第76話 童貞は友を呼ぶ

 人混みを避けるように裏路地に入り、さらに複雑に道を回って、人目につかない場所にその店はあった。

 ドワーフの鍛冶職人が一人で経営しているという武具店【バルバロ】。

 剣と盾の絵が描かれた看板が無ければなんの店かわからないくらい、自己主張の少ない店構えだった。それが逆に、意味の無い玄人心をくすぐってくる。


 年季の入った木の扉を開けると、独特の鉄の香りがした。

 店の中央にはわざと物を置いていないのか、すっきりと開けたスペースがあり、左右の壁際に、ずらりと剣や槍、盾や鎧が整然と並んでいる。店の奥には鍛造用の炉が見える。こういうのは見ているだけで胸が躍るね。だって男の子だもん。


「帰(け)ぇんな。ここは女連れで来るところじゃねえ」


 カリーシャ隊長と店の中に入ると、「いらっしゃいませ」の代わりに、しわがれた第一声で、そんな台詞が飛んで来た。


 身長は130cmほどで背が低いわりに、ガッシリとした筋肉がついていて、まるで小さな岩を思わせる。サンタクロースみたいにふさふさした黒ヒゲは、人相の悪いオッサンづらの下半分を覆い隠している。

 堅物そうな性格込みで、何から何までドワーフのイメージどおりだ。


 俺にしてみりゃ、こういう塩対応は、強力な武器や防具を手に入れるための通過儀礼みたいなもンだと思っていたので特に不満を覚えるようなことはなかったが、カリーシャ隊長の方はそうはいかなかった。


「私たちは客だぞ。その態度はなんだ。それに今の発言、女性差別ではないか?」

「女に武具の何がわかるってんだ。べべが欲しけりゃ、よそへ行きやがれ」


 目に見えてカチンときているカリーシャ隊長が、ポーチからジャラジャラと音のする巾着を出して俺に押しつけてきた。


「金と紹介状だけ渡しておく。領収書はちゃんともらっておけ」

「カリーシャ隊長は?」

「気分が悪い! 先に失礼する!」


 声を荒立てて肩を怒らせ、大股で店を出て行ってしまう。

 怒っても仕方ないとは思うけど、入店してまだ一分だってのに、沸点低いなァ。


「兄ちゃん、お前も帰れ」


 帰れと言われて帰ってしまっては、装備入手イベントは進行しない。


「そういうわけにいかねェんだよ。俺たちはちゃんとした客だぜ? あの人は俺の上司で、この店には付き添いで来てくれただけだ」

「ケッ、上司だと?」


 づかづかと近づいて来た店主が、おもむろに俺のおいなりさんを鷲掴みにした。


「あふっ」

「こんな立派なもんブラ下げておいて、よく言うぜ」


 いきなりなんだ? ドワーフ流の挨拶か? ともだち●こか?


