第79話 圧倒的センス

 武具店【バルバロ】で特注した装備が完成するまでの三日間、俺はひたすら王都【ラバントレル】を歩き回って利一りいちの情報を探した。

 転生二日目にした散策では居候先の近辺しか探せなかったが、地図を手に、時間をかけて都の外周をぐるりと回ったり、端から端まで一直線に突っ切ったりして、その広さと形を把握した。


 王都というだけあって、王の住まう城が都の中心に建っている。

 一般開放していなかったので、城の中に入るのは無理だった。それは別にイイ。様式美になんぞ興味ねェし。ただ、立地場所は少しだけ面白いと思った。

 平地の土を掘り出して巨大なごうを形成し、その中で小山を盛り上げている。

 逆ドーナツ型って言えばわかるかな。そうやって、小山の頂上に石造の城を築きあげるという、パッと見、孤島に建てられた要塞みたいな造りになっていた。

 建物自体の外観は、「まー、城だな」てな印象くらいしかない。


 直接見たわけじゃないけど、【ラバントレル】の近隣にはでかい湖があるらしく、そこから人為的に河川を敷き、国内のいたる所に地下水路を張り巡らせて生活用水として用いているンだとか。

 城の周囲に巡らせた深い堀にも水路が繋がっており、浅く水が張られている。


 そして、この城を中心に、東西南北と、その間を通るようにして、石畳で舗装された八本の大通りが放射状に伸びている。どれも半径3kmってとこか。素人目にも見事な区画整理がされており、空から見下ろしたなら、さぞかし整然たる美しさが広がっていることだろう。


 けど、何度も言うが、そんなもンには興味がねェ。

 俺が知りたいのは、都の歴史でも観光スポットでもない。

 アーガス騎士長の計らいで、都を巡回する騎士たちにもそれとなく利一の情報を探ってもらったが、手掛かりは無しだ。

 どこかに転生者がいる。この事実を魔王に知られると利一が危険に晒されるため〝転生者の蓬莱(ほうらい)利一〟を公開捜索できなかったってのもあるけど、それにしたってなんの情報も入って来ねェなんて……。

 利一は王都にいないンじゃねェかって線が濃厚になってきた。


 王都の外にも目を向けるとなると。

【ラバントレル】から一時間ほど馬を走らせた所に、宿場として名が知れ、多くの種族が利用している【メイローク】という町があるそうだ。

 利一が人間以外の種族に転生しているってンなら、王都よりも、むしろこの町にいる可能性の方が高いかもしれない。


 善は急げ。装備を受け取ったらすぐに【メイローク】へ行こうと決めた。

 とはいえ、俺には馬に乗る技術も無ければ路銀も無い。

 まあ、なんとかなるだろうと楽観的に考えていると、ありがたいことに、多忙な中で時間を作ってくれたアーガス騎士長が馬を出してくれることになった。

 マジ感謝。そのうちドカンと恩を返さなきゃいけねェな。

 なんにせよ、今夜はオッサンと二人で一泊二日のプチ旅行と相成った。


 そう決定したのが今日の昼過ぎ。それからも歩き回って、今は夕方だ。

 そろそろドッティが騎士団本部に装備を届けてくれる手筈になっている。

 本部のロビーで配達を待っている間、今夜の予定をカリーシャ隊長に伝えると、腐女子が水を得た魚のように目を輝かせた。


「本当なら隊長の私が同行してやりたいところだが、一泊するということならば、女の私よりも男性である騎士長の方が適任だろう。男同士なら、宿を取るにしても一つの部屋で済むしな。いや、変な意味ではなく」


 最後の補足さえなければ、「うん、そうだな」で終われるものを。

 と、ここで我が心の友、武具店【バルバロ】の店主であるドワーフのドッティが大きなリュックを背負ってやって来た。


「待たせたか?」

「時間ピッタリだが、それでも待ちくたびれたぜ」


 量産品じゃない、俺専用の特注武具。心待ちにしないわけがないだろう。


「やや!? カリーシャさん、いらっしゃったのですか!?」

「武具店の店主、御足労感謝する」

「本日は騎士の正装であらせられるのですね。なんと凛々しいお姿であることか。しかしながら、女性の持つ美しさを微塵も損ねていない。このドッティ・アイオニオン、感服と眼福の極みでございます。そのおっぱいアーマ――もとい、胸当てのメンテナンスが入用の際は、ぜひ当方にお申し付けください」

「営業がお上手だ。贔屓にさせてもらおう」


 おやおや、ドッティさん。昨日とずいぶん態度が違う気がしますが?

 俺は口元を隠し、ヒソヒソと小声で何事かを尋ねた。

 ドッティはもじもじと体をくねらせ、頬を赤らめた。控えめに言って気色悪い。


「だって、彼女は俺の、初めての人だから」

「はいそこ、他の人が聞いたらとんでもない誤解を招きそうなことを口走らない。え、何? まさか、カリーシャ隊長に惚れたの?」

「彼女にこそ、捧げたい」


 何を? 童貞を? やめたげて。

 もしかしなくても、これって俺のせい?

