第120話 想い交錯するヌキ打ち検査

「ナニが始まるンだ?」


 ヌキ打ち検査を行う場所を、酒場からオレの自室へ移すことにした。

 緊張を声に滲ませた拓斗を先に部屋へ入れ、続くオレが後ろ手に扉を閉める。


 二人きりだ。

 スミレナさんとエリムが介添えを申し出たけど、オレは固く断った。

 誰が好き好んで、男をイカせるところを見られたいと思う?

 誰が好き好んで、自分がイクところを人に見せたいと思う?

 拓斗がオレに欲情するなんて、あるわけがないのに、なんでこんなことに。


「拓斗、カーテン閉めてくれないか?」


 拓斗に表情を見られないよう俯いて頼んだ。


「え、なンでだ?」

「……明るいのは、ちょっと」


 オレ今、相当酷い顔をしてると思う。

 苦虫を噛み潰したような顔とでも言うのか、とにかくスゲー嫌そうな顔をしてると思う。こんなバカみたいなことに付き合わせている拓斗に、そんな態度を取ってしまうのは申し訳ないというものだ。


「こ、これでイイか? なんか、雰囲気出ちまってるけど」


 カーテンを閉めたことで、部屋全体が薄暗くなり、表情の細部まではわからなくなったが、拓斗の声がいっそう落ち着きをなくしたように思う。


「あー、えっと、脱いだ方がイイ……とか?」

「……まだいいよ」

「ま、、か。そか」

「座って」

「お、おう」


 拓斗がベッドに腰を下ろし、オレもその隣に座る。

 ビクリと拓斗が体を小さく跳ねさせたのが、ベッドの振動で伝わってきた。

 これから何をされるかわからないんだから、そりゃ怖いよな。


「拓斗はサキュバスについて、どこまで知ってるんだっけ?」

「魔物に分類されてることと、あのロリサキュバスが昔、騎士団を半壊させたことがあるのと、あとは食事に関してくれェだな」

「サキュバスのレベルについては?」

「それはまだ知らねェ」


 なら、その説明が必要だ。

 種族によって、レベルが持つ意味や上がり方は違ってくる。

 ドワーフが鍛冶の腕前であったり、エルフが魔力の質と量であったり。

 大抵の種族は強さを表しているらしいけど、サキュバスのレベルは、どれだけの男に精を吐き出させたかを示している。ついでに、レベルが高くなるほど魔力量も多くなるようだけど、こっちはオマケみたいなもんだ。

 レベルが高くなるほど淫乱だと言われているような気がするので、オレはできることならレベルアップなんてしたくないと思っている。


「えらく独特なンだな。サキュバスらしいっちゃ、らしいかもだけど」

「…………イメージどおり?」

「あ、いや! 利一は全然そんな感じしねェぞ!?」


 軽率な発言だったと言って、拓斗が慌てて謝ってきた。

 まただ。また気を遣わせてしまった。


「じゃあ、利一はまだレベル1なのか?」


 オレは唇を噛みしめながら、ふるふると首を振った。

 経験値を得るために、オレが直接手を下す必要はない。

 手淫が――ではなく、いや、ある意味間違ってはいないんだけど、オレが主因で男が精を排出すれば、そいつが、たとえいつどこにいようと、オレの経験値に加算される。ただし、経験値になるのは最初の一回に限る。


 それを利用すれば、男がこれまでにオレを犯――オカ……ズにしたことがあるのかどうかを調べることができる。

 ステータスを見張りつつ、男が絶頂したと同時に経験値が増えれば白。

 増えなければ黒だ。初めてじゃない。既にやらかしていたということになる。


 暗がりの中、オレは目を凝らした。

 この話をしても、拓斗に新たな動揺は見られない。やっぱり拓斗は白だ。


「ちなみに、今はレベルいくつなンだ?」

「…………9」

「てことは、これまでに何人?」


 昨日確認した時は、レベル9(32/256)だった。

 今日はまだ視ていないけど、どうなっているだろうか。


 ステータスを視界に開くと、レベル9(79/256)という表記が現れた。

(32/256)→(79/256)

