはっきりと形を成していくのが視認できる。


「凄いな。魔力の具現化か。初めて見た。これほどまでに高密度、高純度の魔力を操るなど、人間では逆立ちしても不可能な芸当だ」


 息を呑むカリィさんの呟きを聞いている間も、オレは目が離せなかった。

 美しさに見とれてしまった。蝶のような羽から、はらはらと光の粒子を散らして飛ぶ発光体は、拳サイズの妖精みたいな姿をしていた。


「索敵範囲を私の前方一帯に固定しました。最初に言っておきますと、この特能は対象の邪念に反応して爆破をします。死にはしないと思いますが、邪念が大きければ大きいほど威力を増します。そして最後の勧告です。少しでも後ろめたい気持ちを抱えている者は、今すぐ立ち去りなさい」


 声を低くしたパストさんから噴き出る魔力が止まり、妖精のデザインが細部まで完全に生成された。その中性的なフォルムからは、性別を読み取れない。

 ロドリコさんたちの視線はパストさんだけに注がれている。魔力を持っていないからだろう。妖精は見えていないようだ。


「どうやら、去る者はいないようですね」

「質問!」


 パストさんが妖精をどうにかする前に、ロドリコさんが高く挙手をした。

 仲間であるオレですら気圧されているのに、相対しているロドリコさんは堂々としたものだ。見えないまでも、いや、見えないからこその怖さがあるだろうに。

 勢いを削がれた風もなく、パストさんが「なんですか?」と返した。


「パスト嬢の言う邪念とは、どういう類のものを指すのだろうか!?」

「……ですから、リーチ様に対していかがわしいことを考えているかどうかです」

「もっと具体的に! 例えば、リーチちゃんを暗殺しようとしているとかは!?」


 おい、やめろ。


「そういったことには反応しません。ですから、その、女性全般で、卑猥な想像をしているかどうかです。ここまで言えばわかるでしょう」

「つまり、エロいことか!?」

「そのとおりですが、わざわざ言い換えて口に出さないでください!」


 パストさんが、感情を剥き出しにして怒鳴るところなんて初めて見た。

 自分の特能にコンプレックスがあるんだろうか。怒りよりも羞恥心の方が大きいように思える。その気持ち、痛いほどよくわかります。


「では、リーチちゃんの水着姿が見たいというのもダメなのか? 主君の美しさを目に焼き付けたいと思うのは、臣下として自然なことだと思うが」

「一理ありますね。淫らな感情からではなく、芸術として愛でたいというならば、そのラインまではセーフとします。もういいですか?」

「まだだ! 手は!? 手を握りたいと思うのもアウトなのか!?」

「際どいところですが、セーフです」

「手の甲に口づけは!?」

「状況によってはセーフです。王子が姫にするような親愛のキスであるなら、私も少し憧れ――今のは聞かなかったことにしてください」


 憧れてるんだ。カワイイですね。


「ではでは、手を握り、そこから指を舐めるのは!?」

「アウトに決まっているでしょう! 今すぐ爆破しますよ!?」

「手の甲に口づけはよくて指を舐めるのはダメだという基準がよくわからない! セーフとアウトの境界を明確にしてもらいたい!」

「そ、そんなことを言われましても……」

「また、爆破の威力についても説明不足だと思われる! 指舐めだとどのくらいの威力なのだろうか!? 内容次第では致死威力になる可能性もあるのだろうか!?」

「や、ええと、あぅ」


 気丈だったパストさんの声が、見る影もなく小さくなっていく。


「エロい気持ちがなくとも女性の裸を想像することはできる! その場合もやはり爆破の対象になってしまうのだろうか!? 先程芸術として愛でる気持ちはセーフと言われたが、裸婦像の場合は――」

