第87話

『快楽に堕ちるダークエルフ姉妹 ~触手には勝てなかったよ~』


 ザインが起動させた投影魔石が、浴室の壁にそんなタイトルロゴを映し出した。

 これより野郎二人が並んで胡坐をかき、AV観賞と洒落しゃれ込むわけだが。

 マジで、どうしてこうなった……。


「なんで触手?」

「この作品には、男優の代わりに【ペロメナ】という水棲の触手モンスターが起用されている。此奴は雌なら他種族であろうと見境なく襲いはするが、それは快楽のためではない。女が出す蜜を餌として好むからだ。欲望ではなく、生きるための糧とするために襲う。ここに我は、観賞に足る譲歩を見出したのだ」

「あっそう」


 映像には、ちゃんと音声も入っていた。

 いきなりそれっぽいシーンに入るンじゃなく、どうやら物語仕立てになっているらしい。どこぞの田舎風景から始まった。


 そしてタイトルどおり、姉妹らしき二人の女性が登場した。

 褐色の肌に、一点のくすみもない白髪。そして耳が尖っている。

 姉の方は背が高くてスレンダー。剣を携え、騎士のような甲冑を纏っている。

 妹は小柄なのにグラマラス。魔法使いみたいな杖を持ち、ローブを着ている。

 タイプは異なるが、二人ともが文句なしの美人だ。


「女優がダークエルフなのは趣味か?」

「我に偏った趣味はない。およそ人の形をしているのであれば、幼女から熟女まで全てが我の守備範囲だ。さすがに老女に欲情はせんがな」

「幼女にもすンなよ」


 ザインは俺のツッコミも意に介さず続けた。


「今回、ジャンルにダークエルフを選んだのは少々複雑な理由がある。我の部下にダークエルフの女がいてな、性に対して些か潔癖なところがあるのだ。いつも我にパンツを穿け穿けと小うるさく言ってきおる」

「いや、パンツは穿けよ」


 つーか、私兵として領主に雇われているくせに、部下だって?

 隠すつもりがないのか、あまりにもさらりと言ってのけてしまうので、かえって追求のタイミングを失ってしまう。


「女優がダークエルフである本作を観賞しているところを奴に知られたりしたら、おそらく、我は毛虫の如く軽蔑されるだろう。『魔お――ザイン様、本日付けで退職させていただきます』などと言われても不思議は無い」

「だからこうして、出張先の風呂場でこっそり楽しもうと思ったと?」

「楽しむのが目的ではない。我が紳士であることを再確認するためだ」

「さいですか」


 なンにせよ、今の俺に、勃ったら負けなんていう勝負を持ち掛けた時点でお前の負けは決定している。EDの俺に死角はない。まさに無敵。


「俺は妹の方が好みだな。巨乳だし」

「ふ、若いな。女の乳に貴賎など無い。我は無乳から爆乳まで、ありとあらゆる乳の素晴らしさを語ることができるぞ」

「お前、相当な女好きだな。軽く引くわ」

「女あるところに我あり。我あるところに女あり。我は世界が平和になろうが破滅に向かおうが興味は無いが、美しい女がいる限り、我はこの世界を愛そう」


 言ってることは頭おかしいのに、こうも堂々と言われると、うっかりカッコイイんじゃねェかと錯覚してしまう。


 それからしばらく、肌色面積が増えることもなく物語は進んだ。

 貧しい村で育った姉妹には、それぞれ剣と魔法の才能があったため、これまでも二人で森へ入り、狩りや山菜採りをして村の生計を助けていた。

 さすがは剣と魔法のファンタジー世界が舞台だな。CGなんて使わなくても素で魔法が飛び、映像も迫力がある。


 そんなある日、村を流行り病が襲った。

 薬が無ければ死亡率100%の恐ろしい病気だ。しかし、薬は高価で、村人全員の分を買うことはできない。せめて子供たちの分だけでも、と言って犠牲になろうとする大人たちの名演技で涙を誘った。

 薬の材料となる花(という設定)は森の奥深く、危険区域にある。普段は近づくことすらしないが、事は一刻を争う。二人で採りに行こうと姉妹は決意する。


 姉妹が森に入るまでの導入に三十分ほど使っただろうか。

 気づけば俺は、ザインと言葉を交わすのも忘れて物語に引き込まれていた。


「これ、話としても普通に面白いな」

「くく、どうやら貴様は術中にハマってしまったようだな」

「なんだと?」

「前評判にあったとおりだ。この作品は、まずストーリーで引き込み、女優に感情移入させる。配役の情報もろくに与えられぬまま行為に及ばれたところで、満足な興奮は得られない。貴様も男ならば理解できよう。見知らぬ女の裸よりも、慣れ親しんだ女の裸の方が何倍も興奮するということを」

