第94話 オーパブ防衛戦開始
もう一人の転生者は騎士団の近くにいる。
――近く?
スミレナは、すかさず自分の考えに疑問を持った。
リーチから友人のことは聞いていた。
その話は憧れと感謝に満ち、そして自慢げでもあった。
引きこもりだったというリーチのことをいつも気にかけ、助け、外へ引っ張って行ってくれる、バイタリティーに溢れた人物。
そんな人間が、人探しを他者に依頼だけして、自分は大人しく報告を待っているということは考えにくい。誰よりも率先して探し回るはずだ。
そのためには、情報を集めやすい立場でなければならない。
転生者だと明かしているなら、ある程度の特別待遇を求めても融通は利くはず。
つまり。
リーチの友人は騎士団の近くにいるのではない。
――騎士団の中にいる。
「その彼は騎士なのね」
スミレナはここで、当たり前のように自分が〝彼〟と呟いたことに気づいた。
そう、普通に考えれば〝彼〟なのだ。
リーチから聞いていた転生という措置に照らし合わせればだ。
しかし、リーチは〝彼〟から〝彼女〟になった。
非常に珍しいケースだと言われたそうだ。リーチは例外と考えるべきだろう。
アーガスは黙している。スミレナの言葉に間違いがないからだ。
すなわちリーチとは違い、友人の方は真っ当に男として転生したと考えられる。
ならば、そもそも例外が存在するということを知らないのではないか?
リーチもまた、男として転生してきていると思っているのではないか?
おそらく、この推理は間違っていない。
だから先程、アーガスは断じたのだ。
あの〝娘〟は転生者ではない、と。
転生におけるイレギュラーを一から説明しようとしても、聞く耳を持ってくれるかわからない。それより、こちらにも転生者がいるのだと納得させることが先決。
そのための手札をスミレナは持っている。
スミレナは知っているのだ。転生者が〝タクト〟という名前であることを。
ふと、思い出す。
つい先日、アーガスが酒場に来た時のことを。
アーガスの傍に毛色の違う騎士がいたことを。
他種族交流が盛んな【オーパブ】の視察、もしくは漠然と転生者に関する情報を集めに来たのだと思っていたが、リーチに焦点を絞っていたのだとすると。
「まさか、アラガキさんが……」
「アラガキ? タクトがどうした?」
瞬間、スミレナは舌打ちしたい衝動に駆られ、自身の失敗を悔やんだ。
先に名前を出されてしまった。
一度も登場していない〝タクト〟の名前を提示することで、転生者がいることだけは証明できた。それなのに不用意にした発言のせいで、そのチャンスを逃してしまったのだ。
だが、繋がった。アラガキタクトという人物の存在は明らかになった。
こうなったら、もう一度二人を会わせ、前世での記憶を話し合うなどして互いを認識してもらうしかない。
「アラガキさん、いいえ、タクト君はどこにいるの?」
「この場にはいない」
「連れて来ていないの?」
「こちらの事情だ」
「こっちの事情でもあるのよ」
頭の柔らかい者なら、確定的な情報が出ないまでも、これまでの遣り取りだけで【オーパブ】に転生者がいる可能性の高さを無視はしないだろう。
だが、アーガスは――否、騎士団はこれをあえて見ようとしない。
「騎士長さん、言っていたわよね。転生者は強い力を持っていることが多いから、協力を得られれば、魔王勢に対抗する戦力として頼もしい存在になるだろうって。そう言うからには、タクト君はそれに当てはまるんでしょう?」
「だったらなんだ?」
「ウチのリーチちゃんを討伐したなんてことが知れたら、後でタクト君がどういう行動に出るかしら? 少なくとも協力を得るなんて、絶対無理だと思うけど」
「何に重きを置くかだ。騎士団は魔物の討伐を最優先に行動する」
「……でしょうね。だから騎士団って嫌いなのよ」
たとえ転生者だとわかっても、それが魔物に分類されるなら討伐するのか?
