第127話 大丈夫? おっぱい揉む?

 一般開放の準備がとりあえず整ったようなので、オレと拓斗はカリィさんたちに連れられて冒険者ギルドの敷居を跨いだ。

 村役場のような野暮ったさを感じるのは、まだ荷物を運び入れたばかりで内装にまで手が回らず、とっ散らかっているからだろう。

 入り口から見て正面奥には図書館の貸し出しコーナーみたいな窓口があるけど、今は空席になっている。何人か職員っぽい人たちはいるものの、皆せかせかと雑用に追われているようだ。


 これだったらオープンは明日からでいいんじゃないの? と思わなくもないが、オレは諸事情あって、一日でも早く冒険者となり、でかいクエストをこなして金策をしなきゃならない。金が欲しい。それも個人の懐を温める程度のものではなく、国家運営ができるくらいの。ノーおっぱいプリン。


「悪ィけど座らせてもらうわ……」


 入り口脇に来客用の長イスが置かれているのを見つけた拓斗が、インターバルを取るボクサーのように深く腰を下ろした。よほどフレアさんの登場が堪えたのか、10ラウンドをフルで戦いましたってくらい疲弊しきっている。


「あらあら。タクトさん、お疲れのようネ」

「おかげさンで……」

「大丈夫? おっぱい揉む?」


 そう言って、フレアさんが逞しい胸筋を両腕で挟むようにしてアピールした。


「…………一応訊くけど、誰の?」

「もちろんアタシのヨ」

「揉まねェよ!!」

「癒してあげるのに」

「殺しにかかってンだろ!! 何が悲しくて男のおっぱい揉まにゃならねェんだ!?」

「タクト、フレアは女性だと言っているだろう。心は」

「そういうのイイから!!」


 荒ぶる拓斗に対し、オレはフレアさんの強調された胸板から目を離せなかった。

 拓斗も羨ましい体つきだけど、それは努力で手が届き得る常人レベルの話。

 だからこそ憧れ、悔しがりもした。

 だけど、フレアさんの厚い胸板には妬みなどという感情は浮かんでこない。

 目標に据えることすらおこがましい。それほどまでに圧倒的すぎる。

 羨望を通り越して、思わず崇拝してしまいそうだ。


「あ、あの! ちょっと触ってみてもいいですか!?」

「あら、お姫ちゃんは興味あるの? ええ、いいわヨ。いらっしゃい」


 お姫ちゃん……オレのことか。

 フレアさんはサービス精神が旺盛らしく、両腕を曲げて上腕二頭筋を盛り上げるバイセップスのポーズで逆三角形の体型を作ってくれた。

 許可をいただいたオレは、高鳴る気持ちと一緒に手を伸ばしていった。

 ごくり、と息をのむ。そうして、指先がフレアさんの胸筋に触れた。


 筋肉の神が。

 そこにいた。


「うほわああああ! カッチカチだ! でか、すご! うわああああ!」

「うふ、ありがと。もっと強く揉んでもいいのヨ」


 なんだこれなんだこれすげえええ。

 あやかりてええ。

 あやかりてええ。


「そんなに気に入ったのかしら?」

「持って帰って飾りたいです!」

「ンなもん、どこに置いとくつもりだよ」


 もみもみもみもみ。こんなにも素晴らしい筋肉――もといフレアさんに対して、拓斗はどうにも棘があるな。もみもみもみもみ。


「アタシばかり揉まれるのは不公平ね」

「あ、オレのでよければ揉みますか?」

「あら、いいの?」

「いいわけあるかあああああ!!」