「そ、その場合は、ひぇ、はひぇ」

「●●●を×××して▲▲▲を□□□に★★★すると同時に♂♂♂で卍卍卍は!?」

「――――ッ!? ――――ッ!?」


 必要なのか、よくわからないロドリコさんの質問攻めは続いた。

 律儀に応対するパストさんは目をぐるぐると回し、汗は滝のように流れ、今にも発火しそうなほど赤面している。

 その姿は、もはやダークエルフではなく、レッドエルフ(新種)だった。

 そんなパストさんに、おそるおそる「大丈夫ですか?」と尋ねた。


「は、ひゃい、おきづかい、にゃふ」


 にゃふって。超噛み噛みじゃないですか。心なしか涙目だし。


「む、無理しないでくださいね?」

「ご、ご心配なく! 一度やると言ったからには、最後までやり遂げます!」


 ホント律儀。

 妖精は、標的を探すようにして空中を8の字に飛び回っている。

 ふー、と大きく一呼吸して気持ちを落ち着かせたパストさんが、毅然とした態度でロドリコさんたちを見据えた。


「質問はここまでです! あとはその身をもって、自らの潔白を証明なさい!」

「望むところ! リーチちゃんを守りたいという我々の思いが、いかに澄み切ったものかを括目するといい! 我々はリーチちゃんに、絶対の忠誠を誓う者なり!」

「「「おぅぱああああああああい!!」」」



 チュドドドドォォオンッ!!



 妖精が高速で男たちの間を飛び回ったと思った次の瞬間、まるで地雷でも踏んだかのように、ロドリコさんをはじめ、後ろに並ぶ何十人かが一斉に爆発した。

 およそ全体の三分の一くらいか。等間隔で隊列を組んでいたため、たこ焼き器の穴みたいなクレーターが砂浜にいくつも出来上がった。

 爆炎の傍ではパストさんの妖精が羽ばたき、鱗粉の尾を引いて飛んでいる。


 まあね、何人かは爆発すると思ったよ。

 でもさ、あれだけ威勢のよかったロドリコさんまで爆発したのはなんなの?

 無事だった男たちは驚愕し、青い顔になって腰が引けている。


「――ぐっ、ぶはっ、ぐはあああ……!!」


 クレーターの中で倒れている数十人の中、たった一人、ロドリコさんだけが起き上がった。それでも口から煙を吐き、立っているのがやっとの状態だ。


「ロドリコさん……」


 オレが冷やかな視線を向けると、ロドリコさんは取り乱して弁解を始めた。


「ち、違うんだ! 今のは、そう! リーチちゃんが溺れてしまった時、人工呼吸や心臓マッサージをする手順を頭の中でおさらいしていたせいであって!」

「エロいことを考えながら、ですよね」

「誤解だ! ただ、それがファーストキスだったらいいなとか、おっぱいが大きいから振動を伝えるのが大変だなとか、そんなことを考えてしまったからで!」


 なんにせよ、すこぶるキモいです。


「【自業自爆シアータイツ・アタック】の攻撃を受けて立ち上がれたことは賞賛に値しますが、今爆発した者たちに落第の印がついたことは変わりありません。アナタを含め」

「そ、そんなことはない! 今度こそ、完璧に煩悩は消え去った! 現に、自分は意識があるのに追撃は来ない! それこそが潔白である証拠だ!」

「……確かに、【自業自シアータイツ・アタック】は何も感知しませんが」

「ふ、ふははは! そうだろう! さっきの爆発が何かの間違いだったんだ!」


 焦げ跡のついた得意顔でロドリコさんが勝ち誇った。

 逆にパストさんは憮然とした面持ちになっている。そんな風に、ほんの少し唇を尖らせた彼女の足下に、のそのそと這いずる物体が――


「パストさん、下、気を付けてください! ミノコが食べ残したクラーゲンが!」


 陸に上がったクラーゲンは、毒化した体液を滲ませている。もし踏んでしまい、足に毒液を浴びたりしたら、パストさんの綺麗な足が大変なことになる。


「あ、わひゃん!?」


 オレの声に驚き、無理な体勢でクラーゲンをかわしたパストさんが、可愛らしい悲鳴を上げて尻もちをついた。その拍子にパレオが盛大にめくれ、彼女のすらりと長い美脚がM字に――



 チュドドドドォォオンッ!!



 不意の連鎖爆発。

 さらに全体の三分の一が爆発した。

 ……足フェチが逝ったか。


「――ぐぐ、ぬぐはああああ……っ!!」


 黒煙をまとったロドリコさんが再び立ち上がった。頑丈すぎだろ。

 というか、アンタまた爆発したのかよ。


「パ、パスト嬢、直接攻撃を仕掛けてくるのは卑怯ではないか!?」

「ぐ、偶然です! 本当に本当に偶然です! 噓ではありません!」


 慌てて足を閉じ、またもやレッドエルフになったパストさんが懸命に取り繕う。


「……ぐ、いや、パスト嬢を責めるのは筋違いだった。言い訳はするまい。今のは自分の責任だ。故意にしろ事故にしろ、パスト嬢の素晴らしいおみ足に、一瞬でも踏まれたいという考えが頭を過ってしまったのだから」

