第126話 ギルドの受付嬢が可愛いなんて誰が決めた?

 それにしても、拓斗がカリーシャさんに惹かれるなんてな。

 巨乳派から尻派に宗旨替え? なんて考えるのは二人に失礼か。

 きっと外見部分じゃなくて、彼女の人柄に惚れたんだろう。拓斗も成長したな。

 その恋、応援させてもらうぜ。


「ところで、何かギルドに用でもあるのか?」

「俺たち、冒険者登録しに来たンだ。カリーシャ隊長が手続してくれンのか?」

「冒険者に? アラガキタクトはともかく、リーチ姫もか?」


 カリーシャさんと拓斗の会話の中に、早くも攻略の手掛かりを発見。


「あれれー? おっかしいぞー」


 すかさず、容疑者の証言に難癖をつける子供探偵のように、ことさらオーバーなリアクションを取ってみせた。


「カリーシャさん、今は隊長のポストから一時的に外れてるんですよね?」

「そうだが、それが?」

「それなら拓斗が、カリーシャさんのことを隊長と呼ぶのはおかしいですよね?」

「別におかしかねェだろ」

「ほら、拓斗もやっぱりおかしいかもって思ったようですし、せっかくですから、呼び方をもう少しくだけた感じに変えさせてみてはどうでしょう」

「オイ、利一、何考えて……」


 馬鹿だな。ここでぐいぐい攻めて行かなくてどうするよ。

 猥談とか平気なクセして、拓斗ってば案外奥手なのか?

 心配するな。お前はいい男だ。それは親友であるオレが保証する。

 オレの提案に、カリーシャさんは「ふむ」と可愛らしく小首を傾げた。


「そうだな。いい機会かもしれない。実を言うと、アラガキタクトに隊長と呼ばれると、何やら小馬鹿にされている気がしなくもなかったのだ」

「小馬鹿になんかしてねェし」

「あはは、拓斗って、そういうとこありますよねー」

「ねェだろ!? ねェよな!?」


 くだけた感じと言ったものの、女友達なんていたことないし、というかそもそも友達がいなかったから、どんな愛称をつけていいのかわからない。


「そういえば、以前に一度だけ、アラガキタクトが私のことを〝カリィ〟と呼んだことがあったな。武具を見繕っていた時だ」

「あー、あれか。あれはなんつーか、その節は申し訳ないことをしたと……」

「何を謝っているんだ? 私は別に気分を害してなどいないぞ。むしろ、あれ以来呼ばれないことを少しばかり寂しく思っていたくらいだ」


 お、いい流れじゃない?


「カリーシャさんがこう言ってるんだし、お言葉に甘えたらどうだ?」

「で、でもなァ……」


 拓斗が渋るせいで、カリーシャさんがバツの悪そうに頬を掻いた。


「無理にとは言わない。ただ、そう呼んでもらえると、離れて暮らしている家族を思い出せる気がする。などと言うと、弱音に聞こえてしまうだろうか」

「そんなことありません!」


 相手はまだ数えるほどしか言葉を交わしていない女の人なのに、オレは反射的に声を荒げてしまった。オレも家族のことを思い出してしまったからだ。

 いや、思い出さない日なんて無い。


「……すまない。足を伸ばせば家族に会いに行ける私などより、転生者である君の方が、よほど辛い思いをしているというのに」

「いえ、気にしないでください。こっちの世界に来て、家族みたいに優しくしてくれる人たちとも出会えましたから。同じ境遇の拓斗もいますし」


 言って、オレとカリーシャさんは揃って拓斗を見つめた。


「この空気で選択の余地とか無いんスけど……」


 拓斗は物凄く複雑な表情を作ってから、「わかったよ」と了承した。


「リーチ姫、よければ君も同じように呼んでほしい。一国の姫と他国の騎士という身分の違いはあるが、君とは仲良くさせてもらいたいと思っている」

「えあ、こ、こちらこそです! じゃ、じゃあ、カリィ……さんで。オレのことはリーチって呼び捨てで」

「申し訳ない。騎士の立場上、それはできない」


 ……残念。


「だが、それ以外では普通の友人関係を築きたいと思っている。今度、君が男の子だった頃の話を聞かせてほしい。特に、アラガキタクトとの心温まる受け攻げふんげふん、友情の体験談などがあれば、ぜひ」

「そんな話でよかったらいくらでも」

「利一、不用意に燃料を投下すンな。そいつ、一瞬で腐るぞ」


 拓斗とカリィさんの仲を取り持たないといけないのに。

 ダメだ、頬が緩む。


「どうした? 顔ニヤけてンぞ?」

「へへ、女子の友達ができちゃった」


 こっちの世界へ来て、スミレナさん、マリーさん、メロリナさんと、女性の知り合いは何人かできたけど、友達とは違う。だから正真正銘、カリィさんが人生初の女友達ってことになる。嬉しさのあまり、思わず拓斗にピースをしてしまった。


