第75話 親友は今どこに

 異世界生活二日目。

 初日の疲れをしっかりと癒した俺は、朝から早速自分の足で王都を歩き回った。

 目的はもちろん人探しの聞き込みだ。

 商店街や冒険者ギルドなど、人や情報の集まりそうなところを重点的に回った。


 ――蓬莱ほうらい利一りいちと名乗る男に心当たりはないか。

 ――些細なことでもいいから転生者の噂を聞かないか。


 そう尋ねまくったが、成果は全くのゼロだった。

 王都【ラバントレル】が広すぎるせいで、半日かけても全体の十分の一も回れていない。それでも頭の中に、利一死亡説をもたげさせるだけの徒労感があった。


「そもそも、王都にいるとも限らなねェんだよなァ」


 わかっているのは、【ラバン】国内のどこかにいるだろうってことだけ。

 個人の力じゃ探すにも限界がある。やっぱ騎士団の協力は欲しい。

 売れるところで恩は売っておいた方がイイかもな。


「――アラガキタクト、待たせたか?」


 騎士団への入団を前向きに考えていると、国会議事堂を思わせる騎士団本部から鎧を脱いだ軽装のカリーシャ隊長が出て来た。スカートではなくタイトなズボンを穿いている。張りのあるヒップラインが浮き出ていて大変良いと思います。


「いや、ついさっき来たとこだ。お疲れさん」

「貴様の処遇について、いくつか決まったことがある。歩きながら話そう」


 カリーシャ隊長の業務が終わる夕刻に騎士団本部前で待ち合わせをしていた。

 俺の装備を新調するため、これからアーガス騎士長に勧められた武具店へ連れて行ってもらう予定なのだ。アーガス騎士長も同行したがっていたけど、連日夜遅くまで仕事があるらしくて時間が合わなかった。

 ちなみに、俺が今着ているのは【ぬののふく】だ。もう裸マントじゃねェぞ。

 これも脱ぎやすそうでイイんだけど、騎士には見えないわな。


「ところで、尻はもう大丈夫なのか?」

「全然大丈夫じゃねェよ。まだちょっとヒリヒリしてるっつーの。あのオッサン、好き放題ヤってくれやがって」


 昨晩のアーガス騎士長とのバトル中、俺は足を取られ、滑って転んでしたたかに尻を地面にぶつけてしまったのだ。風呂場で暴れるもンじゃねェな。


「貴様は実戦経験が乏しいせいで、せっかくのポテンシャルを活かせていないな。まだまだ隙があるというか、穴がある。特に後ろに。そこを騎士長に突かれるのは当然だ。百戦錬磨の騎士長を相手に、力技では勝てないぞ」

「死角を突かれたら反応しようがねェんだよ」


 天界人の反応速度も、見えない攻撃には対処しようがない。


「回数をこなせば良くなってくるかもしれん。騎士長にみっちりシゴいてもらえ」


 何やら別の意味にも取れるよう、意図的に誘導されている気がしなくもないが、触らぬ神に祟りなしだ。ツッコまないでおこう。


「とりあえずだが、お前の身は私の第三小隊で預かることになった」

「まだ騎士団に入るかは保留だってのに、気が早ェな。その場合、俺はカリーシャ隊長の直属の部下ってことになるのか?」

「形式上はな」


 ないわァ。部下を腐った妄想のネタにしてくる上司とか、ないわァ。


「不満そうな顔をしていないか?」

「ちょいと、昨晩のことを思い出してしまいましてね」

「過ぎたことは気にするな」

「いや、アンタは気にしろよ」

「あれはなんというか、そう、言わば乙女の嗜みだ」


 こいつ、開き直りやがった。乙女とか図々しい。


「……カリーシャ隊長って、男の裸を見てもなんとも思わねェの?」

「単体では興味が無いな。一つの構図に二体存在して初めて興味の対象となる」

「なるほど。女1、男2の3P希望ってことか」

「馬鹿を言え。騎士長も愛の形は人それぞれと仰ったが、性行を遊戯の延長と考えるのは愛への冒涜だぞ。恥を知れ」


 え、脳味噌腐った人間に恥を知れとか言われたんですけど?


