第124話 冒険者への道

「や、やっぱりちょっと待ってください!」

「何を躊躇うことがあるの? リーチちゃんのおっぱいが国を救うのよ?」


 スミレナさんは、それがとても名誉なことだと言う。他人事だと思ってません?


「名誉を得る代わりに、失うものが大きすぎます!」

「失うもの……え、処女?」

「どの過程でその可能性に行き着いたのか問い詰め――聞きたくありません!!」

「そんなに反対? リーチ姫のお披露目にもなるのに」


 そこ勘違いしないでください。オレは目立たずひっそりと暮らしたいんです。

 それに、おっぱいプリンなんかで有名になってしまったら……多分、いや確実にまたレベルが上がってしまう。うぇぇ、想像するだけで鳥肌が……。


「他の方法を考えますから!」

「リーチちゃんが?」

「はい!」

「そ、頑張って」

「絶対無理だと思ってる顔してますよ!?」

「なんにせよ、国の財源確保は急務よ。……そうね、一週間。この期間内に代案を出してちょうだい。それがおっぱいプリン以上だと思える案なら採用するわ」

「約束してくれますか!?」

「ええ、命に代えても遵守させ――するわ」


 にっこりと、満面の笑顔でスミレナさんがOKを出した。

 ……勢いで約束してしまったけど、これって、代案を通せなければ手段を選ばずおっぱいプリンを作らされるってことなのか。

 オレは悪魔の契約を交わしてしまったのかもしれない。

 一週間で国を盛り立てられるだけの金策案を探す。それなんて無理ゲー?


「どんよりしている場合じゃないわよ。問題は他にもあるんだから」

「まだあるんですか?」


 どんよりにうんざりも加えていると、スミレナさんが、またもしても質問形式でオレに問いを投げてきた。


「どうして【メイローク】は【ラバン】から独立して、【ホールライン】なんていう国をわざわざ新しく建てたのか、そこのところをはっきり言える?」

「それは、えっと、種族差別が煩わしかったからじゃ?」

「ざっくりだけど、そういうことね。これから【ホールライン】は、多くの種族を受け入れていくことになる。もちろん誰でもってわけにはいかないけどね。他人を傷つけることを好む野蛮な輩は、当然お断りするわ。ま、そのあたりの入国審査は大人たちに任せてくれるかしら」


 そこでスミレナさんが、ピッとオレの鼻先に指を突きつけてきた。


「【ホールライン】に足りないのはお金だけじゃない。それはなんでしょう?」


 身動きが取れず、オレはスミレナさんの指先を見つめたまま答える。


「騎士団みたいな組織ですか?」

「――それについて、僭越ながら具申させていただきます」


 オレの発言直後、そう言って一歩前に出て来たのはパストさんだった。


「リーチ様を国家元首とされるならば、魔王勢力は【ホールライン】の後見となることも可能です。武力だけならば、一国の騎士団など足下にも及びません」


 今さらだけど、そんなすさまじい勢力に属している副官さんが同僚として働き、しかもオレを様付けで呼んでくる現実には半笑いするしかない。


「ありがとう、パストちゃん。でも、ごめんなさい。今はまだ魔王さんを目の敵にしている国がほとんどだと思うから、それをすると、逆に敵を引き寄せることにもなりかねないわ」

「……そうですか。であれば、表だって【ホールライン】の盾となる行動は慎んだ方がよろしいですね。有事の際には、動かすことのできる軍隊があると考えていただければ結構です」


 深く一礼をして、パストさんがまた後ろに退いた。


「基本的には、自分たちの身は自分で守らないといけないわ。自分の国のことは、そこに暮らす国民でなんとかしないとね」


 スミレナさんが、話に聞き入っている男性客たちに視線を一巡させた。


「「「リーチ姫の貞操は俺たちが守る!!」」」


 やかましいわ。


「それで、足りないものって結局なんなんですか?」

「降参?」

「降参です。教えてください」


 ギブアップを宣言すると、スミレナさんは呆れるでもなく、答えを明かすことを楽しむように、オレを指していた指を自分の顔の前でピンと立てた。


「知名度よ」

「知名度、ですか?」

「つい先日まで、ただの宿場町でしかなかったんだから、大陸規模で見れば知名度なんてゼロに等しいわ。せっかく国を興しても、【ホールライン】がどんな国なのかわからなければ、新たに人が入って来るはずもないでしょう?」


