第125話 一肌脱いでやろうじゃないか

【ホールライン】の立国が正式に認められた翌日早朝。

 オレは大人な拓斗さんに便乗して冒険者登録するため、大人な拓斗さんと二人で【ホールライン】支部として新しく設けられた冒険者ギルドに向かっていた。


 オレがサキュバスであることは、もう町中の人が知っており、受け入れてくれている。そのため、翼を隠す必要がなくなった。ワンピースの上に何も羽織らなくていいのは開放的だが、それとは別に、オレは虫の居所が悪かった。


「なあ、そろそろ機嫌直せよ」

「何がですかー? 大人なお店に行っちゃう大人な拓斗さんの言うことは難しくてわかんないですー。お子様にもわかるように言ってほしいですー」


 置き去りにしてやるつもりで早歩きしているにもかかわらず、拓斗はオレのすぐ後ろを難無くついてくる。普段なら気にしない足の長ささえ今は憎らしい。


「大人な店って言うけど、ライトなもンだぜ? 全部脱ぐわけでもなかったし」


 独立宣言が行われたあの日、乱痴気騒ぎの後にロドリコさんたちと意気投合した拓斗は、いわゆるストリップショーというものを連れ立って観てきたのだという。何をどう考えたらそういう流れになるのか意味不明だが、親友のオレに一言も無く大人の階段を上り、あまつさえ秘密にしていたことは許し難い。


「全部じゃないって、じゃあどこらへんまで?」

「あー、おっぱいくらい?」

「下着じゃなく?」

「じゃなく。Eカップくらいのお姉さんだった」

「……ずるい」

「ずるいって、利一は女の胸なら自分のを見放題じゃねェか」

「自分の見て何が楽しいんだよ。いつでも見れる物を見たって嬉しかないわ」


 普通なら触れることはおろか、見ることさえできない禁忌の果実。

 届かないからこそ人は求め、心揺さぶられるのだ。

 自分についていても、重くて痛くて邪魔でしかない。もげてしまえ。


「でもよォ、その怒りは理不尽じゃねェ?」

「なんでさ?」

「だってお前、転生して来た初日に店長と風呂に入ったって言ってたじゃねェか」


 …………。

 …………


「…………言ったっけ?」

「言った。確かに聞いた。可愛いお姉さんと裸の付き合いをすることに比べりゃ、俺なんて階段を上ったうちに入らなくねェ?」

「や、いや、でもあれは、スミレナさんが無理やりに! オレが入りたかったわけじゃないし! 抵抗しても勝てなかったからだし! そもそも目隠ししてたし!」

「そっか。そういうことなら仕方ねェよ。うん、利一に責任は無ェな」

「だ、だろ? 責任とか言われても困るし」

「ま、男だったら言い訳なんてしねェけど。利一は例外ってことでイイんじゃね? 多少女々しくなったとしても、誰も文句は言わねェよ」

「はああああああ!? 誰が言い訳なんてしましたー!? 超興奮してましたしー!? 今だって、ちょっとエッチなお店に行っただけで、大人ぶっちゃってる誰かさんをからかってやってただけだしー!?」


 女々しくなっただと?

 生まれ変わったことを機に、強く逞しく生きると誓い、そして有言実行しているオレに向かってその言い草、聞き捨てならないにも程がある。


「なんだ、俺はからかわれてたのか」

「だしー!!」

「利一には敵わねェな。俺よりよっぽど大人だぜ」

「だしー!!」

「んじゃ、大人な利一さんは、今さらストリップショーなんて観たところで楽しくねェだろうから、もう連れて行けなンて言うはずねェよな? つーか、あれも冗談だったンだろ?」