 昨日から今日にかけて、新規で47人もの男がオレで……。

 そう考えると、ゾゾゾ、と鳥肌が立った。

 これで累計351人分の経験値を得たことになる。

 拓斗の質問には、顔をヒキつらせながら「内緒だ」と答えておいた。


「まあ、うん、利一の責任じゃねェよな。その見た目なら仕方ねェよ」


 またしても拓斗が気遣ってくれるが、これにも首を横に振らなきゃならない。


「オレが直接しぼり出したこともある」

「マ、マジか」


 引かれた……だろうな。


「そういやザインの野郎が、お前とそういうことをした風に言ってやがった……。足腰が立たなくなるまで乳首攻めされたとか。あいつの妄想だと思ってたけど」

「あんにゃろ」


 口の軽い奴だ。今度会っても徹底的に無視してやる。

 頭の中で一頻り魔王に罵詈雑言をぶつけた後、オレは「事実だよ」と言った。


「あいつとイカせ合ったのか!?」

「イ、イカせ合ってなんかねーし! 一方的にイカせまくっただけだし!」

「イカせまくったのか!?」


 ああああああああ。

 自分で言って、自分にダメージが返ってきた。

 穴があったら入りたい。後ろの布団に潜りたい。


 ……もういい。

 隠すような恥なんて、もう無い。


「サキュバスは、体内に溜まった魔力を定期的に使わないといけないんだ。それを知らなくて、仕事中に倒れちゃったこともある。オレの場合、魔力消費は男の精を吐き出させる時にしかできなくて、だから……」


 オレは自嘲するように、これまでの戦績を語っていった。


「魔王だけじゃない。初めての相手はエリムだった。エリムとは二回した。他にも十人以上、一度に相手したことだってある」


 拓斗が言葉を失っている。

 呆れられたかな。呆れられただろうな。

 オレが女になっても拓斗は受け入れてくれる。気を遣われているのはわかるし、完全に今までどおりとはいかないだろうけど、それでも受け入れてくれる。

 そう思っていた。これさえ秘密にしていれば。


「もう、お前の知ってるオレじゃないんだ」


 おぞましいと思われたかもしれない。


「オレはもう、汚れちまってるんだ」


 今度こそ、拓斗はオレから離れて行ってしまうかもしれない。

 部屋を暗くしていてよかった。想像すると、泣きたくなってきた。


「そういうわけだから。無理してオレに付き合わなくても――」

「フザケたこと言ってンな!!」


 オレの言葉を遮り、怒鳴りつけるように叫んだ拓斗の手が、太ももの上で握り締めていた手を上から押さえつけてきた。


「お前は戦ったんだ! 現実と。自分自身と。そんなお前を誰が責めるってんだ!? お前のことを非難する奴がいるのか!? いたら俺に言え! ブン殴ってやる!」

「……本気で言ってる?」

「これが嘘を言ってる目に見えるか?」


 それよりも、手……手が。

 強く、強く握ってくる拓斗の手は、オレの手を不安ごと丸ごと包み込んでしまうくらいでかくて、とても温かかった。


 ああ、本気だ。

 本気で言ってるんだと、声から、体温から伝わってくる。


「……暗くて……よく見えねーよ」


 それが精一杯の軽口だった。

 すると拓斗は、掴んだままの手を引き、有無を言わせぬ力強さでオレを腕の中に抱き寄せてきた。比喩でもなんでもなく、本当に包み込まれてしまう。


「た、拓斗?」

「これなら信じられるか?」

「や、信じてないわけじゃ……。つーか、苦しいぞ」

「今の話を聞いて、俺がお前から離れていくと思ったのか?」


 腕の力を弱めるどころか、より強い力で抱き締められる。


「……呆れてないのか?」

「呆れるかよ」


 拓斗の肩に顎を乗せたまま尋ねると、オレに対してじゃなく、オレがした質問に対して呆れるような声音を返された。


「……気持ち悪いと、思わないのか?」

「思うか、バカ」

「ワケわかんねー。え、なんで? 男だったクセに男をイカせまくってるんだぞ? 普通に気持ち悪いじゃん。友達やめたくなるじゃん」


 言ってて声が震えているのがわかる。

 本心は、どうかこれも否定してくれと悲鳴を上げていた。


「利一の性格はよく知ってる。そんな体にされて辛い思いをしてンのも、男に戻りたがってンのも、俺は全部知ってる。知ってるから、俺にまで強がンな」


 視界が滲んだ。


「お前、オレのこと泣かせようとしてるだろ。そうはいくかっての」


 冗談ぽく言って気を紛らわせようとしても、止め処なく感情が溢れて今にも嗚咽をもらしそうだ。あわせて涙腺も崩壊しそうになっていると、拓斗が思いがけない提案をしてきた。