「ンなこと言って、どうせ、男3だったらOKなんだろ?」

「夢が広がるな」


 上司ってチェンジできねェのかな。


「友人の情報は得られたのか?」

「全然。転生者の噂も無し」

「そうか……。そんなところへ申し訳ないが、今朝も言ったように、やはり貴様が転生者であるということは公にするべきではないと、他の隊長も交えて話し合った結果、決まった」

「仕方ねェと思うよ」

「少なくとも、貴様が魔王に対抗できる力をつけるまでは我慢してほしい」


 自分が転生者だと名乗れない。これは利一を探す手段を一つ捨てることになる。

 騎士団に転生者が加わった。そんなセンセーショナルな話題が広まれば、利一の方から俺を見つけて会いに来るかもしれねェのに。


 それをさせないのが、魔王の存在だ。

 過去百年の間にも、強い力を持った転生者は何人か現れたという。

 そして、その誰もが現在の魔王の手によって葬られてしまったのだとか。

 転生者の存在を魔王は許さない。

 転生して間もない俺では、まだ魔王に太刀打ちできない。アーガス騎士長たちにそう判断され、俺の存在を魔王に知られないよう、素性を隠せということだ。


「友人が心配か?」

「そりゃな。あいつは多分、そんなことは知らねェだろうから」


 もし魔王が先に利一を見つけ、その手にかけたりしたら。

 いや、既にかけているのだとしたら……。

 自然と拳に力がこもっていたことに気づき、俺は大きく息を吐いた。


「他になんか報告はあンのか?」

「もう一つある。これは機密情報なので、貴様が騎士団員だという前提で話すが」


 カリーシャ隊長の声音に緊張が増した。


「ゲートについては、昨日少し説明したな。覚えているか?」

「聞いた分だけは」


 ゲート。悪魔が吐き出す瘴気によって発生する、一方通行の転移門だったか。


「そういや一方通行って、どっちからどっちの?」

「来るだけだ。行くことはできない。召喚と考えるとわかりやすいか。低級悪魔が多数寄り集まることで、偶然ゲートが発生しそうになることはたまにある。それをさせないのも騎士団の重要な仕事だ」

「今回のは偶然じゃなかったって?」

「察しがいいな。ホログレムリンのような特級悪魔が王都近辺に現れたことなど、過去百年の記録に無い。あれほどの大物なら、垂れ流しの低級悪魔と違い、瘴気を吐くも抑えるも自由だ。あれほど濃い瘴気が、偶然で溜まることなどありえない」

「誰かさんが、その瘴気にてられて襲い掛かってきたっけ」

「ちゃ、ちゃんと反省はしている! そんなことより、何が言いたいのかというとだな。ホログレムリンは何か目的があってこの地へやって来て、ゲートを発生させようとしていたのではないかと、そう推測されているのだ」

「目的って、何かを召喚しようとしてたってことか?」

「もしくは、既に召喚していたか」


 特級悪魔が召喚しようとしていた存在。相手を選んで召喚できるンだとしたら、普通に考えて、雑魚がび出されるわきゃねェよな。


「魔王、とか?」


 俺がなんとなくした質問に、カリーシャ隊長は答えなかった。

 その可能性も議題に挙がっていたンだろう。


 近くに魔王が来ているのか? なんのために?

 まさか転生者を探しに? 始末しに?

 それを考えると、ぶるると身が震えた。


「なんにせよだ。貴様はいろいろと危うい立場にあるのだ。まずは装備をしっかり整えておくことだな」


 いろいろと? 魔王以外にも何かあンのか?


「わかってると思うけど、俺は金なんて持ってねェからな?」

「心配するな。ちゃんと騎士長から軍資金を預かっている」


 カリーシャ隊長が、肩から下げたポーチをパンパンと叩いた。


「騎士長に勧められたものの、実は私も、これから行く武具店には足を運んだことがないのだ。武具自体、あまり詳しくなくてな」

「穴場ってことか?」

「騎士長から聞いてきた話では、腕のいいドワーフの鍛冶職人が営んでいるそうなのだが、どうにも偏屈な人物だそうだ。一見は断っているとか、特注は気に入った者からしか受けないとか。一応、騎士長から紹介状を預かってはいるが」

「ほほう、ドワーフとな」


 イイねェ。鍛冶職人っつったら、やっぱドワーフだよな。

 しかも気に入った者の装備しか作らないとか、RPGのイベントっぽいじゃん。

 となると、ここはオーダーメイドでいくっきゃねェな!

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