「確かに!」


 オリジナルエロより、時に二次創作のエロ同人の方が興奮する心理に近い。

 そこで、ニヤリと笑ったザインが、森の深層へと進む姉妹を指差した。


「貴様は彼女らを、既に村人と同じ目線で応援しているはず。どうだ?」

「そ、そのとおりだ……」

「いよいよだぞ。理性をフル稼働させて性欲に抗ってみせよ」

「敵に塩を送るなンざ、余裕のつもりか?」


 嫌味たらしく言ってやると、ザインが俺の股間に視線を落としてきた。


「いかに素振りを繰り返そうとも、実戦経験の無い童貞ではそこまで見事に黒光りした艶は出せぬ。貴様の一物、相当な場数を踏んでいるとみた」


 そりゃまあ、体は元愛玩人形ラブドールだからな。

 持ち主がアレなもンで、いったいどんなプレイを経てきたのか想像もつかない。


「故に、我は直感した。相手にとって不足無しだと。タクトよ、己に恥じぬ戦いをしようではないか。無論、勝つのは我だがな」

「あ、ああ」


 ズキン……。

 胸に、小さな痛みが走った。

 その原因に気づいていながら、俺は目を背けるように動画を観続けた。


 苦難の末、ついに姉妹が目的の花を見つけた。それは水に浮かぶ蓮を思わせた。

 薄桃色をした花が視界いっぱいに広がっている。甘い香りが映像を通してこちらにまで伝わってくるかのようだ。

 姉妹は手を取り合い、浅い水辺で跳ねるようにして喜んだ。

 そんな彼女たちの足下、水面下から忍び寄る影があるとも知らずに。


「来るぞ、タクト。括目せよ」


 ザインが拳を握り固め、くわっと目を見開いた直後、



 キャアアアアッ!



 ダークエルフ姉妹の叫び声が響き渡った。

 水中から飛び出してきた赤黒い触手が、にゅるる、と瞬く間に足首に絡みつき、太ももを上って腰へ、胸へ、首へ、全身にまとわりついていく。

 一本一本が女性の腕ほどの太さがある。そんな触手が数十と群がり、彼女たちを縛り上げた。

 あれがペロメナ。でかいイソギンチャクみたいなモンスターだ。


 俺はというと、妹ダークエルフに目が釘付けになった。締め付けることにより、服の上からでもはっきりとわかる体の起伏。パイスラッシュの破壊力が凄まじい。

 触手が鎧や服の隙間から侵入し、内側で蠢いた。

 彼女たちの口から、くすぐったさを堪える淫靡な喘ぎが漏れ出す。


「くく、この程度ではまだ反応せんか。当然だな」


 そうでもない。EDペナルティーがなかったら、この時点でヤバかったと思う。

 そして事態は急転する。

 触手が姉の鎧を剥ぎ取り、妹のローブを引き千切った。

 大小合わせて四つのおっぱいが白日の下に晒される。


「「おおおおおおおおおおおおおお!!」」


 俺とザインの歓声が浴場で反響した。

 ちらりと隣を見るが、自信満々なだけあって不動を貫いている。


「やるではないか。さすが、我が見込んだだけのことはある」


 お前こそな。

 そう言ってやりたかったが、そんな対等な台詞を口にするのが憚られた。


 では次だ。そう言わんばかりに、艶めかしい肢体を触手がぬらぬらと這い回り、おっぱいを揉んだり引っ張ったりとやりたい放題だ。


「魅せ方が上手い。想像以上に官能的ではないか。さしもの我も興奮を禁じ得ん」

「エロ動画はそこそこ見慣れているつもりだったが、こいつはヤベェな……」


 作り物じゃない本物の触手だからか。リアルなエロさがハンパない。

 だが、おっぱいを弄る程度のことは、触手にとって前菜でしかなかった。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 とうとう姉妹たちは触手に下も剥ぎ取られ、布の切れ端を体に張りつけただけのほぼ全裸状態となった。しかも、ただの全裸じゃない。


「ここ、これ、無修正なのか!?」

「無修正? 何を修正するのだ?」


 修正という概念が無いだと!? 異世界スゲェ!!

