第128話 クエストにて雌雄を決す

 あーもう!

 あーもう!

 こっちの気も知らねェで。何が「おっぱい揉む?」だ。

 採れたてフルーツいかがですか? みたいなノリで言いやがる。

 危うく、しぼってジュースにしてやろうか、と怒鳴りそうになった。

 堪えましたけどね!


「………………しぼっても出ねェよな」


 無意識に零れた呟きにハッとする。

 で、出るわけねェだろうが! 何想像してンだ!

 鎮まれ。鎮まれえええ。


 ……ふぅ。

 フレアさんに説教されている利一をぼんやりと眺める。

 気を許してくれてンのは嬉しい。でも、もうちっと女の恥じらいってのを持ってほしい。つっても、こればっかりは、持てと言って持てるものでもねェわな。


「やれやれ、リーチ姫には困ったものだな」

「そう思うなら、少しは困った顔をしろ」


 利一を男に脳内変換して一連の遣り取りを楽しンでいたカリィが、何やら弁当箱のような物を一つ持って来た。


「それは?」

「中にギルド証が入っている。取り出したら、できるだけ心臓に近い位置に挟んで三十秒待て。それで冒険者登録が完了する」

「ずいぶん簡単だな。住所氏名とか記入する必要が無ェのか」

「ギルド証に、持ち主を記憶・特定する魔法が施されている」


 カリィから小箱を受け取り、ぱかりと蓋を開けた。

 免許証のように、そこそこ厚みのある一枚のカードが入っていた。


「他人が使うことはできないが、クエストを達成して得られる報酬が金銭の場合は全てギルド証に入金される。ギルド加盟店であれば、それで支払いも可能だ」

「クレジットカードみたいだな」

「くれじっと? というのはわからないが、ギルド証があれば、どの国の支部でも金を預けたり、引き出したりできる。だから絶対になくすなよ。再発行手続きには費用もかかる。他にもいろいろ使い道があるが、あとはフレアに説明してもらえ」

「了解」


 えっと、心臓に近い位置に挟むンだっけか。

 俺は体温計のように、ギルド証を脇に挟んでから三十数えた。

 これで登録完了か。もっと適正試験やらがあるのかと構えていたけど、驚くほど呆気なかったな。手間がかからないに越したことはねェけど。


「なあ、利一のギルド証は?」

「――あらま。お姫ちゃんも冒険者希望だったの?」


 質問に反応したのはフレアさんだった。

 その隣には、ほんのりと顔を赤らめ、気まずそうに俯いた利一もいる。

「おっぱい揉む?」と言っていい男は、一生を共にしたいと思う相手にだけ。

 すなわち、結婚を望む相手だけだということを教えられたンだろう。


「……ごめん。オレ、キモいこと言ってた」

「いや、別にキモくはなかったけど」

「そんなつもり、全然、全ッ然無かったからな!? 男と結婚とかありえねーから! 拓斗とは一生の、何があっても一生の友達でいたいって、そう思ってるからで!」

「言われなくてもわかってンよ。心配すンな」


 だから、あんま強調しないで。結構辛い。


「フレアさん、利一が冒険者希望だと、何かまずいことでもあンのか?」

「やん。さん付けなんてよして。タクトさんからは〝フレア〟と呼ばれたいワ」

「OK断る」

「呼んでくれないとアタシ、何するかわからないワ」

「出会ったばかりだし、馴れ馴れしすぎるかと思っただけさ。でも親しくなるのに時間は関係なかったな。ありがたく呼ばせてもらうぜ、フレア」

「ありがとネ。あら、汗が凄いワ。今のは冗談ヨ?」


 オカマジョークわかンねェよ! 怖ェよ!


 話を戻して。

 利一が冒険者を希望していると言うと、フレアだけじゃない。カリィまで表情を曇らせてしまった。理由は想像がつく。


「オレが魔物だからですか?」


 俺と同じ考えを利一が尋ねると、フレアは「そうネ」と答えた。

 魔物だから冒険者になれない。それってどうなン? 今さらじゃねェか?