「だ……し?」

「ああ、よかった。てっきり本気で怒ってるのかと思ったぜ。でも考えてみりゃ、男らしい利一が、こんなことで目くじらを立てるわけがなかったよな」

「あ、当たり前だろ。ぶっちゃけ、女になったことで、いっそう男らしくなったと言っても過言じゃないぞ。スイカに塩を振ると、より甘くなるみたいなアレだ」

「さすがは利一だ。例えもキレキレだぜ」

「まあな!」


 なんだか上手く丸め込まれてしまった気がしないでもないけど、ここは痛み分けということにしておいてやろうじゃないか。オレは大人だからな。


 ただ、一個だけ気になることがある。

 思えば拓斗に怒っていたのも、これが一番の原因なのかもしれない。


「話を引っ張るわけじゃないんだけどさ、拓斗がそういう店に行くのは、やっぱ嫌だな……と、思ったりもする」

「嫌って、え? どうしてだ?」

「だって、わざわざそういう店に行かなくても、拓斗にはもう、好きな時に触れていい特定の相手がいるわけじゃん? それなのにって、思うわけだよ」

「特定の相手? て、まさか……!? い、いやいやいや待てよ落ち着け! 確かに俺たちは抱き合って寝たりとか、それっぽいことをしてたけども! だからって、お前……そんな風に……思ってたのか? や、思って……くれてたのか?」

「変か?」


 さっきまでと打って変わり、拓斗が目に見えてうろたえている。

 オレもこんな話題を持ち出し、少しばかり顔が熱くなっているのを感じる。

 拓斗が、ごくり、と喉を鳴らした。


「へ、変じゃねェよ。俺だってそれを考えた。正直に言えば、今だって吹っ切れたわけじゃねェ。でも、相手がそれを望んでいないと思ったから……」


 もう一度、拓斗が唾を飲み込んだ。


「でも、そうじゃねェって言うなら……イイのか?」

「場所は弁えた方がいいと思うけど、オレに確認するようなことじゃないだろ」

「そ、それって、人目のつかない場所なら、いきなりでもOKだってことか!?」

「相手のことはちゃんと気遣えよ?」

「もちろんだ! 全力で優しくする!」


 気合いの入りすぎで、かえって心配になる。


「驚いたぜ。利一も結構ウェルカムだったンだな」

「何が?」

「わ、悪いなンて言ってねェぞ!? 俺はこのとおり、いつでもウェルカムだ!」


 まるで、胸の中に飛び込んで来いとでも言いたげに、拓斗がオレに向けて両腕を左右に大きく開いた。


「それをオレにやってどうするんだよ?」

「他に誰にするンだ?」

「お前の彼女にやれよ」


 素気無く言ってやると、拓斗は腕を下ろし、立ったままロダンの〝考える人〟のようなポーズを取った。


「利一、クエスチョンだ」

「何?」

「お前の言う特定の人ってのは、もしかして、お尻の可愛いあの人のことか?」

「お尻? 多分そうだ。えっと、名前は……シリーシャさんだっけ?」

「カリーシャだ」

「そう、その人。二人でオレのこと助けに来てくれたし、突然あの人のお尻揉んだりしてたし、そういう関係なんだろ? てっきり拓斗から紹介してもらえるものと思って待ってたのに、お前ってば、全然話題にしないんだもんよ」