「その魔力消費っての、これから必要な時は俺でヤれ。俺だけにヤれ」

「な、何言ってんだ? そんな迷惑、拓斗だけに」

「問答は無しだ。黙って俺を頼れ。それが嫌なら振り解いてみろ」


 ……ずるい。

 自分から抱きついてこいって言うならまだしも、このまま身を委ねているだけで助けてもらえるっていう魅力が強すぎる。抗えるわけがない。


「オレと、これまでどおりの友達関係でいてくれるのか?」

「何度も言うけど、利一がそうしたいって言うなら、オレもそう振る舞う。でも、流れに任せてイイんじゃねェかとも思う」

「どういう意味だ?」

「だから、利一が少しずつでも――……」

「少しずつでも?」

「いや、変に意識しねェ方がイイ。なるようになるさ」


 一人で納得されてしまい、それ以上の説明は無かった。


「やっぱ、拓斗はノリがいいよな」

「バカヤロ。ノリでこんなことしてるワケじゃねェよ」

「とりあえず、そろそろ離れてくれるか?」


 いくら友情の抱擁ハグでも、ちょっと長いわ。

 どことなく名残惜しそうに、拓斗がオレを腕の中から解放した。

 互いに居住まいを正し、いよいよ本題に入っていく。


「じゃあ、まあ……やろっか」

「つ、ついにヤるんだな」


 ぷしゅぅぅ、と拓斗が肺に溜まった空気を口から吐き尽くした。

 別に拓斗が気合いを入れる必要は無いんだけどな。


「あ、ヤる前に、一つだけ確認してもイイか?」

「何を?」


 拓斗はそわそわと視線をさまよわせ、口を開きかけては閉じるを何度か繰り返してから、やはり視線を明後日の方向に向けながら言った。


「…………お前、もう処女じゃないのか?」

「は?」

「あいや! 俺は別に、お前が処女かどうか、そんなことに一切こだわりはねェ! 嘘じゃねェぞ! 本当に本当だ! 処女厨とかクソ喰らえだと思ってる! 女性の価値はそんなことじゃ変わらねェ! むしろ経験を積んだことによって、さらなる色気が生まれるというか!」

「一応、処女だけど」

「やっぱ処女最高だよな!」


 こいつ、情緒不安定か?

 自分の発言が支離滅裂なことに気づいたのか、拓斗が目に見えて縮こまった。


「わ、悪ィ……。えっとな、何が言いたかったかというと、知ってのとおり、俺は童貞のままだから、経験に差がありすぎると男として情けねェっつーか。そういう心配をしてしまったわけでして」

「拓斗はじっとしていてくれりゃいいよ」

「……服は?」

「下だけ脱いだ方がいいかも」

「利一は?」

「オレ? オレがなんで脱ぐんだよ?」

「脱がないのか。なんか、作業的だな」

「こんなもん作業だよ。一瞬で終わるから」

「い、一瞬だって? サキュバスには、そこまでのテクが備わるのか……」

「まあ、転生時に備わってたかな」


 レベル1の時点から特能が備わっているのは非常に珍しいことらしい。

 メロリナさんが、オレの【一触即発(クイック・ファイア)】を天授だと言って驚いていた。


「具体的には、どうヤるんだ?」

「どうって、普通に手で触れて」

「なるほど、手コキか」

「てこ、なんて?」

「言っとくが、ガッカリなんてしてねェぞ!? これっぽっちもな! むしろ、変にマニアックじゃなくて安心したぜ」

「マニアック?」

「足とか脇とか髪の毛とか」

「ごめん、お前が何を言ってるのかわからない」

「イイんだ。気にしないでくれ。恥ずかしいかな、俺はまだ素人だ。だから下手に背伸びするよか、手がベストだと思う。時間はいくらでもあるンだ。ちょっとずつ試行錯誤すりゃイイさ」


 またしても一人で何かに納得している拓斗がベッドから腰を上げ、ズボンに手をかけた。一気に下ろすつもりだ。


「あ、待って。パンツは穿いたままの方がいいと思う」

「確かにな。最初から全部脱いじまったら情緒がない」


 作業に情緒とか必要?