 そこからはもう、描写するだけでも各所からお叱りを受けてしまいそうな卑猥な展開が繰り広げられた。ペチャペチャヌチヌチグチュグチュニュポニュポ。両手に蜂蜜を塗りたくったみたいな水音が絶え間なく響く。

 この段階で、彼女たちからは喘ぎ声が聞こえなくなっている。

 何故かって? 塞がれているからさ。


「タ、タクトよ、そろそろ限界が近いのではないか?」


 俺は答えない。股間もまた、しーん、と無反応。なんか悲しくなってきた。

 彼女たちは様々な体位を強いられた。

 足をM字にされたり、体ごと逆さまにされたり。

 触手に媚薬効果でもあるのか、姉妹同士で絡み合ったりもした。


「ぐ、ぐぐ……。信じられぬ。よもや、これでもまだ勃ち上がらんとは」


 かろうじて持ち堪えているようだが、ザインこそ限界は近い。

 ケチャップでもマヨネーズでもイイが、ぶりっ、ぶりゅりゅっ、と空気が漏れるあんな感じのサウンドを奏でながら、触手が白いナニかを噴出していく。

 彼女たちの褐色の肌が、みるみる白く塗り替えられていった。


 ザイン、三割増しくらいになってる。

 俺、しーん。


「呼吸、心拍、間違いなく興奮しているのはわかる! だというのに、なんという不屈の精神力! 貴様、本当に人間か!?」


 もしかすると、途中で勃つんじゃねェかと何度も思った。

 本物のEDさえ治療してしまいそうなエロさが、この動画にはある。

 なのに勃たない。本来なら、もう百回は勃っているはずなのに。


「無念……ッ。もはや……これまでか」


 自らの太ももに爪を立てて耐えていたザインが悔しそうに呻いた。


「タクト、貴様の勝――」


 バンッ!

 ザインが宣言するより早く、俺は投影魔石を頭から押さえつけた。

 壁に映し出されていた映像が、ふっと掻き消える。


「やっぱ、フェアじゃねェ」


 卑怯だった。勝負を受けた時点で恥ずべきだった。

 ザインは俺を一人の男と認めて勝負を挑んできた。

 なのに俺は、こんな反則まがいのことで勝ちを得ようとした。


「……俺、この屋敷に来る前、酒場に寄ったンだ。そこでたらふく酒を飲んだ」


 てのは嘘だけど。俺、未成年だし。


「だからちょっとばかし、勃ちが悪くなってるンだわ。そんな状態で勝負するのはフェアじゃねェよな。言うのが遅くなってすまねェ。悪ィが無効試合にしてくれ」


 言うと、ザインが目をぱちくりとさせた。

 次いで、くっくっと可笑しそうに笑った。


「そのまま勝ちを持っていけばよかろうに。なんとも馬鹿な奴よ」

「馬鹿で悪かったな」

「褒めているのだ」

「変態に褒められても嬉しかねェよ」


 ザインの眉がぴくりと動く。


「まだ我を変態と呼ぶか」

「変態は変態だろうがよ。……けど、紳士だった。俺よりよっぽどな」


 またしてもザインが目を瞬かせた。


「変態紳士か。くく、褒め言葉と受け取っておくとしよう」

「好きにしろ」

「気に入ったぞ。男の名など普通は覚えんのだが、特別に貴様の名はフルネームで覚えておいてやろう。タクト、名乗れ」

「王都騎士団所属、新垣あらがき拓斗たくとだ」

「記憶した。勝負は持ち越しだ。次会った時こそ見せてもらうぞ。貴様の勃起ホンキを」

「ああ、約束だ」


 互いを認め合い、俺とザインはこつんと拳をぶつけ合った。





 結局、ザインがなんの目的で転生者を探しているのかは聞けずじまいだった。

 でもまあ、あいつは他国の間者とか、そういうまだるっこしいことはしない気がする。ひたすらに変態で、愚直なまでに紳士だった。


「とりあえず、しばらく野郎の全裸は見たくねェな」


 そんなことを呟きながら、俺は客間として用意された部屋の扉を開けた。

 ムキムキした全裸のオッサンが、ベッドの上でストレッチしていた。


「タクトか。長風呂だったな。私は朝風呂をいただくことにした」

「……アーガス騎士長、なんで裸なンだ?」

「私は寝る時、いつも全裸だが?」


 いらん情報が増えた。

 個室をもらえたわけじゃねェのか。アーガス騎士長と二人部屋。なんか怖ェな。

 それでなくとも、他人と寝るのって、なんか落ち着かねェんだよ。


「アーガス騎士長って、イビキかく?」

「いや、静かなものだと思うが?」


 だったらまあ、一晩くらい我慢するか。


「イビキはかかんが、少しばかり寝相が悪くてな。もしかすると、夜中にそっちのベッドに潜り込んでしまうかもしれん。その時はよろしく頼む」

「OK」


 俺は部屋を出て、他の寝床を探した。

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