 それにしても、転生してまだ数日だってのに手が早いと言うか、なんと言うか。

 いったいどんなエピソードがあったのか、詳しくお聞かせ願いたいね。

 それに、親友の彼女ならオレも懇意にしておきたい。ほんの少し寂しい気持ちもあるけど、いつか結婚スピーチとか任されるかもしれないしな。


「利一、頼みがある」

「スピーチなら任せろ」

「なんの話か知らンけど、そうじゃない。ここ数分の会話を全部忘れてほしい」

「なんで?」

「後生だ。理由は訊かないでくれ」


 生まれ変わった先で後生を願うってのも変な話だな。


「それと、カリーシャ隊長がオレの彼女ってのは大きな誤解だ。オレとあの人は、騎士団で部下と上司の関係にあっただけだ」

「抱き合って寝たのにか?」

「俺の勘違いだった。そんなことはしていない」

「彼女じゃないのに、お尻を揉んでたのか?」

「それは勃――……い、いつか説明する。今は勘弁してくれ」

「じゃあ、何をどう勘違いしたのかだけ教えてくれよ」

「頼む。切実に頼む。それ以上は踏み込んで来ないでくれ」


 と言われてもな。

 拓斗は両手で顔を覆い、耳まで真っ赤にしている。こんな拓斗は初めて見るかもしれない。穴を掘ってでも埋まりたいと言わんばかりに羞恥に悶えている。

 それだけ深い事情があるってことか。あんまりにも必死なので、オレは気になる疑問を飲み込み、そっとしておいてやることにした。


 でもそうか。

 つまり、拓斗の片想いなのか。

 だったら親友として、恋の成就を応援してやらなきゃいけないな。

 オレは拓斗に心の中で、「頑張れよ」とエールを送ってやった。


 それからほどなく。

 拓斗の顔の赤みが取れた頃に、オレたちは冒険者ギルドのある場所に到着した。

 ザブチンさんの服装や邸宅の造りからして、また悪趣味なド派手かと思いきや、周囲の建物と変わらない、ごく普通の外観をしていた。

 まだ看板の取り付け作業や、内装のあれこれが終わっておらず、業者っぽい人が出たり入ったりしている。


 ギルドの周りには、用件ありと思しき姿もいくつかあった。

 ギリコさんはいないようだが、建物の周りには、カメレオンみたいな顔の人や、毛むくじゃらのゴリラみたいな人、おそらく保護指定にない種族の人たちだろう。そんな人たちが、オレと同じく冒険者の道を志し、ギルドがオープンするのを今か今かと待っている。それを思うと、無性に親近感が湧いた。


「早く来すぎちまったかな。昼過ぎにまた出直すか?」


 拓斗がそう言ったところで、ギルドの中から見知った顔が外に出て来た。


「拓斗、拓斗! ほら、あの人!」

「……マジかよ。なんつー間の悪ィ」


 その人物がオレたちに気づき、小走りで近づいてきた。


「アラガキタクトじゃないか。一週間ぶりくらいか。息災だったか?」


 騎士の出で立ちをし、声を綻ばせたのは、まさしくさっきまで話に挙がっていたカリーシャさん、その人だった。


「リーチ姫も一緒か。この度は建国成立おめでとう。騎士団としては複雑な心境を抱えているだろうが、私個人としては祝福している。これで君はもう安全だ」

「どうもです。あ、でもリーチ姫という呼び方は、できれば――」

「それはそうと、私がここにいる理由だが」


 話聞かない人?


「監視役と言うと言葉は悪いが、誤魔化したところで仕方ないな。この国の動向をつぶさに王都に報告する任を与えられ、しばらくの間ここに留まることになった。表向きは冒険者ギルドの手伝いだ。カストレータ氏にも話は通っている」

「監視……ですか。オレがサキュバスだから、やっぱり警戒されてるんですね」

「そんな顔をしないでくれ。この任に立候補したのは私の意思だが、それを許してくれたくらいだ。騎士長だって、リーチ姫のことを嫌ったりはしていないよ」

「……ありがとうございます」


 カリーシャさんの優しい微笑みは、オレの不安を包み込み、溶かしてくれた。

 さすが、拓斗が好きになった人なだけのことはある。


「第三小隊はどうなったンだ?」

「療養中の者を除き、第一、第二部隊に仮配属されている。だから、今の私は隊長という立場にはない。こんなことを言うものではないが、肩の荷が下りた気分だ」

「シコルゼの第二部隊は嫌だーって嘆いてた奴はいねェか?」

「ここだけの話、全員だ」


 拓斗とカリーシャさんが、おかしそうに笑い合った。

 親しげに話している二人を見て、ハッとしたオレは拓斗に耳打ちをした。


「なあなあ、オレ邪魔だよな? 離れていようか?」

「……なんで?」

「だって久しぶりに会ったんだし、もっとゆっくり話がしたいだろ?」

「お前、まだなんか勘違いしてねェか?」

「大丈夫。オレに任せとけ」


 それとなく、二人がいい感じになるようにしてやる。

 悪魔であるサキュバスが恋のキューピッドってのは少々無理があるかもだけど、他ならぬ親友のためだ。一肌脱いでやろうじゃないか。

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