「オイオイ、浅漬けみたいに揉むんじゃねェよ。食べ頃になっちまうぜ」

「こりゃまた……。でかいとは思ったが、驚きのサイズだな。どうせ、この自慢の武器で、あのお嬢ちゃんと毎晩お盛んなんだろう?」


 カリーシャ隊長がいなくてよかった。こんなところを見られたら、


「――今の台詞は撤回してもらおうか!」

「いるし。帰ったんじゃねェのかよ……」


 店を出て行ったはずのカリーシャ隊長が、いつの間にやら戻って来ており、すぐ傍でガン見していた。さては腐臭を嗅ぎつけやがったか。


「私とこの男は昨日会ったばかりで、そんなふしだらな関係ではない」

「せめてどっちかの顔を見て言って? あんま下ばっか凝視しないで」


 そこでドワーフの店主が俺の股間から手を離し、ふん、と鼻を鳴らした。


「さっき紹介状とか言っていたが、誰の紹介だ?」

「アーガス・ランチャック騎士長だ」


 カリーシャ隊長が、「まいったか」とでも言わんばかりにでかい態度で言った。

 思いのほか大きな人物の名前が出たことで、店主が軽く目を見張った。


「お前さんたち、騎士なのか?」

「私はカリーシャ・ブルネット。王都騎士団第三小隊の隊長を務めている。この男も同じく第三小隊の所属だ」

「隊長……お嬢ちゃんが?」


 店主は疑わしげな目をカリーシャ隊長に向けていたが、ややあって「店内を見るくらいなら許してやる」と言って折れてくれた。

 今度は向こうさんが不満そうな態度で離れて行く。


「あの店主、相当な女嫌いのようだな」

「いやァ、どうかな」

「アーガス騎士長の紹介状もある。販売に応じないということはないだろう。私も適当に見繕ってみるから、まずは貴様も好きに手に取ってみるといい」


 そう言って、カリーシャ隊長は飾られている鎧を見に行った。

 さてと、俺はどうするか。ここに置いてある既製品もカッコイイとは思うけど、せっかくなんだし、俺だけの一品ってのが欲しいよな。

 そんな期待を胸に秘め、俺は店の奥にある工房で武器の手入れをしている店主に会話を持ち掛けた。


「ここって、オーダーメイドもやってンだよな?」

「やっているが、気に入った相手からしか受注しとらん」

「俺のことは?」

「気に入らん」


 取り付く島もない返答だ。

 嫌われることをした覚えは無い。

 あえて挙げるとするなら、カリーシャ隊長と店に来たことくらいだけど。


「あの人とは本当になんでもないぜ? だって俺、まだ童貞だし」

「お前が童貞だと? つくならもっとマシな嘘をつけ。股間にそんな野獣を飼っていやがるくせに。見たとこつらだって悪くない。信じられるかってんだよ」


 本当にこれが理由っぽいな。

 カリーシャ隊長は、この店主のことを女嫌いの硬派な人物とでも思っているかもしれない。だけど俺にはわかる。店主の瞳に宿っていたのは嫉妬だ。


 ――彼女連れかよ。リア中爆発しろ。


 今だって、言外にモテない男の心の声がひしひしと伝わってくる。

 なんでわかるのかって? 俺も同類だからさ。


「嘘じゃねェ。童貞を捨てるどころか、女と付き合ったことすらねェよ」

「証明できるか?」


 童貞の証明か。難しいな。


「俺には親友が一人いるンだけど。もちろん男のだ」

「それがどうした?」

「まあ聞いてくれ。一向に彼女ができない俺は、そいつとばかりつるんでたんだ。いつも愚痴を聞いてもらってたよ。お互い、彼女がいなかったってのもあるけど、居心地がイイっつーか。とにかく、友達ダチの中でも、そいつと一緒にいることが一番多かった。それはそれで楽しいんだけど、やっぱ彼女は欲しいわけさ」


 友達ダチとつるむのと、彼女とイチャつく時間は別腹、みたいな。


「彼女が欲しくて欲しくてたまらないのに全然できねェもんだから、たまにこんなことを思っちまうんだ。その親友が女だったらよかったのに、てな」


 本人に言ったら怒られるのは目に見えてるから、口に出すのはこれが初めてだ。

 我ながら、童貞こじらせすぎだよな。


「その話、詳しく!」


 腐った女子があらわれた。腐センサー鋭すぎンだろ。


「ちょっと向こう行っててくれ。男同士の大事な話をしてるから」

「男同士か。それは邪魔できないな。男同士ゆっくり語り合ってくれ。男同士で」


 男同士を推しまくる上司が、再び工房から店の方へ戻って行った。

 俺の言葉に、さすがの店主も衝撃を受けたのか、ごくりと喉を鳴らした。


「……今の話、本当か?」

「マジだぜ」


 誤解しないでもらいたいンだが、俺は利一りいちが女だったらイイのに、なんてことを考えちまったことはあるけど、それはポジション的な話であって、男の利一に欲情したことなんざ、一度たりともない。そこんとこ、勘違いしねェでくれよ。


