第88話 間違いであってくれ

【メイローク】に利一りいちはいない。

 そう大きくない町だ。町の情報が集中する酒場の主人と、町の領主が知らないと言うンだから、俺がいくら聞き込みを続けても時間の無駄だろう。

 そんな残念な結論に至り、領主の屋敷で一泊した俺とアーガス騎士長は午前中に【メイローク】を発った。


 最後に一目、彼女の姿を見たいと思って【オーパブ】の前を通ったけど、酒場は夜しか営業していない上、今日は定休日らしくて鎧戸が締められていた。

 帰りはアーガス騎士長の後ろに騎乗して馬を走らせた。


「結局、手掛かりは無しだったか」

「せっかく時間作ってもらったのに、悪ィな」

「気にするな。私は私で確認しておきたいことがあった」


 確認というわりには、ずいぶん長々と話し込んでいたようだけど。

 昨夜だけじゃなく、今朝も早くから物々しい空気を匂わせていた。


「領主となんの話をしてたンだ?」

「【メイローク】の抱える危険性についてだ」


 話題振りをミスったかな。こりゃ楽しい話にはなりそうにない。


「俺の印象としては、むしろ王都より雰囲気がイイと思ったけどな」

「王都は【メイローク】を――というより、ある店を危険視している」

「【オーパブ】のことだよな?」


 それしか考えられない。アーガス騎士長が、わざわざ足を運んだこともあるし。

 背中越しに、アーガス騎士長が頷いたのを感じた。


「あの店のどこをそんなに危険視してるンだ?」

「他種族を扇動し、王都に対して蜂起するのではないかという可能性だ」


 この場合の他種族ってのは、保護指定されていない種族のことだろう。


「保護指定されてる種族と、されてねェ種族が持ってる権利の差ってのは、王都を駆け回ってた時になんとなく把握したけどさ。なんつーのか、わりと蜂起されても仕方ねェことを人間はしてンじゃねェの?」


 経営権。居住権。その他いろいろなところで待遇の差を目の当たりにした。

 保護指定種族以外立ち入り禁止と書かれた看板を出している店もあった。

 何より、保護指定されていない種族に向ける上から目線。あれは酷い。


「アーガス騎士長は区別だって言ったけど、俺にはやっぱ差別に見える」

「保護指定されないのは、されないだけの理由があるのだ」

「それだって、人間の物差しだろ」

「圧倒的に人間の数が多い世だ。ある程度、人間を優先するのは当然だろう」

「かもしんねェけど」


 民主主義なんて言葉がこっちの世界にもあるのかは知らねェが、これはちょっと違うよな? だって、勝ちの決まっている投票をしているようなもンだ。


「俺がモヤモヤすンのはそこだけじゃねェよ。王都の人間は、保護指定されている種族に対しても壁作ってるよな。どうしてここまで種族分けにこだわってンのか、俺にはそこがわかんねェ。酒場にいた客たちみてェに、種族関係なく皆でワイワイやりゃイイじゃんか」


 それを否定する意味が不明だ。王都はむしろ【オーパブ】に倣うべきだろ。


「別に、おかしなことは言ってねェよな?」

「そうだな。叶うならば、それが一番かもしれん」

「叶わないっつー根拠は?」

「かつて人間は、知能を持つ種族の中で最底辺の地位にあった。支配されていたと言い換えてもいい」


 いきなり話が飛んだな。


「史によれば、三百年ほど前から急激に数を増していき、その地位を少しずつ向上していったとある。人間はほとんど魔力を持たず、肉体的な強さに秀でているわけでもない。だから個の能力で劣るところを数で補ったのだ。おかげで今では最大数となり、最も力を持つ種族に台頭した」

「それがどうしたンだ?」

「人間は支配されていた頃に戻りたくないのだ。他種族と完全に交じり合った社会になれば、個の能力不足が露呈してしまう。そうなれば、人間の地位はあっさりと覆されてしまうだろう」

「だから〝区別〟するのか」

「そうだ」


 あー、くそ。

 ……納得しちまった。

 それは俺が、今も人間の立場で物事を考えているからだろう。

 全ての種族を平等に扱うことで自分の地位が下がるのなら、今のままでいた方がイイのかなって、そう思っちまった。

 だけど、それだと人間じゃない種族に、どうしたってシワ寄せが行く。


「魔物だったら仕方ねェよ。危険な種族とは相容れない。そりゃわかる。でもさ、保護指定するかしないかを人間の尺度で決めるのは勝手すぎンだろ」


 俺の頭にあるのは彼女のことだ。

 アーガス騎士長が彼女に人間かと尋ねた時、彼女はひどく慌てた。

 つまり、種族名を知られたくない。保護指定されていない種族なンだろう。


「お前は今、【オーパブ】にいた娘のことを考えているのだろう」

「……まァな」

「忘れろ。後で辛くなるだけだ」


 ほんの少し、イラっとした。


「保護指定されていない種族だからだってか? そういうのは勘弁だぜ」

「魔物だ」

「は?」


 なんて?


 ……いや、ちゃんと聞き取れた。

 にもかかわらず、頭がそれを理解しようとしなかった。

 言葉に詰まる俺に、アーガス騎士長が、よりはっきりとそれを告げた。


「あの娘は、おそらく魔物に分類される種族だ」

「いや、何言ってンだ? 魔物って、彼女のどこが」

「お前はホログレムリンを魔物の基準に置いているのだろうが、魔物だからとて、その姿が異形だとは限らん。人に害を為す存在かどうか。焦点はそこにある」


 今度はほんの少しじゃない。髪の毛が逆立ちそうになるほどイラっとした。


「あの子にどんな害があるってンだよ」


 声に明らかな怒気を含めた。


「今朝、屋敷にやって来たグンジョー・マツナガという男がいただろう?」

「ちょびヒゲ眼帯で山賊面のか? なんか全身ボロボロだったけど」

「彼に暴行を加えたのが、あの娘だという話だ」

「…………嘘だろ」

「まだ真偽はわからん。彼の証言だけでは、魔物だという確証にはならない」

「そ、そうだよ! なんかの間違いに決まってる!」

「確認のため、後日カリーシャを【メイローク】に送ることになる」

「……ッ!」


 カリーシャ隊長の特能は、相手のステータスを視破ることができる。

 名前、年齢、種族、レベル、職名から特能の有無まで全てを暴く。


 それで魔物だと判断されたら。

 人間を傷つけたのが事実だとわかったら。

 彼女は……どうなるンだ?


 怖くて訊けなかった。





 俺は祈った。

 間違いであってくれと。


 しかし異世界のフラグって奴は、どうあっても期待を裏切ることを拒むらしい。

 翌日の早朝、騎士団本部に急報が届いた。



 ――【オーパブ】が匿っていた娘が【メイローク】の領主邸を襲撃した。



 情報は交錯していた。

 対象とは別に魔物が現れたとも。

 襲撃されたはずの領主がそれを否定しているとも。

 これらのことから、対象は他者を洗脳する力を備えている恐れがある。

 第三小隊隊長カリーシャ・ブルネットによる事実確認が急がれる。

 その結果如何によって、王都騎士団は対象の討伐に踏み出すとの判断を下した。

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