第138話 アレに似てるな
「クラゲ、ヤベェな……」
「クラゲではなく、クラーゲンだぞ」
朝から馬二頭を使った大型馬車を一時間ほど走らせ、着いた【アーンイー湾】の惨状を見た拓斗が口にした感想に、カリィさんが冷静なツッコミを入れた。
空にはまばらに雲があるくらいで、文句無しの快晴。絶好の海水浴日和だ。
ただし、海と陸は大変なことになっていた。
白。白。白。
この世界の海も、オレのいた世界と同じく青色をしている……はずなんだけど、大量発生したクラーゲンのせいで、海が半分以上覆い尽くされている。
一年間放置された結果か。クラーゲン密度が高すぎて、海から押し出された個体は浜辺に打ち上げられ、客数が日本一で、超混雑すると言われる片瀬西●海水浴場みたいになっている。
クエストに挑むのは、代表で受注した拓斗に、オレ、カリィさん、パストさん、エリム。そして、もしもの時のためのミノコ様。大型馬車はミノコを乗せるのと、海に出すための小舟を運ぶためだ。馬車も船も、ザブチンさんが貸してくれた。
馬を街道沿いの木に繋いでおき、サンダルで浜辺に出た。
「こいつら、襲っては来ないんだな」
足下にいるクラーゲンを一匹、岩を持ち上げるようにして傘を掴んでみた。
指が沈み、ぶよぶよした感触は、お世辞にも気持ちいいとは言えない。
持てなくはないけど、重い。一匹5kgはある。撤去となると骨が折れそうだ。
見た目は水族館で見たミズクラゲによく似ている。ミズクラゲは大きいのでも30cm程度だったけど、クラーゲンは50cmくらいと、少しでかい。
傘からびらびらした長い帯のような物が四本伸びている。ええと、確か
「リーチさん、浜辺にいるクラーゲンは素手で触っちゃダメです!」
怒鳴るようにしてエリムに言われ、オレは慌ててクラーゲンを下ろした。
血相を変えたエリムが、肩に掛けていた鞄から水筒を取り出した。そして中身の飲料水をだばだばとオレの手にかけ、問答無用でごしごしと水洗いをした。
「お、大げさじゃないか?」
「陸に上がったクラーゲンは、乾燥を防ぐために、体液を全身に滲ませています。何度も言いましたが、その体液は時間が経つと毒化するんです」
「体の中に入らなきゃ大丈夫なんじゃ?」
「触れていた手に違和感はありませんか?」
「んー、言われてみれば、ちょっとぬるっとするような」
「皮膚が少し溶けたんです」
「マジで?」
それって、タンパク質を溶かしたってこと?
エリムは「顔や目には絶対入らないようにしてくださいね」と念を押し、拓斗と船の準備に入っていった。
まだちょっとぬるぬるする。……でも、この感じ、アレに似てるな。
「カリィさん、ちょっと訊きたいんですけど」
「どうした?」
「マザークラーゲンを討伐するクエストの他に、陸に打ち上げられたクラーゲンの撤去クエストってのもあるじゃないですか。その場合、普通なら撤去した後の処理はどうするんです?」
「普通なら、クラーゲンの体液を抜いてから焼却処分する。体液が少量であれば、水で希釈して流すこともできるが、大量であれば、王都にある劇物処理施設に運ぶことになる。運搬と処理にかかる手間と費用に対し、得られる報酬が割に合わないというのが、撤去クエストが不人気の最たる要因になっている」
ふむふむ、理解しました。つまり……。
「モ、モ、モ、モ、モ」
さっきから、陸にいるクラーゲンをぱくぱくもむもむ食いまくっているミノコ様マジパねえってことになるわけですね? 状態異常完全耐性のおかげか、はたまた全属性完全対応のおかげなのか、毒? 何それって感じで際限なく食い漁ってる。
「それ、美味いのか?」
「モ、ン~モ」
味はまあまあ。食感が面白い。――ですってよ。グルメだな。
なんか、だんだんとナタデココでも食ってるように見えてきた。
予想していなかったわけじゃないけど、ミノコに任せておけば、必要経費を一切かけずに撤去クエストを完遂できてしまう。これだけでもボロ儲けだ。
ただ、海に漂っているクラーゲンは食べたくないと言う。
理由は、一緒に塩分を摂りすぎてしまうからだそうだ。
毒は気にしないのに、塩分は気にするってどうなんだ?
ミノコの食事風景には、毎度呆れを通り越して感心してしまう。
海岸線までの道を遮っていたクラーゲンが、あらかた食い尽くされたところで、拓斗とエリムが船を引っ張って来てくれた。エンジンなんて物は存在しないけど、代わりに魔力を動力源に送り込むことで、モーターボートのように水上を走らせることができるらしい。
この
ていうか、乗れない。五人乗りがせいぜいの船なのに、何百kgもあるミノコが乗ったら余裕で沈む。申し訳ないけど、泳いでいただきます。
「魔力量ならダークエルフのパスト氏がダントツだ。頼んでもいいだろうか?」
「承知いたしました」
いつの間にやら、カリィさんとパストさんが、すっかり打ち解けている。
きっかけは知らないけど、水着選びをしていた時に親睦が深まったようだ。
その様子を見ている拓斗が複雑そうに顔をしかめた。カリィさんをパストさんに取られた気がしているのかもしれないな。案外カワイイ奴だ。
「おし、女子たちは先に乗っちまいな」
漂うクラーゲンを刺激しないよう、そーっと船を海に浮かべた拓斗が言った。
さあ、いよいよクルージングの始まりだ。
――と、意気込んだところで、そいつらは現れた。
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