「信じてくれたか?」

「……童貞だってのは信じてやる。だが、それでお前を気に入るかは別の話だ」

「どうすればイイ?」

「騎士って奴は、どいつもこいつも、やれ禁欲だ、やれ名誉だのと、面白味の無い教科書みたいなことしかぬかしやがらねえ。俺が知りたいのは、そんな中身のない上っ面じゃない。俺の魂を揺さぶりたいなら、お前という男の本質を見せろ!」

「金髪巨乳で幼顔な美少女を彼女にして朝から晩までラブラブちゅっちゅしたい」

「よぅし、気に入った!!」


 パァンッ! と店主が膝を打った。


「どうやらお前は、俺の知る騎士とは一味も二味も違うようだな」

「自慢じゃねェが、彼女いない歴イコール年齢だ。そういうアンタもなのか?」

「ああ。今年で150歳になるってのに、恥ずかしいことにな」


 ドワーフって長生きなんだな。つーか、童貞歴も150年? パネェな。


「ドッティ・アイオニオンだ。ドッティと呼んでくれ、兄弟」

「よろしく、ドッティ。新垣あらがき拓斗たくとだ。俺のことも拓斗でイイぜ」


 俺とドッティは、童貞という旗の下で心を通わせ、熱い握手を交わし合った。


「それで、装備のオーダーメイドなンだけど」

「もちろん受けてやる。最優先でな」


 ありがてェ。

 俺はこの世界で、新たに友と呼べる存在を見つけたかもしれない。


「欲しいのは装備一式だ。武器と鎧、どっちも作ってもらいたい」

「どういうモノが欲しいんだ?」


 俺には武器の心得なんてないから、何を持ったって大差はねェ。

 それよりか、大事なのは鎧だ。防御力の高さ、動きやすさ、何に重きを置くのかだけど、俺の場合はやっぱ、これだろう。


「脱ぎやすさ重視で」

「脱ぎやすさ? まるで戦闘中に脱ぐみたいな言い方だな」

「まさしくそのとおりだ。いざという時に、一瞬で全裸になれるよう、地肌に直接着込むことになると思う。それを考えると、肌荒れの防止や通気性も、ある程度は重視しておきたい」

「長年武具店をやっているが、そんな注文をされたのは初めてだ」

「ドッティを友と見込んでいるからこそ、赤裸々に話しているんだぜ」

「友か。悪くない響きだ」


 ドッティも俺を友と思ってくれている。胸が熱くなるじゃねェか。


「他にも要望があるなら言ってくれ」

「あとは、そうだな。フル勃起しても、ナニを痛めない構造にしてほしい」

「下に何も穿かないとすると、ガッチリと硬い金属で股間を覆うのは自殺行為かもしれねえな。そんな窮屈な状態でタクトの野獣が完全に目覚めたら、最悪の場合、ナニが折れちまいかねん」

「なんとかできそうか?」

「前掛けにすれば簡単だが、それは鍛冶師としての逃げだな。できなくはないが、最大サイズの現物を見て、形状と長さを採寸しておきたいところではある」

「イイだろう。見せよう。俺のMAXを」

「今ここでか? ネタはどうする? 俺の愛読書を持ってくるか?」

「興味はあるが、必要無い」


 ドッティの申し出を断り、俺は店の方へと視線を流した。

 そこには、チラチラとこっちの様子を窺いながらも、言いつけを守って大人しく待機しているカリーシャ隊長がいる。


 イメージしろ。

 昨日の今日だ。まだ鮮明に覚えている。

 ボディーラインを想像しろ。服の下に隠れた肢体を想像しろ。

 あそこにいるのは裸の女性だと思い込め!


 ぐ……ぐぐぐぐ……。


「お、お前、女を見ただけで……!?」

「イイ仕上がりだ。さあ、測ってくれ」


 カリーシャ隊長から見えないよう向きを調整し、俺はズボンからテイクオフしたMY・MAXをドッティに目視で採寸してもらった。

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