「ああもう、可愛いったらねェなァ!」

「何キレてんだ?」


 オレにカリィさんを盗られるとでも思ったんだろうか。

 こんなに可愛い人だし、気持ちはわかるけど、もうちっと信用しろっての。


「カリィさんも、拓斗の呼び方を変えてみたらどうです?」

「アラガキタクトでは変か?」

「フルネームだとよそよそしいし、長くて呼びにくくないですか? それにほら、新垣って苗字、そこはかとなくクソガキを連想するじゃないですか」

「お前は向こうの世界に残してきた俺の家族と全国の新垣さんに謝れ」


 たく、空気の読めない奴だ。方便に決まってるだろ。


「では、私もリーチ姫や騎士長に倣ってタクトと呼ばせてもらおうか」

「拓斗も、いいよな?」

「勝手にしろ……」


 ぷい、と拓斗がそっぽを向いてしまう。テレんなよ。

 だけど、ちゃんとオレへの感謝は伝わってくるぜ。

 オレは背中を向けてしまった拓斗に、「どういたしまして」と心中で呟いた。


「それで、オレたちの冒険者登録なんですけど」

「そうだったな。私が手続きをしてもいいんだが、ついでに紹介しておきたい者がいる。一緒に騎士団から派遣されて来たんだ」

「他にも何人か騎士さんがいるんですか?」

「いや、私とそいつの二人だ」


 そこでカリィさんは気まずそうに、オレと明後日の方向に視線を行き来させた。


「実を言うと、【ホールライン】支部の駐屯志願者はかなり多かったんだ」

「なんでです?」

「どうやら、想像していた以上に、その、魅力的だと感じたらしい」

「この町がですか? わかります。蜂蜜色の落ち着いた雰囲気が素敵ですよね」

「……タクト、もしやこの子は、少しアレなのか?」

「少しなんてもんじゃねェ。超ド級だぜ」

「なるほど」


 何? なんの話? アレってなんだ?


「志願者の中で、そういう下心アリとみなされた者は全員外された」

「カリーシャ隊――じゃなく、カリィと一緒に来てる奴は絶対に大丈夫なのか?」


 拓斗が〝カリィ〟と呼ぶと、二人の親密度がグッと上がった気がする。

 しかし、拓斗は睨みつけるようにしてカリィさんを横目に見ている。


「絶対に大丈夫だ。彼女にも下心が無いわけではないが」

「彼女? ああ、そういうことか。なら問題無ェな」

「彼女も第三小隊の所属でな、瘴気の調査をしていた洞窟で、貴様に命を救われた者の一人だ。その時、何を血迷ったか、貴様に惹かれてしまったらしい」

「ほ、ほほう。ようやく俺も、転生主人公っぽいルートに入ったンじゃねェの?」

「こら、拓斗、変なこと考えんなよ!」


 カリィさんの前だぞ。自分から好感度を下げるようなことを言ってどうする。

 しかし、拓斗はオレの注意を無視して気をよくしていった。


「言っとくが、俺は好みにうるせェぞ? その子、何歳だ?」

「貴様の好みなど知ったことではないが、彼女は私の一つ上で、二十一歳だ」

「悪くねェな。胸は? 大きいか? 俺は大の巨乳派だぜ」


 お前、尻派に改宗したんじゃなかったのかよ。


「胸はかなり大きいな。リーチ姫より大きいと思う」

「マ、マジかよ!? あの時、そんな特徴的な子いたか!?」

「洞窟は暗かったし、彼女は前線に出るより負傷した仲間を助けることに尽力していたからな。だが、一度見たら忘れられない容姿なのは間違いないぞ」


 拓斗の目が爛々と輝き出した。


「可愛いか!?」

「可愛いぞ。つい構いたくなる愛くるしさがある」

「身長は!? カリィよりも低いか!?」

「身長は私よりも高く、素晴らしいプロポーションをしている。男女問わず羨望の眼差しを向けられている」

「髪の色は!?」

「元は黒色だったが、貴様が金髪好きだと教えてやると、金色に染めてしまった。こう、後ろで二本の三つ編みにしている」

「なんて健気な!」


 カリィさんは、ここへ連れて来ると言って建物の中に入って行った。

 姿が見えなくなるのを待ってから、オレは拓斗の胸倉に掴み掛かった。


「おい、正気か? 何を堂々と浮気してんだよ」

「だから、それはお前の勘違いだって言ってンだろ」

「カリィさんのこと、好きじゃないのか?」

「いろいろと問題はあっけど、人としては好きさ。けどな、彼女のことをどうこうなんてのは利一の勘違いだ。好みじゃねェんだよ。それにこっちでできた友達ダチで、カリィに惚れてる奴がいるンだ。俺がカリィに惚れるなンてことは万が一にもありえねェが、そいつを裏切るような真似だってしたくねェ」


 こいつ、オレと同じように友達の恋路を応援して……。

 だから自分に噓をつき、気持ちを押し殺して身を引こうと?

