第77話 偏屈ドワーフは金で動かない
「いざという時、全裸になって戦うと言ったな?」
「最後の手段にしておきてェがな」
ドッティの問いで、俺は騎士長に剥かれた時のことを思い出した。
「理由は、この際どうでもいい。ただの趣味でもな。人には全裸こそが、最も己の力を発揮できるというタイプもいる。かくいう俺も、用を足す時は必ず全裸になるようにしている。それはともかくとして、全裸になった時、武器は使うのか?」
「ああ、武器は全裸に含まれねェ」
「使うのは剣か?」
「かな、とは思ってっけど、それしかダメと決めているわけでもねェ」
「そいつはよかった。ちょいとな、お前に勧めたい物がある」
ちょうど手入れをしていたところだったらしく、ドッティは脇にあるテーブルの上にあった、20~25cmほどの円錐形をした金属製のミニコーンを見せてきた。
「中に取っ手がついている。これをな、こうして、こう!」
コーンの中に手を入れ、頭上に掲げたと思えば、それを勢いよく振り下ろした。
すると、シュカカカカッ! とコーンが一気に2mくらいまで伸びた。
ジャンプ式3段警棒とかあるけど、それと似たようなものだ。
「スゲ。カッコイイな」
「タクトに相応しいのは剣じゃねえ。
「な、なんて発想だ。ドッティ、おそろしい子……」
受け取ったジャンプ式
まるで――じゃないな。いかにも、どっかの部族が使っていそうなアレだ。
「鎧に組み込む際の角度や見栄えは任せな。パッと見じゃわからねえようにする。それはそれで、敵を威嚇できそうではあるがな」
「はは、冗談きついぜ」
ホント頼むぜ。常時フル勃起だと勘違いされちまうのは勘弁っスよ。
「問題になるのは頑丈さだ。見てのとおり、伸縮させるために、中は空洞になっている。だからこそ、ちんこケースとして成り立つわけだが、そんな構造で他の武器と打ち合ったら、簡単にひしゃげちまう」
「確かにな」
「そしてもう一つの問題が重さだ。空洞と言っても、金属は金属。それなりの重さがある。それは鉄で作ってあるが、ズシッとくるだろ?」
武器として考えればそうでもない。昨日使った剣よりもずっと軽い。
ただし、ちんこケースとして考えるなら異常な重さだ。
「そいつに武器として成立する耐久力を持たせようとしたら、今の三倍重くなる。いくら直接ちんこにブラ下げるわけじゃねえとしても、まともには動けねえ」
「じゃあ、結局この案は不採用なのか?」
「いいや。強度と重さ、そのどちらも解決してしまう、とんでもない金属がある」
「とんでもない……金属だと?」
「オリハルコンだ」
出ました、オリハルコン! あらゆるゲームで最上位の金属として扱われ、神が与えた最も硬いと言われる伝説の金属。
まさか、そのオリハルコンを探して来い、なんてイベントが発生するのか?
まさしく冒険。イイね、イイね! 胸が高鳴るね!
「これがオリハルコンだ」
「あンのかよ」
ランプの明かりが遮られて、より暗くなっている工房の端っこ。そこに置かれた戸棚から、ドッティが光り輝く金属の
RPGにあるまじき親切設定。別にイイけど、なんという肩透かし。
「
「本物だ」
「――今、ホモと言ったか? 私も話に交ぜてもらっていいだろうか」
「そんな話はしてないから、あっち行ってて」
湧いて出て来た腐女子を工房から締め出し、話を続ける。
「鉄よりも遥かに比重が軽く、硬度は金剛石を上回る。決して錆びることがなく、熱にも冷気にも強い。あえて欠点を挙げるとするなら、軽すぎることか」
「合わせて攻撃も軽くなるってわけか。斧なんかには不向きっぽいな」
「このオリハルコンで、さっき見せた
「どれくらいの日数で作れる?」
「鎧と合わせて三日ってところか」
「三日? そんなすぐにできるのか?」
「魔力を通した火、水、土、風。それらを利用するんだが、まあ専門知識だ」
機会があれば、じっくり聞いてみたいところだな。
「あと、これは鍛冶師のわがままなんだが」
「なんだ?」
「このオリハルコンは、なんていうのか、俺のジイさんの代から受け継がれてきた家宝みたいなものでな。それを使って作る武器には名前をつけてやりてえんだ」
「家宝って、そんな大切な物を使っちまってイイのか?」
「タクトとは、これからも長い付き合いになる気がしてな。長年使うタイミングを見つけられなかったオリハルコンだが、お前にこそ使ってもらいたい。そんな風に思っちまったんだ。ついさっき会ったばかりだってのに、おかしな話だがよ」
「ドッティ……」
感動した。俺のためにそこまで。その気持ち、ありがたくいただくぜ。
「つけよう。これから生まれてくるドッティの傑作に、最高にイカした名前を」
「何かこれといったものはねえか?」
「そんなパッとは出てこねェよ。俺の知っている伝説上の武器を参考にするなら、エクスカリバーとか好きなンだけど。まあ、これは剣の名前だし」
「槍で参考になりそうなのはないのか?」
「槍はあんまり知らねェからなァ。ケルト神話のゲイボルグくらいか」
