第80話 たたなくなっちゃった

「よいしょおおおっ!!」


 修練場に、喜悦を含んだ俺の気勢がこだまする。

 鎧の着脱が楽しすぎる。気合い一つで全裸になるのも、鎧の上半身だけを吹っ飛ばして半裸になるのも自由自在。元に戻れと念じるだけで、すぐさま装着完了。

 まるで、どこぞの聖闘士セイントにでもなった気分だ。


「む、アラガキタクト、どうやらステータスの【職業】が更新されたようだぞ」

「本当か!?」


 ステータスの見方は初日にアーガス騎士長から教わった。

 ようやく元愛玩人形ラブドールなんていう不名誉な称号から解放される。俺はEXイクスカウパーをちんこケース状態にしたまま、いそいそと自分のステータスを視界に開いた。


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新垣アラガキ拓斗タクト

レベル:22

種族:天界人

年齢:17

職業:愛玩人形(ラブドール)上がりの露出騎士見習い

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 上下とも服を着ている時はレベル16。

 上半身だけ裸になった時はレベル20。

 ちんこを含め、全裸になった時はレベル26。

 そして、ちんこのみを隠したほぼ全裸状態の現在はレベル22。

 レベルは高くなればなるほど上がりにくくなるということを踏まえると、やはり局部裸身拳というだけあって、ちんこを晒すことによる強化の割合はかなり大きいということが、検証の結果わかっている。

 ここに勃起状態を加えると、また様々なパターンが考えられるため、俺のレベルはとにかく落ち着きがない。とまあ、そんなことより、


愛玩人形ラブドール上がりの露出騎士見習い……」


 これさ、騎士見習いだけでよくね? 前より酷くなってるンですけど。


「アラガキタクト、訊いてよいものかわからず、ずっと聞けずじまいだったことを訊いてもいいだろうか?」

「カリーシャ隊長が躊躇するような質問だと? ……答えられることなら」

愛玩人形ラブドールというのは、その、夜のお供の、アレのことで間違いないか?」


 そこ、突いてくるかァ。

 ノーコメントでもよかったと思うが、そうすると腐脳の妄想加速を放置することになってしまうため、俺は正直に「アレのことだけど」と答えた。


「つまり、男娼だったのか?」

「違う」

「では、飼われていた的な?」

「それも違う」

「そんなことはどうでもいいんだ。それより、相手は奥様だったのか? それとも旦那様だったのか? そこだけ。どっちだったかだけ教えてくれないか?」

「どっち希望?」

「断然、後者だ」


 でしょうね。そこまで堂々と答えられると、いっそ清々しいわ。


「残念だけど、三十路手前の独身女性だよ。結構美人の」

「つまらない」

「つまってたまるか」

「どういうことだ、兄弟!? お前、経験者だったのか!?」


 目に見えてしゅんとするカリーシャ隊長とは対照的に、童貞――ドッティが鬼のような剣幕で迫って来た。事と次第によっては訴訟を起こすことも辞さない。装備の代金も全額請求してやるぞ、くらいの勢いだ。