 発射したものを受け止める壁がないと、オレの部屋が汚れるだろ。

 拓斗はズボンだけを脱ぎ捨て、下はパン一状態でベッドに座り直した。


「ふぅ、心臓が破れそうだ」

「そんな緊張するようなことじゃないってば」

「くっ、これが経験の差か……」


 経験……経験値……(79/256)の表示が(80/256)になれば、拓斗の身の潔白は証明される。――ワケだけど、オレに欲情しないことを確認するためにオレが射精させるのって、本末転倒じゃないのかと思わなくもない。


「本当に、俺からは何もしなくてイイのか?」

「しなくていいよ」

「本当に本当か? ムードを高めるためなら協力を惜しまないぞ?」

「ムードなんかいらねーよ」


 ああでも、その気持ちはちょっとだけわかるかも。

 元男のオレにイカされるなんて、言ってみりゃ屈辱の極みだ。だから、少しでも綺麗な思い出にしたい。そういうことなんだろう。本当に申し訳ない。


「俺、勃ってないけどイイのか?」

「うん。勃っていようが、萎えいてようが、オレには関係ないから」

「そこまで腕に自信が……」


 萎えていようが絶頂はするし、出る物は出る。これまでに確認済みだ。


「言い忘れたけど、大概の奴は気を失っちゃうから」

「しょ、昇天してしまうほどの快感だってのか!?」

「あー、でもエリムと魔王は耐えてた。特に魔王なんて、思い出すだけでも……。あいつ、インキュバスなんだっけ。あんな激しいのはもう二度とごめんだ……」

「そんな凄い経験まで……。お前はもう、俺なんかの想像もつかない高みへ上ってしまったのか」


 高みって言うか、あの時は落ちるとこまで落ちた気分だったけど。


「そんじゃ、ビリッとくるから、気をしっかり持ってくれな」

「の、望むところだ! ん? 後ろに回るのか?」

「前からはちょっとな」


 位置的に、万が一ってこともあるし。


「後ろから……後ろからか。ふむ、それもアリかもしれないな。恥ずかしそうに、それでいて一生懸命シゴく表情を期待していなかったかと言えば嘘になるけど後ろからということは必然的に抱きつく形になるわけだから胸が背中に押し当てられるのも致し方なしであるからして腕の上下運動に合わせて形と感触の変化を味わえることを踏まえると前よりも後ろからの方が満足度が高くなると考えられなくもなくなどと言うと言い訳みたいに聞こえてしまうが俺は決してこの状況を楽しんでいるわけじゃな――」



「【一触即発(クイック・ファイア)】〈乙〉!!」



「――くぅんんんッ!?」


 背中に右手を当てて特能を発動させ、魔力を注入。

 何やらぶつぶつと独り言を呟いていた拓斗が、ビクビクンッ、と電気ショックを喰らったみたいに仰け反り、ぱたりとベッドの上で横倒れになった。


「…………拓斗? 気絶した?」


 おそるおそる声をかけると、五秒ほど経ってから「……起きてる」と力無い返事があった。〈乙〉の出力で気を失わないとは、やるな拓斗。


 そして肝心のステータスを確認。

 予想はしていた。

 確信もしていた。


「よ、よっしゃああああああ!!」


 それでも(80/256)という表示を見たオレは、ベッドに飛び上がってガッツポーズを取った。そのままぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現する。

 ゆさゆさと揺らされ、拓斗がぼとりとベッドから落ちた。


「――終わったの!? 結果は!?」


 オレの雄叫びを聞きつけたスミレナさんが、ノックも忘れて扉を開け、部屋の中に飛び込んで来た。そのすぐ後ろにエリムもいる。


「白です! 拓斗は、オレが思っていたとおりの拓斗でした!」

「まさか、そんなことが本当にあるなんて……」

「あるんですよ、拓斗だから! これで拓斗を信用してくれますよね!?」


 拓斗の疑いが晴れる。それは自分のこと以上に嬉しかった。

 畳み掛けるように言うと、スミレナさんが観念したように全身から力を抜いた。

 次いで、オレたちに背中を向けて今も横たわっている拓斗の近くに正座をする。


「タクト君、ここまで酷いことをして、許してもらえるとは思っていないわ」


 拓斗は無言。まるで屍のようだ。


「正直に言うと、アタシはタクト君を居候させるつもりがなかったの」


 咄嗟に理由を求めようとしたが、それより早くスミレナさんから「ごめんね」と謝られてしまい、オレはタイミングを失ってしまう。


「年頃の娘のいる家に、年頃の男子を居候させるということが、どうしても危険に思えてならなかったの。二人が前世でどれだけ仲のいい親友だったとしても、家長として、姉として、親代わりとして、もしものことがあったらと、そういう不安が消えなかったの」