 そういうしがらみを取っ払うために独立し、冒険者ギルドも設置したわけだろ?


「冒険者にはなれないんですか?」

「あ、大丈夫ヨ。冒険者登録ができないわけじゃないの。ただちょっとだけ面倒なステップを踏まなきゃいけないのヨ」


 悲しそうに利一が言うと、フレアが慌ててぱたぱたと手を振った。


「タクトさんは、もうギルド証をもらったのかしら?」

「ああ、登録も終えた。俺はよかったのか? 俺も人間じゃねェけど」

「もう騎士長が王都議会に掛け合ってくれたワ。だから天界人も保護指定種族ヨ。アタシたちと見た目も変わらないし、基本的には人間と同じ扱いネ」


 アタシたちと見た目も変わらないってところにツッコミを入れそうになった。


「騎士長に会いに行くことがあれば、土産の一つも持参していくことだ」

「だな。そうする」


 カリィの言葉に頷くが、テメェ、なんで俺の尻を凝視していやがる。そこに土産になるものなンぞ何も無いぞ。オイやめろ、うっとりするな。

 ともかく、アーガス騎士長サンキュー。


 天界人は問題無し。だけど魔物はそういうわけにはいかない。

 魔物というか、保護指定されていない者全般に言えることか。


「ああけど、利一は特別保護指定を受けてンぞ? なのにダメなのか?」

「そうネ。これも申請したら通ると思うワ。だけど、一国のお姫様が、同じように冒険者になろうとしている人たちの見ている前で特例を利用するのは、できれば避けた方がいいと思うの。示しがつかないでしょ?」


 周囲に視線を巡らせると、遠目にこちらを見ている姿がいくつかある。

 毛むくじゃらの白ゴリラ。ありゃ、もしかしてイエティか? 他には全身が石でできている岩男やら、カメレオン男やら、素で特撮モノの怪人役ができそうだ。


「連中も、保護指定されていない種族なのか?」

「ええ。ギルドの運営方針は支部に任されているんだけど、保護指定されていない種族を冒険者に認めた例はまだないの。希望者には申し訳ないけど、少しでも他の支部との摩擦を減らすための措置だと思ってほしいワ。それにお姫ちゃんの場合、今から申請するよりも、条件をクリアする方がずっと手っ取り早いかしら」


 なるほど、と納得した。利一も特に不満は無いようだ。

 つーか、あの連中、めっちゃ利一のこと見てンな。

 これから冒険者になろうって奴が、ひらひらしたワンピース姿な上、翼も隠していない。目立ちまくりだ。何よりこの国の姫だし。おっぱいもでかいし。


「拓斗、拓斗。オレ、見られてるよな?」


 さすがに利一も気づいたか。

 連中の視線を遮るようにして利一の前に立つが、考えようによっては、見られていることを意識させれば、自然と恥じらいも芽生えるかもしれない。


 早速そう仕向けようとするが、利一の様子がおかしい。

 常々、利一は平穏にひっそり暮らしたいと言い、衆目に晒されることを嫌った。

 だというのに、何故か利一はニヤニヤと上機嫌になっている。

 そしてぽつり。「やっぱりな」と言った。


「何がやっぱりだ?」

「いやほら、オレって、まがりなりにも何度か修羅場をくぐって来てるじゃん?」

「まァな」

「そういう経験をしてきた者にだけ備わる風格っていうの? 多分だけど、一目でタダ者じゃないぞってわかるオーラみたいなのがオレから出てるんだよ。あいつら『なんて覇気だ。俺たちとは格が違う。間違いなく歴史に名を残す逸材だろうな』とか言ってるんだぜ、きっと」