 体は中古、頭脳は童貞。なんて言ってもワケわからないよな。


「ドッティ、誤解するな。確かに俺は、ちょっと人には言いにくい経歴を持ってはいるが、俺が(精神的に)童貞であることは、嘘偽りない事実だ」

「嘘だ! 友なんて言っておいて、腹の中では、150年も童貞をこじらせている俺のことを馬鹿にしていたんだろう!? 笑いたければ笑え!」

「笑えと言うのなら、つい最近……専門書で調べるまで、おしっこする穴と挿れる穴が同じ所だと思っていた俺の方こそ笑われるべきだ」


 利一にも教えてやらないとな。あいつは多分、俺以上に知識が無いはずだ。


「それは……本当なのか?」

「本当だとも。女のアソコのことなんて全然わからねェ。なんせ、現物を見たことねェんだから。でも、おかしくなんかないだろ? だって、童貞なんだから」

「兄弟、俺が悪かった」

「信じてくれて嬉しいぜ」


 誤解が解け、俺とドッティは、危うく壊れそうになった友情を確かめ合うため、ガシッと互いの体を強く抱きしめた。

 腐女子歓喜。(≧∀≦)みたいな顔をしている。


「ところでタクトよ、武器は試さないのか?」

「ああ、うん。やっぱ試さないとな」


 あの卑猥ワードを叫ぶのか。

 平気で何度も全裸になっているのに、今さらって感じはするけど。


「アラガキタクト、どうせなら、特能もここで試してみたらどうだ?」

「へえ、タクトお前、特能なんて発現しているのか。そいつはすげえ」


 俺の特能――【跳梁跋扈オーバー・ドライブ

 どんな性能を秘めているのか未知数なため、狭い場所、人のいる場所で使うわけにいかず、まだ試せずにいた。

 そして発現の鍵は、何を隠そう勃起にあった。

 服は着ていてもイイが、とにかく勃起時のみ発現することがわかっている。

 その旨を、ドッティもいるこの場で説明した。


 さて、ここで試せと言われてもな。

 全裸はともかく、ネタがなけりゃ、簡単には勃たせられねェぞ。


「カリーシャ隊長、ちょっとスカートをめくってみてくれないか」

「斬られたいのか?」


 特能を試せって言ったのはそっちのくせに、協力してくれたってイイじゃんか。


「ドッティ、エロ本なんて今持ってねェよなァ?」

「あるぞ」

「冗談のつもりで言ったのに、なんであるンだよ」

「紳士の嗜みだ」


 紳士はエロ本を持ち歩いたりしねェよ。

 ドッティが、リュックから一冊の本を取り出した。


「エロ本と言っても、ただの水着写真集だぞ。はは、もっと凄い物を期待したか? カリーシャさんの前で、そんなことをするはずがないだろう?」


 いやァ、好きな人の前で水着写真集を出す男も大概だと思うぜ。


「なになに、〝素人エルフの水着写真集〟か。胸熱だな」

「俺たち童貞には、水着写真でも十分よ。違うか?」

「違いねェ。金髪巨乳のロリフェイスの子はいるか?」

「ちょうどいい子がいますぜ。ええとな、ほら、この子だ」

「おおお、こいつは凄い。もろ好みだぜ」

「俺も少し前までは、この子がイチオシだったんだけどな。最近は、次のページの彼女にばかりお世話になっている」

「どことなくカリーシャ隊長に似ているな。悪くねェが、俺はやっぱこっちだな」

「さてはお前、胸だけじゃなく、早くも股間も熱くなってきているな?」

「そう言うドッティこそ、心なしか元気になってきているンじゃねェか?」

「よかったら。金髪の子のページだけやろうか?」

「マジか!? そんなことしていいのか!?」

「構わない。より愛でてくれる者の手にあった方が、写真の彼女も喜ぶだろうさ」


 言うが早いか、ドッティは躊躇なくページを切り取り、俺に差し出した。


「ドッティ、最高だぜ」


 正直、装備をもらった時より嬉しいと思ったのは内緒だ。

 俺はもらった写真の彼女――そのおっぱいに軽いキスをした。

 そうすることで、海綿体への血液充填率がMAXゲージに到達する。

 サイズを計った上で作られているから、オリハルコン製のケースにちんこが圧迫されることもない。改めてドッティ、イイ仕事だぜ。


 現在レベルは……27か。

 あとは、EXイクスカウパーを武器化して、完全なる全裸になれば最強化となる。


「カリーシャ隊長、写真を預かっておいてくれ」

「私が言うのもなんだが、さっきのは見ていて引いたぞ」


 ごめん。でもアンタにだけは言われたくない。

 では、いざ。

 俺は恥ずかしさを押し殺し、そして命じる。



ほとばしれ、EXイクスカウパァァァァ!!」



 ギュゥゥン!!

 と、股間から黄金に輝く突撃槍ランスが命令に従い、一気に伸びた。

 ひたすら美しい槍だった。雄々しさと繊細さを兼ね備え、芸術とも言える突撃槍ランスが自分の股間から生え、天を衝いている。そのことを誇りにさえ思った。


 短い柄を掴むと、パチンとベルトが外れ、俺の体は産まれたままの姿になった。

 現在レベルは30。そして発現する特能。


「二人とも、少しの間だけ修練場から出ていてくれ。どんな特能なのかわからない以上、巻き込ンじまうかもしれねェ」


 俺から漲る覇気を感じ取ったのか、カリーシャ隊長とドッティはしきりに頷き、駆け足で出て行った。

 魔法のように、超自然的な力を見せるのか。

 さらなる肉体強化を可能にするのか。

 もしくは変身したり?

 どういう類の特能かはわからないが、感覚でわかる。

 体の中にスイッチみたいな物がある。それをONにすることで特能は発動する。

 やってみるか。


「……【跳梁跋扈オーバー・ドライブ】」


 呟くようにして特能の名を口にし、スイッチを入れる。

 その瞬間――



「………………」



 ……あれ?

