第123話 おっぱいプリンが国を救う

 この世界では、電気を利用するという発見がされていない。

 だから当然、電化製品なんて無い。

 最初はオレも、慣れるまで相当な不便を強いられるだろうと覚悟していた。

 だけど、いざ生活してみれば、全く不便なんてことはない。

 さすがにスマホやインターネットに代わる物は無いようだけど、火や水の魔法で物は温められるし、冷やすこともできる。風魔法と応用すれば冷暖房にもなるし、乾燥や除湿も思いのままだ。

 家庭用の冷蔵庫で氷が瞬時に生成できたり、空気自体が光を発し、影ができないほど部屋の中を隅々まで明るく照らしたりと、物によっては向こうの世界の家電を上回る性能を持っている。それになんと言ってもエコだ。


 一応言っておくと、仕組みはちんぷんかんぷんだ。それはまあ、家電についても同じことか。エアコンがどうして温かい空気を出せるのかとか、オレは知らない。


「おっし、洗い物終わり」


 開店から四時間。接客の合間を見て、貯まった食器を洗っておく。

 水魔法をフル活用すれば食器洗浄機みたいなこともできるらしいけど、コストがかさむという理由で【オーパブ】では不採用。よって手洗いだ。


「手袋つけねェのか? 手が荒れねェ?」


 ぱたぱたと手を振って水を切っていると、洗い終えた食器を乾いたタオルで拭いていく拓斗がそんな心配をした。


「大丈夫だよ。これ、ボディーソープと同じらしいから」

「そうなのか? ……言われてみりゃ、同じ匂いだな」


 ナントカっていう植物の樹液でできているらしいけど、食器洗いから風呂で使うボディーソープやシャンプー等々、これ一つで全てを賄えてしまう万能洗浄液だ。日用品の中では高価な部類に入るので無駄遣いはできない。

 驚いたことに、他に洗剤の類が一つも無いんだとか。風呂で使用する場合、家によっては独自に香りをつけたりしているらしいけど、それ以上の違いはない。万能すぎると、逆に手を加えようがないのかもしれないな。


「成分はどうなってンだ?」

「知らんし」


 異世界の不思議アイテムだと思って深く考えていない。

 水気を綺麗に拭き取った皿を重ね、料理担当であるエリムの所へ持って行く。


「ここに置いとくな」

「ありがとうございます。あ、リーチさん」


 フロアをパストさん一人に任せきりなので、すぐに接客に戻りたいところなんだけど、何やら緊張した風なエリムに呼び止められた。


「今度、コーヒーを使ったプリンも作ってみようと思うんですけど、また試食していただけますか? 一番初めに、その、リーチさんに食べてほしいんです」

「お、コーヒープリンか。いいね。食う食う」


 エリムはすげーな。オレの感覚的な情報だけで、なんでも完璧に再現しちまうんだから。さっき食ったオーソドックスなプリンも超美味かったです。

 感謝してその場を離れようとするが、エリムがまだ何か言いたそうにしている。頬を染めてくねくねしており、ちょっと気持ち悪い。


「どした? 用があるなら早く言えよ」


 急かすと、エリムのもじもじが止まり、目が真剣なものへと変わった。これから一大決心を口にしようとでもいうのか、オレを睨むように見つめてくる。

 そんなエリムの足下に、オレはとある物を見つけた。


「さっきは言えませんでしたが、僕もリーチさんを……あ、愛してますから!」

「そんなことより、そこにあるバケツって」


 バケツの中に、表面を少し焼いたカスタードプリンのような物が詰まっている。


「これですか? これは廃油を固めた物ですが」

「捨てるのか?」

「使い道もありませんし。……食べられませんよ?」

「く、食わねーし。ちょっと美味そうだとは思ったけど」


 恥ずかしい。食い意地が張ってると思われたんだろうか。


「あの、リーチさん……返事は……」

「返事? あー、はいはい。オレも愛してる愛してる」


 投げやりに言い、オレは拓斗を連れてバーカウンターを出た。


「……利一」

「ん?」

「今の適当な返事はなンだ?」

「ダメだったか?」

「ダメっつーか、軽すぎじゃねェかと」

「んー、ノリは大事だけど、引っ張りすぎたら面白くないと思うんだよ」

「ノリ?」

「オレがノリで愛してるって言ったのを時間差でボケて返してきたんだろうけど、エリムはテンドンってものをわかってないよな。あれで笑いを取ろうとか甘い」


 ボケは瞬発力だ。ま、演技はなかなかのものだったから、30点てとこかな。


「お前、結構な悪女だよな」

「薄情?」

「ある意味間違ってない」

「おいおい、聞き捨てならないぞ。オレのどこが薄情だって言うんだ? そりゃ、ギリコさんには及ばないかもだけど、オレくらい義理に厚い奴も珍しいぞ」

「そうだな。それでイイんじゃねェか。お前がそれでイイなら」

「釈然としない言い方だな」


 問い詰めてやろうとしたが、拓斗は取り合ってくれなかった。

 客が帰ったテーブルを拓斗と片づけていると、ふと思い出した。


「そういや、店を開ける前にパストさんと二人で何喋ってたんだ?」

「まさか、気になるのか?」

「パストさんの笑顔とか、超貴重じゃん。オレも近くで見たかった」

「ああ、はい。そういうことね」


 なんかガッカリしてる?