 本当はカリィさんのことが好きなのに、その気持ちを忘れるために、新しい恋を見つけようとしているのか?


「オレ、どうすれば……」

「いや、だからなんもしないでくれって。頼むから」


 親友の辛い境遇に愕然としていると、程なくしてカリィさんが戻って来た。


「待ってました!」


 泣ける。無理して明るく振る舞う拓斗に涙を誘われた。

 拓斗と一緒に周囲をきょろきょろと伺うが、やって来たのはカリィさん一人だ。


「どこだ!? どこにいるンだ!?」

「建物の陰に隠れている。恥ずかしがっているようだ」

「控えめな性格か! イイネ!」


 拓斗がますますテンション上げていく。

 それが演技だと知っているオレは、ただただ胸を締め付けられた。


「おーい、フレア、こっちへ来て挨拶をしろ」

「フレアちゃんっていうのか。年上だから、フレアさんって呼んだ方がイイかな」


 カリィさんが呼び掛けると、その女性は陰から姿を晒し、小走りで駆けて来た。



 ズシ、ズシ、ズシ! ズシ! ズシ!! ズシ!!



 ……地面が揺れてる。

 小躍りしていた拓斗が、そのままのポーズで固まり、現れた人物を見上げた。

 覆い被さるような影の中に、拓斗の体がすっぽりと収まってしまっている。


「フレア・ユニセックスです! タクトさん、またお目にかかれて光栄ですワ!」

「男じゃねェかああああああああああ!!」


 拓斗が叫んだ。

 その人物――フレアさんは、どこからどう見ても男性だった。


「タクト、失礼なことを言うな。フレアは女性だ。心はな」

「オカマじゃねェかああああああああ!!」


 これは、どうすればいいんだろう。応援してもいいんだろうか。


「どうだ、リーチ姫以上の巨乳だろう?」

「胸筋だろうがああああああああああ!!」

「いかにも。素晴らしいプロポーションだとは思わないか?」

「アーガス騎士長より二回りはでけェぞ!! これのどこが可愛いンだ!?」

「性格が可愛い」

「女の言う〝可愛い〟ほど当てにならないものはねェという実例を見た!!」


 拓斗が今にも血の涙を流しそうになっている。


「利一、見ろ! 詐欺だ! お前もなんとか言ってやれ!」

「身長と筋肉分けてほしいな」

「そうだな! お前はそういう奴だ! 味方がいねェ!」


 フレア・ユニセックスさん。

 騎士の鎧は身に着けていないが、代わりに布の服を盛り上げる肉体は筋骨隆々としており、優に2mを超す身長のせいで拓斗が小学生くらいに見える。

 ノーメイクでも十分に濃いと思われる顔に、真っ赤なルージュとアイシャドーを施し、その迫力を、これ以上は無いと言うほど高めている。

 対して、頭の後ろからピョコンと生えた二本の三つ編みの先端には、それぞれにピンクのリボンがついているが、可愛さを演出するどころか、逆に彼(彼女?)の凄みに拍車をかけている。

 カリィさんの言ったとおり、一度見たら忘れられない――どころか、下手すりゃ夢にまで出てきそうな容姿をしていた。


「いつぞやはありがとうございました。本当に、本当に素敵でしたワ。タクトさんの勇敢な戦いぶりを見て、その時に一目惚れしましたの。アタシには、このおちん――この人しかいないって。それなのにタクトさんたら、騎士団を離れてしまわれるんですもの。どうすればいいのかと途方に暮れていたんですワ」

「そこへ上手い具合に派遣任務の話が出たという次第だ。フレアなら、腕っぷしも申し分ないし、リーチ姫に邪な気持ちも抱かない。この任務にうってつけだ」

「代わりに俺の方に寄って来るだろうがあああああああ!!」


 拓斗の悲鳴のような雄叫びが天を衝く。


「これからギルドの受付嬢として、精一杯頑張らせていただきますワ」

「受付〝嬢〟じゃねェだろうがあああああああああああ!!」


 雲を貫くような咆哮は、拓斗の声と体力が枯れるまで続いた。

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