 間髪容れずに拓斗がダメ出しをしてきた。もみもみもみも。


「なんでダメなんだよ。ギブ&テイクだろ」

「相手は男だろうが!!」

「何言ってんだ? フレアさんは女の人だって言ってたじゃないか」

「受け入れンのが早すぎる! もっと疑えよ! お前、実は俺が女だって言っても信じるんじゃないだろうな!?」

「………………マジで?」

「なわけあるか迷うあああああ!!」


 今日の拓斗はツッコミが激しいな。もみもみもみみ。


「せっかちさんネ。アタシがお姫ちゃんのおっぱいを揉むとでも思ったの?」

「違うってのか?」

「見た目はこんなでも、アタシは乙女よ。女の子に対してエッチなことを考えたりしないワ。アタシが揉みたいのはタクトさん。アナタのおちんこヨ」

「なんだ、それなら――よかねェェェよ!! 百歩譲って同じおっぱいだろうが!」

「アタシがおっぱいだけで満足できる女に見えて?」

「そもそも女に見えねェんだよ!!」


 やれやれだ。拓斗も意外なところで頭が固いと言うか、なんと言うか。

 ここは一つ、オレが大人な意見をくれてやるとしよう。


「ちんこくらい揉ませてやりゃいいじゃんか。減るもんじゃないんだし」

「バッ、おま、減るどころかむしろ増え――そういう問題じゃねェんだよ! 男にちんこ触られるとか気持ち悪いだろ!? 想像しろよ!」

「想像しろって言われても、オレもう無いし」

「思い出せよ! 俺と過ごしたあの頃を! つーか、一旦揉む手を止めろ!」


 あまりにも神々しい筋肉だったので、つい無我夢中で揉んでいた。

 名残りを惜しみつつ、フレアさんの胸筋から渋々手を離す。

 ええと、なんだっけ。オレが男だった頃か。

 まだ三週間も経っていないのに、ずいぶんと昔のことのように思えてくるな。


「んー、言われてみると、ちょっと抵抗がある……かも?」

「そうだ! もっとよく思い出せ! お前の中に眠る獅子を呼び起こすンだ!」

「でも、友達が疲れてる時、どうしても揉ましてほしいって言ってきたら」

「……言ってきたら?」

「誤解すんなよ? 好き勝手に揉ませるわけじゃないからな?」

「……で?」

「三揉みくらいならいいぞ」

「三揉みも百揉みも一緒だアホたれええええ!!」


 人の親切を指してアホと言われ、さすがにカチンときた。


「だったらお前は、オレが死ぬほど疲れてる時、どうしても癒しが欲しくてちんこ揉ませてほしいって言ってきても見捨てるのか!? そんな冷たい奴だったのか!?」

「り、利一が、俺のを?」

「ほらあッ、拓斗だって迷ってんじゃんか!」

「あ、いや、今のは別の理由で!」


 別の理由ってなんだよ。言ってることが矛盾しまくりじゃないか。

 意地でも拓斗に撤回させてやろうと思っていると、さっきから何故かにこにこと笑顔になっているカリィさんが、そっと後ろから拓斗の肩に手を添えた。


「タクト、男が男の股間をまさぐることに、おかしなことなど一つも無い。挨拶代わりの股間タッチは紳士の嗜みだろう。何を恥じる必要があるというんだ?」

「そりゃ腐女子的にOKって意味だろ!?」

「だとしても、たった一言でいい。それで全てが解決するんだ。さあ、想像しろ。心身共に疲れ果てた友が、今まさに癒しを求めている。そんな相手が目の前にいると仮定して言ってやるといい。『大丈夫? ちんこ揉む?』と」

