第81話 俺の理想
「勃たなくなっただと?」
意気消沈しながら、俺は男の尊厳を失ったことをアーガス騎士長に報告した。
医者でもないオッサンに、こんなことを相談するのもなんだかなァな話だけど、俺の場合、勃つことで強さが変化するから、騎士団を統べる騎士長に状況を伝えておかないわけにもいかない。
ED期間はおそらく五日間。残り117時間45分。
ステータスに表示されているタイマーが0になると治ると思うけど、確証があるわけじゃない。治るよな? 治ってくれないと困るぞ? 本当に困るからな?
渋い顔をさらに渋面にして思案に耽っていたアーガス騎士長が、俺の正面で片膝をつき、おもむろに股間に手を伸ばしてきた。
「どれ」
「どれ、じゃねェよ! 今何しようとした!?」
超反応でアーガス騎士長の手を叩き落とすと、逆に不思議そうな顔をされた。
「本当に勃たないのかを調べようと」
「どうやってだよ!?」
「適度な刺激を与えてみるつもりだったが」
「やらなくてイイよ! 自分で試したから!」
オッサンに局部触診されるとか、何その拷問。勃つもンも勃たなくなるわ。
「結局、どんな特能なのかは不明のままなんだな?」
「ああ。もっと検証しようにも、再使用できるまでの時間が長すぎるンだ」
「お前のやったやり方では、わかりやすい身体能力の変化か、視認できる超常発生しか確かめられんな。特能には、他者に影響を及ぼすものもある。お前の特能も、人に向けて使用するものだったのかもしれん。後日、私が受けてやろう」
「大丈夫なのか?」
「構わん。お前の全てをこの身で受け止めてやる」
そういうのイイんで。
これから【ラバントレル】を出発して【メイローク】へ向かうが、到着しても、今日はもう満足に
「――騎士長、お待たせしました」
カリーシャ隊長が手綱を引いて馬を連れて来た。
アーガス騎士長の愛馬らしく、共に戦場を駆けたりもする軍馬なンだそうだ。
大人二人を楽に乗せられそうな体躯。黒い毛並は艶やかで色気があり、発達した筋肉は雄々しく力強い。動物は飼い主に似るのかね。アーガス騎士長の相棒なだけあって、馬からしてダンディーだ。
カリーシャ隊長に「ご苦労」と言ったアーガス騎士長が、
「タクト、前か後ろ、好きな方に乗れ」
「んじゃ、前に」
アーガス騎士長の後ろに乗って、もし股間の槍が誤作動でも起こしたりすれば、俺は責任を取ってアーガス騎士長を嫁にもらわなきゃいけなくなる。
なんて、冗談は置いておいて。ドッティの腕を信じていないわけじゃねェけど、今日もらったばっかだし、念には念をってことで。
「アラガキタクト、貴様に言っておきたいことがある」
鐙に片足を乗せかけたところで、神妙な面持ちをしたカリーシャ隊長が言った。
アーガス騎士長に迷惑をかけるなよ、という忠告だろうか。
それとも利一を探すに当たって、何かアドバイスでももらえるンだろうか。
「今の遣り取りを経て、お前は私の中で、完全に【受け】ということで定着した」
アンタ、それしかないンか。
これが俺の上司……。俺は頭を抱えた。
そんな俺がこの後に取った行動を、いったい誰が責められよう。
「…………カリーシャ隊長、ちょっと後ろ向いて」
「ん、なんだ? こうか?」
言われるがまま無防備に向けられたカリーシャ隊長の尻に、俺は思い切り平手を打ちつけた――と同時に、むぎゅっと鷲掴みにした。
「にあああああああああ!?」
「くっ、やっぱ反応しねェ!」
EDは賢者タイムとは違う。そういう欲求はちゃんと残っている。
カリーシャ隊長の尻はモチのように柔らかく、吸い付くような揉み心地だった。
だが、勃たない。
「私の尻で確認するな!」
「すまん。セクハラしてきてもイイよっていう振りかと思った」
ムキィ、と憤慨するカリーシャ隊長を適当にあしらい、俺は騎乗した。
転生初日に乗ったのは馬車だったので、馬に直接跨るのはこれが初めてだ。
目線が1mちょい高くなっただけで、景色が全く別物だ。こりゃ気分イイわ。
「行ってくる。
アーガス騎士長が手綱を振り、カリーシャ隊長に見送られて王都を出た。
途中、森を一つ抜けた。森とはいえ、よく利用されている路だ。踏みならされているので進むに容易い。一定のリズムで揺れる馬の背中にも慣れてきた。
そう遠くないところに【ルブブの森】という、オークが住みついているような森もあるそうだけど、そちらのルートは主に国外へ出る時に使うンだとか。
「そのオーク討伐のクエストがギルドから発注されているんだが、肝心のオークが見当たらないという報告がされている。人里近くに下りて来ている可能性もある。この道中で遭遇しないとも限らんぞ」
「討伐クエが出てるってことは、オークって魔物?」
人に害をもたらす種族、存在を魔物と呼ぶ。
「魔物だ。タクトが倒したホログレムリンと同じくな。ホログレムリンに比べれば小物だが、オークは非常に残忍で狡猾なため、罠を張ったりもする。油断すると、騎士小隊でも足下をすくわれかねない」
「魔物って怖ェな」