「ザイン――魔王と友達ダチでいてやってくれって頼まれたンだ」

「マジで? 魔王の友達を頼まれるって、普通に考えたらとんでもないな」

「魔王に求愛されてる奴が言えた台詞じゃねェな」


 求愛? 何ソレ。意味がワカラナイヨ。


「ま、俺の人徳の為せる業だ」

「言ってろ。あー、でもそういうことか」


 一人納得していると、拓斗が「何がだ?」と尋ねてきた。


「エリムがさ、オレと拓斗の間に割って入れないとか言って泣いただろ? あれの意味がわかったんだ」

「今までわかっていなかったことにビックリだ」

「つまりだな、魔王と友達になってくれって言われるくらい人間ができてる拓斗をオレ一人に取られると思ったわけだ。気持ちはわからなくもないけど、友達を独り占めしようとするほどオレは心の狭い奴じゃないぞ」

「さすがにエリムに同情を禁じ得ない」

「そんなこと言わずに仲良くしてやれよ。イイ奴だからさ」

「……そうだな。今なら優しくしてやれる気がする」


 おお、いい傾向じゃありませんか。オレのおかげ?


「とりあえず、今日はエリムと夜通し語り合おうと思う。ペナ明けたし」

「オレも交ざりたい。三人で雑魚寝しようぜ」

「悪いが、それはできない」

「ケチ。まあいいや。今回は二人で親睦を深めてくれ」


 オレってば、ナイス橋渡し。いい仕事した後は気分も晴れやかだ。

 それから一時間ほどが経った。


「――こんばんはぁ」


 少しずつ閉店作業を進めていたところへ、酒場には似つかわしくない豪奢な格好をした人物が店に入ってきた。ザブチン・カストレータ領主だ。


「いらっしゃいませ。一人ですか?」

「ええ、今日はご報告に伺ったのですよぉ」


 従者をつけずにやって来たカストレータ領主が柔和に微笑んだ。

 この人、別人みたいに人当たりが良くなったな。これが愛の力か。

 立ち話もなんなので、カストレータ領主をカウンター席に案内した。

 カストレータ領主が席に座ると、彼を更生させた張本人であるスミレナさんが、グラスに入った水を差し出し、「いらっしゃい」ではなく「お疲れ様」と言った。


 独立宣言をしてから、一番働いているのはカストレータ領主だろう。

【メイローク】の代表として、連日行われた王都議会に出席してくれていたのだ。

 その彼が笑顔でもたらす報告と言えば、なんとなく想像がつく。

 カストレータ領主が店に入って来てからというもの、他の客たちもそわそわして事の成り行きを見守っている。


「朗報です。独立都市多種民族国家【ホールライン】の建国が認められました」


 その報がもたらされた途端、店内が「ワッ!!」と歓声に包まれた。

 あー、やっぱりか。

 うーわー。自分の名前がついた国が本当に成立しちゃったよ。うーわー。


「ずいぶん早かったのね」

「時間を与えると、否決されないまでも、こちらに不利な条件を出されかねませんからねぇ。多少強引ではありましたが、最短で押し切ってやりました」


 背後から早くも「リーチ姫バンザイ」の音頭が聞こえ始める中、スミレナさんが「リーチちゃん、決まったわ」とオレに向かって言った。

 これにオレは、「みたいですね……」と複雑な心持ちで答える。


「ええ、決まりよ。【リーチの原寸大おっぱいプリン】――【オーパブ】の看板商品第二弾の販売に踏み切ることがね」


 この瞬間、「ウオオオッ!!」と、先程の比ではない大歓声が店内に吹き荒れた。

 次いで、そこかしこで脱ぎ出す男たちが現れる。完全に味をしめてやがるな。


 一つ言っていいかな。

 皆してオレのことをアホとか言うけどさ、今騒いでる連中の方が絶対アホだよ。


「明日にでも、リーチちゃんのおっぱいの型を取らせてもらえるかしら」

「えと、ギャグだったらすみません。真面目なリアクションをしちゃいますけど、今ってそんな話をしている時じゃないですよね?」

「アタシは話を逸らしたつもりはないわよ?」

「何がどう繋がっているってんですか?」

「ナニが繋がるだなんて、リーチちゃんはエッチね」


 白けた顔で軽口を無視していると、スミレナさんが勝手に表情を引き締めた。


「リーチちゃん、独立したはいいけど、ウチが抱えている問題が何かわかる?」

「抱えている問題? 国民に変態が多いことですか?」

