第86話 紳士の証明

「勝負の前に訊きたい。転生者を探しているって話は本当か?」

「領主が口を滑らせたか。それがどうした?」


 準備運動のつもりか、それともデモンストレーションか、ザインと名乗った男は腰を左右に振ってナニを太ももにぶつけ、パチン、パチンと打ち鳴らした。


「探している理由はなンだ?」

「逆に問おう。それを知ってどうする?」

「先に質問してるのはこっちだ」

「答える義務は無いわけだが?」


 情報への飢え。この差で相手に主導権イニシアチブがある。

 やむを得ず、俺から答えることにした。


「魔王は転生者を狙う。俺は騎士だ。魔王より先に見つけて保護する必要がある」

「ふ、模範的な答えだな。ならば我も同じように上辺だけの回答をくれてやろう。転生者が、我にとって有益となる存在であるかを見極めるためだ」


 有益? こいつ、ただの傭兵じゃねェのか?

 この世界の情勢をアーガス騎士長に要約してもらった時、こんな話を聞いた。

 暗黙の了解として、魔王討伐を果たした国が世界の覇権を握るだろうって。

 まさか、転生者の力を欲している他国の間者?


「……俺が嘘を言ってるってのか?」

「嘘は言っていないが、本当のところは隠しているだろう? 貴様の言動は全て、転生者が存在するということが前提にある。名をなんと言ったかは忘れたが、我を転生者と勘違いして呼び掛けたな? ということは、貴様は転生者の姿を知らないにもかかわらず、存在していると信じる何かがあるのではないか?」

「別に、転生者だと思って声を掛けたわけじゃねェよ」

「声が少し上擦ったぞ。あまり嘘は上手くないようだ」

「鎌掛けはやめてくれねェか」

「もっと言ってやろうか? 戯れ程度にした我の言を、領主が率先して騎士に報告したとは思えぬ。すなわち、貴様自身が転生者を探していたからこそ領主に情報を求め、ひいては我のもとへやって来たということだ。隠すのなら、我が転生者ではなかった場合の対応も用意しておくべきだったな。それほど慌てていたのか?」


 この野郎、変態のくせして鋭いじゃねェか。


「それだって憶測だろ」

「否定する要素があるなら申せ。聞いてやろう」


 数秒あれば思いついた。

 だけどこの場合、即答できない時点で肯定しているのと同じことだった。

 口ごもる俺の様子を見て、ザインは愉快そうに笑んだ。


「これでお互い、勝負に賭けるものは決まったな」


 どうして転生者を探しているのか。

 互いに秘めたその理由を勝利報酬とする。


「【勃ち合い】とか言ったな。どんな勝負なンだ?」


 とある類人猿のオスは、優劣を決めるためにペ●スフェンシングなる行為に及ぶという。この【勃ち合い】という勝負も、ネーミングからして、それに類するものなンじゃないだろうか。だとすれば、勝敗以前に勝負が成立しない。

 何故なら、俺は今、特技使用のペナルティーで不能状態にあるからだ。


「そうくな。我も確認しておきたいことがある」

「何をだ?」

「貴様は、我が紳士ではないとほざいた。それは言い換えれば、少なくとも貴様は自分を我以上の紳士であると言っていることになる。これに異論はあるか?」

「俺は自分が紳士だなんて偉そうに主張するつもりはねェ。けど、お前の方が紳士だと認める気もねェ」

「くく、我という大海を知らぬが故の発言か。だが許そう。その非礼は敗北という辛酸を舐めることで、自ら贖罪しょくざいするがいい」

「……ッ、早くルールを説明しろよ!」


 こいつの中にある絶対的な強気の源がわからないせいで、不気味極まりない。


「この勝負は、我と貴様、どちらがより紳士であるかを競うためのものだ」

「紳士を、競う?」

「タクトよ、貴様が思い描く紳士とはいかなるものだ?」


 俺の中にある紳士像?

 考えたこともないから、明確にこれといったイメージがあるわけじゃないけど。


「立ち居振る舞いが優雅で、女性に優しいとか?」

「ほう、正鵠を射ているではないか。そのとおり。女を雑に扱う者は紳士に非ず。否、男に非ず! 人間であろうと、魔物であろうと、女を無理から手籠めにしようなどという輩は、我が手ずから処罰することにしている」

「それについては賛同できる」

「男の一物はなんのためにある? 女を犯すためか? 違う! 女を愛するためにあるのだ! それが理解できぬ者に、勃起する資格は無い!」


 熱いぜ。

 こいつは変態だけど、どうやら〝ド〟の付くフェミニストらしい。

 ザインの言葉を聞いて、ふと酒場の彼女が思い浮かんだが、気が早すぎるな。


「朝勃ちのみ例外とするが、まことの紳士ほど股間の宝刀を抜くべき時を知るものだ」

「所構わずおっ勃てているようじゃ、一流の紳士とは言えねェってことだな」

「いかにも。股間の太刀を満足に揮うためには、己の勃ちを制御できなくては話にならん。そこで、これだ!!」


 持論を熱弁したザインが、浴槽の縁に置いてあった洗面器の中から水晶のような物を取り出した。それはちょうど片手に乗るくらいの三角柱で、透明かと思えば、角度によっては虹色にも見えた。


「なンだそりゃ?」

「見るのは初めてか。レアなアイテムだから仕方あるまい。これは水属性の魔法を応用した投影魔石だ。ある映像が記録されている」


 プロジェクターみたいなものか。


「どんな映像が入ってるンだ?」

「凌辱系のエロ動画だ」

「オイ、紳士」

「誤解するな。本来、我は和姦モノにしか手を出さん」


 いや、ツッコみたいのはそこだけじゃないから。

 なんでそんなもンを風呂場に持ち込んでンの?


「これに収められているのは紳士的とは程遠い代物だ。我もまだ未観賞なのだが、女が無理やり手籠めにされている動画であることは間違いない」

「それをどうしようってンだ?」

「この場で貴様と共に視聴する」

「ド変態め」


 一瞬見直しかけていたのに、好感度が一気にマイナスまで落ち込んだ。


「我の意図がわからんか? 一口に【勃ち合い】と言っても、そのバリエーションは多岐に渡る。いかに早く勃てるかを競うこともあれば、反りの角度を競うこともある。我が最も得意としているのは勃ちによる重量上げと牽引力なのだが、今回はそのどれとも違う」


 え、得意とするって、過去にそういうことを何度もやってるわけ?

 やだ、この変態、年季が入ってる。


 だけど、ここまで聞けば変態が何を考えているのか、なんとなくわかってきた。

 ED中の俺には勝ち目がないと思っていたけど、それどころか――。


「本物の紳士であれば、己を律し、凌辱系などで勃ててしまうことはない。故に、我と貴様、どちらがより紳士であるかを測ることができるという寸法だ」

「つまり?」

「勃った方が負けだ」


 これ、俺の勝ち確定じゃね?

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