 悪フザケで姉やら妹やら言い出すことはあったけど。

 親代わり。そんな風に考えてくれていたのか。


「タクト君がエリムのように、明らかにひょろっちいヘタレだったらよかったんだけど。赤の他人である女の子のために、騎士団に真っ向から戦いを挑むような姿を見せられたことが、逆に心配の種になってしまったの」


 後ろから弟にツッコミを入れられているが、スミレナさんは黙殺した。


「だから入居テストも、絶対に達成できないと思って吹っ掛けたのに、タクト君はクリアしてしまった。焦ったわ」


 そんな時、あんな現場を目撃したため、これ幸いとばかりに追加でヌキ打ち検査を持ち掛けたのだとスミレナさんは続けた。


「ごめんなさい。これまでのことを全面的に謝罪するわ。タクト君がリーチちゃんとの相部屋を希望するなら、もう止める理由はない。ううん、今なら頼もしくすら思えるわ」


 謝るべきところはちゃんと謝る。スミレナさん、潔いです。

 ただし、反対意見もあった。エリムだ。


「そ、そんなのダメだよ! 男女同室なんて、僕は認めない!」

「どうして? タクト君は、リーチちゃんに変なことを考えたりしないのよ?」

「まだ信じられないよ! 今はそうでも、これからどうなるかわからないし!」

「それはそうかもしれないけど、タクト君なら、リーチ姫防衛軍の人たちとも対等以上に渡り合えそうじゃない? 彼らも頼りになることはなるんだけど、そのうち度を超えてきそうな怖さがあるのよ。リーチちゃんを二十四時間警護するとか言い出して、知らない間にベッドの下に潜んでいたりとか。ロドリコさんあたりがやりそうじゃない?」


 そんな馬鹿な……と思いつつ、オレはそっとベッドの下を覗いた。

 誰もいなかったけど、今後、部屋に入る度に確認してしまいそうだ。


「エリム、気を落とさないで。いつの日かきっと、エリムには相応しいお婿さんが見つかるはずだから」

「見つかるわけないよ!」

「お姉ちゃんの人脈があれば、不可能ということはないわ」

「お願いだから見つけてこないでよ!?」


 姉弟のコントはさておき、拓斗が動かないのはどうしたことか。

 つんつんと背中を突き、「どうした?」と尋ねた。


「なんか……思ってたのとだいぶ違ってた。……マジで一瞬だった」

「最初にそう言ってあったじゃんか」

「そうなンだけど。……ぶっちゃけた話してイイか?」

「なんだよ、改まって」


 間を作ったことで、拓斗が話を始める空気ができた。


「利一が男のナニをアレしなきゃイケない生活が一生続くなら、いっそのこと身も心も女になれるよう働きかけた方がイイんじゃねェかって、さっきまでそう思ってたんだ。言わなかったけど、そうするつもりだった」

「え、ぅええ、やめてくれよな」

「わかってる。そんな特能があるなら必要無さそうだ。オレも、もう緊張しねェ」

「つまり?」

「……お前とは、今までと同じ関係でいられそうだ」

「本当か!?」

「……これまでと違う関係になっていくことも、覚悟してたンだけどな」


 やっぱり友情崩壊の危険を拓斗も感じていたのか。

 そうならなくて本当によかった。

 でもそれなら、もっと嬉しそうに言ってほしいんだけど。


「とりあえず、風呂場を借ります……」


 そう言って、もそりと立ち上がった拓斗がズボンを拾い上げ、部屋を出た。

 なんかテンション低いけど、男ってそういうもんだしな。

 なんにせよ、終わり良ければ全て良し。


「これにて一件落着!」


 晴れ晴れとした気持ちでカーテンを開け放つと、窓の外には、オレの心象を表しているかのように、どこまでも澄み渡った青空が広がっていた。

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