第85話 宿命の出会い

 うわー。

 俺が【メイローク】の領主に抱いた印象は〝恥知らず〟だった。

 アーガス騎士長にはべたべたのおべっかを使い、派手な語りのパフォーマンスで【オーパブ】に難癖をつけ、経営危機に追い込もうとしていた。

 だけど馬鹿だった。領主は、それができるだけの器量を備えていなかった。

 真っ向からスミレナさんに喧嘩を売り、あえなく惨敗していた。

 スミレナさんに味方した俺が言うのもなンだけど、見ていて可哀想になるくらいボロクソにされていた。いろんな意味で、うわー、だった。


 半泣きになった領主が退散したのを見計らい、俺とアーガス騎士長も店を出た。

 そうして馬で領主を追った。

 もちろん慰めるためなんかじゃない。スミレナさんが転生者について知らないと言った以上、酒場での情報収集は望めないだろう。それなら、今度は町の権力者に聞き込みをしよう。そう考えたからだ。


 店を出る前に、あの子の声をもう一度聞きたかったけど、スミレナさんと領主の悶着が終わると緊張の糸が切れたのか、エリム・オーパブと、酒場に不釣り合いなロリっ娘に連れられて家の中へ入ってしまった。

 やっぱり体調を崩していたようだ。女の子だし、そういう日もあるよな。

 また来るよ。

 俺は後ろ髪を引かれながら、勝手に再会を約束した。


「待ってくれ、領主サン」


 酒場から十分に離れた所で俺が呼び止めた。

 俺たちの姿を見るや、領主は情けない顔をガシガシと擦り、無理やり愛想笑いを浮かべた。従者共々乗っていた馬から降り、慌てて揉み手を作っている。

 俺も降りようとしたが、手綱を握っているアーガス騎士長の両腕に挟まれていたので断念した。つーか、今さらながらに思ったンだけど、この乗り方ヤバくない?


「先程はお見苦しいところを。ご挨拶できないまま店を出てしまい……」

「気にするようなことではない」


 馬上からアーガス騎士長が言った。俺は自分の姫ポジが気になります。

 アーガス騎士長は四十代、領主は三十代かな。一介の町領主と騎士団のトップ。この態度の違いは年齢差によるものだけじゃないだろう。


「それでぇ、何かわたしに御用でございますかぁ?」

「訊きたいことがあるンだ」

「あ、はい、なんでしょう」


 アーガス騎士長に注がれていた領主の意識が俺に向いた。


「ここ最近で、転生者が現れたっていう噂はねェか?」

「転生者、ですかぁ。わたしは存じ上げませんねぇ」


 記憶を辿る素振りさえなく即答されてしまった。

 ぎりっと奥歯を噛みしめた。【メイローク】に来たのは無駄足だったのか。

 失望に自然と肩が落ちる。

 すると、領主が思い出したように「そういえば」と言って手を打ち鳴らした。


「アナタと同じ質問を、つい先日も、別の方からされましたねぇ」

「そ、それ本当か!?」

「ええ。わたし、町周辺の治安維持のために私兵を雇っているのですが、その中の一人が転生者を探しているようなことを言っていたんですよぉ」

「そいつは男か!? 女か!? 歳は!? 十代か!?」

「わ、若い男性です。十代と言えなくも」


 このタイミングで、俺たち騎士団以外にも転生者を探している奴がいる。

 そんなの、利一りいち以外に誰がいるってンだ。


「どこにいるンだ!? 会わせてくれ!」

「わ、わたしの屋敷ですが。今からですかぁ?」

「今すぐだ!」


 領主の胸倉に掴み掛からん勢いで、馬の背から身を乗り出した。

 相手が逃げるわけでもないのに、少しでも早く会いたい焦燥に駆られた。

 俺が利一を探しているように、利一もまた俺を探している。


「もう宿は取っておられるので?」

「これから探すつもりだ」


 アーガス騎士長が答えた。


「でしたら、ぜひわたしの屋敷へお泊まりください」

「助かる。厚意に甘えさせてもらおう」


 やったぞ。ついに見つけたかもしれない。

 利一、今行くからな。





「……目立ちゃイイってもんじゃねェだろ」


 一般開放された市民プールで競泳ばりの全力泳法を披露してるみたいというか、合コンに一人だけスーツに花束を持参して来たようなというか。

 何を勘違いしていらっしゃるのか、落ち着いた雰囲気を持つ【メイローク】の町並みにあって、領主の邸宅は馬鹿みたいに悪目立ちしていた。

 ええー、何これ、城?