 何も起こらない。


 手にしている槍をぶんぶんと振ってみる。

 ぴょんぴょんと反復横跳びをしてみる。


 やっぱり何も起こらない。


 それどころか、むしろ弱体化していないか?

 ホログレムリン戦でレベル30になった時は、残像を残すほど素早い動きができたのに、今は平常時と全く変わらない。


「何これ、意味わかんねェ」


 癇癪を起こした子供のようにめちゃくちゃに動いてみるが、何一つ変化が無い。

 一分ほど経つと、不意に頭の中でスイッチがOFFになったのがわかった。


「うおっ……!?」


 重い。激しい運動で筋肉に乳酸が蓄積したみたいに、急激な疲労感に襲われた。

 しかも、萎えていた。ギンギンだったアソコが、冬の寒さで縮こまったみたいなサイズになり、情けなく下を向いている。

 マジで意味不明。


「カリーシャ隊長、ドッティ、もうイイぞ」


 声を張り上げると、二人が再び修練場に入って来た。


「検証失敗だ。発動はしてたみたいだけど、何が起こったのかすらわかんねェ」

「おかしいな。後でアーガス騎士長に相談を――キャッ」


 俺が脱ぎ捨てた鎧の小手部分に足を取られたらしい。

 カリーシャ隊長が可愛らしい声を出してつんのめり、俺のすぐ目の前で前のめりに転んだ。惜しい――ではなく、あわや、俺のお稲荷様にヘッドダイビングするかというすれすれ。

 顔を地面に打ちつけるようなことはなかったが、四つん這いになり、スカートが盛大にめくれ上がってしまっている。

 カリーシャ隊長の後ろにいたドッティが前屈みになり、俺は真上からまじまじと突き上げられたお尻を見下ろした。

 慌てて立ち上がったカリーシャ隊長がスカートを下に引っ張るようにして戻し、俺のせいだと言わんばかりに睨んできた。


「今のは不可抗力だろ。でも白と黒の縞パン、ゴチです」

「ぐぬぬぬぬ――……え?」

「ん、どうした?」


 カリーシャ隊長の視線は俺の股間に向けられている。

 見ないで! とか言う気すら起きない。完璧に慣れてしまった。


 だけど、その股間の物に異変が起きていた。

 いや、起きていない。起きているけど起きていない。

 何を言っているのやらだが、つまり、


 ……勃ってない。


 ぴくりとも。しょんぼりと垂れ下がったままだ。


「…………そうか。私のパンツ程度では、水着写真にすら及ばないということか。うふふ、別にいいが、意外とショックなものだな。いや、本当にいいんだ。これは貴様が女ではなく、男に反応するようになった予兆だとでも思えば……」

「タクト、カリーシャさんに失礼だぞ! 俺なんて、今のはショットだけで十年はネタにできそうなくらい高ぶったというのに! どうして勃たない!?」

「確か、トイレは本部の入り口脇にあったぞ」

「あ、じゃあちょっと行ってくる。ちょうど尿意を催してたんだよ。へへ」


 ナイス言い訳。鉄は熱いうちに討て。ネタは新しいうちに抜け。

 ドッティを退場させた後、俺は自分のちんこに問いかけた。


「おい、どうしたんだ? ちゃんとカリーシャ隊長のパンツには興奮しただろ?」

「興奮できたのか?」

「もちろんだ。特にポーズがよかった。普通なら即エレクチオンだ」

「そ、そうか。安心したような、気持ち悪いような、複雑な気持ちだ」


 それだけに、これは異常事態だ。


「おい、ステータスを確認しろ。見慣れない数字が表示されているぞ?」


 カリーシャ隊長に言われ、またステータスを展開してみる。

 エレクチオンが解除されたことで、レベルは26に下がっている。

 そして、なるほど。ステータスの一番後ろに初めて見る表記がある。



 ED:(119時間58分)



「ED……エンディング?」


 じゃないよな。

 数字が今、119時間57分になった。


「ああ、わかった」


 特能は未だ謎のままだけど、使用したことで課されるペナルティーがある。

 カリーシャ隊長によるラッキースケベに反応しなかったのも、これのせいだ。

 ペナルティーの期間は五日。

 ED。なんの略だったかは忘れたけど、日本語だと、勃起障害だか勃起不全だか訳したはずだ。

 なんてこった。この若さで……。


「俺、イ●ポになっちまった」

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