「魔物はすべからく討伐。もしくは、速やかに人里から遠ざけなければならない。それが騎士たる者の責務だ。タクトも覚えておいてくれ」
この世界は人間を中心に回っている。他種族に与えられる権利も、人間が保護指定しているか、そうでないかで明確な差があるようだ。
「天界人は俺以外にいないンだよな? 俺の扱いはどうなるンだ?」
「天界人か。人間ということで問題無いと思うが」
「そりゃよかった。人間じゃないってだけで差別されたら堪らねェからな」
「人間は保護指定にない種族を差別しているのではないぞ。区別しているのだ」
「小難しいことは偉い人に任せるさ。俺は聖人君子じゃねェ。生きとし生けるもの全てが平等であれ、なんて口にする気もないしな。自分と、自分の周りの奴が平穏無事に暮らせればそれでイイ」
「えらく達観したことを言うんだな」
「高望みしねェだけさ」
転生は、新しい人生を好条件でやり直すための救済措置だ。
てことは、人間以外の種族に転生しているであろう利一は、人間から保護指定を受けている種族のどれかに生まれ変わっていると考えられる。
「【メイローク】って、どんな町なんだ?」
「一言で言うなら、種族統制ができていない町だ」
「治安が悪いのか?」
「今のところ大きな問題は発生していないが、危険視はしている」
「マジかよ。まさか、魔物が闊歩していたりなんてしねェよな?」
「それはない。と言い切れないのが【メイローク】という町だ」
おいおい。利一の奴、まさかそんな危険な町にいねェよな? 見つかってほしいけど、頼むから無事でいてくれよ。
予定どおり、一時間ほど走ったところで町の明かりが遠目に確認できた。
【メイローク】は3mくらいある褐色の石壁によって囲まれていた。
緊張した空気を携えて馬を進め、町へ入って行く。
すぐに守衛らしき男が近づいて来て道を塞がれた。
しかし、相手が王都のアーガス・ランチャック騎士長だとわかるや、その態度が
「直々に騎士長殿がお越しになるとは、何かあったのですか?」
守衛の男が尋ねると、アーガス騎士長は「人を探している」と答え、その続きを俺に振った。
「
「ホウライリイチ、ですか。うーん……申し訳ないです。ちょっと自分にはわかりかねます。似た名前の、超可愛い女の子なら来たんですが」
「そっか。ありがと」
落胆はしない。この数日で幾度となく繰り返し、もう慣れてしまった。
「滞在は一泊の予定だ。我々は私用で来ているので、あまり騒ぎにしないでもらえるとありがたい」
「あ、はい! 承知しました!」
馬上から言ったアーガス騎士長が、そのまま馬を進ませた。
アーガス騎士長ほどの著名人であれば、人にへりくだった態度を取られることにも慣れているだろうけど、俺はそうもいかないので、ぺこぺこと、守衛の人といつまでも頭を下げ合ってしまった。
壁にラクガキがされていたり、不良っぽい輩がそこらにたむろしている荒ぶれた町を想像していたけど全くそんなことはなく、町全体が蜂蜜色で統一されていて、むしろ温かくて落ち着いた雰囲気を醸し出している。
と、そこで「ぐぅ~」と俺の腹が鳴いた。
「宿を取る前に夕食にしよう。覗いておきたい店がある。酒場だが構わないか?」
「お、酒場か。イイね」
「未成年に酒は飲ませんぞ」
「可愛いウエイトレスとかいねェかな」
「いたらどうするんだ?」
「そりゃーもちろんナンパする」
「まだ正式な入団はしていないとはいえ、私といる以上は、お前も騎士団員としてこの場にいるんだ。あまり軽率なことはしてくれるなよ」
「うぇ~い」
気の無い返事をしたが、ナンパ自体、ノリで言っているだけだ。
実際、今までナンパなんて一度もしたことがない。
わかっちゃいるけど、理想が高すぎるンだろうな。
金髪巨乳の美少女。
ドッティにもらった写真の子は相当イイ線いってたよ。かなり理想に近い。
ただ、贅沢を言うなら、もう少しあどけない顔立ちをしていて、しかもその中にアホ可愛さというか、どこか抜けている感じがあればベスト。背も、あとちょっと低い方が好みかな。
小柄なのに巨乳。まー、そんな子いないわな。完全にファンタジーだよ。
「着いたぞ」
まだ見ぬ理想に思いを馳せているうちに、目的の酒場に到着した。
馬を店の入り口脇に繋ぎ、俺とアーガス騎士長はスイングドアを押して店の中に入って行く。繁盛しているらしく、ずいぶんと賑わっているようだ。
「――いらっしゃいませ。酒場【オーパブ】へようこそ」
思わず立ち止まってしまった。
アーガス騎士長が振り返り、「どうした?」と尋ねた。
思えば、さっきの会話もまたフラグだったンだろう。
本当に、本当に、この世界で立てたフラグは驚くほど回収が早い。
あまりの衝撃に声を失ってしまった。
時間が止まったように。視界の一部を切り取ったように。
俺は目を奪われた。
理想が…………そこにいた。
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