 そりゃまあ、そうだ。

 王都も、戦って負けた上で独立されたなんてことを吹聴はしないだろうし。


「そこで、ウチにあって、他に無いもの。それを全力で推すことで、国の知名度を上げていこうと思うの。ちなみに、ミノコちゃんのミルクじゃないわよ」

「ウチにあって、他に無いもの? そんなのあるんですか?」


 スミレナさんは頷き、もったいぶるように溜めを作った。


「転生者よ」


 てっきり、ミルク以外の特産品か何かかと思った。

 いや、そんな物があるなら、おっぱいプリンなんて言い出さないか。


「魔王直々の侵攻を見事退けた存在。それはもう勇者と呼んで差し支えないわ」

「オレが……勇者!?」

「あ、リーチちゃんじゃないわよ。タクト君ね」


 しょぼん。

 まあね、オレはミノコに跨っていただけで直接戦ったわけじゃないし、ガッカリなんてしてない。勇者と言われたのだと勘違いして顔を綻ばせたりもしてない。

 場の注目が拓斗に集まった。


「俺スか?」

「タクト君には、転生者として、勇者として、他国にまでその名を轟かせる有名人になってもらいたいの。言い方は悪いかもしれないけど、広告塔ね」

「なるほど。それはアリっスね」


 勇者と言われても平然としている拓斗に、勝手に負けた気になってしまう。

 生まれ変わったら、拓斗が勇者で、オレは勇者を背に乗せるドラゴンになる。

 そんな妄想をいつもしていたっけ。

 サキュバスじゃ、ドラゴンの代わりは無理かな。一応飛べるんだし、今度試しに拓斗に乗ってみてもらうか。乗り心地は保証できないけど。


「スミレナさん」

「何かしら、お姫様」


 お姫様って言わないで。


「オレも転生者なのに、拓斗とセットでプロデュースしてくれないんですか?」

「リーチちゃん、お姫様の一番の仕事は何かわかる?」

「政治的手腕?」

「守りたくなる可愛さを備えていることよ。だからアナタはそのままで十分なの」

「そんなペットみたいに!」

「でも考えようによっては、タクト君とセット、お姫様を守る勇者ってフレーズも捨てがたいわね。リーチちゃんの可愛さを世界中に広めるためにはぶつぶつ」


 スミレナさんが、ぶつぶつと独り言を呟き出した。

 まずいぞ。このままじゃ、アイドルプロデュースをされかねない。


「あの、具体的に、俺は何をすりゃイイんスか?」


 ナイス。スミレナさんの暴走に、拓斗が質問を割り込ませた。


「タクト君の無理のない範囲で、世のため人のために働いてほしいわ」

「と言われても、やっぱ漠然としてて、イマイチわかんねェっス」


 うーん、と一拍考えた後、すぐにスミレナさんは思いついたように言った。


「冒険者になってみる気はあるかしら?」

「冒険者っスか?」

「勇者と言えば、冒険者よ。冒険者になれば、ギルドでクエストを受けられるし、難しいクエストをこなしていけば、自然と名声もついてくるわ。タクト君は正式に騎士団に所属しているわけじゃないのよね? だったら副業も可だと思うの」

「そういうことなら、俺は構わな――」

「はい! はいはい! オレも冒険者になりたいです!」


 望まぬ形でプロデュースされるくらいならばと、オレは間髪を容れずに名乗りを上げた。


「リーチちゃんが冒険者?」

「サキュバスは無理ですか?」


 リザードマンのギリコさんも、保護指定されていない種族だという理由で冒険者にはなれないと言っていた。だから仕事を斡旋してもらう時は、他の冒険者に同伴してもらわなければならないんだとか。


「【ホールライン】では、そういう規則は取り払うつもりだけど……」


 スミレナさんは頬に手を当て、しばし黙考に耽った。

 保護者代わりとして心配してくれるのは嬉しいですけど、オレのいた世界には、可愛い子には旅をさせろっていうことわざがありましてですね。別に旅をするわけじゃないですけど、こっちの世界にも似たような格言ないですか?

 なんてことを目で訴え続けた。


「……お転婆姫が冒険者になって勇者を手助けする。それもいいかもね」

「ですよね!?」


 お姫様呼びを外してくれる気は無さそうだけど、勇者の仲間というポジションは悪くない。RPGにありそうな展開には燃えるものがある。


 それに、もしかしたら伝説級のお宝をゲットしたりして、おっぱいプリンを回避できるチャンスが転がっているかもしれない。一週間と期限は短いが、こっちにはミノコや拓斗がいるし、いざとなれば魔王もコキ使ってああしてこうしてなんとかなるかもしれない。動かなきゃチャンスは無いんだ。やれるだけのことをやろう。


「危ないことはしちゃダメよ?」

「拓斗がいるから大丈夫です」

「あらあら、妬けちゃうわ」


 ということは、了承を得たと考えていいんですよね?