「ひっ」


 パストさんが心底気味悪そうに、正座をして自分の足を隠した。

 なんにせよ、これで三分の二が沈黙してしまったわけだけど。


「大丈夫か、パスト氏。思い切り尻を打ち付けていたが」

「あ、ありがとうございます。申し訳ありません。とんだ醜態を……」


 カリィさんが手を伸ばし、パストさんを引き起こそうとした。

 ロドリコさんたちに向け、拓斗が褒めちぎるほどの美尻を突き出す形で。



 チュドドドドォォオンッ!!



 三度目の連鎖爆発。

 これで全部逝った。……尻フェチかな。


「――ごごごご、ぐほあああ……っ!!」


 断末魔のような、もしくは手負いの獣のような雄叫びを上げ、またしても死の淵からロドリコさんが生還した。

 三度の爆発を喰らっても、まだ意識があるとか、奴は不死身か。

 だけど、立ち上がることはできなかった。

 満身創痍の体をずるずると引きずり、クレーターから這い出てきた。


「あき……らめない。リーチちゃんは……自分が……守るんだ……」

「往生際が悪いですね。結果は結果として受け止め――リーチ様?」


 すっと腕を掲げ、オレはパストさんの言葉を遮った。


「正直に……告白しよう。自分は、ぽろりを期待している。脚線美を伝う水滴には喉が鳴る。お尻に食い込んだ水着を直す仕草も……捨てがたい。だけど、それらに増して、リーチちゃんを危険から守りたいという思いは大きい! この主張だけは……誰になんと言われようと、何度爆破されようとも譲れないッ!!」


 気の迷いかもしれない。

 ツッコミどころもたくさんあるが、オレはロドリコさんの不屈の精神力を見て、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけカッコイイと、そう思ってしまった。

 思っちゃったんだから、認めるしかない。


「負けました。ロドリコさんのこと、頼りにしています。一緒に来てください」

「リ、リーチちゃん!!」


 ぶわわと涙を浮かべたロドリコさんに手を差し伸べるため、歩み寄ろうとし、

 運悪く、今度はオレの足下に移動していたクラーゲンを踏みそうになる。


「利一、危ねェ!」


 咄嗟に拓斗が、後ろから上着の襟首を掴んで引っ張ってくれた。

 ――が、その力に耐えきれず、ビリビリと布が裂けてしまう。


「おわっと、とと!」


 横断して行くクラーゲンを、ひょいっと飛び越え、その先の砂地に四つん這いで着地した。


「ふう、間一髪。すみません、ロドリコさ――……」


 手を地面についたまま顔を上げると、そこには、眼球が飛び出しそうなほど目を見開いたロドリコさんが寝そべっていた。より詳細に言うと、上着が脱げて水着を露わにしたオレの胸の谷間を近距離でガン見していた。


「………………ぱぃ」



 ズドゴオオオォォオンッ!!



 それは四度目の爆発にして、今日一番の威力だった。


「利一!」「リーチさん!」


 オレも爆風でごろごろと転がったが、拓斗とエリムに支えられて事なきを得る。怪我もしていない。それよりロドリコさんは――!?

 青ざめて駆け寄ると、ロドリコさんは爆心地でヤ●チャみたいになっていた。

 ……どうしよう。

 ピクリとも動かないが、その顔はどこか満足そうに微笑んでいる。


「こ、この者、ロドリコ・ガブストンという名でしたか。その胆力に感服です」

「ま、全くだ。さすが、町民を率いて騎士団と互角に渡り合っただけはある」


 パストさんとカリィさんが、誤魔化すようにロドリコさんを称えた。

 けど、オレたちを見る拓斗とエリムの顔は、


「ウチの女子たち、容赦ねェな……」

「完全にトドメ刺しに行ってましたね……」


 そう物語っていた。

 マザークラーゲンとの壮絶な戦いの末、【アーンイー湾】に散っていった男たちに向け、仲間たちがめいめい手を合わせたので、オレもそれにならった。

 そういうことにしておこう。

 破れた上着をロドリコさんの顔に被せて供養――もとい、「ごめんなさい。本当にごめんなさい」と何度も謝罪の言葉を添え、オレたちは船に向かった。

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