 頭を撫で繰り回したくなるくらい可愛らしいドヤ顔で、そんなことをほざいた。

 俺はそっと、利一から視線を外して窓の外に目をやった。

 そして思う。

 道のりは険しいな……と。


「それで、オレは具体的に何をやればいいんですか?」

「お姫ちゃんには、この町で依頼されたクエストをこなしてもらうワ」


 バチッと、濃い顔でウインクしたフレアが人差し指を立てた。


「試験的なクエストであることは依頼主も了承してくれているから、達成できなくても責任を問われることはないワ。実際にクエストを達成することで、任務を遂行する能力と、その意思ありということを確認しているの。とはいえ、れっきとしたクエストだから、報酬もちゃんと出るワ」

「おおお、早くやりましょう! どんなクエストがあるんですか!?」


 利一が色めいていく。こういうことに心が躍っちまうのは男だよな。

 ゲームで序盤のクエストだと、町近辺のモンスターを退治したり、薬草を採りに行ったり、隣町までお遣いだったり、そんな感じか。


「本当ならいくつか用意して、その中から選んでもらえるようにしたいんだけど、ギルドを開設したばかりでしょ? 発注されているクエストが一つしかないの」

「なら仕方ないですね。オレはなんでもいいですよ」


 利一が了承した、その時だった。


「――ちょっと待てよ! 発注されているクエストが一つしかないって、それなら俺たちはどうなるんだ!? 俺たちもクエストを受けなきゃいけないんだろう!?」


 怒鳴るようにしてズカズカと歩み寄って来たのはイエティ(仮)だった。

 その後ろに他の連中もついてくる。


「うーん、このクエストの受注定員は一人なのよネ。明日にはいくつかクエストも仕入れられるはずなんだけど、どうしても今日受けたいなら、ここにいる人たちで話し合って、誰が受けるか決めてもらうしかないワ」


 もしくは――。そう言って、フレアの双眸がキラリと光った。


「全員一緒にやって、最も貢献した人だけがクエスト達成ということにするかネ。どっちがいいかしら?」


 思わぬ展開に、ざわざわとギルド内に不穏な空気が満ちていく。

 誰も退こうとはしない。利一だって、一日も早く冒険者になりたい理由がある。


「その前に、クエストの詳細を聞かせてもらおうか」


 イエティ(仮)が言い、フレアがそれに頷いた。


「試験的なクエストとは言ったけど、素人では相当に難しいと思うワ。何故なら、このクエストで相手をするのは千匹ものモンスターだからヨ」


 せ、千匹のモンスターだと!?

 予想外の難題を聞かされ、さしもの利一も動揺を隠せないでいる。

 危険すぎる。利一には悪いけど、今回は諦めさせるしかねェ。


「皆さん、シャブシャブ鳥は当然ご存知よネ?」


 シャブシャブ鳥。確か【オーパブ】でもよく料理に使われている鳥だ。

 肉良し、出汁良し、卵も重宝されている。この世界で知らない者はいないくらいメジャーな鳥だ。鶏みたいなものだと俺は思っている。

 全員が頷いたのを確認したフレアが続きを説明していく。


「依頼主は、このギルドの裏手にある養畜場の御主人ヨ。そこでシャブシャブ鳥を雄雌に分けて育てているんだけど、昨夜ケージの留め具が壊れちゃったらしくて、ヒナ千匹――千羽ネ。全部交ざってしまったそうなの。困ったことに、生まれたてのヒナは、パッと見では雄雌の見分けがつかないのよネ」


 まさか、依頼内容って……。

 頭の中に、とある鑑定士の職業が思い浮かんだ。

 そして俺の予想は当たる。そのまさかだった。


「というわけで! 制限時間は本日いっぱい。その時間内にヒナの雄雌を見極め、千羽全てケージに戻す。これがクエストの内容よ!」


 俺もそうだけど、千匹のモンスターとの壮絶なバトルを想像していたンだろう。利一を始め、冒険者希望の連中は例外なく目を点にしてしまった。

 だけど俺は、危険の無いクエストだとわかって内心ホッとしていた。

 ゲームじゃなくてリアルだったら、戦闘ありきのクエストより、こういう日常のお手伝い系クエストの方が圧倒的に多いンだろうな。

 ちなみに、報酬は金じゃなく、生みたて卵百個だそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る