「げいぼるぐ。そこはかとなく強そうではあるな」
「――楽しそうな話をしているじゃないか。ゲイを掘るとかどうとか」
「してないから。お願いだから向こう行ってて」
また湧いて出た腐れ上司をシャットアウト。
「んんー、思い浮かばねェ。せっかくこんなSランク、いや、EXランクの金属を使わせてもらうンだ。ネーミングに妥協はしたくねェ」
「いーえっくすってなんだ?」
「EX。俺の故郷にあった言葉でな、超々スゲェって意味だよ」
「……なるほど。タクトよ、思いついたかもしれねえ」
「マジか!? 今の会話で何か降ってきた!? どうやら俺には思いつきそうにねェ。ドッティがイイと思ったンならそれでイこう。どんな名前だとしても、俺は絶対に不満なんて言わねェからよ」
鍛冶師――ある種のクリエイターであるドッティのセンスを、俺は信じている。
ドッティが照れ臭そうに鼻の下を指で擦った。
「へへ、ありがとよ。でもな、ちゃんとタクトの意見も取り入れているんだぜ」
「だったら、なおさら反対する理由は無ェな。何が決め手になったンだ?」
「俺がタクトに抱いたイメージだ。お前はまだ若いせいか、どこか無鉄砲な印象がある。戦いになったら、つい先走ってしまいそうというかな」
「無いとは言えねェなァ」
「だが、誰よりも先陣を駆けることで活路を開く。場合によっちゃ、それで全ての決着をつけてしまうほどの働きさえ見せる。そんな風に、お前から滲み出る期待を名前に込めさせてもらったぜ。あと参考にしたのは、えくすかりばーとかいう剣の語感だが、これは
「由来もばっちりだな。早く教えてくれ。その名前を」
俺が
「【
さて、どうしたもンか。
エクスカリバーとEXカウパー。うん、似てるな。滲み出るっていうか、超溢れ出そうだ。そりゃ決着がつくよ。決着っていうか、着床すンよ。
絶対に不満なんて言わねェとは言ったけど、これはさすがに……。
「あのさ、ドッティ……」
「実はよ、武器に名前をつけるなんて、初めてのことなんだ。自信がなかったわけじゃねえが、責任重大だと思ったよ。だけど、タクトは俺に全てを任せてくれた。嬉しかったぜ」
「そ、そう?」
「けどな、変だと思うなら遠慮なく言ってくれ。俺の鍛冶師としてのセンス、その全てを注ぎ込んだ名前だが、気に入らなければ、はっきりダメ出ししてくれて構わねえ。その時は残念だが、ネーミングはタクトに一任する。俺はセンスを磨き直すために、この仕事を最後に修行の旅にでも出るとしよう」
「最高のネーミングじゃねェか。決まりだな」
「そ、そうか! そう言ってもらえるなら、腕の揮い甲斐があるってもんだ!」
「ちなみに【EX】は〝イクス〟とも読める。そっちの方が【エクスカリバー】に近くなるが、どうする?」
「おお、じゃあいただきだ。【
はい決定。
問題無ェさ。別に、武器の名前を叫ばなきゃならないわけでもねェし。
「気になるお値段の方は?」
「このサイズのオリハルコンなら、そうさなあ。1000万リコはくだらねえが、俺とタクトの仲だ。鎧込みで、100万リコでいいぞ」
破格も破格。鎧込みってことは、本来の十分の一以下の値段だ。
「そういや、予算を聞かずに話を進めてきたが、大丈夫なのか?」
「予算か」
さっきカリーシャ隊長から渡された布袋。その中身を全てテーブルに落とした。
じゃらじゃらと、同じ種類の硬貨が数十枚出てきた。
「金硬貨が……三十枚か」
俺はこの世界の貨幣事情を知らないから、この一枚がどれくらいの価値を持っているのか知らない。武器と鎧で100万リコだってことなら、この一枚が最低でも4万リコの価値がないといけないわけだけど。
「これって一枚、いくらなン?」
「ん、あー、1万リコだ。知らないのか?」
てことは、予算は30万リコ。全然足りないンですけど。
「ちっとワケわりでな。30万リコって、はした金なのか?」
「いや、大金には違いねえ。店に飾ってある既製品なら、高い物じゃなければ装備一式を買うことだってできるが」
オーダーメイドは無理か。オリハルコンなんつー激レア金属も使うわけだし。
ここまでまけてもらって、それでも足りねェとか申し訳なさすぎ。かと言って、正式に入団したわけでもない騎士団にもっと金を出せとも言えねェし。
こんなに盛り上がったのに、残念だけど金が無ェンだから、諦めるしかねェな。
それをドッティに言うと、
「見くびるなよ。俺は金が欲しくてオリハルコンを蔵出ししたわけじゃねえ」
「ド、ドッティ?」
「この金貨も仕舞っとけ。金なんざいらねえ。俺はタクトに、そんな物を求めちゃいねえんだよ」
「じゃ、じゃあ、タダにしてくれるってのか!?」
信じ難いほどの太っ腹に驚愕するが、ドッティはふるふると首を横に振った。
「代わりに、あっちにいる隊長さんの……パンツが欲しいかなって」
はにかみながら言ったドッティは、さながら、好きな人の第二ボタンを欲しがる乙女のようであった。
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