 そりゃ、ドッティにしたらインパクトはあったと思うけど。150歳のくせに、女子と少し喋っただけで好きになっちゃう中学生か、お前は。


「……まあ、この話は一旦持ち帰っていただくということで。それより、完成した装備を早く見せてくれ」

「せっかちな奴だ。カリーシャさん、ここで広げて構いませんか?」

「いや、どうせなら武器の感触も確かめたいだろう。修練場へ移動しよう」

「ドッティ、配達ありがとな。また店に寄らせてもらうよ。お帰りはあっちだ」

「待て待て。装備の使用説明もある。最後まで見届けさせてもらうぜ」


 カリーシャ隊長からドッティを引き離したかったンだが。

 150年物のビンテージ童貞が暴走しないよう、俺が目を光らせるしかねェな。


 カリーシャ隊長に案内されてやって来た修練場は、地面が土で固められており、直径10mくらいの円形をしていた。周囲を囲むようにして観客席もあり、ちょっとしたコロシアムのようになっている。


「今は誰も使っていない。ここならいくら騒いでも大丈夫だぞ」


 カリーシャ隊長がGOサインを出すと、ドッティが背負っていたリュックを地面に下ろし、中から王都騎士団と同じく青を基調にした鎧を取り出した。武家屋敷にでも飾られている甲冑のようにコンパクトに正座させてあるが、重厚感と鮮やかな光沢には、匠の技を感じずにいられない。

 全身青一色ではなく、諸所に金色のラインを走らせていたり、両肩に赤い宝石をあしらっていたりとデザインも申し分無い。

 いい仕事してるぜ、ドッティ。そこで腐女子が見ていなけりゃ、ほっぺにキスの一つでもしてやるところだ。


「そして、こっちがお待ちかねの武器――【EXイクスカウパー】だ」


 続けて、ドッティが自信ありげにリュックから取り出した黄金のミニコーン。

 さすがはオリハルコンの輝き。それ自体が光を発しているかのような眩しさだ。

 ただし、ドッティの店で見た試作品と違い、腰回りと股間の下を通して固定するためのベルトがついている。なるほど、ペニ●バンドみたいに装着するわけか。


「一通り説明するとだな、鎧の方には単純な命令を組み込んである」

「命令?」

「脱ぎやすさを第一にという要望だったんで、土属性の魔法を応用した形状記憶を取り入れてみた。装着時、タクトが脱ぎたいと思った部位が弾け飛ぶようになっている。弾け飛んだ後、再び戻れと念じたら一瞬で元の場所に戻ってくるぜ。最初の一回だけは手動で装備して、タクトの体型を鎧に覚えさせなきゃならねえけどな」

「胴回りは?」

「そこは前後から体を包むようにして装着できるようになっている。太って脂肪がつきすぎると、装着時に肉を挟むから気をつけろ」


 プラモデルみたいだな。

 向こうの世界ではありえない、異世界ならではのギミックも面白い。


「脱着の手間がかからないってのは助かる。とりあえず、全部装着してみるか」

「鎧もか? お前、鎧は全裸の上に着るようなことを言ってなかったか?」

「言ったけど、それがどうかしたのか?」

「どうかしたのかって、ここにはほら、女性もいるんだぞ?」

「問題無い。その人は少々特殊でな。男の裸単品では興味を示さない。ドッティも脱ぐってンなら話は別だが」


 それに、なんだろうな。

 散々見られたせいか、カリーシャ隊長に裸を晒すことに抵抗が無くなってきた。


「お、俺も脱いだ方がいいのか? カリーシャさんに興味を持ってもらえるなら、この肌を晒すのもやぶさかでは……というより、それとは関係なく、見てほしい」

「言ってみただけだ。脱がンでいい」


 ほら見ろ。腐女子が(☆ω☆)みたいに期待の眼差しを向けているじゃねェか。

 暴走しそうになっている童貞を落ち着かせてから、俺は二人が見ている前で服を脱ぎ、まずはEX(イクス)カウパーを装備した。


 ほう。驚くほど軽いし、悪くないフィット感だ。

 つけてみると、武器としてだけでなく、急所を守る防具としても実感できる。

 ペニ●バンドというより、貞操帯の感覚に近いかもな。ケツは丸出しだが。

 おい、そこの腐女子、俺のケツを見た後でドッティに視線をやるのはよせ。


「武器化は、また昨日みたいに振り下ろす感じでいいのか?」

「いや、鎧と同じように仕込みを入れた」

「どんな?」

「こっちは風属性を応用した音声認識だ。オリハルコンは超強力な武器だからな。敵に奪われでもしたら大変だ。装備したことで、今喋っているタクトの声が持ち主として登録されている。もうタクトにしか使えねえ。あとは鍵となる言葉を発するだけでいい」


 いろいろと工夫してくれてンだな。

 ありがてェ。EX(イクス)カウパーなんつー、聞くだけでも恥ずかしい名前をつけられちまったけど、誰にも言わなきゃイイだけだし。ドッティにただただ感謝だぜ。


「で、なんて言やイイんだ?」

ほとばしれ、EXイクスカウパー!! ――こう叫ぶことにより、一瞬で武器化される」


 こいつ、なんてことしてくれやがる……!!


「どうでい。この圧倒的センス」

「正直、(呆れて)言葉が見つからない」

「へへ、照れるぜ」


 褒めてねェよ。チェンジだチェンジ。そんな台詞、でかい声で言えるかっての。


「しかしまあ、気に入ってもらえてよかったぜ。登録し直せって言われたら、また溶かして一から造り直さなきゃならねえところだったからな」

「……変更できねェの?」

「できん」


 どんだけセンスに自信持っちゃったの? そういう大事なことは相談しようぜ。

 こうなったら、常に武器化しておくか。

 でもそうなると、代わりに常時フルチンキープということに。


「悩ましい」

「わはは、なんだなんだ? 掛け声に合わせたキメポーズでも考えいるのか?」

「そんなとこだ……」


 せっかくのオリハルコン製だし、作ってくれたドッティにも悪いが、使わないと死ぬ、くらいの危機的状況に陥るでもしない限り、俺がこの武器を人前で展開することはないだろうな。

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