「それは美徳よ」


 言い切りおった。


「独立は良いことばかりじゃない。言ってみれば、こっちはこっちで国を運営するからもう援助はいりませんと、自ら打ち切り宣言したも同然なの」


 スミレナさんが、視線でカストレータ領主に確認を取った。


「援助打ち切りまで半年の猶予を得ましたけど、国営を軌道に乗せる時間としては短すぎますねぇ。これからウチは、多くの種族の受け入れ体制を整えていかなくてはなりません。そのために必要な設備の拡張や人材の登用、様々な文化や風習を取り入れ、摺り合わせていかなくてはならないのですから、途方もない苦労と費用がかかります」

「そういうことよ。煩わしい縛りがなくなる代わりに、大国【ラバン】の後ろ盾も失ったわけ。建国に反対されているのは目に見えているわ。それを振り切って無理を通したんだから、後のことは責任持てませんと言われても仕方ないわよね」

「だ、大丈夫なんですか?」

「そこで、おっぱいプリンに繋がるというわけよ」


 んんんん。繋がる……かあ?


「【リーチの原寸大おっぱいプリン】の製作は、確実に国益をもたらしてくれるわ。ミノコちゃんから採れるミルクの量にもよるけど、一日に何百個も作れるものではないから宝石並みに希少価値がつくこと間違いなしだわ。おっぱいの型にも特許を取って、他国への輸出も積極的に行うつもりよ」

「あの、発言いいでしょうか」

「何かしら? 著作権はリーチちゃんにあるんだから、どんどん意見を言って」

「嫌なんですけど」

「嫌って何が?」

「だから、自分のおっぱいの型を取られるのが。ましてや、それを売り出すとか」

「え、ちょっと待って。そんな、それだと予定が……!!」


 根底から計画が崩れたといった顔をされた。

 まさか、本気でおっぱいプリンに国の経営を期待していたんですか?


「どうしても!? どうしても嫌!?」

「普通に嫌でしょう。そんなに言うならスミレナさんが自分でやってくださいよ」

「アタシのおっぱいプリン? そうね、それなら材料費も十分の一以下で済むし、これでリーチちゃんの場合と同じくらい売れるならボロ儲けね」

「じゃあ」

「売れるわけないでしょ」


 真顔でブッタ斬られた。

 目だけ笑っていないとか、そんなレベルじゃない。超がつく真顔だ。


「カ、カストレータ領主は買いますよね!?」

「こ、こっちに振らないでくださいよぉ。それはもちろん買いますけどぉ」


 必死に取り繕うが、時既に遅く、祭りのようなムードが、冷水をぶっかけられたみたいに盛り下がった。オレのせいなのか?

 やがて、スミレナさんが頬に手を当てて、苦労の滲む息を吐いた。


「仕方ないわね。こうなったら、第二案でいきましょう」

「他に案があるなら、最初からそっちでやってくださいよ!」

「できることなら、おっぱいプリンでいきたかったのよ。安全かつ、確実な利益が見込めるから。アタシも欲しかったし」


 本音漏れてますよ。


「それで、第二案というのは?」

「これまで【メイローク】は【ラバン】の属領だったわ」

「そこから独立して【ホールライン】を建てたわけですよね」

「ええ。だから今度は【ラバン】を【ホールライン】の属領にしちゃいましょ」


 ぽん、と手を打ち、スミレナさんがにこやかに言った。

 その軽い仕草と発言の落差が大きすぎて、咄嗟には理解が追いつかなかった。


「ほら、魔王を倒した国が世界の覇権を握る、なんて話があったでしょ? 厳密に言えば暫定的な友好関係だけど、リーチちゃんとタクト君がそれを成し遂げたわけじゃない? ということは、一応は世界の覇者を名乗る権利があると思わない?」

「それって……【ラバン】の国庫金を奪うってことですか?」

「人聞きが悪いわ。占領――じゃなくて、属領にしてしまえばウチのものよ」


 なんというジャイアニズム。

 そして現実に、できなくはないから余計に恐ろしい。


「この案、どうかしら?」

「おっぱいプリンでいいです」


 口から魂を半分零しそうになりながら、オレは最初の提案をのむことにした。

 いいさ。別に構わないさ。

 オレのおっぱいが、一つの戦争を未然に防いだと思えば安いものだ。

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