 よーし、よしよし、冒険者。異世界ファンタジーっぽくなってきたじゃないか。


「領主さん、ギルドはどこに設ける予定なのかしら?」

「町の南に、わたしが個人で所有していた物件がありまして、そこを使おうかと。既に手配していますので、明日の昼にでも形だけは整うかと」

「あら、いいの?」

「はい、少しでもお役に立てるのなら」


 照れ臭そうに言ったカストレータ領主が、まだ何か言いたげにスミレナさんを見据えた。


「どうかしたの?」

「【メイローク】が独立して国となったことで、わたしも立場が変わってくるので、領主さんという呼び方にも違和感が出てくるのではないかと……」

「財務大臣さん?」

「いえ。できれば、そのぉ、名前で呼んでいただけないでしょうか」


 おお、積極的に攻めますね。


「自分の名前、好きじゃないと言ってなかったかしら?」

「ええ。ですが、スミレナ嬢に呼んでもらえるのなら、どんな名前であれ、好きになれると思うのです」


 気づけば誰もが口をつぐみ、二人の遣り取りを見守っていた。


「そんな風に言われたら、断れないじゃないの」

「いやはは、申し訳ないですねぇ」


 この場合、望まれているのは苗字にあたる〝カストレータ〟じゃない。

 それくらい、オレでもわかる。フザケていい空気でもない。

 スミレナさんは表情を変えず、目も逸らさず、十秒ほど経ってから口を開いた。


「…………ザブチンさん」

「はい。これからは、それでよろしくお願いします」


 本当に、本当に嬉しそうにザブチンさんは柔らかく微笑んだ。

 そんな顔を真正面から見せられたスミレナさんは、堪らず視線をうろうろさせてしまっている。彼女にしては珍しいリアクションだ。


「領主サン――じゃねェ。ザブチンさん、マジで店長に惚れてンだな。なンとなくだけど、脈無しってわけでもなさそうな気がしねェ?」


 感心したように拓斗が言った。


「だな。あれだけ真っ直ぐ好意を向けられたら、どんな鈍い人でも照れるよな」

「は?」

「何?」

「……バーカンの向こうにいるエリムが、こっちに熱い視線を向けてンぞ?」

「え? 仕事サボんなって言ってんのかな」


 疲れが出たのか、拓斗が眉間を揉み解した。

 あとちょっとで閉業時間だし、もう一踏ん張りだぞ。

 とりあえず、大事な話は終わったってことでいいのかな。

 ザブチンさんをスミレナさんに任せ、フロアの接客に戻ろうとすると、


「おぅコラ、タクトてめえ、リーチ姫を危ない目に遭わせんじゃねえぞオラ!」

「タクトなら心配ないとは思うが、羨ましいぜちくしょう!」

「冒険者のことレクチャーしてやっから後で面貸せよタクトああん!?」


 荒くれっぽい男たちが、口々に拓斗に声をかけてきた。

 つい先日、店の外で拓斗と(裸で)大乱闘をしでかした連中だ。

 それなのに、なんでだ?

 ガラは悪いけど、かけられる言葉は全て激励であったりアドバイスであったり。


「なんか、打ち解けてない?」

「まァな。連中、悪い奴らじゃねェよ」


 拓斗の社交性が高いのは知ってるけど、こうも変わるものなのか?


「裸の付き合いをしたから?」

「いや、んー」


 拓斗が言葉を濁した。

 オレには言えない人付き合いの秘訣でもあるってのか? 知りたいぞ。


「なあ、教えてくれよ」

「く、上目遣いッ」


 ただお願いしているだけなのに、拓斗が胸を掻き毟って苦しみ出した。

 そんなに嫌なのか?

 諦められずに懇願を続けると、やがて拓斗が折れた。


「……乱闘の後、なんつーか、大人の店に連れて行ってもらったンだよ」

「大人の店? 酒場みたいな?」

「いや、ちょっとエロい感じの。あ、でもお触り的なことは何もしてねェからな!? ただ女の人が舞台の上で踊って、その衣装を少しずつパージしたりしなかったり、それくらいのもンで!」

「え、何? そんな店がこの町にあんの?」

「……あったけど?」


 おいおい、待てよ。待ってくれよ。何か? こいつ、オレの知らないところで、そんなアダルティーな店に行ったってのか? 行ったのに内緒にしてたのか?


「さ……て……」

「……最低?」


 拓斗がオレに許可を求める義務なんて無い。何をしようが拓斗の自由だ。

 それでもオレは、拓斗が内緒でそんな店に行ったことが嫌で仕方なかった。

 オレが唇を噛んでいると、拓斗はバツが悪そうに頭を掻いた。


「やっぱ言わねェ方がよかったな。お前は今女だし、そんな風に考えるようになるのも当然か。……俺のこと、軽蔑したか?」


 軽蔑? 何を思い違いをしてるんだ?

 湧き起こるこの気持ちは、軽蔑とは違う。


「……て……ほしかった……」

「はい?」

「誘ってほしかった!」


 一人だけズルい。

 拓斗に思うことがあるとすれば、その一点に尽きた。


「えと、なんで?」

「なんでって、オレだって、興味が無いわけじゃないって何度も言ってただろ!?」

「いやまあ、言ってたけど」

「それなのに、なんでオレを誘わずに行っちゃうんだよ!?」

「だって、お前、今は女で……」

「関係ないし!」

「ええぇ……。興味あるなら、今度行ってみたらどうだ? 場所教えるし」

「一人でか!? 行けるわけないだろ! またお前も付き合え!」

「それはちょっとなァ……」

「なんでだよ!? 大人の階段上るなら、一緒に上りたいじゃないか!」

「おま、それ違う意味に聞こえンぞ」


 拓斗はそこそこイケメンだけど、童貞同士、同じステージにいるとばかり思っていたのに、置いて行かれた。酷い裏切りだ。


「拓斗なんかもう知るか! 冒険者にも、オレ一人でなる!」

「ちょ待、ええぇぇ……」


 ふん、と鼻息を鳴らし、その日はもう拓斗と一言も喋らなかった。

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