「イラッとするほどイイ顔だな! 昔はともかく、今は男と女なンだよ!」

「問題無い。私ほどになると、リーチ姫の前世が男だったという情報さえあれば、脳内で完璧に男体化が可能だ」

「褒める要素が皆無なクセして自慢げに言ってくるところが余計に腹立つ!」


 カリィさんも加わり、いよいよ収拾がつかなくなっていく。

 そこへ、パンパン、とフレアさんが手を打ち鳴らして仲裁に入った。


「はいはいはい。皆落ち着いて」


 ムキになっていた拓斗がガシガシと頭を掻き、付き合っていられないとばかりにそっぽを向いた。そのせいで、オレもまた憤りのやり場を失ってしまう。


「お姫ちゃん、ごめんなさい。ここまで盛り上がっておいて、今さらあれだけど、男の人のおっぱいにも、おちんこにも、相手を癒す効果は無いのヨ」

「え、それなら、フレアさんはなんで拓斗のを触りたいなんて言ったんですか?」

「それはね、性的に興奮するからヨ」


 フレアさんがはにかみ、「ゴホッ! エホッ!」と拓斗が盛大にむせた。


 すまん、拓斗。オレの勘違いだったらしい。

 後で謝ろう。そう決めたところで、フレアさんが「でもね」と話を続けた。


「女の子のおっぱいには、ちゃんと癒し効果があるのヨ?」

「オレの、これにもですか?」

「もちろんよ。ほら、タクトさんも、今度は否定してこないでしょ?」


 本当だ。こっちを気にしつつも、口を挟んでは来ない。

 不思議だ。こんな肉の塊で、どうして癒されるんだろうか。

 オレだって、元男だ。男がおっぱいを性的に求めるのはわかる。

 でも癒しってのがよくわからない。


「疲れてると、無性にフワフワした物を触りたくなるでしょ?」

「……そうですね。小動物とかモフモフしたくなります」

「その心理と同じなのヨ。だから疲れている時に『大丈夫? おっぱい揉む?』と言われると凄く嬉しいの。義務じゃないワ。嗜みとも違うわネ。大きなおっぱいを持っている子から、持たざる者へのせめてもの還元かしら。アタシは見た目がこれだから、揉むのは遠慮しておくけどネ」


 そう言ったフレアさんは、ちょっとだけ寂しそうだった。

 思い返せば、持たざる――もとい、スミレナさんが『一日一おっぱい』と言ってオレの胸を揉みしだいてくるのも大体が仕事終わりだ。そうか、あれはオレの胸を揉むことで疲れを癒していたのか。てっきり変態なんだとばかり思っていた。


「言っておくけど、今のは女同士での話ヨ? 男の人には簡単に言っちゃダメ」

「男には癒しが効かないってことですか?」

「いいえ。別のところも元気になっちゃうけど、心にもちゃんと効くワ」


 フレアさんは、ちらりと拓斗を一瞥してからオレに視線を戻した。


「相手がどんなに疲れていても、弱っていても、一生を共にしたいと思えるくらい大切な相手じゃなければ触れさせちゃダメ。女の子のおっぱいは、それくらい神聖なものなの。お姫ちゃんも、いつの日か、この人になら揉まれてもいいって思える男の人ができたら、その時に魔法の言葉をかけてあげるといいワ」


 おっぱいで他人の心を癒すっていう感覚はまだよくわからないが、本当にそんな力が備わっているのなら、この邪魔にしか思えなかった乳への不満も、ほんの少しだけ軽くなってくれる気がした。


「それじゃ、ささっとタクトさんに謝っちゃいなさいナ」

「はい」


 会話は全部聞こえていただろうけど、ちゃんと自分の言葉で謝りたかった。

 拓斗は半身になって、オレの謝罪を待っている。


「さっきはごめん」

「もうイイさ。今はまだ、感覚がこんがらがっちまってる時期なンだろ。大丈夫。時間が解決してくれる問題だと思うぜ」


 そう言ってくれた拓斗は一連の遣り取りで、相当疲労が溜まっている様子だ。

 癒してやりたい。そう考えたオレは、ズシッと重い自分の片乳を持ち上げた。


「拓斗」

「ん?」

「大丈夫? おっぱい揉む?」


 魔法の言葉を使った瞬間、またしても拓斗が吹いた。


「エホッ、ゲフッ……お前、さっきの話、理解してなかったのかよ!?」

「したから言ったんだけど?」

「一生を共にしたい相手って!」

「オレたち一生の友達だろ? え、違うのか?」

「この人になら、揉まれてもいいって!」

「揉めばいいじゃん。拓斗なら別になんとも」


 オールクリアだろ。なんの問題も無い。


「フレア! フレアさん! このアホにきちんとわかるまで説明してくれ!」

「お姫ちゃん、もう一回最初からお話しましょうか」


 なんで?

 使うなら今を置いて他にないと思い魔法の言葉をかけたのに、どういうわけか、拓斗をさらに疲れさせる結果になってしまった。

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