 でかさは王都にある城と比べりゃ微々たるもンだろうけど、童話メルヘンに出てきてもおかしくない造りの建築物がそびえ立っていた。イタタタ。

 馬を領主の従者に任せ、俺とアーガス騎士長は領主に建物内へと招かれた。


「領主サン、早速で悪ィんだけど」

「わかりました。すぐに呼びに行かせますので、少しお待ちください」


 俺のわがままにも嫌な顔をせず、領主は主の帰宅を出迎えてくれた侍女の一人に申しつけた。

 平時であれば、高そうな調度品やら内装に目を引かれるところなンだろうけど、俺はようやく会えるかもしれない親友との再会にそわそわと浮き立っていた。


 俺と同様、利一の外見も変わっているに違いない。

 あいつ、俺に隠れて筋トレとかしてたみてェだし、そのへんの要望が取り入れられているなら、案外マッチョメンに変身しているなんてこともありえるな。

 どんな姿になっていたってイイ。利一は利一だ。

 会えたら、まずは何を話そう。

 お互い無事で何より、てのは変か。死んじまってここにいるわけだしな。

 はは、いざとなると思いつかねェや。


 ぱたぱたと、さっきの侍女が足早に戻ってきた。ぽそぽそと領主に告げ、それを受けた領主が俺に報告する。


「どうやら彼は入浴中なようでして、もう少々お待ちいただければと」

「待てねェ。俺も入る。構わねェか?」

「も、もちろんです。広さだけはありますので」


 急かしまくって申し訳ないが、俺はもう一秒だって待っていたくないンだ。


「アーガス騎士長殿はどうされますか?」

「私は後でいただこう。先に領主と話がしたい。時間をもらえるか?」

「畏まりました」


 少し前から感じていたけど、アーガス騎士長はアーガス騎士長で、この町に利一捜索以外の用があったように思える。この町というか……【オーパブ】にかな。

 気にはなるが、それより今は利一のことだ。





 侍女に案内され、俺は風呂場へとやって来た。

 タオルと、寝間着にするローブを渡され、脱衣所に入る。

 アーガス騎士長宅のような露天風呂じゃなくて屋内風呂だが、領主が言っていたように大衆浴場としても使えるくらいの広さがあるようだ。

 脱衣所には一人分の衣服が畳まれており、誰かが入浴中なのだとわかる。


「ふんっ!!」


 全裸をイメージして、身につけていた鎧を全て脱衣パージした。俺が身に戻れと命令を出さなければ、散らばった鎧は勝手に一つに纏まってくれるので手間がかからない。ドッティが土属性魔法を応用しているとか言っていたっけか。

 股間に仕込んだ武器も取り外し、鎧の隣に置いておいた。


「さて……ご対面といくか」


 混浴ってわけでもないのにやたらと緊張する。

 カラカラ、と浴場の扉をスライドさせると、ミストサウナのような湿気と熱気が肌に触れた。すぅ、と息を吸い、光沢のある浴場の石畳に足を踏み入れる。


 ……いる。

 湯気の向こう。こちらに背を向けて、誰かが湯船に浸かっている。


 さらに数歩進む。

 そいつはマッチョではなかったけど、引き締まった体と逞しい肩幅をしていた。

 そして金髪だった。

 この時点で、俺の頭の中にある利一とは似ても似つかないが、転生を経ているンだから、そんなものは当てにならない。

 俺は意を決し、確認することにした。


「お前……利一なのか?」


 恐る恐る尋ねると、そいつが首を後ろに回して俺を視界に収めた。

 俺も同時にそいつの顔を拝んだ。

 どえらい美形だった。

 転生後、自分の顔立ちを鏡で改めて見た時、元は愛玩人形ラブドールだけど、いわゆるジャニーズ系っていうの? なかなか爽やかなイケメンじゃありませんか。などと満足しちゃったが、こいつはそういうレベルとは一線を画していた。


「貴様、誰と取り違えているのか知らんが、その目は節穴か? 我と比するにあたう美を持つ者がこの世に存在すると?」

「俺だ! 拓斗たくとだ! わからねェか!?」

「知らぬな。我は男の名など覚えん」


 きっぱりと否定されてしまう。

 利一じゃない? いいや、利一であってくれ!

 こっちを警戒して素性を隠しているだけという可能性はないか?

 淡い望みにすがるが、俺が名を告げたのに、素性を隠す理由が思い浮かばない。


「む? 貴様、面こそ我に敵わぬが、股間の一物は我に勝るとも劣らぬ物を持っているな。確認するが、それは半勃ちの状態というわけではあるまいな?」


 ああ……利一じゃねェ。

 あいつは出会い頭に、相手のちんこサイズを批評するような変態じゃない。


「なんだその疑わしい目は? 我が虚言を弄していると言いたいのか? よかろう。ならば我の覇王を見るがいい」


 男は湯船から立ち上がり、ご自慢の一物を堂々と見せつけてきた。

 腰をふりふり、8の字を描くようにして覇王はおうが躍る。


「どうした? 戦意喪失したか? もっと近くで拝謁することを許すぞ」

「……変態」

「変態だと? 紳士の中の紳士である我を指して、変態とほざいたか?」

「変態だろ。お前みたいな紳士がいてたまるか」


 落胆による八つ当たりが無かったと言えば嘘になるけど、精神的に疲労している時に変質者を相手するのはキツいものがある。


「我にその暴言。常ならばくびり殺してやるところだぞ」

「ああ? やれるもンならやってみろよ」

「ほう、威勢がよいな。では望みどおり、たちあいを申し込むとしようか」

「立ち合いか。イイぜ。ちょっとばかし気が立ってるンでね」


 俺は両拳を掲げ、ファイティングポーズを取った。

 しかし、男は手をかざしてそれを止めた。


「思い違うな。我もゆえあって雇われている。無駄に騒ぎ立てるつもりはない」

「へっ、怖気づいたのか?」

「ぬかしおる。たちあいとは、別名【勃起試合】のことだ」

「ぼっ……はい?」

「タクトと言ったな。タクトよ、我も名乗っておこう」


 男が、「とうっ」と掛け声をつけて湯船から飛び出した。

 シュタッ、と俺の正面に着地した男の身長は185cmほどか。俺より少し高い。


「我の名はザイン・エレツィオーネ。貴様に【勃ち合い】を申し込む」


 まだ内容はさっぱりわからない、というかわかりたくもないが、どうやら、俺がかつて経験したことのない壮絶な戦いの火蓋が切られるようだ。

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