そんな質問が頭に浮かんだが、スミレナは口にはしなかった。
「騎士長、その女の言葉に耳を傾ける必要などありません」
アーガスとスミレナの会話に割って入ってきたのは、【オーパブ】への侵攻開始を今か今かと待ち望んでいる部隊長、シコルゼ・スモルコックだった。
「かねてより国の危険因子だった【オーパブ】が町民を扇動し、武装蜂起しているのです。殲滅の理由は十分揃っているではないですか」
「……わかっている」
「でしたら早く出撃命令を。アラガキのことを気にされているのでしたら、転生者などいなかったと後で報告すればよろしいではありませんか」
「正義の騎士様とは思えない、まるで悪役のような台詞ね。だけどいいのかしら? ウチの子も凄い力を持っているのよ? もしかしたら魔王だって倒せちゃうかも。味方につけた方がいいと思うけど」
「特能持ちだとは聞いているが、そんな口車に乗るものか」
シコルゼは鼻を鳴らして一蹴した。
心中にあるのは、任務遂行とは別に、縄張り意識に近いものもあった。
シコルゼの自信の根幹には、自分が特能持ちであるということが大きく関わる。
騎士団にはカリーシャとシコルゼ、二人の特能持ちがいる。
カリーシャの特能は非戦闘系。シコルゼの自尊心が揺らぐことはなかった。
そして、ここへ新たに拓斗が加わる。
シコルゼは拓斗が気に入らなかった。直接本人にもそれを言っていたが、何より特能の希少性を薄め、自身のアイデンティティーを脅かしかねない存在を許したくなかったのだ。
拓斗に決闘を申し込んだのも、同じ特能持ちでも自身が上であることを知らしめたいという恣意的な思惑もあった。そして、それは成功する。
「勘違いするな。我々騎士団は転生者の力になど頼ってはいない。自らの力だけで魔王を討伐することこそが悲願であり、それによって騎士の誇りは十全に守られるのだ。転生者を探すのは、単に他国に奪われるくらいなら手元に置いておいた方がマシというだけのことだ」
半分は本心だが、もう半分は、やはり個人の感情だった。
スミレナがなんとなしに言った「魔王だって倒せるかもしれない」はシコルゼにとって禁句だと言える。そんな特能を持つ人材を引き入れるわけにはいかない。
そんな思惑を見抜いてのことではないが、今度はスミレナが鼻を鳴らした。
「くっそくだらないわね。騎士の誇り? 何百人も引き連れて、女の子一人を手にかけようとしている時点で誇りなんてあるわけがないでしょう。逆に訊きたいわ。恥ずかしくないの? ねえ、男として恥ずかしくないの? ちゃんと付いてる? 名前のとおり、付いてるかどうかもわからないくらい小さいの?」
「こ、この女……ッ」
シコルゼにとっての禁句その二であった。
どちらをより気にしているかを考えれば、こちらをその一に据えるべきか。
「騎士長、出撃命令を!」
「…………」
アーガスは一抹では足りない不安と焦りを感じていた。
口頭で認める認めないは別にして、アーガスはサキュバスの娘が転生者だということを、この時点で八割方信じていた。
だからこそ手を打つ必要がある。
アーガスの頭に、何が騎士団にとって有利になるかという考えは無い。
何をどうすれば、最も最少の被害で済むか。そればかりを考えていた。
拓斗はリーチを探し人だと認識していない時から惹かれていた。
これで事実を知ったらどうなるか。
確実に。絶対に。拓斗は間違いなく【オーパブ】陣営につく。
それを前提に考えるとする。
このままサキュバスを討伐すれば、拓斗は騎士団を恨み、敵対するだろう。
貴重な転生者を敵に回すことになるのだ。
しかし、ここでサキュバスを討伐しておかなければ、転生者が二人とも敵に回ることになる。それだけは避けなければならない。
一か二。簡単すぎる数の問題だった。
アーガスが町に向けて手をかざし、決断を下す。
「第二部隊、出撃せよ」
「第二部隊、出撃する!! 僕に続け――!!」
シコルゼが部隊長として、声を張り上げてアーガスの号令を復唱した。
町に広がっていた不気味な静けさを、けたたましい蹄の音が打ち破る。
――進軍開始。
「馬鹿だわ。本当に馬鹿ね」
数人の騎士とアーガスを残し、シコルゼが部隊を率いて町の中へ入っていくのを見つめていたスミレナが、悲しげに言った。
「私も行くとしよう。スミレナ・オーパブ、お前はここで拘束させてもらうぞ」
「お好きに」
アーガスの後ろに控えていた騎士二人がスミレナに近づいた。
「領主さん、グンジョーさんと一緒に、戻ってリーチちゃんに伝えてくれる?」
「言伝……ですか? なんと?」
「探し人は騎士の中にいる。あの時酒場に来た彼がそうだって」
言っておかなければ、リーチは自分が最前線に立って戦おうとするだろう。
自分のために戦っている人たちが傷つくのを、黙って見ていられるような子ではない。それをわかっているため、スミレナは何がなんでも生き残る理由を持たせておきたかった。いざという時は、逃げるという選択を取れるように。
「ですが、スミレナ嬢一人を置いて行くわけには」
「それなら、後で助けに来てくれると嬉しいわ」
「しかし……」
「お願い。全部解決したら、手くらい握ってあげてもいいから」
「拝命いたしました!!」
敬礼と共に答えたザブチンが、動きづらそうな服をばっさばっさとはためかせてシコルゼたちの後を追った。グンジョーもそれに続く。
「諦めろ。もう手遅れだ」
アーガスの言葉に、スミレナが「そうね」と返した。
「双方、ある程度の被害は覚悟する必要があるかもしれないわね」
「双方? 騎士を見くびっては困る。一般人など物の数に入らない」
「一般人は一般人でも、あの子のためなら命を賭すことさえ厭わない変た――勇気ある男たちが相手なのよ。そう簡単にはいかないわ」
「だとしても、時間の問題だ」
スミレナは、もう一度「そうね」と返した。
時間の問題。それは正しい。アーガスの言うとおり、騎士と町民では地力に差がありすぎる。遅かれ早かれ追い詰められるだろう。
だからこそ、彼女が腰を上げるのは時間の問題なのだ。
アーガスは失念していた。
憶測の域を出ないとはいえ、その存在の匂いは確かにあったのに。
アーガスは知らない。
真に恐ろしいのは町民でも転生者でもない。
転生者を守護している彼女――最強のチート生物なのだということを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます